第29話 双黒の剣⑧

 三日間のくだらない授業が終わったその夜。


「やあレオ」


 そう言って、転移で急に現れたシエルは、爆睡していた俺を叩き起こした。珍しくひとりだった。


「なんだよ……眠いんだけど」

「まあそう言わずにさ、少し話そう」


 昔、俺が任務で外をほっつき歩いたいた頃は、こうして夜中に良く話した。


「レオは結構ヤバいことになってるけど、大丈夫?」


 俺の何がヤバいのかわからんが、とりあえず頷いておく。


「本当に?この間も、様子を見に行って良かったよ。レリシアは君を本気で殺すつもりだったんだろ?」

「多分な。つか、お前の魔獣だろ?」


 レリシアたちが途中で闘ったという狼の魔術はシエルのものだ。こいつは昔から、なにかと狼が好きらしい。


「ナイスだったでしょう?」

「まあな」


 ただその後に台無しにした。


「お前に刺されるとは思わなかった」


 欠伸を堪えながら言うと、シエルはクスクスと笑う。


「僕の方がビックリしたよ。君、突っ込んでくるんだもん」

「そうでもしないと、魔族と出会って無傷で帰ったらおかしいだろ。イリーナもいたし、敵対しておかないとな」

「それもそうだけど。そもそもなんで魔剣があんなところにあったんだ?」

「記憶にございません」


 はて?あんなところとは、どこだったかな?呼び出そうと思えばどこからでも手元に来るから、戦闘中にたまに無くすんだが。


「しかし君が学院にいるとは聞いたけど、まさか魔術師協会をクビになって封魔で力まで抑えられてるとは思わなかった。本当、驚く事ばかりだよ」


 俺たちは、この6年で色々話したが、魔族と人間の争いを止めるには、それぞれがそれぞれのトップに立たなければならないという事で落ち着いていた。


 シエルはブランケンハイム家の跡取りとして、俺は魔術師協会の特級として、だいたいはうまく行っていた。


 定期的に僻地で情報を共有し、邪魔な魔族をリストアップして、任務で被れば任務で、そうじゃなければシエルと分担して倒していた。


 だが、俺が突然クビになった事で、定期的にしていた連絡ができなくなった。


 次の約束の日が、ちょうどクビになった日だったから、シエルは様子を見にやってきた、というわけだ。


「前から協会はなんか企んでると思ってはいた。そうやって疑っていると、突然学生のイベントについて来るとかいうレリシアが怪しいってのはわかったけど、残念ながらその裏にいる奴は全くわからん」

「協会は多分、魔族と繋がってるよ」


 やれやれ、やっぱりそうなるのか。


「君を学院に入れたのも、事故を装うなりなんなりで殺しても目立たないからだと思う。まさか学院に、『金獅子の魔術師』がいるなんて誰も思わないからね」


 そうだ。そもそも、わざわざややこしい手続きをして、俺を学院に入れた事、そのためだと言って封魔による抑制をかけたことも布石だろう。


「それに俺のライセンスカードが改竄されてるらしいし、やっぱり協会は完全に黒だな」

「黒決定として、誰が誰と繋がっているかだけど」


 シエルの頬が、一瞬だけピクッとした。こいつはいつもニコニコしているお坊ちゃんみたいな奴だが、実際は神経質な蛇だ。本当に嫌な時は、一瞬ピクッとする。


「テレミーを寄越したヤツだろ?」

「うん。まあ、テレミーには悪いけど、完全に捨て駒扱いで笑えたよ」

「テレミーは俺らのリストにも上がらなかったからな」


 と言いつつ、ボロボロにされたのだ。悲しい。


「んで、そいつは誰なんだ?」

「ジェレシス」

「誰?」


 有力なヤツは、だいたいリストにしたから知ってるが、聞いたことのない名前だった。


「僕はまだ会った事はないけれど、一部の魔族の間で、魔王だなんだとチヤホヤされているみたい」

「魔王ときたか」


 人間は王政を捨てたが、魔族はいつまでも、王政に拘っている。それも、政治手腕ではなく力比べで、だ。


「ジェレシスは、よく分からない。突然現れた、というか、僕にも出自を調べることができなかった」

「強いのか?」

「聞くところによると」


 と、シエルが俺の目を真っ直ぐに見つめる。


「君みたいな感じらしいよ。規格外なんだって」

「俺、と同じ……」

「まあ、噂だけどね。そう簡単に君みたいなのが増えたら大変だ。大陸がなくなってしまう」


 さすがに大陸は消せないけどな。


「ともかく気をつけて。君、弱すぎるよ」

「仕方ないだろ。次はちゃんと死にかける前に治しにこいよ」

「そうだね……封魔もなんとかしなければ。その調子で壊して治してを繰り返していたら、君の寿命はあっという間だ」


 確かに。


 あと何十年ではなく、すでにあと何年とかになっていてもおかしくはない。


「ピニョはいい拾い物だと思ったが……まあいいや」

「そういう割に、大事に育ててるんだね」

「一応な」


 やる事は多いが、今の俺ではなにも出来ない。


「ジェレシスと繋がっているヤツをなんとか調べてみる。学院もあるし今はこの街から動けないからな」

「そう。なら僕は、引き続きリストを上から消していくよ。ジェレシスについてわかったことがあったらまた来る」


 それだけ言うと、シエルはフッと消えた。長話のわりに淡白なヤツだ。


「はあ…俺には平和はないのかああああ」


 仕方ないんだけどな。そう決めて今までやってきたし。


 しかし、俺と同じようなと言われる魔族とは?


 やっぱり、ザルサスに直接聞くべきか?


 調べてみるとは言ったものの、まるで当てもないわけで。


 俺は暫く考えたあと、考えても仕方ないやと思って寝た。

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