一応知っておいた方が良さそうなこと

創作者にありがちな間違え。漢風諡号。

 私が過去に嵌っていたゲームに2004年SUCCESS社より発売されたPS2用ゲームソフト『アカイイト』という伝奇作品があり、一般的に百合作品としか知名度が無いですが、柳田國男・吉野裕子と言った民俗学者の説や記紀や『日本霊異記』と言った古典を元ネタとしており、ネタを分析すればする程面白くなる作品だったので、2009年~2018年までの長期にわたりファンサイトを運営・更新していました。


 初めてプレーする前にたまたま吉野裕子の『蛇』(講談社学術文庫)を読んでおり、この本で読んだ内容を若杉葛わかすぎつづらという天才幼女キャラが蘊蓄で語っているのを云々と頷きながら聞いていたりして、シナリオをお書きになられた麓川智之氏は本当によく勉強なさっていると感心したのですが、こちらの知識が増えて来るのに伴い、色々と残念に感じてしまう事も増えました。


 最たるものは作中で役行者が登場する西暦700年前後(『日本霊異記』で役行者が大宝元年【西暦701年】正月に許された事から推測)の会話の中で「雄略」という言葉が出てくることです。


 この「雄略」や「神武」、「応神」と言った漢字二字の諡号を漢風諡号かんぷうしごうと言い、『日本書紀』の表題に書かれている各天皇の漢風諡号は鎌倉時代の日本書紀の注釈本『釈日本紀』述義五によれば「私記曰、師説、神武天皇等諡号名者淡海御船奉勅撰也」とあります。


・『国史大系.第7巻』経済雑誌社 国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991097

631ページ(329コマ目参照)


 つまり、奈良時代の淡海御船という人物により神武天皇といった漢風諡号が定められたというのが通説で、762年~763年の頃に定められたという説もあります。


 但し、文武天皇の様に御船以前にも存在した諡号もある為、御船が選んだ諡号は神武以下持統までと元明・元正ぐらいではないかの説もありますが、いずれにせよ、アカイイトの舞台である西暦700年前後に雄略などという漢風諡号が存在する筈も無く、明らかな設定ミスで、本来は稲荷山古墳出土鉄剣銘文にあるように「ワカタケル」と呼ぶのが正しいのですが、(好意的に解釈すれば)歴史学に造詣が無いと尊号(在世中の名)はあまり馴染みが無い為、敢えて雄略と言う呼び方をした可能性はあります。



 前置きが長くなりましたが、何が言いたいかと言うと、『日本書紀』の表題にあるからと言って、八世紀中頃より前を舞台とした話で「雄略」のような漢風諡号が出てくると時代背景が間違っているという事になります。


 八世紀中頃以前を舞台とした話で天皇の名を出す必要がある場合は記紀本文の呼び名、表題にある尊号か和風諡号(別稿で説明予定)を使いましょう。因みに「ただのみな」は実名と言う意味ですが、『日本書紀』では二例しかなく、神武天皇の諱が彦火火出見ひこほほでみというのは嘘くさいですし、神話の彦火火出見と同名なので読者も混乱するので使わないのが無難です。


◇参考

・当方作成アカイイトのファンサイト「雄略天皇」の説明

http://aoishiro.html.xdomain.jp/motoneta/yuuryaku.html


・『日本書紀(一)』 井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫

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