第31話 協会とギャルとNo. 1②
「たかが四級魔術師が、ちょっと人気が出たからって調子乗ってんじゃねえよ!!」
ざわつくロビーにつくと、野次馬に囲まれた先でリリルが床に転がっていた。リリルはプライドの高いクズなので、なかなか見られない光景に俺は内心ゲラゲラ笑ってやった。
「レオちん、あの怒ってるイケメンがNo. 1なんだょ」
「ちょい幻滅ぅ」
ギャル二人がこそこそ耳打ちしてくる。なるほど、確かに朝見た雑誌の、中央にいたヤツだ。面白い事に協会規定の黒いローブを、キラキラした装飾を付けてアレンジしてある。それに、テラテラした記事のグレーのジャケットが見える。おまけに全身シルバーアクセサリーだ。
魔術師よりホストの方が向いてんじゃね?
「俺は調子になんか乗ってない。女の子が勝手に寄ってくるだけだ」
「んだと!?」
思ったより低俗な言いがかりのようだが、リリルもリリルでクズだ。
「大体、お前がNo. 1なのって一級だからだろ?そうじゃなきゃ俺の方がイケてる」
リリルは頭がおかしいのか?煽り散らしてどうすんの?
それに転がってるくせに、ドヤ顔で何言ってんの?
「てめぇ、謝れよ!こっちは一級だぜ!?」
そう叫んでニヤつくNo. 1は、急に片手を上げた。パチパチと掌の上に電気の筋が弾ける。
「どうだ!!これが『金獅子の魔術師』と同じ一級魔術だ!!お前なんかビリビリにしてやる!!」
いやいや、俺の呼び名をこんなところで出すんじゃない!
「レオちん、金獅子ってあんなしょぼいの?」
「前にレオちんが出した雷刃の方がカッケかった」
ギャル二人が身もふたもないことを言い出す。風評被害もいいところだ。
「は?ショッボ!それで一級なんて、なんかの間違いじゃないか?」
リリルが更に煽り、それに伴って野次馬たちもクスクス笑い出した。
やれやれ。
本当に下らない。
ギャル二人が言う、エリートの集まりであるはずの協会魔術師が、イケメンがどうとか、階級がどうとか、本当に下らない。
そんな事のために魔術を使わないで欲しいし、そんなやつは魔術師にならないで欲しい。
「一級魔術師って案外簡単になれるんだな」
「クソが!いい加減黙れ!!」
リリルが言い放った言葉が、No. 1を本気で怒らせた。掌の閃光がより激しく弾ける。無詠唱だ。なかなか出来る奴ってことは認めてやるが……
全然綺麗な魔術じゃない。
同じ雷系統として、あれはいただけない。
「死ねッ!」
No. 1が床を蹴って跳んだ。パチパチを纏った拳で、リリルを殴ろうと迫る。
「レオ、ちん?」
ミコの声が一瞬聞こえたが、俺は振り返らずに走り出す。
「〈雷光、一閃の刃、顕現せよ:雷刃〉」
ヂヂヂッと雷刃の電撃が空気を弾く。耳を塞ぎたくなるような音を放ち、No. 1の拳を弾き返す。軽く吹っ飛んでいった。
「うぐあっ!?」
一回転して起き上がったNo. 1は、可哀想に鼻から流血している。No. 1が台無しだ。
「レオ?」
「よおリリル。珍しく這いつくばって楽しそうだな。俺も入れてくれよ」
「はあ?入るんじゃなくて変われよ」
助けてやったのに偉そうになんだよこいつ。
「誰だよてめぇ!?」
No. 1が鼻血を袖で拭いながら睨みつけてくる。
「そこの学院の学生だ。つか、俺はお前と同じ特殊魔術が得意なんだが、なんだよその静電気は?それで『金獅子の魔術師』と同じってか?冗談やめろよ。俺は別に、そんな変な名前の魔術師とは関係ないけどなぁ、ヘタクソ魔術を見るのがイヤなんだよ!!」
自分で変な名前とか言っちゃった。まあいいか。実際変だし。
「〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん〉」
詠唱を途中で切り、円環構築をあえて長めにしてやった。見せ付けるように、掲げた右手の前に青白の輝く円環が現れる。
代償として、心臓が大きく一度脈打ち、ジワジワとした痛みが走る。円環構築に時間をかけたせいで、少し魔力消費が大きかったが仕方ない。
「一級魔術ってのはさぁ、こういうののこと言うんだぜ!!〈雷双破〉!!」
轟音がロビーに響き渡る。空間に現れた黒い閃光を放つ稲妻が、No. 1の足元に落ちてロビーの床にひび割れを作った。
「ひぎゃああああ!!!!」
哀れな声を上げてその場に尻餅をつく、残念なNo. 1イケメン。驚愕で声も出ない野次馬たち。
「……マジかよ、レオ…お前本当はすごい奴だったんだな」
リリルはいつのまにか隣に立ってた。
「見直したか?」
「いや、全然。アホだなと思った」
おいおい、助けてやったのになんだよ?
「ハッ!素直に俺にすごいですレオ様と言えよ」
「お前が無事だったらな」
ん?と、リリルの視線の先を追えば……
「……レオおおおお!!!!」
「バリス!いつのまに!?あ、いや、俺なーんもしてないぜ?なあリリル?」
「バリスさーん、レオが床に穴開けましたぁ!!」
「んの、殺すぞテメェリリル!!」
完全な裏切りだ!!
「いやあああああっリリルの裏切り者おおおおおお!!」
バリスに連行される俺の悲鳴がロビーに響き渡った。呆然としていた野次馬たちが、見て見ぬ振りして散っていく。
リリルが合掌して、ジャスとギャル二人もそれにならう。
……泣いていいですか?
★
目の眩むような黒い稲光と激しい爆音。
それはまさしく、あの時見た特級魔術師のものに間違いはなかった。
蘇る記憶の中の彼は、妖しく輝くような黒い電光を纏い、平野を覆う魔獣の大群を一撃で薙ぎ払った。
その先にあった村を爆風で吹き飛ばしたことも忘れていない。村長たちはそれはもう大層キレていたが、そんな事どうでもいいと思った。
たとえどんな代償を払ったとしても、あそこまで美しく華麗で、それでいて圧倒的な破壊を生み出す魔術を見られるのなら安いものだと思った。
全ての魔術師の頂点に立ち、魔族をも圧倒するその力はまさに規格外だ。
あの光景を見てからだ。
強くなりたい。
彼と同じとまでは言わない。
でも、同じところから同じ景色を見たい。
協会へ入れば、彼に会えると思った。
その為に学院に入った。
そして、今日やっと見つけた。
見つけたと思った。
「なんで……?」
目線の先、特級魔術師に襟首を掴まれ引き摺られていくそいつは、クズだと噂されているレオンハルトだ。
信じられない。
しかし、あの雷の魔術は確かにあの時見たものと同じだ。
「……なんで」
呟いた声は、協会ロビーの片隅で小さく消えた。
★
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