第42話 拠点奪還作戦⑤


 シエルは退屈な話し合いがやっと終わった安心感から、ホッと息を吐き出した。


 この話し合いは、魔族の自慢話ばかりで本当にムダだ。そういう点で、人間の魔術師たちとやっている事は変わらないのだが、シエルはそれを知らない。


 シエルは古くから権力を持つ魔族ブランケンハイムの一族である。


 そのため、この話し合いの場に出なくてはならない。貴族に課せられたくだらない義務だ。


 ただその話し合いの最中、ずっと左耳で耳鳴りがしていた。これは血の誓いを立てたレオが危機だという事を表す。


 速く行かなければと、気が気では無い。それでも、転移をするところを見られるわけにもいかないからと、話し合いが終わるとすぐに部屋を出た。


 そこは山をくりぬいた洞窟の城で、光源の少ない薄暗い道を歩き、適当に人目につかない場所へと向かう。


「シエル」


 ふと名前を呼ばれ、急ぐ足をぐっと堪えて振り返る。


「誰?」


 そこには、腰まで伸びた金の髪を持つ魔族の男がいた。


「はじめまして、だな、シエル。俺はジェレシス」

「なっ!?」


 今正に、貴族達の話し合いに登った相手だった。


 この魔族の世界で、魔王になるというふざけた若造がいると、貴族の長老達が顔を赤くして憤りを見せていた相手だ。


「話は聞いているけど、僕に何か用かな?」


 内心の焦りを隠し、あくまでも冷静を装う。


 シエルは常にそうやって立ち位置を決めてきた。


「いや、偶然見かけたんで声をかけてみただけだ」

「そう。ならもう行ってもいいかな?」


 ジェレシスに対面できたのは、今後のレオとの予定において重要な事だったが、そのレオが今にも死にそうなのだ。こんなところで、油を売っている暇はない。


「まあ待てよ。俺は知ってるぞ、シエル」

「……なんの話?」

「お前の企んでる事だよ。俺もそれには大賛成なんだ。ただ、やり方が地味過ぎる所を除けばな」


 何を言っている?と、惚けるような事はしない。


 そこまでバレているのなら、言い訳をしたところで裏目に出るだけだ。


「そう。それで、僕に何か用なの?」


 再度問う。知った上で、話しかけてきたという事は、何か考えがあるのかもしれないと思ったからだ。


「さっきも言ったが、たまたま見かけたから声をかけただけだ……ああ、それと、さっきお前の大事な友達と会ったぜ」


 友達?と、眉を潜めるシエルに、ジェレシスはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「あいつ、まあまあの味だったぜ。もう少し油が乗れば最高だが…今後に期待して気長に待つさ」

「どういう事かな?」


 そこで、ふと鼻をつく匂いを感じた。それは、人間の血の匂いだ。


 そしてその血の匂いは、シエルのよく知っている人物のものだ。


「……お前、何をしてきた?」

「ただの見学だ。そんなに怒るなよ……殺してはいないんだからさ」


 そう言うが、この血の匂いと耳鳴りが、その言葉を否定している。


「ああ、今から助けに行こうってか?すまない、邪魔をしてしまったようだな」

「わかっているのなら話しかけてくるなよ」

「それもそうだ」


 ジェレシスが不敵に笑う。そして、徐に何かを投げよこした。


「そうだ、助けに行くのなら返しておいてくれ。それが無いと不便だろう?」


 足元に転がったそれは、白く変色した右腕だ。肘で無理矢理引き千切ったのか、グロテスクな切断面から骨が見えている。


「……わざわざ届けてくれて感謝するよ」


 一瞬息が詰まる。動揺したが、上手く隠せただろうか。


「いやぁ、礼はいらない。味見させてもらったからな」


 そう言うと、ジェレシスはさっさとその場を離れる。後ろでに手を振るのを、シエルは憎悪のこもった目で睨みつける。


 その腕は、シエルのよく知る、血の誓いを立てたレオのものだった。







 右腕からドバドバと溢れていた血も、しばらくすると勢いをなくした。


 それから感じたのは、急速に冷たくなる手足の感覚だ。


 ただただ寒い。これだけ怪我をしたのに、痛みは全くなかった。痛さを感じないと、急に生きているという実感が無くなる。


 寒さと眠気が、俺の意識を薄れさせていく。


「レオ様、ヒッ!?」

「ピニョ…?」


 パタパタと駆け寄ってきたピニョのおさげが視界に入る。


「レオ様っ、動いちゃダメです!!今すぐピニョがなんとかしますです!!」

「いや…ピニョじゃどうにもならない…」


 ドラゴンとしても、幼いピニョの超回復でなんとかなるレベルでないことはわかる。俺が待つべきは死か、それともあのスカした態度の魔族か。


「金獅子!」


 次にやってきたのはジゼルだ。と言う事は、外の魔獣はなんとかなったようでなによりだ。


「こ、これは……悪いが助からない……」

「ハハッ、それは、俺が一番よくわかってる」


 絶句するジゼルに、軽く笑いがこみ上げる。


「ピニョ…ジーンたちを、治してやれ」

「っ……はい、レオ様」


 キュッと小さな唇を噛みしめて、ピニョはまた、おさげを揺らしてかけていく。


「ぅぐっ、ハッ、ハッ」

「おい!起き上がるなよ!っちくしょう、なんでこんな…まだ子どもなのに……」

「うるせぇよ。魔術師に子どももクソもない。死ぬときは死ぬ。それが任務でなら本望だ」

「だが、」

「封魔で死ぬのは、ちょっと悔しいけどな」


 それは俺の本心で、他人のかけた魔術によって死ぬ事ほど恥ずかしい事はない。


 あと、魔術師協会の特級魔術師全員に土下座させてから死にたい。


 こんな時にまでそんな事を考えるのだから、俺はとっても執念深い。


「金獅子…何かできる事はないか」


 まるで俺が本当に死ぬみたいに、ジゼルが言うから、また少し笑ってしまう。


「ハハ、なんだよそれ。俺は死なないぜ」

「だが…」


 と、ジゼルが何か言う前に、目の前の空間が一瞬歪む。転移だ。


「遅えよ……」


 俺がそう言うと、現れたシエルが呆れたようにため息を吐き出した。


「君、どうしたらそんな事になるの?」


 血溜まりのできた床と、拡がったアザを見てシエルは言った。


「どうもこうも、俺が一番知りたい」

「はぁ……それで、レオはまだ生きたいの?」


 面白い事を言うなと思った。


「俺が死んだら困るのはお前だろ」

「素直じゃない人間は嫌い。でも、確かにそうだね」


 シエルがニコリと笑う。それから、右手に持っていたものを投げつけてくる。


「いだっ、てこれ俺の腕!?」

「そ。返しといてと言われたから返す」


 珍しくお怒りのようだ。頬をピクピクさせている。


「後で詳しく話せよ」

「君もね」


 そう言って、シエルが俺の額に触れる。魔力の流れが全身に伝わる。細胞が活性される感覚は、いつもながらあまり気持ちの良いものではない。


「ウソ、だろ……」


 側で一部始終を見ていたジゼルが、吐き気を堪えるように顔を背けた。


 それも当然で、引き千切られた腕がくっついていく様は、俺も一度見てから目を逸らすようにしている。


 ものの1分程で、命に関わるような怪我はほとんど修復された。


「何度でも言うけど、封魔による損傷は、治りはしない。誤魔化しているだけだから、あまり無理しないでくれ」

「ああ、サンキューな」


「むっ、シエル!!」


 戻ってきたピニョが、シエルを見て、それから辺りをキョロキョロと見回した。


「残念だけど、ヨエルはいないよ」

「ハッ!?べ、べつに探していたわけではないのです!!」


 プイとそっぽを向くピニョに、シエルが笑顔を向け、それから俺に向き直って言った。


「また来る。そろそろ外の兵士が入ってきそうだ」

「ああ」


 いつものように、来た時と同じく突然姿が消える。淡白な奴。


「金獅子…これは、一体…?」

「『金獅子の魔術師』の秘密のひとつだ。俺は別に、圧倒的に強いわけじゃない。毎度死にかけるし。その度に、魔族のシエルが身体を治す。世間が知っている『金獅子の魔術師』は、無傷で魔族を倒せるって言われてるようだが、真実はこれだ」


 ジゼルは複雑な顔をしていた。


「この事は秘密な!もし話したら、俺はあんたを殺さなきゃならない。もちろん、秘密を知った人全員」

「……わかっている。魔術師に秘密はつきものだ。そうだろ?」

「まあな」


 良かった。物わかりのいいおっさんで。


「よーし、これで任務終了!結局報酬は俺の総取りだ」


 そう言うと、ジゼルが豪快に笑い出した。金属の城に反響してうるさい。


「ククッ、全く、お前は本当に、魔術師らしい魔術師だな!!」

「だろ?魔術師は金にうるさいんだぜ」


 一緒になって笑っていると、そこへ兵士たちがやってきて、無傷の俺を見てホッとしたのか、同じように笑い出した。


 少しして目を覚ました魔術師たちだけが、よくわからない顔をしていた事が、さらに面白かった。








 東部から帰ると、俺は真っ先にルイーゼのもとへ向かった。


 任務完了の報告と、文句を言ってやるためだ。


 白く硬い床にカツカツと靴音を響かせ、執務室の重たい扉を蹴り開ける。


「ここは厳粛な国政の場ですよ。もう少し弁えなさい」


 開口一番、ルイーゼは嫌味のようにそう言った。


「弁えるのはどっちだ?俺じゃなくてそっちだろ」


 言いたいことは山ほどある。


 まず第一に、


「お前らは俺が怖いんだろ」

「……なぜ、そう思うのかしら?」


 ザルサスに封魔をかけさせ、協会から追い出した俺に、今度は平気で任務をやらせる。


 まるで死ねと言われているのと同じだ。


「金獅子の名が、思ったよりも大きくなりすぎて困ってるんじゃないかと考えている。俺がもしこの国を裏切れば、止められる術が無いからだ」


 制御の出来ない兵器は使えない。


 いったいどこでそんな判断を下したのかは知らないが、こいつらは俺を信用できないようだ。


「あなたの考えすぎよ。今回の件は、こちらが不利と見込んでの作戦だった。これ以上東部のためだけに人をやることはできなかったのよ」

「俺でも無理なら仕方ないって話だったもんな」

「そうよ。金獅子が無理なら、それは誰にも無理なのよ」


 よく言うぜ、と思う。実際やりあったあの魔族は、俺じゃなくても、他の特級をぶつければ倒せた筈だ。ま、その後に現れたあいつは無理だろうけど。


「残念だったな、俺が無傷で帰ってきて」

「随分卑屈ね」

「そりゃ死ねと言われているんだからな、卑屈にもなるさ」


 ルイーゼの翡翠の瞳が、俺をまっすぐ見つめる。魔族の方がまだ感情が豊かだ、と思った。


「それだけかしら?」


 早く帰ってくれない?といいたげだ。


「今後、俺に任務を振るのは構わない。だが、何度同じ事をしても、俺は必ず帰ってくる。覚えておけよ!!」

「あらそう、頼もしいわね」


 そう言って、ルイーゼは目の前の書類に視線を落とす。もはや俺のことなんて見えていないかのようだ。ムカつく!!


 けど、もう一つ言っておかなければ。いや、むしろこれが一番大切な事だ。


「報酬は?」


 ルイーゼが眉をしかめて俺を見た。ものすごく見下されている気分だ。そんな目で見られても、俺は負けない。


「……報酬は?」


 何度でも言うぞ!!


 俺の気迫に負けたのか、ルイーゼがため息をついた。それから黒服の一人にアイコンタクトを送り、その黒服が一度部屋を出る。


「あなた本当にガメツイのね」

「よく言われる」


 というか、俺がこうして自ら言わなければ、このババアは報酬なんて振り込んではくれない。ライセンスカードを持ってないから余計に。


 だからこうして、現金を受け取りに来たのだ。これは正当な請求である。


 睨み合っていると、黒服が戻ってきた。手にはパンパンの袋を持っている。


「受け取ったらさっさと帰りなさい」

「言われなくても帰るわ!!」


 ひったくるようにして袋を受け取る。しっかり中身を確認する事を忘れない。俺は金にはうるさいからだ。


 中身を眺めてほっこりする。金貨がいっぱいだ。


「んじゃあな!またいつでも呼べよ。金さえ払うのなら、死ねと言われるのも悪くない」


 それだけ言って、さっさと執務室を出た。


 そのあとその金貨がどうなったかは、言うまでもないよな?

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