第20話 陰謀の影③



 全ての授業が終わり、イリーナとリアとユイトは三人ならんで街へ出ていた。


 学院の学則は厳しいが、事前に申請しておけば買い物くらいの外出は許可されている。


 この日は、三人でレオの快気祝いを買いに出ていた。


 こっそり用意して驚かせるつもりだったが、先にレオに驚かされてしまった。


「まさか、『金獅子の魔術師』がクラスにいたなんてなぁ……」


 ユイトはレオの知識量や技術に、単純にすごいなぁと思っていたのだが、それがまさか歴代最強といわれる魔術師本人だったなどとは思いもしなかった。


「ね、だから私は言ったの!レオは強いって!」

「リアはほんと、アッサリしてるよね」

「器がデカイっていうか、なんていうか」


 憧れの魔術師に出会えた、と単純に喜んでいるリアだが、イリーナもユイトもすんなりと受け入れることは出来なかった。


 任務体験の際に知ったイリーナでさえ、一週間悩んでいたのだ。


 どうしてあんなに強いのだろう?と。


 周りと比べる事はやめた。レオの言う通りだからだ。自分には出来る事と出来ない事があって、克服するには他人と比べるのではなく、自分が頑張らなければならない。


 それを受け入れると、今度はレオの強さに興味が湧いた。


 魔族と闘っている彼の、歌うよな繊細な詠唱。綻びのない輝く円環。魔力コントロールにも一切の無駄がなかった。


 かっこいい、と思った。


「なにニヤニヤしてるの、イリーナ?」

「えっ、べべべ別になんでもないよ!?」

「レオの事考えてた?」


 リアはからかうでもなく、ただ楽しそうだ。


「あんなヤツのことなんか考えてるわけないでしょ!!」

「ほんとかなあ」


 クスクス笑うリアは、女の子のイリーナから見ても、とても可愛らしい。


「だってアイツ、あたしに土下座させようとしたのよ?そんなヤツのこと考えるわけないでしょ」


 レオはクズだ、とイリーナは自分に言い聞かせる。かっこいいのは、魔術だけだ。魔術だけ。その他にかっこいいところなんて……


「にしても顔もいいからムカつくよな」


 ユイトが道の上の石ころを蹴飛ばして言った。その言葉のせいで、イリーナの脳内にレオの顔が鮮明に浮かんでくる。


 魔術について得意げに話す顔、意地悪な時の子どもっぽい笑顔、魔族と対峙した時の凛とした顔。


 途端に顔が熱くなったことを自覚した。


「イリーナはやっぱり、レオが気になるんだね」


 リアとは幼なじみだ。家が隣同士で、生まれた時から一緒。だから、彼女にバレてしまうのは仕方がない。


「チッ、どうせ女の子は頭が良くて強くて顔のいいヤツが好きなんだ。おれもモテたいっ!!」

「ユイトもクラスでは結構人気だよ?」

「クラスメイトにモテても嬉しくない。おれは包容力のあるお姉さまがいい」

「うわぁ…ユイトってある意味レオより変わってるよね…」


 あははと笑うリアとユイト。頭を振ってイリーナはレオの事を追い出す。


 そのまま何を買うかを相談しながら歩く。


 が、イリーナはある事に気が付いた。


「ねぇ、なんか寒くない?」

「ほんとだ。夕方だから、かな」


 一年を通して温暖な気候のこの国で、こんなに寒いのは珍しい。


「そういえば、さっきから人も見なくなったね」


 夕方は帰宅途中の人が多く、また、今三人がいるのも街の中心街の一角だ。


 誰もいないなんて事は、ありえない。


「これは…」


 リアが呟く。


「何かの結界かな…ごめん、あんまりわからないけど」


 リアにはまだ、魔力を感知する技術はない。だが、自身の持って生まれた特性に近い魔力を感知する事は稀にある。それは魔力を持つもの全てに共通する感覚だ。例えばレオなら、それを色として知覚することができる。


「なんかヤバイ気がする」

「おれも」


 三人は咄嗟に背中を合わせて構えた。


 特に武器などを持っているわけではないが、それでも、身構えている方がいい気がしたのだ。


 寒さが増した。鳥肌が止まらないのは、寒さよりも恐怖のせいかもしれない。


 と、ヒュッと風を切る音がした。


「〈凪の風、嵐の防壁、打ち払え:空絶〉!!」


 リアが咄嗟に構築した風の防壁が、飛んできた氷の矢を弾く。


「ナイス、リア!」


 思わず声を上げるが、攻撃はそれで終わりではない。


 さらに多くの氷の矢が降り注ぎ、全てを防ぐリアが急激な魔力消費による苦痛に顔を歪める。


 ハアハアと肩で息を吐くリア。長くは保ちそうにないが、氷の矢は多方面から飛んでくるため、敵の居場所が特定できない。


 そもそも相手が一人とは限らないが。


「一か八かで出来るだけ広範囲に火力のある魔術を打ち込むか?」

「でもそれじゃ、当たらなかった時の反応が遅れるわ」


 複数いるのなら、それこそ厄介だ。リアは空絶で手一杯であるし、優秀だと言ってもユイトもイリーナも魔術を連発できる自信はない。


「どうする……」


 手詰まりだ。このままでは、いつか串刺しになってしまう。


 イリーナが悔しげに唇を噛み締めた、その時だった。


 リアの空絶が魔力切れで消え、氷の矢が殺到するその直前。


 金の髪が揺れたのが見えた。まるで稲妻が空を駆けるように。獰猛な獅子の金の立髪のように。


 イリーナは思う。


 だからコイツは、『金獅子の魔術師』なんて呼ばれているんだ、と。


 魔族の使う黒刃の剣でもって、氷の矢を全て打ち捨てるその姿に、安心してしまう自分がいる。


「レオ……」


 呟くと、彼は振り返って言った。


「あれ?せっかく撒いたエサなのに、なんで三人一緒なんだ?」


 エサ?


 おかしいなぁ、と首を傾げるレオ。


 イリーナは理解してしまう。どう言うわけかは知らないが、自分たちはレオの敵を誘き出すために真実を告げられたのではないか、と。


「サイッテー!!」


 思わず蹴りを放てば、それは見事にレオのスネに激突した。


「いってえええ!?なにすんだよ!!助けに来たのに!!」

「このクズが!!」


 そう、コイツはそういう奴なんだ。


 イリーナは怒ると同時に、なんだか笑ってしまった。









「入るぞ」


 午後一番にバリスがノックもせずに開け放ったのは、協会本部内のレリシアの仕事部屋だ。


 バリスとちがい、必要最低限だが私物の持ち込まれた、整理整頓された室内。


 確認しておきたい事がいくつかあった。が、そこには誰もいなかった。


 レリシアは進んで仕事をするタイプではない。特級魔術師の会議や任務はこなすが、それ以外ではここからあまり出ないし、まして、定時にしっかり帰宅する。


 そう、レリシアは、残業なんて全くしないはずなのだ。


 なのにこの間、バリスが業務時間外に解析室へ行った日。レリシアは珍しく協会にいた。


 あの時から少しずつ違和感があった。


 学院生の授業に、レリシアが同行すると言い出したのも変だった。


 その時にはバリスもレオに直接任務について聞くべきだと思っていたから、すっかりレリシアに任せてしまったが、帰ってきた彼女は言った。


 『話をするヒマはなかったわ』と。


 レオと直接話をした時の事を考えると、これは見過ごせない。明らかな嘘だ。


 レオはそれに気付いていた。


 だから魔剣を質に入れて自分を呼び出したのだろう。


 押収された魔術用品の管理は協会本部だが、武器は軍部に連絡がくるようになっている。


 レオは、バリスが出てくるのはわかっていたということだ。


 レリシアがレオの任務ログを確認したのは、データの改竄に証拠が残っていないか気になったのかもしれない。


 まだ分からないことが多いが、はっきりしたのは、レリシアはレオの敵であるということだ。


 目的はなんだろうか、と考えていると、軍部所属の魔術師がひとりやってきた。


「あ、バリスさん!やっと見つけた!」


 まだ若いその魔術師は、バリスに気さくに手を振っている。


「どうした?なにかあったか?」

「本部から軍部に連絡があったみたいなんすけど、またあの魔剣盗まれたらしいっすよ。まったく、魔剣なんてどうするんすかね?あんなの使えるのは魔族だけっすよ」


 やれやれと、言う若い魔術師。方やバリスと言えば、


「あんのヤロウ!!またやりやがったなクソ!!」


 吠えた。うるさすぎて壁がビリビリする程であった。


「バ、バリスさん…大丈夫っすか?」

「大丈夫もクソもあるか!!」


 どすどすと足音を鳴らし、バリスは魔剣を取り返しに向かう。


 その後を、若い魔術師が慌てて追いかけた。


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