第30話 協会とギャルとNo. 1①


 捨て駒テレミーがちょろっと出したけど、俺たちの住む街はナターリア国の中央に位置する都市、フェリルという。


 国の主要機関ばかりが集まるこの街には、他にも主要なものが沢山集まる。


 最新の芸術品、衣服、装飾品、魔道具、あと、噂話。


 こと噂話に関しては、ネタがゴロゴロ転がっている。


 政治家の不祥事、俳優の不倫、同業他社の潰し合い。


 一番厄介なのが、魔術師に関するゴシップ雑誌だ。


 俺たち魔術師協会のゴシップ記事はかなりの人気があるようで、なんなら政治家の不倫騒動より、誰がどの階級になんで上がったかという内容や、どの魔術師がどの魔術師と付き合ってるとかを一面にした方が売れるらしい。


 そんな嘘か本当かもわからない記事を、アホな一般市民は涎を垂らしながら待ちわびている。


 なぜなら、魔力のない一般市民の皆さんは、魔術師協会がドラマティックな波乱万丈切磋琢磨友情努力勝利の世界だと思っているからだ。


 波乱万丈といえば貧乏が頑張って才能を開花させ、一級にあがって金持ちになったとたん堕落して借金つくったりは日常茶飯事だ。つか、魔術師は賭け事が好きなやつが多い。なんでだ?


 切磋琢磨というが、切磋琢磨しているのは五級四級のみなさんで、全部どんぐりのなんとやらだ。俺から見ればの話だが。


 階級がハッキリライセンスに刻まれた途端友情は消え去るし、努力はしないのに堕落する。そんな奴らに勝利は無い。


 中には人気投票という、アイドルグループのように扱う奴らもいるが、俺の見た限り俺よりイケメンはいない。


 んでそのアホなゴシップ雑誌の、付かず離れずのところにいるのが、魔術師にたいして変な憧れや期待を抱いている、魔術師養成機関の皆さんなわけだ。



 朝、学院に行くとクラスの連中が騒がしかった。


「これヤバいよねー」

「ほんとにねぇ」

「何がヤバいんだ?」


 入り口で何やら言っている女子二人に話しかける。二人とも厚化粧でジャラジャラしたアクセサリーをこれでもかと身につけていて、それ校則アウトじゃね?という格好だ。


 俺に話しかけられた事がそんなに驚いたのか、二人とも一瞬ギョッとして、それから答えてくれた。


「見て見てぇ、これ昨日街で買ったんだけどぉ」

「マジこの人カッコよくねぇ?」


 と言って突きつけられたのは、巷で人気の雑誌だった。デカデカとカラーの写真(ちなみに魔力で転写したやつ)が貼り付けてあり、男が三人並んで写っている。


「今めっちゃ人気のある魔術師でぇ、めっちゃイケメンなの!」

「やばくねぇ?」


 ヤバいってそっちか。事件ですか?事故ですか?の気分だっただけに一気に興味が失せた。


「まじやべー」


 めちゃくちゃ棒読みで答えると、女子二人に睨まれた。


「アンタさぁ、前から思ってたんだけどぉ」

「なんだよ?」


 怖っ!どこの世界もギャルって怖いよな?俺の世界もギャルは怖い。


「協会クビになったってマ?」


 えぇ?


「前にさぁ、任務体験ときに話しかけられてたじゃん、あれってさぁ、この人じゃね?」


 と、さっきの写真を見せつけられる。


「おお、リリルじゃね?」

「やっぱ知ってんじゃん」

「クビってマジじゃん」

「クビはマジだが俺の階級などの個人情報については黙秘する」

「んなのハナから興味ないしぃ」

「どうせ野良なんて大したことないじゃんマジどぉでもいいわ」


 俺は今声を大にして言いたい。


 特級魔術師がここにいるぞぉ!!!!元だけど。


「そーですかぁーじゃあもういいですぅー入りたいんでちょっと通してくださぁーい。あーあーリリルに紹介してやっても良かったんだけどぉ、俺ちょっと今機嫌悪くてぇ」


 とか言ってやると、女子二人はあからさまに態度を変えた。掌ヒョイってやつ。


「うちらぁ、前からレオのことすごぉいって思ってんよねぇ」

「だよねぇ!マジ神!レオ様フゥゥ!!」


 チョロい。軽い。イケる!!


「紹介してやってもいいけどぉ、ワンチャン有りなら今すぐ連れてくけどぉ」

「アンタとはないから」


 即答!


「まあそれは冗談だ。俺にはリアという天使がいるからな」

「リアマジ可哀想」

「リアオツ」

「お前ら本当は俺のこと嫌いだろ?なあ?正直に言えよ?」


 別にぃとか言って目が合わないようにしやがった。 


「まあいいや。今から行く?リリルなら多分今アル中で死んでると思う。時間的に」

「えっ、今ぁ?学校どーすんの?」

「お前らその見た目でそんな事気にするんだな……」

「当たり前っしょ!うちら健全なギャルなんでぇ」

「マジ健全なんでぇ」


 健全とは?


「じゃあ放課後な。遊びに行こうぜ!」

「ヒャッホー!レオちんマジアゲー!!」

「イェーイ!!レオちんよろー!!」

「お、おおー!!」


 このノリに俺はついていけるのか?


 高い店のねーちゃんはこんなんじゃ無いのに。


 イェー!とハイタッチして、俺は自分の席に着いた。ユイトとイリーナとリアの顔を、俺はまともに見られなかった……








 放課後、俺は両手にギャルで協会本部へと向かった。ちなみに学院から出るには、外出届が必要だが、それはほら、俺があとでバリスに土下座でもすれば済む話だ。


 ギャル二人の名前は、ミコとエナだ。化粧さえ抑えめにしてくれたら可愛いと思う。顔面のみの偏差値で言うとピニョと同等だ。


「うちらこれで協会二回目!!」

「だねぇ!!」

「はぁ。なんでそんな嬉しそうなんだ?」


 んなとこうんこしに駆け込めるだろ。


「レオちんはわかってないなぁ」

「魔術師協会本部って、うちらの憧れなんよ!ここで働けるって、エリートの証なんだからねぇ!」

「ああそう。エリートねぇ……」


 間違ってはいない。俺が捻くれてるだけだ。


 でも正直協会はそんないいところじゃない。


 支配しているのは階級と能力だ。みんな、誰になら勝てるとか、自分の方が優れているとか、そういうことばかり考えている。


 それを一概に否定してやることも出来ない。


 たった六つの階級に囚われるしか、ここで成功する術はないのだ。


「まああんま騒ぐなよ。割と真面目に仕事してるやつもいるんだからな」


 大抵魔術師以外でここで働いている奴らは真面目だ。


「りょ!」

「オケ!」


 元気よく敬礼なんてしながら、それでもキョロキョロと忙しそうに首を動かしている。


「レオちーん」

「なんだ?」

「元協会魔術師特権とかないんすか?」

「ねぇよ!!」


 そんなんあったら俺が行使してるわ!!


「あっれぇ?レオちゃん!!」


 むぎゅっと俺の頭を抱きしめ、やたらデカい胸に挟むこの女は、


「やめろ!」

「えー?前は喜んでたでしょ?」

「記憶を改竄するな!」


 フレイラという、一級魔術師だ。背は低いが胸と尻はロマンに溢れた童顔の女。大きな目と小ぶりな唇はなかなかに可愛いが、これで三十路を超えているのだから、女とは不思議な生き物だ。


「レオちゃあああん、わたし結構さみしいんだけどおおおお」

「知らん。俺はクビになったんだ!絡んでくるな!!」


 ミコとエナが誰そいつ?と目で訴えている。


「こいつは一級魔術師のフレイラだ。まあまあ強い」

「まあまあ強いんじゃなくてめっちゃ強いの!!」


 フレイラは一級魔術師時代によく一緒に任務に行った。協会の決まりで、新人は階級に関係なくバディで行動するからだ。


 だから、フレイラは俺の実力を知っているし、特級に上がったことも知ってる。もちろんクビになったことも。


「レオちんの女?」

「違う!元バディだ」

「バディ?」


 はあ?みたいな顔のミコとエナに、仕方なく説明してやる。


「バディってのは、新人は最初の半年先輩魔術師と組むんだよ。それをバディって言うんだが、俺のバディがこのフレイラだった」

「ども!わたしこれでも、一級なんだよぉ!!」


 ちなみに俺のバディは一ヶ月で終わった。協会側が必要ないと判断したからだ。もちろんフレイラのせいではなく、俺が強すぎたってわけだ。


「なんかぁ、思ってた一級と違うねぇ」

「うちらレリシア様神なんでぇ」


 ミコとエナが興味ないんすけどぉと髪をクルクルしだす。


「レオちゃん何この子たち超失礼なんですけど!!」

「失礼なのはお前な?俺の方が階級上だったのに!」


 と、小声で言うと、フレイラはニンマリと悪い顔をした。それからミコとエナにこんな事を言い出した。


「きみたちぃ!!面白い話聞きたい?」

「なんすかぁ?」

「本当に面白いなら聞いてもいいっすよぉ」


 相変わらず髪をいじりまくる二人だ。


「あのねぇ、『金獅子の魔術師』のことなんだけどね!」


 途端に二人の眼が輝いた。心なしか身を乗り出す。


「聞きたい!」

「超ユーメー人じゃん!!」


 俺超人気者じゃん!!


「世間では天才とか良いように言われてるけどね、本当はクズなんだよ!!面白いでしょ?」

「おいコラっ!!変なこと言うな!!」

「ええ?だって実際クズだったもん。顔合わせるたびに金貸せって、そんな事いう特級魔術師なんて金獅子しかいないよ?」


 ぐぬぬ、否定できねぇ。


「なんそれチョークズじゃん」

「まあでもイケメンならクズでもうちは許せる」

「あーわかるぅ!養ってやんよって気になるよねぇイケメンなら」


 イケメンなら養うって、こいつらダメンズにハマるタイプだ……


「ってかさ、ここ金獅子もいるって事だよね?」

「確かに!」

「会えんのかな?」

「会えたらサイン貰おっ」

「んじゃうちハグ」


 勝手な事言って盛り上がっているが、俺はここです!!


「会えたらいいね!んじゃ、お姉さんはお仕事なのです!バイバイ!」


 フレイラは嵐の様に去っていった。最後にニンマリして俺を見た事に気付いたけど知らん顔してやる。


 ロビーを抜け、適当にリリルが居そうな場所へ移動する。その間も、すれ違う魔術師たちが俺を見て不審な顔や、バカにするような顔をするが、まあいつもの事だし気にしない。


「レオちん」

「ん?」

「レオちんって嫌われてた?」


 ど直球なエナにイラッとしたが、なんだか心配そうな雰囲気だった。


「まあな。学院出じゃないし、ガキだったからな」

「そーなんだ。レオちん意外と苦労したんだ」

「お前らは差別なんかする魔術師になるなよ!」


 実力や階級に支配されてる協会魔術師には、どこかに捌け口が必要だったんだと理解はしている。


 野良がどうとか、正規がどうとか言う奴も、結局苦しい思いをしているんだと思うと許しはしないが同情はする。


「あっしら心キレイなんで」

「んなしょーもねぇことしませーん」


 明るく笑う二人に、俺もちょっとだけ笑う。


 ギャルなのに良い子だ……


 とか思っていると、協会職員用の食堂についた。一階の端だが、暇な魔術師たちがよく集まっている。


「ここが食堂。あんまり美味しいものはでない」


 立ち止まって説明してやる。と、厨房から怒鳴り声がした。


「オラアアア!悪口言ってんじゃねぇぞそこのガキ!!……お?レオじゃん」


 フライパンを振り被って顔を出したのは、この食堂のドン、パセリさんだ。


 パセリさんは名前に似合わず主役級の悪人顔をしているオッサンだ。その顔を見て、ミコとエナがギョッとしてる。俺の後ろにヒョイっと隠れるのはちょっと可愛い。


「悪口じゃなくて事実だろ」

「まあな…ってそんな事ないだろ?これでもなかなかに評判なんだ」


 そりゃその顔で「美味いよな?」って言われたら美味いとしか言えない。


「そういや最近来ないと思ってたが、クビになったってマジ……みたいだな」


 パセリさんが俺の制服姿を見て笑いを堪えている。


「クビになった事笑ったやつ全員土下座させる計画をたててるんだが、パセリさんも対象にいれようか?」

「遠慮するが……面白いのはレオの制服姿の方だ…プククッ」

「制服笑ったやつ全員海に沈めようと計画してるんだが、パセリさんはそっちに入れておくな」


 どいつもこいつも俺をバカにしたこと後悔させてやる。


「というのは……半分冗談だが、リリル来てない?」

「リリル?あいつはもう食堂出禁」

「え?」


 マジか?なんで?と、聞く前に、パセリさんが思い出し怒りしだした為に、俺はミコとエナを連れて食堂を出た。


 パセリさんは料理人のクセに、平気で調理器具で攻撃を仕掛けてくるからだ。


「なにあのオッサンマジ怖いんだけどぉ」

「視線で殺そうとしてんのマジヤバいよねぇ」


 同感だ。


「んー。リリルのヤツどこにいるんだ?」


 いつもなら食堂で暇つぶしてるか、宿舎にいるハズ。ただ、業務時間内だから宿舎にはいないと思うが……あいつが真面目に任務行ってるのも笑える。


「ね!レオちん!」

「なんだよ?」

「特級魔術師ってどこにいんの?」


 ここにいます!という冗談はさておき。


「四階会議室か、三階の個人の仕事部屋か…あとはそれぞれの管轄でなんかやってんじゃね?」

「へー。じゃあ会えないじゃん」

「普通は会えないんだって。忙しいんだよ、特級は」


 この俺すら、特級の頃はほとんど協会本部に居なかった。定例の会議はボイコットしてたし、日中は任務で、夜は……察してくれ。


「んでもバリス教官は結構学院にいるよね?」

「あいつは俺のことが大好きなんだ」

「……キモッ」


 自分で言っといてなんだが激しく同感だ。


 トレーニングルームとか、資料室がある二階行ってみるか。いや、あいつは絶対にそんなところにいない……困った。


 悩んでいる所に、ジャスが慌てて走ってきた。


「イケメン!」

「ヤバッ!」


 よかったな、ジャスもイケメン認定されて。


「ジャス、ちょうど良い所に……と思ったけどどうした?」

「レオか。なあ、特級魔術師誰か見てない?」

「いや…見てないが、何かあったのか?」


 ジャスはハアハアと息を切らせ、一度ゴクリとやってから言った。


「ロビーでリリルが一級に絡まれてるんだ!今階級的に口出せる奴がいなくて…」

「んだよ…本当ここ野蛮人ばっかだなぁ」

「それは否定できないが……そういうわけだから、特級の誰かいないかと探してるんだが、そう簡単に見つかるわけないよな」


 やれやれ。リリルも大概クズだから、そりゃ誰かに絡まれても仕方ないとは思う。


「クソッ、あいつ、最近雑誌で特集組まれたからって、調子乗りやがってッ!!」

「雑誌?」

「そうだよ!協会魔術師イケメン特集ってふざけたやつ。リリルも乗ったんだが、それが気に食わないって因縁つけて来たんだよ」


 なんという低俗な理由なのか。何度でもいうが、ここは品行方正な魔術師の仕事場です。


「ねぇレオちん、その雑誌ってうちらが朝見てたヤツじゃねぇ?」

「ってことは、イケメン見られるじゃん!」


 と、調子に乗ったギャル二人が、ロビーへ向かって走り出した。


 その後ろ姿に、ジャスですら複雑な表情だ。


「はぁ。まあ、俺もリリル探しにきたんだし、ちょっと助けに行ってやるか」

「は?レオ程度じゃどうしようもねぇよ。相手は雷系統が使える一級なんだぜ」


 俺と被るじゃねぇか!!


「大丈夫大丈夫!さて、行くか」


 いまいち信用できないと、ジャスは不安そうだった。

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