万葉集
「怪異と乙女と神隠し」に登場した『万葉集』の「月の変若水」の歌とは?
先日、たまたま観た「怪異と乙女と神隠し」という如何にも民俗学がモチーフっぽいタイトルのアニメ作品を視聴したところ、『万葉集』の歌にある「月の
⑴『萬葉集』巻十三 三二四五 作者未詳
天橋文 長雲鴨 高山文 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取來而 公奉而 越得之旱物
(
⑵『萬葉集』巻十三 三二四六 反歌 作者未詳
天有哉 月日如 吾思有 公之日異 老落惜文
(天なるや 月日のごとく 我が思へる 君が日に日に 老ゆらく惜しも)
⑴⑵解説
⑴は「天への橋も長くあって欲しい。高山も高くあって欲しい。月読の神の持っている若返りの水を取って来て、我が君に奉って若返りたいものだ」
⑵は「天にある月日の如く、私が想う、貴方が日に日に、年老いてゆくのは惜しい事です」
と、解釈される本歌に関して、万葉集研究においては、専ら注目されるのは「月の変若水」に関することで、⑴以外にも同書の巻四・六二七の娘子や巻四・六二八の佐伯宿禰赤麻呂、巻六・一〇三四の大伴宿禰東人が歌っています。
この変若水とは、それを浴び、または飲むことによって若返る霊水の事であると言われており、月と不老不死や回春とを結びつけることは、広い世界的な信仰であり、月の満ち欠けは、原始人にとって、その生と死の反復だと考えられ、死の起源の神話とも結び付けられました。月の不死と人間の死の由来を語る説話の他に、蛇の脱皮を回春(わかがえり)とみて、これと人間の死の起源を結びつける話が広く語られており、月神が人間たちに不死の恵みを与えようとして、ある使者にこれを託したところ、蛇が横合いから出てきてその特権を奪う。おかげで人間は死ぬことになるが、蛇はときどき脱皮して生き返るというのが筋です。⑶
月に変若水があるという考え方の根底には、月は欠けてもまた満ち(特に天空から消えても再びあらわれ)、それを繰り返すところに永遠に続く死と再生をみた古代的観想があり、世界各地に存在します。例えばフレーザーの『金枝篇』等にみられ、或いは『淮南子』の仙女西王母から
ニコライ・ネフスキーという言語学者は著書『月と不死』で日本に滞在中、沖縄の昔話に、この型の説話があることを紹介しました。宮古島の昔話で、この使者の男の名はアカリヤザガマといい、若水と死水とをふたつの桶に入れて、人間に若水、動物に死水を浴びせよという、月神の命令で出かけるが、途中蛇に桶の若水をこぼされ、人間も動物も等しく、死水だけを授けられ、死ぬことになる。蛇だけは若返りの特権を得て脱皮する。アカリヤザマは罰として、永久に月の中で桶をかついで立つことになる。月の影はこれであり、このことから毎年節祭の前夜に若水が天からもたらされ、井戸の若水を汲むという行事がおこなわれるようになったと伝える。この伝承は古代の「月よみの変若水」の信仰とともに、日本本土の正月行事としての若水を汲む行事の本源的意味を推測せしめるそうです。⑷
変若水は若水という呼称に変り、立春、あるいは正月行事の若水取りとして定着し、水は浴びるよりも飲む方が主となって行きます。この行事を素材にした和歌(例:⑹)や、物語の場面などは多いらしく、俳諧では春(正月)の季語となります。⑸
⑹千載集・賀・六〇九 源俊頼
君がためみたらし川を若水に結ぶや千世の初めなるらん
なお、「怪異と乙女と神隠し」に登場した若返りの四つの条件(➀時間は深夜0時ちょうど②月明りの下で読む③28歳以上である④読み手は生娘である)に関しては全く聞いた事が無いので、自分の知らない何かしらが元ネタかも知れませんが、恐らくこの作品独自の設定かと思われます。我ながら、たまたま観たファンタジーを真面目に考察してどうするんだとも思いますが(苦笑)、敢えて苦言を呈するのであれば、変若水に関する解説ではほぼ定番である『月と不死』程度の説明は話に出して欲しかったですし、わざわざ奇妙な設定を拵えなくても、類似神話や説話がゴロゴロとあるので、突飛なオリジナル設定を挿し込むよりは、類似神話や説話に寄せた設定にしてくれた方が良かったのかなと個人的には思いました。
◇参考文献
⑴『定本万葉集 四』佐佐木信綱, 武田祐吉 岩波書店
https://dl.ndl.go.jp/pid/1683840/1/13
⑵佐佐木、武田、前掲書
https://dl.ndl.go.jp/pid/1683840/1/14
⑶『私の万葉集四』 大岡信著 講談社現代新書
⑷『日本神話99の謎 : 神々のパンテオンで何が起こったか』松前健 サンポウジャーナル 72-73頁
「2天体の神々の謎 22 ツクヨミと若水の関係は、どこで生まれたか」
⑸⑹『上代説話事典』 大久保喜一郎・乾克己/編 雄山閣 300-301頁
「
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