第33話 憧れ②
★
リアとイリーナに押し付けられたのは、青白い顔で見るからに体調不良の元特級魔術師だった。
「えっと……どうした、これ?」
ユイトは、半ば引き摺られるようにして教室までやってきたレオを眺めて訊ねる。
「はぁ、はぁ…食堂で拾ったのよ…」
「風邪ひいたみたいなんだけど……」
イリーナもリアも、自分より体格のいい男子をよくここまで連れてこれたなとユイトは感心した。愛だなと、勝手に思った。
「も、疲れた…」
「あとはユイトよろしく…」
まだ朝も早いが、すでに二人とも疲労困憊だ。
「まあ、いいけど。つか休めばいいのにな」
「それも言ったんだけど、大丈夫だって言い張って聞かないのよ」
「変なところ頑固だよな…普段不真面目なのに」
「そうよね…変なの」
隣で軽く寝息を立て始めたレオの金の髪を見遣りながら、ユイトは実は複雑な心境でいた。
自分に魔力があると知ったのは物心ついてすぐの頃で、ユイトの両親はとても喜んでくれた。
でもそれは、幼い子どもの気持ちを思ってそう装っていただけで、実際は違ったと知ったのは、実は最近の話だ。
中央都市フェリルで産まれた子どもたちは、初等学校で読み書きや計算などの教育を受ける。その中で、魔力のある子は追加授業で基本的な魔力コントロールと、魔術についての基礎中の基礎を習う。
ユイトもそんな子どものひとりだった。
中等学校へ通う頃には、ユイトの実力はそれなりに上の方で、また、真面目な性格もあり、ユイトへの周囲の期待は大きかった。
当然高等教育として、学院に通うのだと意識し始めた頃、同じ魔力持ちの友人らの間である噂がたった。
魔術師協会歴代最強が、ついに特級魔術師になった、というものだ。
なんでもその魔術師は、過去最短で特級まで登り詰め、数多の魔術を使いこなし、魔族をも単独で撃破するというとんでもないやつのようだった。
そんな嘘みたいな噂話が飛び交っているのに、個人を特定するような情報は一切出ておらず、従ってその魔術師は十代なのではないか、と言われ始めた。
当然ユイトたちは、その謎の最強魔術師に憧れを抱いた。
学校帰りに友人と何度協会本部へ忍び込んだだろうか。会えるわけもないのに、捕まって放り出され、キツいお灸を据えられても、それでも協会本部に忍び込んだ。
学院に進学して、協会へ入れば会えるだろうか。
今の成績を維持していれば、学院でもそこそこいい成績を残せる。
だからユイトは、両親に協会魔術師になること、その為に学院へ通うことを伝える。約一年前の暑い夏の日だった。
『ユイトには、ちゃんとした仕事について欲しい』
両親はただ一言そう言っただけだった。
危ない、死ぬかもしれない、給料が良いのは一部の高ランク魔術師だけ、そんなのはほんの僅かの運だ。
両親の気持ちもわからないことはない。
応援してくれると思っていた。幼い頃に笑顔で褒めてくれたからだ。
しかしやはり、魔力を持たない両親には、この力の素晴らしさ、美しさ、高揚感をわかってもらうことはできない。
それでもユイトは、もっと魔術を上手く扱えるようになりたいという真面目な気持ちでもって、学院入学までに両親を説き伏せた。
念願かなって学院に通う事ができ、自分も『金獅子の魔術師』…とまではいかなくても、両親の納得するような立派な魔術師になると心に決めて。
そして出会ったのが、レオだった。
何度も協会本部に忍び込み、その姿を少しでも見てみたいと憧れ、気持ちを同じくする友人と語り合った最強の魔術師が、まさか今、自分の隣にいるとは。
憧れは憧れのままにしておくほうが良かったのかもしれない。
まさかあの頃バカみたいに追いかけた存在が、こんなクズ野郎だとは思わなかった。
すごい奴なのだとは思う。何度か見た魔術は、今までに自分がみたどんな魔術よりも無駄なく美しかった。なのに口は悪いし性格は最悪だ。
正直、ユイトはどう接するのが正しいのかわからない。
ふとした瞬間に、特級魔術師なんだと感じてしまう事がある。
クラスメイトとして。同じグループとして。
気安く接していて良いのかとも、思う。
「はあ…」
退屈な授業を聞きながら、ユイトはため息を吐き出した。
「はい、午前の授業終わりです!今の話を考慮して、午後からは広場で実際に魔術を使ってみましょう。それから、午後は2組と合同授業です」
教師がそう言って、教室から出て行くのと、チャイムが鳴るのが同時だった。
「レオ、起きられるか」
「んー、大丈夫」
「昼飯どうする?」
「行く……」
午前中の授業を目一杯寝て過ごしたレオは、朝は青白かった顔が、今度は真っ赤になっている。
「あっつ……」
「おいコラネクタイを投げ捨てるな」
熱が上がっているようで、きっちり締めていたネクタイを外して投げ、それを律儀にリアが拾った。
「あれ、なんか元気出てきたっぽい」
ふとレオが妙なことを言い出す。眉根を寄せて不審な顔をするユイトなど無視して、フラフラした足取りで教室を出て行くレオ。
「あいつ大丈夫か?」
「さあ…でもわかるよね、熱が高い時、なんか妙にハイテンションになるの…」
「いやわからん。イリーナもレオと同じ人種なんだな」
「やめて!!!!」
本気でキレるイリーナを、リアと二人笑う。さてレオを追いかけようかという時、廊下で物音がした。
「レオっ!」
イリーナが一目散に駆け出し、だが、廊下を見て止まった。
「どうした?」
同じく廊下に顔を出したユイトも、同じく時が止まった。リアも、だ。
「なあ…ごめん、ぶつかっちゃって」
「いいいいえ、とんでもないですこちらこそすいませんっ」
「ぶつかっちゃったのもさ、なにかの運命かもしれない。これほら運命だよね?」
「いやあの近いですっ」
「今日このあとヒマ?俺の部屋来ない?絶対後悔させねぇからさぁ」
「いい行きませんよっ」
妙な現場に立ち会った。
状況を説明するならば。
廊下に散らばった教科書と筆箱。
壁に押しつけられるようにして、真っ赤な顔で一生懸命視線を逸らす眼鏡の男子学生。
それを、所謂壁ドンで追い込み、こちらも赤い顔でアホなことを言うレオ。
高熱に熱った肌と熱い息遣い、はだけたシャツは妙に艶かしく、そんなレオにタジタジの男子学生がかわいそうなことになっている。
そしてもうひとつ、それを鬼のような顔で見つめるイリーナ。
「何しとるんじゃああああ!!!!」
イリーナの捻りを加えた高速パンチがレオを襲う。と、レオがヒョイっと避けた。イリーナの拳が、男子学生の顔面にクリーンヒット。
眼鏡が飛んでカシャンと音を立てて落ちた。
「ううっ、痛い……」
「ご、ごめんなさい!!」
慌てるイリーナと、頬を押さえて蹲る男子学生。
「あーやっちゃったな」
「イリ…手加減知らないから……」
ユイトもリアも、痛々しい男子学生に同情の目を向ける。
「ほんと、ごめん!!大丈夫?」
「え、あ、だ、大丈夫です…眼鏡……」
男子学生が慌てて眼鏡を拾い上げるが、さらに不幸なことにガラスが割れてしまっていた。
慌てるイリーナだが、慌てたところで元には戻らない。
「べ、弁償するから!本当にごめんなさい!!」
「大丈夫です…替もあるんで…」
変態に絡まれた後に理不尽に殴られ、その上眼鏡まで割れてしまうなど、とんだ不幸だ。
アワアワするイリーナと、落ち込む男子学生……に手を差し伸べる、本日頭のおかしいレオ。
「ん、貸してみ」
徐に眼鏡を取り上げて、レオが赤い顔で笑う。
「こんなんちょいちょいっと直せる…〈刻逆〉」
イリーナが止める間もなかった。ユイトは彼女がレオに魔術を使わせないようにしているのも、その理由も知っている。
「うっ、ゲホッ、ゴホ……」
詠唱も円環もなく、ただ眼鏡の時だけが戻ったように、レオのもつそれは新品のようだった。
それと引き換えに、急に咳き込んでふらつくレオに、イリーナが慌ててその身体を支える。
「バカッ!あたしが弁償すれば済むはずだったのに!!」
「うるせぇ…お前の声で頭が痛い……」
「ちょっと、血が…」
「やめ、ちょっハンカチ押しつけんな!!ガキ扱いすんじゃねぇよ!!」
ガキ扱いするなと言うが、側から見れば母親と子どもだとユイトは思う。
「あの、ありがとうございます。直していただいて」
そこに、眼鏡を受け取った男子学生がペコペコとお礼を言う。悪いのはイリーナだが、男子学生はなぜかとても低姿勢だった。
「気にするな。もともとこの短気女が悪い」
「あんたが絡んでたからでしょ!?」
「えー?俺そんなことしたぁ?」
「とぼけんな!!」
そんな二人のやりとりを前に、男子学生は完全に引いているようで、再度お礼を言うと教科書や筆箱を拾って走り去った。
「イリーナが怖いから逃げちゃった」
「私のせいじゃないわよ!!あんたが変態行為のお誘いをしていたのが悪いのよ!!」
「お前知らないのか、男はみんな変態なんだぜ」
「死ね!!」
ユイトは思う。
あの頃憧れていた魔術師って、一体なんだったんだろうと。
★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます