第32話 憧れ①


 ユイトが長剣片手に駆ける。狙いは多分、俺の持つ剣だ。


「〈燃え上がれ:火炎〉」


 避けようと踏み込んだ瞬間、想定した着地点に炎の壁ができる。


 急速反転し、身を翻すと同時に屈むと、頭上をユイトの長剣が横切って行った。


「クソッ!〈風撃〉!!」


 慌てて詠唱無しの魔術名のみの風撃を放つユイトだが、思ったより消費魔力量が多かったようで、一瞬動作が鈍くなる。


 その遅延は明らかな隙だ。それに、至近距離から放った風撃も威力は無いし、逆にいい目眩しだ。


 俺は風撃の余韻に紛れて回し蹴りを放つ。ユイトは間一髪で腕でガードした。


「イッテ!」

「ユイト、頭!」


 イリーナが叫ぶ声。ユイトが頭を下げる。


「うらあっ!」


 目の前にイリーナの足が迫った。ただの蹴りだが、獣化の可能性があるイリーナの動きは速く、攻撃のひとつひとつが鋭い。


 それともうひとつ、女子学生用の制服の黒いヒラヒラスカートの下に、パンツ以外の物が見えた。


「おまっ、そこは生パンのままにしろよ!!」

「イヤよ!見えちゃうじゃないの!!」

「それが良いんだよ!パンチラくれよ!」


 躱しながら抗議するが、聞き入れてもらえない。


「変態!クズ!」

「なんとでも言えよ」


 イリーナの短剣がガチで殺気を纏っている。避けるので精一杯だ。


 手足を上手く使って、的確に有効な攻撃を打ち込んでくる。そこへ、風を切るシュッという音がした。剣を振って弾き飛ばす。普通の木の矢だ。


 ちょっと離れたところで、リアが悔しそうに頬を膨らました。めっちゃ可愛かった。


「よそ見すんなよ!」


 火弾が来る。ユイトだ。イリーナが離れたところに、ナイスなタイミングで撃ち込んできた。が、そろそろなんかやってくると思っていたから、簡単にかわせる。


 熱風が頬を撫で、呼吸の邪魔をする。


「やれやれ。もう少し本気でやれよ。〈業火でもっ「ダメっ!!!!」


 叫んだのはイリーナだった。詠唱の途中破棄は、その魔術発動に必要な魔力量の半分を無駄にする。


「なんで止めるんだ?」


 俺はイリーナ、ユイト、リアを順に見た。


 三人ともソワソワしていて不快だ。


「やる気ないならやらなくてもいい……俺の機密を知ってるから魔族に狙われるかもしれんが、それは俺の所為だ。バリスに言って護衛でもなんでも付ける。なんなら出来る限り俺がなんとかする」


 三人くらいなら、今の俺でもなんとか守り切れるか。シエルさえ飛んできてくれるならだけど。


「それもダメ。あたしたちは強くなりたい。自分で自分の身を守れるくらいには、ね」


 そう言いだしたのは、確か二週間ほど前だったか。


 俺はてっきり、魔道具を手にしてやる気が出たんだと思った。だから毎日放課後に、こうして地下室を借りて何でもありの組み手をしているわけだ。


 なのに、いまいちヤル気が見えない。


 別に手を抜いているわけでもない。最初こそ遠慮がちだったが、今では真剣を平気で振り抜いてくるくらいにはなった。


 特にユイトの成長が早い。魔術名だけでそれなりの魔術を、いいタイミングで撃ってくるようになった。


 魔獣程度ならひとりで十分対応できるだろう。


 ま、円環構築から発動までの遅延は大きな欠点だが、何度も練習すれば感覚的に理解できるようになる。魔術は反復練習が重要なのだ。


「なら何が気に入らない?手っ取り早く強くなりたいなら実践形式が一番だ。適当に魔獣でも狩りに行くか?それはそれで為にもなる。いざとなれば俺が倒せばいいから、失敗は気にするな」


 魔族やドラゴンと遭遇しない限り、対応は可能だ。少々地味な方法になるが。


「それって、レオが魔術でやっつけるってことだよね?」

「当たり前だろ!俺は魔術師だ。それも、歴代最強のな」


 俺のアイデンティティを破壊する気か?


「でも剣も使えるじゃない。弓も。ほかの武器だって使えるんでしょ?」

「それなりにな。全部魔術を極める為だが」


 リアに教えた解術のように、魔術には武器の形状に特化したものもある。


 クラスメイトには、近接武器の有用性を距離的な問題として解説したが、扱える魔術の幅を広げるという意味でも、武器を使用した戦闘の知識は必要だ。


 俺が小さい頃は、ザルサスが無茶苦茶言うのに耐えた。1キロくらい先の的に矢が当たるまで帰ってくるなとか、魔術なしの剣のみで魔獣を100匹倒すまで帰ってくるなとか、ほんと色々やらされた……


「はー。今日は終わりにしようか」


 集中できないのならやらない方がいい。ケガでもされたらたまったもんじゃない。怒られるのは俺だ。


 三人とも納得のいかない様子だったが、終わりと言ったら終わりだ。俺は優柔不断は嫌いだからだ。


 校舎から出ると既に辺りは真っ暗で、星が綺麗な夜だった。


 街中で見る星より、何もない荒野で見る星の方が断然綺麗で、少し懐かしい。


 全てが自由だったのは、もう遠い昔の話だ。


「〈曠劫の間、窈窕たる淑女、開闢のおりより瞬くは、青蓮なる星の輝き〉」


 歩きながら何気なく口遊むと、小さな光の粒子が辺りを明るく照らす。それは地に落ちた星のように。


 ただの詠唱だが、力のある者が唱えれば、それは奇跡の言葉となる。


 ザルサスは俺にそうやって魔術を教えた。


 魔力のみで現象を創ることができた俺は、詠唱をするのがとても窮屈だった。わざわざ力を型に落とすことが面倒で。


 そんな俺に根気よく、歌うような詠唱を教えてくれたのはザルサスの娘だった。


「ふえっくしっ!うぇ、風邪ひいたかな……」


 宿舎に帰ったらさっさと寝よ。今日は夜遊びはしませーん。お酒も飲みませーん。









 レオが呆れたようにひとり帰ってしまった次の日。


 イリーナはリアとふたり、いつものように食堂で朝食を食べていた。


「私たち、ちょっとは強くなってるよね」


 向いに座るリアがトーストを手に持ったまま、一口も齧らないで言った。


「うん。リアは弓の扱いに慣れてきたし、解術も一応形にはなったでしょ。あたしはまだよくわからないけど、だんだんレオの動きについていけるようになってきた」


 とは言っても、身体強化もなにもしていない生身のレオに、獣化の感覚を持ってしても触れられないというのが現状だった。


 レオには人間離れした観察眼と反射神経がある。一体どうしてそんな事ができるのかと思うほど、魔術も体術も当たらない。


 あるいは未来が見えているのだろうか、とすら思ってしまう。


「次は一勝取ろうね!」

「うん!」


 二人はニコリと笑って朝食を再開する。が、イリーナの視界の隅に、不気味な人影が見えた。


 それはゆっくりとイリーナとリアのテーブルへと近付いてくる。リアは背を向けているから気付いていない。


「どうしたの、イリ?」


 異変に気付いたリアが愛称で呼びかけるが、イリーナは一点を見つめたまま青い顔だ。


 首を傾げ、とりあえずとリアは振り返った。一体、この活発な幼馴染みは何に怯えているのだろうと、気になったのだ。


「え、レオ?」


 振り返った先、そこには、まるで死人が生き返ったのかと疑うほど、青白い顔をしたレオがいた。立って歩きはしているが、その歩調はかなりおぼつかない。


「大丈夫!?」


 慌てて駆け寄る。フラフラの身体を横から支えた。制服越しに触れる身体は、確かに男の子のそれだが、今日はいつもより頼りない。


「へっくしょっ」

「風邪ひいたの?」

「んー大丈夫大丈夫……」


 リアも、その様子を見ていた他の学生も、レオの言葉に頬を引きつらせる。絶対に大丈夫なんかじゃない、と。


「無理せず休めばいいのに」

「リアの…顔が、見たかったんだ……」


 学生たちは思う。やっぱりこいつはアホだと。ただ、リアだけが少し頬を赤くしていて、アホなのはリアもか、と満場一致の見解をしめした。


「医務室行こう?」

「いや、本当に大丈夫だ。ただの風邪だし、その内治る」

「でも…」

「リアが添い寝してくれるなら帰る。もちろん全裸でぶふぇら!!」


 どこからともなく学生鞄が飛んできて、それは見事レオの顔面に直撃した。もちろん投げたのはイリーナだ。


「変態黙れ!!」

「ふぁいすいまふぇん」


 レオは青い顔のまま呟き、ヨロヨロとリアの隣の席へと座る。


「ご飯食べられる?」

「……ムリ」


 そのままテーブルに突っ伏してしまう。


「本当に大丈夫かな……」


 リアがとても心配そうに言うが、イリーナは別の気がかりがあり、それは風船みたいに、どんどん、どんどん膨らんでいった。


「本当にただの風邪ならいいけど……」


 イリーナがポツリと溢した言葉の意味を、リアもしっかり理解している。


『レオにあまり怪我をさせてはいけないよ』


 そう言ったシエルの言葉が離れない。


 イリーナ、リア、ユイトの三人が強くなりたいと言い、実戦形式の組み手を始めたのもそのためだ。


 レオだけが闘わなくて済むように。これ以上怪我をしないで済むように。


 最強の魔術師と言われている彼には、あとどのくらいの寿命が残っているのだろうか。


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