上代の武装
上代の一般兵の武装を推察(1)中国の文献編
今回のテーマは小説を書く方向け、というより自分が以前、二次小説を書いていた時に調べていた事なのですが、戦いを描写するにあたって、大将クラスならとにかく、一般の兵士がどんな武装をしていたのか記紀では不明な部分がありました。
古代を舞台にした小説を書かれる場合など、多くの場合資料集などをお調べになられると思うので、短甲や桂甲と言った防具が載った写真やイメージのイラストを見た事があるかと思いますが、私が見たある雑誌に載っていた丁未の乱をイメージしたイラストでは兵士全員が立派な桂甲を装備していたので違和感を覚えざるを得ませんでした。
恐らく遺跡で発掘された桂甲を元に兵士の防具も描かれたのかと思いますが、まだまだ鉄が貴重だった時代に一般兵卒が鉄製の鎧なんか着れるものでは無いだろうし、一般兵卒レベルで行き届いていたら首長が埋葬されている古墳に納められているはずがありませんし、大量に出土されたという話も聞きません。
そこで、『隋書』倭国伝を参考にしたら一般兵卒の武装と思われる記事があるので、恐らく古墳~飛鳥時代の武装の実態に近いかと思います。
もし、古墳~飛鳥時代の戦争描写をなどをされる場合は宜しければ参考にして下さい。
◇『隋書』倭国伝による倭人の武装。
・ 史/正史/隋書/列傳 凡五十卷/卷八十一 列傳第四十六 東夷/倭國(P.1825)..[底本:宋刻遞修本]
「有弓、矢、刀、矟、弩、䂎、斧,漆皮為甲,骨為矢鏑。」
(弓、矢、刀、
台湾中央研究院 漢籍電子文献より検索
http://hanchi.ihp.sinica.edu.tw/
◇解説
「弓、矢、刀、
素材について、鎧は革製で、矢は骨で作られていたという事になります。
『魏志』倭人伝では「竹箭或鐵鏃或骨鏃」(竹箭あるいは鉄鏃あるいは骨鏃)と書かれている事から、飛鳥時代に至っても骨の矢が使われていた事を奇異に感じるかも知れませんが、正倉院宝物庫には竹の矢じりと骨の矢じりがあり、東北地方では古墳時代だけでは無く、多賀城の時代まで骨の矢じりが使われていた可能性があります。
これは短甲や桂甲といった鉄の鎧では無く、『隋書』倭国伝では「漆皮為甲」と書かれているように、一般的には革製の鎧が使われていた事が想定されていた為、骨の矢じりが長い間使われた要因の様です。
N=S=ローリー氏はアメリカ北西海岸の民俗例で、各種の鎧、弓矢、矢じりで実験を行い、打製・磨製石器の矢じりは皮鎧を貫通せず骨の矢じりは皮鎧を貫通したという結果であり、骨の矢じりの貫通力の高さを証明しました。
四、五世紀の日本では革製の鎧の草摺が使われており、三重県上野市才良石山古墳では幅約3cmの帯状に切った革に、刺し縫いの技法で簡単な鋸歯文を表し、黒漆を塗ったものを幾段にもおどして草摺を構成しており、大阪府和泉市上代町黄金塚古墳や岡山県久米郡柵原町月の輪古墳からも同様の発見がされています。胴甲は鉄板で作られた短甲が使われていますが、革製漆塗りの部分もある事から、もとは革製品として発生した甲が、後に鉄製品に置き換えられた可能性があるのかも知れません。
この事から、一般兵卒に関しては胴甲も鉄板では無く、完全な革製の鎧が使われていた時代があるのではないかと思います。
楯に関しては『隋書』倭国伝では記述がありませんが、『後漢書』倭伝や『魏志』倭人伝では既に楯の記述があり、そのことを裏付ける様に楯も弥生時代の遺跡から発掘されており、最も古いものでは長崎県壹岐、原の辻で出土した楯は紀元前3世紀に遡ります。
楯については次稿でも述べます。
◇『梁職貢図』による倭人の武装。
2011年に清の時代の
職貢図とは、中国に渡来した諸外国の姿を描き、横に題記(図の国について
解説する一文)が記されており、現在、図と題記が揃っている物が一種類のみで、北宋の一〇七七年に模写されたものを北宋模写と呼びますが、題記が途中で切れており、後半が残っていません。
ですが、『愛日吟廬書畫叢録』に『諸番職貢図巻』の題記のみ纏めたものが収録されており、そこには倭人の武装として「兵用矛楯木弓箭用骨為鏃」と書かれています。
ただ、題記が『魏志』倭人伝の改変であることが分かっており、題記を元にして描かれた倭国使の図による倭人の姿は打ちかけの様な布を羽織り、裸足である等、埴輪などから想像される倭人の姿とかけ離れているので、武装に関してもイマイチアテになりせん。
長くなりましたので、次稿では記紀から上代の武装を推察してみます。
◇参考
台湾中央研究院 漢籍電子文献
http://hanchi.ihp.sinica.edu.tw/
『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝 中国正史日本伝(1)』石原道博編訳 岩波文庫
『魏志倭人伝の考古学』 佐原真 岩波書店
『古代の技術』 小林行雄 檀書房
『倭の五王 王位継承権と五世紀の東アジア』 河内春人 中公新書
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