ヤマトタケル研究の為の主な書籍
本稿を以てヤマトタケルに関する内容は終了しますが、最後にヤマトタケル研究において、よく引用されている書籍や、本エッセイでも参考にした書籍などを取り上げてみます。独自にヤマトタケルの研究をしたい方や、小説などを書く予定の方は少しでも参考にして下さればと思います。
◇基礎文献・資料
最も基礎となる文献は『古事記』と『日本書紀』であることは言うまでもありません。基礎テキストとしては両書とも国史大系がよく利用されています。又、文献史家など専門家から両書の利用で推奨される注釈書としては『古事記伝』『書紀集解』『日本書紀通証』が上げられます。
或いは『古事記伝』を簡略化し、本居宣長の誤りを修正し、後の研究と吉岡徳明自身の知見が加えられた『古事記伝略』を利用しても良いかも知れません。『日本書紀』に関しては『書紀集解』『日本書紀通証』を引用し、他にも明治時代に書かれた江戸時代の研究の集大成というべき『日本書紀通釈』を利用した方が便利です。『日本書紀通釈』自体の創見は少なく、家永三郎氏といった一部の専門家からの評価は低いですが、利便性が高い為か、かつては多くの学者が引用していました。当方も書紀の注釈書では主に岩波文庫版の『日本書紀』以外にも『日本書紀通釈』を利用しています。
又、ヤマトタケルの研究に限りませんが、肯定するにせよ、批判するにせよ、津田左右吉の研究をスタート地点として論を発展させることが基本になる場合が多いので、必ず津田氏の書籍から関係する時代の論考は目を通す必要があります。
以下にヤマトタケルと関わりのある話から、デジタルコレクションで閲覧できるものを列挙しましたので、宜しければご利用ください。
・『国史大系 第7巻』経済雑誌社 編
「古事記 中 (傳廿六)景行天皇」
https://dl.ndl.go.jp/pid/991097/1/61
・『六国史 : 国史大系 日本書紀 再版』経済雑誌社
「日本書紀巻第七 大足彦忍代別天皇 景行天皇」
https://dl.ndl.go.jp/pid/950693/1/87
・『古事記伝 : 校訂 坤 増訂版』本居宣長 著 吉川弘文館
「二十六之卷 日代宮の段一 ~ 二十九之卷 日代宮の段四」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1041637/1/86
・『古事記伝略 : 12巻 下 (国民精神文化文献 ; 第19)』吉岡徳明 国民精神文化研究所
「古事記傳略九之卷」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1918164/1/75
・『書紀集解 国民精神文化文献5 巻上』河村秀根 著, 河村殷根, 河村益根 考訂 国民精神文化研究所
「書紀集解卷第七 大足彦忍代別天皇 景行天皇」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1157899/1/150
・『日本書紀通証 第二巻 (国民精神文化文献 ; 第15)』谷川士清 撰述 国民精神文化研究所
「日本書紀巻第七通証十二 大足彦忍代別天皇 景行天皇」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1917890/1/160
・『日本書紀通釈 第3 増補正訓』飯田武郷 著 日本書紀通釈刊行会
「卷之三十一~卷之三十二」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1115832/1/109
・『古事記及日本書紀の研究』津田左右吉 岩波文庫
「第二章 クマソ征討の物語 一 ヤマトタケルの命に關する物語」
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1085727/1/115
◇記紀周辺の文献
デジタルコレクションからユーザー登録無しでも閲覧できるものとしては以下のものがあります。ヤマトタケルを天皇と称す『常陸国風土記』、『阿波國風土記』逸文、『続日本紀』の健部君の記事、及び『宋書』倭国伝は最低限。他、『高橋氏文』『古語拾遺』等にもヤマトタケルに関する記事や、紹介させて頂いた文献には「ヤマトタケ」の呼び方に関する解説があります。
・『標註古風土記 : 常陸』栗田寛 著, 後藤蔵四郎 補註 大岡山書店
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1192442/1/18
・『風土記』武田祐吉 岩波文庫
「阿波の國」
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1173165/1/163
・『六国史 巻4 続日本紀. 巻上,下 増補』 佐伯有義 編 朝日新聞社
https://dl.ndl.go.jp/pid/1172850/1/220
・『漢・韓史籍に顕はれたる日韓古代史資料』太田亮 磯部甲陽堂
「第六 宋書 夷蠻傳 倭國」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1917919/1/35
・『高橋氏文考注』伴信友 大岡山書店
https://dl.ndl.go.jp/pid/1175589/1/10
・『古語拾遺新講』飯田季治 明文社
「第四十四講 ~ 附說 日本武尊の御名と其の訓方に就きて」
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1685317/1/111
◇地名辞書
最低限必須の資料は以上ですが、地名の辞書もあると何かと便利かと思います。かつて学者などの専門家によく使われていた『大日本地名辞書』(通称「地名辞書」)も利用することをお勧めします。
・『大日本地名辞書 上巻 二版』吉田東伍 著 冨山房 1907/10/17
https://dl.ndl.go.jp/pid/2937057
・『大日本地名辞書 中巻 二版』吉田東伍 著 冨山房 1907/10/17
https://dl.ndl.go.jp/pid/2937058
・『大日本地名辞書 下巻 二版』吉田東伍 著 冨山房 1907/10/17
https://dl.ndl.go.jp/pid/2937059
テキストや注釈書・周辺文献等は以上です。次は研究書を見ていきましょう。なお、以下は殆どのものがデジタルコレクションでユーザー登録すれば送信サービスで閲覧可能なものが多いかと思います(一部例外有)。そうでなければ私もこれだけの数は読めませんので……。
◇伝記
もっとも著名なのは上田正昭氏の書だと思いますが、以下の中なら藤間生大氏の書籍が読みやすいかも知れません。ですが、個人的な感想をいえば碌な内容ではありませんでした(マテ)。なお、専門家ではないので以下のリストには載せていませんが、昔読んだ新右翼・一水会の鈴木邦夫氏の『ヤマトタケル』は、井上ひさしに抗議の電話をしたら逆に井上氏に天皇の名を全員言えるのかと言われ、天皇名を暗唱されるという返り討ちにあい、井上氏に謝罪したところ許されたといったヤマトタケルと関係ないエピソードなど、話がかなり脱線気味でしたが、内容的には中々愉快な話もあったと記憶しています。
・『日本武尊(現代国民選書)』藤間生大 創元社
・『日本武尊(人物叢書)』上田正昭 吉川弘文館
・『ヤマトタケル』吉井巌 学生社
◇英雄時代論
高木市之助氏の「日本文学に於ける叙事詩時代」を嚆矢とし、西郷信綱氏・石母田正氏等が引き継がれ、戦後に発展した英雄時代論は一時期文学・歴史学の両分野に多大な論争を引き起こしました。北山茂夫や直木孝次郎氏の様にイデオロギー的な理由まで主張して批判論を展開するのに時代を感じさせます。
因みに石母田氏の「古代貴族の英雄時代論」は当方が過去に読んだ書籍の中でも屈指の難解な内容(同じく石母田氏の『日本の古代国家』はもっと難解)でしたが、井上氏の『日本古代国家の研究』所収「英雄時代論」では若干かみ砕かれており、こちらを読むと理解の助けになるかと思います。正直なところ、英雄時代論は現在の歴史学では研究史として語られるのみで、現行の研究は無さそうですが、ヤマトタケルについて本格的に研究するつもりであれば、肯定するにしても否定するにしても避けて通ることは出来ません。英雄時代の研究史について主なものは1960年代までですが、徳光久也氏の『古事記の批評的研究 英雄時代と英雄物語』によく纏まっています。
〇主な肯定論
・『吉野の鮎』高木市之助 岩波書店
「日本文学に於ける叙事詩時代」
・『論集史学』三省堂
「古代貴族の英雄時代論」石母田正
・『日本古代文学-古代の超克-』西郷信綱 中央公論社
「古代叙事詩時代」
・『記紀万葉の世界』川崎庸之 御茶ノ水書房
「日本の“英雄時代”と六・七世紀の文化」
「古代文学における“英雄時代”の問題」
・『日本古代国家の研究』井上光貞 岩波書店
「三 英雄時代論」
・『古代氏族の系譜』溝口睦子 吉川弘文館
「四 ワカタケル大王の時代」
・『古事記の批評的研究 英雄時代と英雄物語』徳光久也 北海出版
〇主な否定論
・『改造』一九五三年一〇月号
「民族の心」北山茂夫
・『奈良時代の諸問題』直木孝次郎 塙書房
「古代国家と社会構造」
・『古代歌謡の世界』土橋寛 塙書房
「三 大嘗会の歌謡 ― 来米歌」
・『芸能史研究』三 芸能史研究会
「戦闘歌謡の伝統―久米歌と久米舞とをめぐって―」上田正昭
・三田史学会『史学』第三九巻第二号
「倭の五王に関する基礎的考察」志水正司
・『続万葉の世紀』北山茂夫 東京大学出版会
「日本における英雄時代の問題によせて」
◇歌謡
ヤマトタケル研究を行う上で、多く登場する歌謡の分析は欠かせません。『古事記伝』と併せて以下の書が参考になると思います。江戸時代の歌謡の注釈書としては橘守部の『稜威言別』が著名です。高木市之助氏の『吉野の鮎』は前述の英雄時代論以外にも歌謡研究における新境地を拓いた名著として名高いですが、かなり難解です。『記紀歌謡全註解』もかつては最も信頼し得る歌謡研究書として評価されていました。
・『稜威言別』橘守部 著, 橘純一 校訂 富山房
「稜威言別巻之三
https://dl.ndl.go.jp/pid/1069688/1/62
・『吉野の鮎』高木市之助 岩波書店
「倭建命と浪漫精神」「古代歌謡に於ける童謡の痕跡」
・『日本歌謡集成 巻一』高野辰之 東京堂
https://dl.ndl.go.jp/pid/1883674/1/114
・『記紀歌謡全註解』相磯貞三 有精堂出版
「二六 倭建命の御歌 ~ 三八 倭建命の后達の御歌」
・『古代歌謡と儀礼の研究』土橋寛 岩波書店
「第5章 国見歌とその展開 第二節 「思国歌」について」
・『記紀歌謡 (日本詩人選1)』益田勝実 著 筑摩書房
◇その他、研究書
当然のことながら、私が知らない本も無数にある為、全ての書籍について取り上げるのは不可能ですが、主に本エッセイで使用したものを中心に列挙していきます。上記で取り上げて来た書籍も併せれば、有名どころは大体抑えられているのではないでしょうか? 以下の中では本エッセイで使用していませんが『日本文学研究資料叢書・古事記・日本書紀Ⅱ』にはヤマトタケルに関する論文が多数掲載されています。
この中では、守屋氏の著書が一番新しいかと思いますが、残念ながらこの本だけ読めていません。
・『常陸国風土記物語』松岡静雄 刀江書院
「四、開拓統治」
・『信仰と民俗』中山太郎 三笠書房
「碓の詰び」
https://dl.ndl.go.jp/pid/1040027/1/20
・『古事記大成 2巻 文学篇』平凡社
「記紀歌謡の諸問題」土橋寛
・『古事記大成 5巻 神話民俗篇』平凡社
「古事記における社会 英雄」風巻景次郎
・『古事記研究』西郷信綱 未来社
「ヤマトタケルの物語」
・『古事記注釈 第六巻』西郷信綱 ちくま学術文庫
「第二十六~第二十九 景行天皇」
・『古代語文ノート』福田良輔 南雲堂桜風社
「倭建の命は天皇か -古事記の用字法に即して-」
・『天皇の系譜と神話 二』吉井巌 塙書房
「十一 倭建命天皇説に加える一微証」
「十二 ヤマトタケル系譜の意味」
「十三 孤独の皇子ヤマトタケル」
・『日本文学研究資料叢書・古事記・日本書紀Ⅱ』日本文学研究資料刊行会 編 有精堂
「ヤマトタケルの命の物語り ―その歴史的基底についての一考察―」米沢康
「ヤマトタケル白鳥伝説の一考察」前川明久
「ヤマトタケル物語の原型について―小碓及童男の名を通して―」吉井巌
「ヤマトタケル物語の伝承氏族㈠」金井清一
「ヤマトタケル伝承覚書」黒沢幸三
「ヤマトタケル伝説成立に関する試論―言向和平の表記をめぐって―」砂入恒夫
「思国歌の展開」吉田義孝
・『大和国家と神話伝承 (古代史選書 ; 5)』松前健 雄山閣出版
「第二編 大和朝廷の創業伝承 第二章~第四章 ヤマトタケルの伝承の成立㈠~㈢ 」
・『ヤマトタケル伝承序説』守屋俊彦 和泉書院
英雄時代論の否定、及び津田学徒や王朝交代論者によりヤマトタケルの存在が抹消されてしまったためか、察するに、ヤマトタケルに関しては現在、研究が殆ど進んでいないのではないでしょうか? (小説家等アマチュアの本を除く)事実、現在の書店の歴史コーナーでヤマトタケル専門の研究書を目にする事はほぼありません。(何年か前に書店で上田正昭氏の『ヤマトタケル』を購入したぐらいです。)考古学的な裏付けに至っては、せいぜい古代の遺物の中に、巨大な石に多くの米搗き穴をあけた石臼がみられることから、集団で米搗きを行った跡を示しており、ヲウスの名が生まれる環境を想像させると言った程度で(「ヤマトタケル物語の原型について―小碓及童男の名を通して―」吉井巌)、ほぼ皆無ではないでしょうか? ですが、反映法や王朝交代説が時代遅れの産物となった今、かつて否定された英雄時代論が再び脚光を浴びるかも知れないと期待しつつ、ヤマトタケルについても再び論じられる日が来る事を願っています。
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