記紀周辺の文献(国内)

 古代史や神話学を学ぶにあたり、記紀が最重要文献である事は言うまでもありませんが、それだけでは足りません。


 補完する為に記紀以降の文献の知識も必要になります。

 主な文献を列挙してみます。


『上宮記』(『釈日本紀』・『聖徳太子平氏伝雑勘文』に逸文のみ現存)

『風土記』

『懐風藻』

『万葉集』

『古語拾遺』

『続日本紀』

『日本霊異記』

『高橋氏文』

『新撰姓氏録』

『藤氏家伝』

『上宮聖徳法王帝説』

『先代旧事本紀』

『延喜式』


 他にも鉄剣や鏡等の銘文や藤原京跡等の木簡が重要な文献史料となりますが、ここでは典籍のみを取り上げていきます。


 中には現代語訳が出版されていない物もある為、初学者が上記全てを読むのは困難だと思いますが、市販の書籍で個人的にお勧めの本を幾つか挙げてみます。




◇『風土記』 吉野 裕・訳 東洋文庫145 平凡社


 7世紀頃の地誌や伝説。中央の視点である記紀と違い地方の宗教や民俗、風土等を知る為の貴重な史料になっています。


 記紀には無い伝承も多いので、特に神話研究の予定の方にはお勧めします。


 例えば記紀に記されているスサノオと『出雲国風土記』のスサノオの性格の違い、伊勢津彦という記紀には存在しない太陽神と思しき存在、天照の名が殆ど見えないのにオホナムチに当たる存在の伝承が各地に登場し、遥かに存在感がある事など。原因を掘り下げていくと面白いかも知れません。


 本書は『風土記』の現代語訳と脚注・解説。特に脚注が充実しており、最初に読む『風土記』としては最適だと思います。



◇『風土記 現代語訳付(上・下)』 中村啓信=監修・訳注 角川ソフィア文庫


 現代語訳・書き下し文・本文が載っており、下巻には索引が付いている為、お勧めです。脚注の内容はやや簡潔で吉野氏の著書の方が充実しているので両方読まれる事を推奨します。



◇『出雲国風土記 全訳注』 荻原千鶴 講談社学術文庫


 風土記の中で唯一の完本、『出雲国風土記』の書き下し文、訳注が掲載されており、『出雲国風土記』のみとは言え、吉野氏や中村氏の書籍よりも内容が詳しいです。


 大原郡上原郷の伝承に大穴持命が神宝を積み置いた記述がありますが、これを裏付けるかの様に1996年10月、大原郡加茂町岩倉本郷の山斜面から弥生中期の多数の銅鐸が発見されました。


 この様に『出雲国風土記』は伝承を只の伝承では片づけられない性質を持っており、古代史を学ぶためにも重要な文献と言えます。




◇『万葉集を知る事典』櫻井満【監修】尾崎富義・菊地義裕・伊藤高雄【著】東京堂出版


 『万葉集』には古代の生活や文化・風土・衣食住や宗教などが歌われており、本書ではそれらの基礎知識の解説と、名歌鑑賞を含め400余首を紹介しています。

 4500種以上と言われる万葉歌全てを理解するのは困難です……というか、私も全部の歌は読んだことがありませんが(苦笑)先ずは巻末の名歌だけ読んでも良いかと思います。


 『万葉集』は『古事記』以上に解説書が多いので何か一冊解説書を選ぶのは難しいですが、入門としては本書がお勧めです。



◇『先代旧事本紀 現代語訳』安本 美典 (監修), 志村 裕子 (翻訳) 批評社


 『古事記』・『日本書紀』と並ぶ三大通史書のひとつで、江戸時代以前は『古事記』よりも古い史書とされ、最も重視されていましたが、序文の蘇我馬子宿祢らが、勅をうけたまわって撰修し、元々は聖徳太子が撰んだという記事が後世に挿入された文章である疑いがあり、また、後世の用語が登場したり、多くの記事が『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』の引用である事から平安時代に書かれた偽書であるというのが通説です。


 とは言え、物部氏の独自の伝承も記載されている為、神話研究をする場合は欠かせませんし、信憑性に疑問があるとはいえ記紀には無い『国造本紀』は貴重な史料になっています。


 本書は市販では唯一の『先代旧事本紀』の現代語訳で、脚注も充実しています。


 只、志村裕子氏が在野の方で翻訳が若干不自然に感じる事と、何より値段がやたら高いんですよね……。


 因みに伝奇のゲームなどでよく登場する「布瑠の言」は記紀ではなく『先代旧事本紀』が元ネタで、自分も以前二次創作ゲームに使用しました。というか、「布瑠の言」に限らず、既存のどの創作物よりも『先代旧事本紀』をフル活用している自負があります(笑)。


・アオイシロWKS~秘曲剣巻草薙篇~ルートB第3部 君待ちがたに(ハッピーエンド)

https://www.youtube.com/watch?v=l3eFkn0O1ew

40分32秒~40分43秒

*著作権元より二次創作ゲームの公開及び動画使用は許可されています。



◇『古語拾遺』を読む 青木紀元・中村幸弘・遠藤和夫 著 右文書房


 上代、朝廷の祭祀をつかさどった斎部氏に伝わる古伝承で、記紀には無い伝承を含んでいます。また記紀では説明が無い古語の説明(例えば「アメノハバキリ」の「ハバ」が大蛇である等)があります。


 現在手に入りにくいかも知れませんが、『古語拾遺』では唯一の現代語訳作品です。


 因みに民俗学者の谷川健一氏の著書『青銅の神の足跡』は金属民俗学分野の聖典と呼ぶべきものですが、(創作物でよく元ネタに使われているので伝奇を書く方は最低限谷川氏の著書を読んで欲しいです)基礎文献として『古語拾遺』の知識も必須となります。



 ご紹介させて頂いた著書を全部読むのは大変かと思いますが、この中でも『風土記』を先ず優先して読み、あとは興味が向いた物から読み進めるのが良いかと思います。


 上記に紹介して無い史料は記紀関連の解説書等に引用されている部分だけ知っていれば充分かと思います。(それらの解説を踏まえたお勧めの事典などは別稿で紹介予定です)特に記紀よりも以前に書かれた『上宮記』の継体天皇系譜は貴重な文献であり、王朝交代説を否定する有力な根拠になり得ます。


 因みに『平家物語』や『源平盛衰記』と言った後世の古典にも記紀神話のアレンジというか、現代風に言えば「二次創作」をしているので小説を書く方などが話を広げたい場合はこれらの古典を参考にしても良いかも知れません。自分も昔よくやっていました。

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