第34話 憧れ③
★
レオンハルト・シュトラウスは、学院初日から注目の的だった。
曰く、素行の悪い先輩に絡まれ、土下座して謝り倒し、ボコボコにされた挙句に一級魔術でやり返した、ということだった。
さらに、クラスメイトと決闘を行い、これまた一級魔術で圧勝。相手の女子学生に土下座を強要した。
学院トップの特級魔術師であるバリスと知り合いらしく、その彼を投げ飛ばしたとも言われている。
テストでは学年一位を取り、一級魔術をいくつか扱い、任務体験では協会魔術師と親しげにしていた。
特級魔術師のレリシアとも懇意で、よく協会に出入りしている。
魔道具選びの際には、空間から魔剣をも取り出して見せたとも言われている。
そんな彼と、初めて話してしまった。
妙な雰囲気で絡まれたかと思えば、割れた眼鏡を無詠唱で直してくれた。
やっぱり、彼は本物だ。
本物の『金獅子の魔術師』だ。
二週間ほど前、少し用があって協会本部へと寄ったあの日。
ロビーで揉めていた魔術師たちの中に割って入り、爆音を轟かせて黒い雷を落としたレオンハルトは、正しくあの時の特級魔術師だ。
やっと会えた。顔を見る事ができた。
初めて彼を見たときにはわからなかった素顔は、男の自分でも、思わずときめいてしまうほどかっこよかった。
ただの憧れだった。だったはずなのに。
近くにいるとわかると、どうしても考えてしまう。
どうして同じクラスではないのか。
どうして隣にいるのは自分じゃないのか。
自分が弱いからか?
強くなれば隣に立てるのか?
強くなりたい。
憧れていた彼に、自分を見てほしい。
どうすれば強くなれるのだろう?
せめて少しでも彼の視界に入るためには、どうすればいいのだろう?
平凡な自分。
取り柄のない自分。
強くなりたい。
そして、自分を見てほしい。
そんな考えばかりが頭をぐるぐると回り続けている。
この苦しいほどの思いを、軽くできるのならなんでもするのに。
★
朝起きた時から俺の体調は最悪だった。
頭が痛い。身体の節々が痛くていうことを聞かない。喉も鼻もムズムズするし、食欲もなかった。
それでも学院に行く俺は、多少は真面目になっただろ?
午後の授業は外の広場で、詠唱と円環構築の遅延について実践を交えたなんかするらしく、俺は真面目に参加した。
今のユイトには特に必要な授業内容だから、適宜指導してやろうと思ったからだ。
「レオー!久しぶりだな!」
授業開始前、広場の地面に座り込む俺を見下ろし、やけに親しげに話しかてくる奴がいた。
「なんであんたがここにいるんだよ?」
「いやぁ、それが、バリスさんに特別にって頼まれてね……ほら、彼怖いから」
と、頭をかきながら困った顔をするそいつは、特級魔術師のアイザック・ウェスタンだった。歳は30代中頃で、爽やかな茶髪のインテリ系魔術師だ。
「それに、この授業内容は私の専門分野だからね」
「あー、確か、魔力コントロールと発動遅延に対するなんちゃら…とかいう論文のあれだろ」
「さすがによく知っているね。君はクズって言われてるけど、魔術に関する姿勢だけは真面目だ」
「それは褒められてるんだよな?」
睨む俺を、アイザックは、あははと笑って流す。
「褒めてるよ。しかし、君がいるなら私は必要なかったね」
「そんなことないだろ。周り見てみろよ、特級魔術師だ!ってみんな喜んでるだろ」
学院生は、特級魔術師が大好きだ。そいつがどんな奴かも知らず、ただただ憧れている。
その証拠に、さっきからずっとアイザックに熱烈な視線を注ぎ、興奮状態で何事か騒ぎまくっている。
「困ったなあ。こういうの、あまり慣れていなくて」
それに、とアイザックは続ける。
「君の方が、私の何万倍もレアな魔術師なのにね……それで、その後どうかな?力を封じられ、惨めな学院生活を楽しんでるかい?」
これだ。
こいつはそういう奴なんだ。
腹の中真っ黒。
「うるせぇ。あん時お前、腹抱えて笑いやがっただろ。絶対に許さねぇからな」
「怖いねぇ。まあ、そんな状態の君に何ができるのか……楽しみだよ」
唾でも吐きかけてやりたい気分だが、そこでちょうど授業開始のチャイムが鳴った。
アイザックはニヤニヤと笑ってから、スッといつもの爽やかな笑顔に切り替えて、学生の前に立つ。
「えー、午後の授業は、特別にアイザックさんに見ていただきます」
先生がそう言うと、1組と2組全部で40人の学院生が、アイザックへと集中する。もちろん俺は聞いてない。
内容を要約すると、魔術発動には一定のプロセスがある。
詠唱、円環構築、発動の順番に魔力を流すというものだ。
学院生はそのプロセスと魔力コントロールをまず学ぶが、詠唱して、円環構築して、発動して…とやっていると、思いの外時間がかかったりする。
慣れていない間は、詠唱終了で一度魔力供給が止まる。同じように円環構築終了でまた止まる。それから発動で爆発させる、みたいなイメージだ。
その途切れ途切れの直線的なイメージを横に並べる事ができれば、発動までの時間を短縮できる。すると格段に強くなれる。
必要なのはイメージ力。
詠唱する前に、なんの魔術を使うか決めている筈だから、必然的に円環も決まってくる。出来上がる円環がわかっていれば、詠唱しながら円環を作り出す事ができる。発動に必要な魔力量が分かっていれば、円環を構築しながら魔力を流す事ができる。魔術名を言って発動させるときには、ちょうどいい魔力がこめられているという塩梅だ。
そうやって遅延を無くしていく。ただそれだけだが、なかなかに難しい。
究極には、無詠唱魔術名のみの発動ができる。
魔術名を口に出すその瞬間に、詠唱、円環、必要魔力量全てをイメージの力で集約するからだ。
アイザックはその遅延についての研究をしていて、より魔力コントロールを安定させ、発動までのプロセスを簡単にしようと奮闘する研究者だ。
そのアイザックが、今俺が説明したようなことを学院生の前で話し、ではさっそくやってみようということになった。
「なんかわかったようなわからんような……」
隣でユイトが腕を組んで悩んでいる。
「ユイトはできてるだろ。風撃だけ」
「だけ、って言われると悲しいけど、おれもなんで風撃だけ無詠唱でできるのか自分でも不思議だ」
「使い慣れてるからだ。バカみたいにそればっか練習したんじゃないか?」
反復練習で身についた感覚が、イメージするのにとても大切になる。
「確かに。中等学校で一時期風撃ばかりやってたわ」
「それと、ユイトの魔力は火と風に向いてる。属性が合う魔術のほうが、魔力コントロールが簡単なんだ」
感覚的には、ツルッとする方が、ザラッとしたとこより通りやすいだろ?そんな感じ。
「なるほどなぁ」
うんうんと頷くユイト。ほんとに大丈夫か?
「他の魔術を無詠唱でやるのなら、まず普通に魔術を発動させる感覚を掴んで、遅延を無くしていく必要がある」
「そういう事だから、少し私を手伝ってくれないかな、レオ」
急に名を呼ばれ、そっちを見ればアイザックがニコリと微笑んでいる。
「なんで俺なんだよ?」
「まあまあ、他意はないよ。ただ、顔見知りとして声をかけただけなんだけど」
そうは言うが、絶対なんか企んでるじゃん。
他の学院生が注目する中、俺は仕方なく頷いた。
「体調、大丈夫なのか?」
ユイトが心配気な顔をしているが、仕方ないもんは仕方ない。
アイザックは特級魔術師で、俺はただの学生だ。頼み事なんて言葉だけで、実際は命令してるのと変わらない。
「なんとかなるだろ」
アイザックの隣に立つと、奴はこんなことを言った。
「じゃあまず、君たち学院生、それも一年生がどんな感じか再現してもらおう」
なるほど、実際にその遅延状態の魔術を見せることで理解を促すつもりらしい。
「〈地の底より出し、灼熱の真紅、顕現せよ: 火炎弾〉」
詠唱が長くなるとそれだけ遅延が出やすい。そう思って、あえて三級の魔術を使った。一句一句区切り、そのたびに魔力を止める。詠唱終了後に円環ができる。
威力の規模を抑えることで、必要魔力量を最小にした火炎弾は、三つの火球になって弾けて消えた。
「はっ、ぐぅ…」
封魔の力が、魔力に反応して苦痛をもたらす。威力を抑えた分そこまで激しい痛みはないが、この程度で息が上がるとは我ながら情けない。
「そう、まさに君たちはこんな感じだ。詠唱から発動までの無駄が多い。では、もう少し精度を上げるとどうなるか」
「おい!調子に乗るなよ!」
睨み付けてやったら、ニッコリ笑われた。
「先生の言う事が聞けないのかな?」
「っ、お前!絶対に許さんからな」
前を向くと、後ろの方でイリーナとリアが青い顔をしているのが見えた。
「〈地の底より出し、灼熱の真紅、顕現せよ: 火炎弾〉」
今度は少し詠唱と円環構築を同時にやってやった。威力は抑えたままだが、詠唱から発動の時間は半分以下に抑える。
「はぁ、はぁ、クソ」
「大丈夫かい?」
「うるさい!!」
鬼畜!!もうしんどいんだけど!!
ただ、学生たちの顔が少し輝いていて、ちょっと誇らしい。俺は案外単純な奴なのだ。
「だいたいこんな感じで、遅延を無くしていくんだ。いいかな?」
アイザックがそう訊ねると、学生たちがうんうんと頷いた。
「ほら、よかったね、レオ。みんな君のおかげで理解したみたいだよ」
「それはよかったですねー」
もういいかな、座っても。また熱が上がった気がする。
「じゃあ最後におまけで、無詠唱みせてあげてよ」
「は?」
「できるでしょう?」
そう言って爽やかに笑う、鬼畜アイザック。
「クソっ!〈雷刃〉!」
真剣に殺してやろうかと、アイザックに向けて雷の刃を突きつけてやる。
無詠唱で無理矢理魔力を捻り出したようなそれは、アイザックの顔面スレスレであっけなく霧散した。
どうやら体力的に限界だったようだ。
焦った顔のアイザックが見えた。
その瞬間、まるで地面が突然消えたような感覚がして、俺はその場に頽れた。
遠くなる意識の中、イリーナが何か叫びながら駆け寄って来たことはわかった。
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