考古学について③ 地域ナショナリズムによる歪んだ歴史認識


◇地域ナショナリズムによる的外れな記紀批判

 よく「記紀が大和朝廷による中央の歴史観なので、朝廷からみた異民族、具体的に上げるなら隼人・熊襲・蝦夷などが正しく描かれていない」と言う主張をみかけます。


 それが完全には否定できない事実であるのは確かであり、多くの専門家が認める事ですが、かと言って記紀や風土記といった上古の文献を無視し、考古物だけで地方の歴史を解明できるかと言うと甚だ疑問です。それが、対象となる地域に密着した教授などの提示によるであれば猶更です。


 歴史学とも言えないお粗末な論争なので、詳細は省きますが、かつて『東日流外三郡誌』という所謂古史古伝が持て囃された時期があり、その頃、大河ドラマにもなった高橋克彦原作の『炎立つ』ではこの書の緩用と思しきシーンまであったそうです。私も昔チャットで日本神話の話題になった時、ヒヒイロカネの話をされて何のことかと困惑した記憶があります(苦笑)


 この偽書は歴史学会では当然無視され、まともに相手にし批判していたのは安本美典氏と古田学徒から離反した原田実氏の様にアカデミックな立場からすれば在野の方と、唯一権威がある方では民俗学者の谷川健一氏(『白鳥伝説』集英社 347~349頁)ぐらいでしたが、古代史を少し齧っている程度の層には大変よく読まれていたらしく、それなりに影響力があった様です。私の人生観に大きな影響を与えた「真・女神転生」シリーズではアラハバキが遮光器土偶の姿で登場するのは定番となっていますし、かく言う私の父もやたらとアラハバキの神が好きだったことを覚えています(苦笑)


 『東日流外三郡誌』の発見者である和田喜八郎氏の死後、同書が発見されたという和田氏の自宅を調査したところ、原本が見つからず、逆に保存されていた薬剤(長期保存された尿)が発見されました。つまり同書が和田氏が尿を使い、古紙の様に見せかけて作成されたものであると明らかになりました。


 杜撰な偽書を東北の方が受け入れたのは、記紀では蝦夷という異民族扱いに納得がいかないという気持ちも強かったのかと思います。(古代中国よりも古い時代から漆を使用していたという縄文時代から優れた歴史を持つ東北の方は『東日流外三郡誌』の如き偽書を寄る辺とする必要は無いと思いますが)この「地域ナショナリズム」とでも表現すべき想いを、既に歴史学会から相手にされなくなっていた九州王朝説論者・古田武彦氏が利用しました。九州王朝説も一種の地域ナショナリズムに含まれると言えるので、『東日流外三郡誌』信者は九州王朝説信者と共通する部分が多かった事は想像に難くありません。


 幸い『東日流外三郡誌』に関しては今となっては小説家からすらも顧みられることは無くなりましたが、某九州の大学などでは未だに古田学徒が毎年新説とやらを穿り出してマメに九州王朝説を広め続けているそうですね。


 また、古田学徒よりはマシとは言え、地方勤務の大学教授には地域ナショナリズム的な思想に引きずられている主張も時折見受けられます。


 邪馬台国論争(邪馬台国の位置に関する論争)も、些細な根拠を基に「ここが本当の邪馬台国の場所だ!」などと注目を集める事で村おこしに利用されていると聞きますが、これも一種の地域ナショナリズムと言えますし、かつての古田氏の様に地方向けの御用学者というべき存在が一枚嚙んでいる事もあるようです。(まぁ邪馬台国論争自体、東大VS京大の教授による派閥争いに利用されている面も強いですが)


 無論、真面目に研究をなさっている学者の方が殆どかと思いますし、地域に密着しているからこそ、より深く得られる知見もあるかと思いますが、過去に取り上げたGチャイルドが語る様に考古物から得られる情報には限界はありますし、記紀のような中央の文献、あるいは風土記のような後世の資料を切り離して単眼的なものの見方をしていては、事実からかけ離れた歴史の「創作」ぐらいしか出来ないのではないでしょうか。


 もしも納得がいかない場合は、前稿で取り上げた井上光貞氏の記紀を排除しようとした津田左右吉氏に対する批判と、西郷信綱氏の考古学批判をもう一度思い起こしてほしいです。地域ナショナリズムから来る仮説を小説として見ればそれなりに面白いものかも知れませんが、(そういった意味では和田喜八郎氏は優れた小説家になり得たと思いますが、この才能を虚言でしか活かす事が出来なかった事が残念ですね)私個人としては興味を持てませんし、関わる暇もありません。


 近年はアマチュア考古学研究家の藤村新一氏が引き起こした旧石器捏造事件の記憶が薄れつつあるのかも知れませんが、この事件を思い起こし、地域ナショナリズム的な史観に囚われない、客観的な視座が求められます。

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