吉野ケ里ブームに乗っかってみた邪馬台国論

吉野ケ里遺跡⑴ 10年ぶりの発掘について

 たまにはホットな話題をしてみます。


 2023年5月29日配信のNHK NEWSWEBの「吉野ヶ里遺跡 墓の一部出土「歴史的に大きな意味の可能性も」」によると、「吉野ケ里遺跡(佐賀県吉野ケ里町、神埼市)で、今年4月から10年ぶりの発掘調査が始まり、未調査だった日吉神社跡地から弥生時代後期のものとみられる墓の一部が出土し、専門家は「かなり身分が高い人の墓の可能性が高く、さらに調べれば歴史的に大きな意味を持つ発掘になる可能性がある」と話しています。4枚の平らな石が並んだ状態で見つかり、4枚を合わせると全長は2メートルほどになり、調査を行っている佐賀県によりますと、墓の「ふた」だということで、吉野ヶ里遺跡では、これまで弥生時代中期の王の墓が見つかっていますが、邪馬台国が存在したとされる弥生時代後期の有力者の墓だとすれば、初めてとなります。」⑴と報道されました。


 又、佐賀新聞の2023年5月24日の記事によると「石ぶたは3枚の石を並べており、長さ約2メートル、幅0・65メートル。このうち2枚の石に「×」「+」「卅」などの記号らしきものが刻まれている。ふたの下にある墓は、土に穴を掘る「土壙(どこう)墓」か、板石を組み合わせた「石棺墓」のどちらかという。過去の調査結果を踏まえると、弥生時代後期(1~3世紀)の可能性が高いという。

 石ぶたに記号らしきものを複数カ所に刻んだ土壙墓は瀬ノ尾遺跡(神埼郡吉野ヶ里町)、1カ所だけ刻んだ石棺墓は二塚山遺跡(同町、三養基郡上峰町)から出土している。

 県文化課は「金属片によって刻まれたようで、明らかな意図を感じさせる。死者を封じ込めたり、外部から守ったりするまじないなどが考えられる。記録に取って分析したい」と説明する。」⑵



 これらの報道から思い浮かべたのは、かつて谷川健一氏が『青銅の神の足跡』(集英社)で神社は土地の有力者の墓所であり、祖先崇拝の場所が神社の起源であり、そこには祖先の骨が埋められていたとみる事が妥当である⑶という考えをお持ちで、今回の発見は谷川氏の説を裏付けるものと思えましたが、移転前の日吉神社は江戸時代に創建されたものなので、残念ながら谷川氏の説を肯定しきれるものではありませんでした。


 とはいえ王墓がみつかるような場所に神社が建てられていたことは偶然と思えず、やはりそれ以前から神社(例えば一時期途絶えていたものを江戸時代に再建した等)があったのか、或いは何らかの形でその地が信仰の場として伝わっていた可能性も否定できないかと思います。



◇刻まれていた記号について

 印、特に「三十」に関しては印ではなく文字の可能性もあるので、ネット上では神代文字では無いかなどというトンデモな意見もあるようですが、上代の日本語には、キ・ヒ・ミ、ケ・ヘ・メ、コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロの十二音(『古事記』ではモも)とその濁音に、万葉仮名のうえで甲類・乙類と呼ばれる二種類の書き分けが認められ、これは発音上の違いを表し、万葉の時代には最高88音節存在したこと⑷が言語学者の橋本進吉により証明されており、イロハや現代の50音に対応している神代文字が後世の産物であることは明らかになっています。


 弥生時代中期の遺構で、福岡県糸島市の潤地頭給うるうじとうきゅう遺跡では未完成品の硯と工具の石鋸、佐賀県唐津市の中原なかばる遺跡でも未完成品の硯と石鋸、墨まで発見されている事から、外国との交渉などで文字が使われていた可能性は否定できませんが、竹簡や硯を置いた台など文字関連の遺物が見つかっていない為に文字が使われていたのか更に検討が必要な事と、文字を解する人が居たとして高官か、おさ(又は日佐)つまり通訳か、渡来人(雄略朝以降の史戸ふひとべに該当)ぐらいであることは想像に難くないので、「卅」も文字ではなく、偶然文字に似た別の意味の記号なのではないでしょうか。


 とは言え、「×」に関して言えば荒神谷遺跡出土の青銅剣などにも刻まれていることから、⑵の記事で指摘されている様に何らかの宗教的な意味があるのかも知れませんし、出雲との宗教や文化的な繋がりがあるとしたら、両者の交流を示す貴重な史料と理解する事も出来ます。


 次稿では吉野ケ里遺跡近辺の伝承について取り上げてみたいと思います。



◆附録

⑸『佐賀縣誌』七 神埼郡 官社 日枝ヒエ神社(日吉神社)

仁比山村アリ、祭ル神 大山咋オホヤマクヒノ命〈山ヲ掌スルカミ〉ナリ、建立ノ年月詳カナラス、正平ノ頃、權中納言某ノ文書ニ、当當御祈禱ノコト、奏聞ノ處宜ク公家武家ノ安全ヲ祈ルベシ、院宣此ノ如シ、ト見ニ、本社、申年コトニ御田植ノ大祭アリ、今ハ村社タリ


*仁比山村……現在の佐賀県神埼市



◇追記

 七月四日NHK「クローズアップ現代」放送の「弥生人と天の川」によれば、蓋に刻まれた「×」印が弥生時代の星を表すかも知れないという研究成果が報道されました。


 番組内容を要約すると、東海大学の考古学が専門の北條 芳隆教授、鹿児島国際大学の情報考古学が専門の中園聡教授、国立天文台の高田裕行専門研究職員による共同研究で、北条教授によれば、線刻について、「『すり切り技法』といって、硬い石の包丁のようなものでふたの面に直接当てて左右に摩擦をしながら削っている。十文字(バツ)は均等な力加減で均整がとれたように彫られていて、星を表しているという説も検討の余地がある」と述べられ、稲作を行う為に暦が不可欠であり、無文字時代でも高度な時間が管理する工夫が吉野ケ里遺跡では認められることを指摘しました。


 調査員の方々が石棺墓のふたから3Dデータを作成し、分析した結果、2枚のふた石にまたがった線刻や風化の痕跡が確認され、大きく3枚に分かれていたふたのうち、2枚はもともと1枚の石だった可能性が極めて高いという事が分かりました。


 2枚のふた石を1枚につなぎ合わせ、詳しく分析を進めると、おりひめ(ベガ)とひこ星(アルタイル)で有名な「夏の大三角」が表れました。


 実際に弥生時代の星空を再現したシミュレーションとふたに刻まれた線刻を見比べると、夏の夜空に浮かぶ星々と次々に一致しました。さらに、おりひめ(ベガ)とひこ星(アルタイル)を分かつように流れる銀河「天の川」も。天の川の中心を貫く帯状の暗い領域「暗黒帯」もきちんと再現されており、弥生後期の夏の夜空の天文図が、2枚の石をまたいで描かれているとのことです。⑹



 天体に興味が無かった私では当然気付かないことで、この観点は驚きましたが、これは相当有力な仮説となり得るのではないでしょうか?


 「卅」の解釈がまだ不明である事、弥生時代の星空のシミュレーションは客観的に信用出来るものなのか、何故王墓のふたに刻まれていたのかなど疑問点はありますが、過去の仮説に比べると説得力があります。


 日本神話では星に関する神話が星のカカセオの抵抗ぐらいしか伝わっていない為、神話、或いは記紀文献に絡めて弥生時代の星に関する宗教観を知る由が無いのは残念ですが、今後の研究が発展する事を祈ります。



◇追記2

 古代人の星に関する観念として、人類学者の鳥居龍三氏は世界中で星を恐れていた逸話が多く、日本人も星のカカセオの神話や、昔は流星を人魂と思っていたであろうことを古老の話から解釈し、上代日本人は星の光を鬼火のように感じたのであろうと推測してます。⑺


 石棺の場合副葬品が貧弱である⑻事から、通常然程身分が高い者が埋葬されたものではないと言われており、今回の発掘でも副葬品は見つからなかったそうです。又、⑴の記事で取り上げられている様に、蓋に刻まれた記号は死者を封じるためという解釈もあるので、上代人が本当に星を恐れていたのであれば、星が刻まれた蓋に封じられた埋葬者は生きている人間にとって恐れを抱かれる人間、即ち、王・司祭・犯罪者などが考えられ、それらの何れかを「夷を以て夷を制す」の如く「魔を以て魔を封じる」目的があったという事でしょうか? 石棺に葬られたものが身分が高い者でないとすれば、取り上げた例で言えば犯罪者と言う事になりそうですが、そうなると王墓説とは全く逆の解釈になります。




◇参考

⑴「吉野ヶ里遺跡 墓の一部出土「歴史的に大きな意味の可能性も」NHK NEWSWEB

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230529/k10014081181000.html

⑵佐賀新聞 2023年5月24日「石ぶたに「×」「+」「卅」…吉野ケ里遺跡「謎のエリア」で出土 深まる謎にファン注目 佐賀県文化課「意図感じさせる」」

⑶『青銅の神の足跡』谷川健一氏 集英社 14頁

⑷『万葉集を知る事典』櫻井満【監修】尾崎富義・菊地義裕・伊藤高雄【著】東京堂出版 40頁

⑸『佐賀縣誌』佐賀県教育会 編 河内汲古堂

https://dl.ndl.go.jp/pid/766630/1/13

⑹「クローズアップ現代」webサイト―吉野ヶ里遺跡発掘/石棺墓 “×”(バツ)の意味を最新の考古学・天文学から読み解く

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/pOBooWwX61/

⑺『人類学上より見たる我が上代の文化⑴』鳥居竜蔵 叢文閣

https://dl.ndl.go.jp/pid/1020864/1/72

⑻『改訂版 考古学を知る事典』熊野正也・堀越正行 東京堂出版 274-275頁

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