「天皇」の称号について

 過去に「大王」について触れたので今回は「天皇」の称号についてご説明致します。


◇天皇称について津田左右吉の説


 中国の伝説上の帝王たる三皇の一つであったが、漢代には天帝ないし北極星をさす思想が生まれ、六朝時代にはさらに道教の神仙思想と結びついて東王父ともされた。


 日本では、天皇の称が政治上の帝王でもあり、同時に、宗教的な意味を持つ点でオホキミにふさわしいところから天皇という称号が用いられたとのこと。



◇何時頃から使われ始めたのか?


 天皇号の使用開始時期について、主に推古朝説と天武朝説があります。


 推古朝説では『日本書紀』巻第二十二・推古天皇十六年九月条の唐帝もろこしのみかど(隋の皇帝)への国書の「東天皇敬白西皇帝」と言う記載や、丁卯(推古十五年)の法隆寺金堂薬師像銘の「池辺大宮治天下天皇」(用明天皇)他、天寿国曼荼羅繡帳の「斯帰斯麻宮治天下天皇」(欽明天皇)等があり、以前は推古朝説が有力でしたが、これらの文面は後世に書かれた疑いを持たれています。


 例えば、法隆寺金堂薬師像に関しては中国の薬師の造像は唐に入ってからのものが最初であるので推古朝に薬師造像があるのを疑う説があります。(『法隆寺の金石文に関する二三の問題』福山敏男 夢殿第十三)


 現在では以下の理由により天武朝説の方が有力のようです。


  一九八五年、飛鳥宮から遠からぬ場所で千余点もの木簡が発見され、そこに記されている冠位名や氏姓、年紀などから辛巳年(西暦六八一年=天武十年)か、その直後に廃棄されたものと考えられており、記載されている人名や地名に、『日本書紀』、ことに天武天皇の巻に出てくるものの多い事や、天武天皇十年三月は帝紀・旧辞記定の事業が開始されていることから、これらの木簡を史料編纂の原資料としての宮廷中心の記録であるとする考え方も出されています。


 この時発見された木簡に書かれた「大津皇」が「大津皇子」の事であり、天武天皇十年、西暦六八一年前後から「皇子」という言葉が使われ出したのではないかと言われています。


 「大津皇(子)」や「阿直史友足あきちのふみひとともたり」などの人名の表記の仕方は、『日本書紀』とよく一致している事から、この頃には皇子・諸王の身分や諸臣の姓などの宮廷の身分秩序が整備されており、「皇子」の字を当てている事から当時既に「天皇」の称号が成立していた事の間接的な証拠となるといいます。


 また、道教の最高神を表す「天皇」と言う語が君主の称号として用いられたのは、唐の高宗の上元元年(西暦674年)が最初で、天武の即位の2年目に当たります。


 もしも推古朝から倭国で「天皇」号が用いられたのであれば、遣隋使や遣唐使を通じて知ったはずの中国の皇帝が、東夷の蛮国の君主と同じ称号を使うはずがなく、むしろ道教に深い関心を持つ高宗が「天皇」号を用いるのを知った天武が「天皇」を自称し始めたと考えられています。


 なお、『日本書紀』巻第十九・欽明天皇九年四月条の分注に「西蕃皆称日本天皇為可畏天皇」とあり、朝鮮諸国ではより早く天皇号を使っていたという説もあるそうです。


 『日本書紀』の記述だけでは潤色による誇張とでもみなされそうなものですが、比較的近い時代の記録である『隋書倭国伝』には「新羅・百済、皆倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びにこれを敬仰し、恒に通使・往来す」と書かれていることから、第三国である隋から見ても朝鮮諸国よりも倭国の優位を認めており、朝鮮半島の国から尊称として天皇号で呼ばれていたという可能性もあるのかも知れません。


 ですが、唐の高宗の時代よりも先んじて朝鮮半島で天皇号を使っていたと考えるのはやはり無理がありそうです。




◇参考

『日本書紀(三)』井上光貞・大野晋・坂本太郎・家永三郎 校注 岩波文庫

『史料による日本の歩み 古代編』関晃・井上光貞・児玉幸多 編 吉川弘文館

『日本書紀 Ⅰ』監訳者・井上光貞 訳者・川副武胤 佐伯有清 中公クラシックス

『改訂版 日本史研究』佐藤信・五味文彦・高埜利彦・鳥海靖 山川出版社

『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝 中国正史日本伝(1)』石原道博編訳 岩波文庫


◇関連項目

・「神武大王」って誰やねん? 大王号について(辛口注意)

https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16816452219652711942

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