第28話 双黒の剣⑦
★
そして、場面は宿舎のレオの部屋へと変わる。
「この!メスガキが!レオ様から離れるですううう!!」
「イヤ。レオは飴くれる。好き」
「あ、飴ですか!?ピニョは貰ったことないですけど…でもでも、ピニョは毎日レオ様のお着替えを手伝っているのです!」
「それ、下僕の仕事」
「むきゃあああっ!い、いいのです!ピニョは下僕でも奴隷でも同じ屋根の下にいられるのならいいのです!!」
「だったら、膝の上はヨエルのもの」
「ダメです!離れなさいですうううう!」
二人の幼女が、レオの膝の上の権利を主張し合っている。すでにその上に座っているヨエルが一歩リードしているが、ピニョも譲らない。
「レオ様あああああ」
「うるさーい!!黙れガキ共!!」
堪らなくなったレオが叫ぶと、その隣にいたシエルが笑顔のまま、しかし空気を氷のように凍てつかせて言う。
「レオは、僕の妹にそんなこと言うんだ?」
「っ!かっ、可愛いなあヨエルはよしよしよしよし」
壊れたようにヨエルの頭を撫で繰り回し、冷や汗を垂らすレオ。ピニョがヒドいですと言って部屋の隅でシクシクと泣き出す。
一言で表すなら、阿鼻叫喚。
「オイオイ、なんなんだよお前ら……」
バリスが静かに呟く。だが、その呟きに込められた怨嗟の色は濃く、そしてそれはシエルとヨエルへ向けられている。
……いや、それは魔族と馴れ合うレオにもだった。
「オレはお前に言ったよな?オレの家族は、目の前で魔族に殺された……それだけじゃねぇ…一体どれだけの仲間が、毎日毎日魔族に殺されてるか知ってるか、レオ?」
幼いうちに家族を失った悲しみ、共に戦った仲間を失う悲しみ、上官として部下を失う悲しみ。
全てが合わさって、それは大きな憎しみと化している。
協会魔術師など、突き詰めればただの戦闘狂か、大きな憎しみを抱えたものばかりなのかもしれない。
「知ってる。知っていて、俺はシエルと手を組んでいる」
室内のレオ以外の人間が、一様に息を飲む。
「それがどう言うことかわかってんのかお前はッ!?」
「まあ待ってよ。僕らにはちゃんと目的があるんだから…ね、レオ」
憤りのままに叫ぶバリスを遮ったのは、シエルの優しくも冷淡な声だ。
「はーぁ、面倒くさい。が、そうも言ってられんな」
レオはふうと息を吐き、それから語った。魔族シエルと、人間レオがどうして手を組む事になったのかを。
「出会ったのは6年前。とある町に魔獣の大群か押し寄せて来たのを、偶然通りかかった俺が見つけてさ。まあ、結局間に合わなくて、町の住人の死体くらい片付けてやろうとしていたところに、シエルが話しかけてきたんだ」
しばらく話をした二人が、シエルの提案によって手を組んだ。
「目的は、魔族を倒す事」
「魔族を倒す?でも、」
イリーナが怪訝な顔でシエルを見やるが、シエルはニコリと微笑むだけだ。
「コイツ変わってんだよ。俺も最初驚いた。だが、シエルは本気だった。それがわかったから、俺は手を貸すと決めた」
「そんな簡単な話か?」
「ああ、簡単な話だよ。何かあれば殺せばいいからな」
レオは至って真面目な顔で言うのに対し、シエルはプッと吹き出した。
「君、あの時真面目な顔でそんなこと考えてたの?」
「まあな。あの時のお前なら、倒せる自信があったから」
「ヒドいね」
「仕方ないだろ?相手は変な魔族だぜ?」
「君は変な人間だったけどね」
何がそんなに面白いのか。当事者同士にしか分からないことがあるのだろうと、イリーナは思った。
が、それが6年も前のことで、当時10歳のレオは既に魔族を倒せると自信があるほど強かったことに驚く。歴代最強と言われるのもうなずける。
「それで俺たちは、契約を交わした。シエルの魔剣のうち一本を俺が貰ったんだ。魔剣は血を吸う程に強くなる。二本で一対のこの剣を、俺たちはそれぞれ育てた」
言いながら、レオはベッドの上に乱雑に置かれた抜身の剣を見やる。禍々しい黒い刃が、照明に照らされて鈍く光る。
「戦えば戦うほどに強くなる。必然的に、俺は協会に入ることにした。そうすればより強い魔族とやりあえるからな」
「そのせいで僕は四六時中君の事を監視しなければならなかった。死なれたら困るからね」
魔族を倒す。それは常に命がけだ。イリーナもバリスも、そして今日その片鱗に触れたユイトとリアも理解している。
「レオが死にかける度に僕は彼の怪我を治して、そうして今までやってきた。お陰でだいぶ魔族も大人しくなったよ」
「シエルがいなければ、俺は特級に上がる前に死んでたな」
これが、レオという最強の魔術師が生まれた経緯だった。
「……なぜ、魔族が魔族を倒したいんだ?」
険しい表情を崩さず、バリスが口を開く。
「なぜ?ウザいからだよ。僕らは人間を食うと言うけど、それは違う。正しくは、魔力を持つ人間を食うと、その力を自分に取り込むことができるのであって、無差別に人間を食えばいいわけじゃないんだ。なのに何も知らないバカな魔族たちは、目についた人間を片っ端から食べ始めた。そのせいで僕たちの世界はボロボロだよ」
それは、協会の誰も知らない事実だった。
「なっ!?それは…本当か?」
「本当だ。シエルは秩序を取り戻したい。その為に魔族を狩っている。俺はその為の、シエルの牙だ」
イリーナにも話の内容自体は理解できた。ただ、それでは襲われた人の殆どが、意味もなく殺され食われたということになる。
魔族はやっぱり、恐ろしいとイリーナは思った。
「ま、そういう事だ。バリスがどう思おうが、シエルはそんなに悪いやつじゃない」
「そこはいいヤツって言ってくれないかな」
「いいヤツは自分でそう言わないんだぜ?知ってたか、シエル」
放っておけばずっと軽口を叩き合いそうな二人が、どれだけ信頼し合っているのかがよくわかる。
ただ、やはりそれを受け入れられないものもいる。バリスのように、魔族によって辛い思いをしてきた人間にとっては尚更だ。
「お前らが悩むのもいいが、俺は眠い。そろそろ帰ってくれよ」
そういうと、レオはヨエルを下ろしてベッドに転がった。抜身の黒剣を無造作に床に落とす。
「あっ!レオ!大事な魔剣なんだから丁寧に扱ってって言ってるのに」
「大丈夫大丈夫。錆びたりかけたりもしないような剣だし」
「そういう問題じゃない」
と、シエルの抗議の声は、すでに寝息を立て始めたレオには届かない。
「本当、自由人代表みたいな人間だ」
頭を抱えてシエルが呟く。
「話はわかったが…オレは魔族が嫌いだ」
「あはは、レオみたいな人間の方が少ない事は知っているよ。君はそれでもいいんじゃない?これからも任務をこなして、悪い魔族たちを倒してくれるならね」
さてと、と言ってシエルは床に落ちた魔剣を拾い、そっと壁に立てかける。
「僕はそろそろ帰るよ。後はまた今度」
まだ聞きたいことががあるのは、バリスだけではなかった。しかし、色々あり過ぎて全員が疲れているのは確かだ。
「最後にひとつ言っておくとしたら、レオにあまり怪我をさせてはいけないよ」
「……なぜだ?」
バリスが怪訝な顔で問うと、シエルはニコリと微笑む。
「僕ら魔族の治癒能力は、肉体の再生活性だ。ピニョのように超回復じゃない。当然細胞の再生には限界がある。不老の魔族ならば問題はないけど、レオは人間だからね。いずれ限界が来る」
それだけ言うと、シエルは空間を歪めて消えてしまった。
後には、静かに寝息をたてるレオと、壁際で泣き疲れて眠るピニョ、シエルの語る事実に言葉を失う四人の人間が残った。
★
魔族騒動があった翌日も、学院は通常通り始まった。
というのも、学院生の迅速な避難行動のお陰で、実際に魔族を見たものもおらず、協会魔術師が駆けつけた頃には魔族の姿も無かったため、警報は誤報だったんじゃないかと言うことになった。
全てを見ていた上に怪我をしたマルガは、バリスが協会で話を聞いた上で手当てを受けて泊まっているホテルに帰ったそうだ。
その際、口止めにと多額の賄賂が……おっと誰か来たようだ。
「レオー!おはよう!」
飛びつきそうな勢いで走ってきたのはリアだ。俺は全力で抱き留めようと両腕を広げて待つ。
「さあ飛び込んでこーい!!」
さっとリアを追い抜いたイリーナが、腰を低くして捻りを加えた拳を突き出す。
「バカな事言ってんじゃないわよ!!」
「ゴフッ、イリーナ…腹パンヤメテ……」
それを、ユイトが後ろで笑いながら見ていた。
朝からひどい奴らだ。
「今日で最後だね、魔道具選び」
いつもの地下へ向かう間、イリーナは少し落ち込んだ顔をしていた。
「ま、別に魔道具なんてなんでもいいだろ」
「そんな事……ないこともないんだけど、やっぱりあたし、あんたが選んでくれた短剣触ってみたかったな」
そんなに落ち込んでるとは……思ってなかった。
「わかった。俺がなんとかしてやる」
「え?……盗んじゃダメだからね!!」
「……それはプランBだ。アイテッ!嘘!嘘だから叩くな!!」
などと戯れあっている間に、地下の倉庫みたいな空間についた。中にはすでに他の学院生もいるが、三日目だからか明らかに少ない。
マルガと目が合うと、一目散に走り寄ってきた。
「ちょっとあんた!!」
「な、なんだよ?」
昨日、全てを見ていたマルガは、俺を避けるか悲鳴を上げるか、無視するだろうと思っていただけに、この反応に対応する心の準備ができていなかった。
「昨日はありがとね。死ぬかと思ったわ」
少しバツが悪そうにマルガは言った。
「別に、あんたを助けたわけじゃない。魔族を倒しただけだ」
「フフ、そうね。だけど、これであの時の窃盗はチャラにしてあげる!これでお互い貸し借り無しよ!!」
あれ、やっぱりバレてらぁ。
「い、いいぜ?貸し借り無しだな、よしこれでフェアってわけだ」
「そうよ?だからあの短剣が欲しいなら、あんたの魔剣をちゃんと見せなさいよ!?」
そうなるよなぁ。まあ、俺は最初からそのつもりだったけど。
「わかった」
「ちょっと、いいの?というか持ってきてないじゃん」
イリーナが不審そうな顔で俺を見回す。
「俺くらいになるとわざわざ持ち歩かなくてもいいんだよ!!〈静謐の棺、眠るは獅子の鼓動、目覚めるは双黒の刃、血の誓いの元、我が命に応じよ:黒雷〉」
魔剣はそれぞれに名前がある。それを、必要な詠唱とともに呼べば、魔剣は主人の魔力に反応してその手に現れる。例えどこにあっても、だ。
見えない鞘から剣を抜くように手を動かせば、徐々にその黒い刃が現れる。黒く光るのは刀身だけではなく、纏わり付くような電光も黒い。
ピリッとした空気に、その場にいた学院生が驚いたようにこちらの様子を伺っている。
「なっ、なんだ、あれ?」
「黒い剣?」
「雷のエンチャントがかかってるのか」
黒雷を出して、魔力を断つとバチバチいっていた雷が消える。
「言っておくが、これは借り物だからな!丁重に扱うように!!」
昨日放り投げたとか、そういう事は忘れてくれ。
「これが…魔剣ね」
手渡すと、マルガは目を輝かせて刀身を舐め回すように見た。
魔道具屋なんてやっている女だから、こういうものに目がないらしい。
「名は黒雷。まんま雷の魔力を纏う剣だ。そのほかには特になんにもないただの剣だ」
「そんなことないわ。魔剣はそれだけで特別よ。だからあんたは、金獅子なんてよばれてんだね」
「それは関係ない。もともと雷系統の魔術が得意だったからだと思う。あと金髪」
今の俺のアピールポイントは金髪しかない。
「この剣は、二振りあるんじゃない?」
ドキッとした。なぜわかった?
「ほらここの紋章。二頭のドラゴンが尾を追いかけてる。これはブランケンハイムの紋章よ。ブランケンハイム家が代々受け継ぐ魔剣は二振りあるはずよ」
今まで気付いて無かった。刀身とグリップの付け根に、紋章があった。
「ブランケンハイムって?」
イリーナが訊ねると、マルガが得意げに話し出す。
「魔族にも貴族がいてね、ブランケンハイムはそのひとつ。とても大きな権力をもつ家なのよ。あたしら魔道具屋は、魔剣なんかも扱うんだけど、魔族は自分の物に家紋を刻む事が多くて、家紋ばかりを書き記した辞書なんかもあるのよ。まあ、どうやって見せてもらったのかはわからないけど」
イリーナがチラッと俺の顔を見る。俺はとぼけて変な顔をしてやった。人をイラっとさせるのは俺の得意技だ。
「それにしても、どうしてこんな剣を?ブランケンハイムはまだ現役バリバリでしょう?」
「経緯については黙秘する。国家機密だ」
そう言ってしまえば、誰も文句は言わない。特級魔術師の特権だ。元だけど。
「じゃあもう一振りの能力だけ教えなさい。それで短剣はあんた達のものよ」
「黒炎という、火が出るやつだ。それはもう恐ろしいくらいに焦げ焦げになるぞ」
茶化してやったけど笑えないようだ。
「改めて魔族って恐ろしいわね…」
「俺もそう思う」
マルガは黒雷を俺に返すと、言った通りに短剣をくれた。イリーナはそれを受け取って、嬉しそうにしている。
「この短剣は元特級魔術師の、エリシラって人が持ってたんだ。エリシラは品格があり、強くて美しい女性だった。ああいう人を、本物の魔術師っていうんだと、幼いあたしは思ったもんよ」
よ、で俺を睨みつけるのを忘れない。このババアやるな。
「レオは知ってる?」
「知らん。俺より年寄りと死んだ奴と弱い奴は知らん」
「このクズ」
今のどこにクズ呼ばわりされる要因があった?
「エリシラはもう10年以上前に亡くなってるわ。協会最高齢だったんだよ。最後まで綺麗な方で、葬儀は国を挙げて行われたんだ」
という事は、最後までしぶとく生き残ったのか、はたまた臆病だったのか。どちらにしろ、そんな事を考える俺は確かにクズだ。
「そんな人の短剣、あたしが使っていいの?」
イリーナは少し気後したようで、短剣を持った手が震えている。
「いいのよ!言ったでしょ?あたしゃ別にあんたに意地悪してるわけじゃないって。それに、この金髪のガキがそれをあんたにって選んだのは、ちゃんと理由があるんでしょ」
「当たり前だ。俺を誰だとおもってるんだ」
「素行不良でクビになった元特級魔術師」
「善良なフリした元窃盗犯」
おいいいっ!!
「ゴホン。まあいい。お前らがどれだけ俺を貶そうが、俺の残した功績は消えない。あと俺が倒した魔族の数もリセットされない。その結果救われた人間の数は未だに増え続けるだろう」
「偉そうに何言ってんのあんた」
ジトーっとした目で見られても俺は平気だ。別に、なんとも思わない。
「まあそんな話はどうでもいい。イリーナ、その短剣に魔力を流してみろ」
「わかった」
イリーナが鞘に入ったままの短剣に意識を集中する。目を閉じたイリーナは、凛としていて魔術師らしい。
「すごい!!あんたの心臓の音が聞こえる!!」
「おい!変なとこ聞いてんじゃねえよ!!」
アホかコイツは。
「それは、超感覚のエンチャントがついてる。その前の持ち主は、お前と同じ獣化の固有魔術を持ってたんだろ。獣化できるやつは、人間より感覚器が鋭い。その短剣は、それをより強化してくれるはずだ」
変なエンチャントがついた武器類は、だいたいが変な固有魔術を持っていたやつが作った。
最初に魔力感知で短剣を見つけた時、これだけ変だなと思ってたから、特級魔術師が持っていたと聞いて納得した。
「いつもより視界が明るい!それに、いい匂いがする……」
そう言って目を瞑ったイリーナが、鼻をフンフンしながら歩き出した。ちょこちょこ歩いて、戻ってきた。
「なんか、甘い匂いがする」
と言いつつ、イリーナはピタリと足を止めて、俺の制服を掴んだ。それからギュッと引き寄せて顔を埋める。
「って、お前はアホか!!」
頭頂部を引っ叩くと、イリーナがハッとして顔を上げた。
「痛いっ!?な、ななななな!?」
至近距離で見上げてくるイリーナの瞳がウルウルしている。
「あた、あたしっ、死ぬ……」
頭から湯気でも出そうなほど、耳まで真っ赤だった。
「何だよ甘い匂いって?俺からなんか出てんのか?」
それはそれでいいかもしれない。女の子がめっちゃ寄ってくるとか男として最高だろ。
「ご、ごめんっ、変なこと言って…」
「いや別にいいけど早く手を離せ。そして俺に二度と触るな。お前のせいで周りの空気がおかしい」
イリーナがパッと制服を離した。それから恐る恐る周りを見る。
だいたいひとクラス分の人数がこの場にいるが、その全員が手を止めてこっちを見ていた。
多分俺が魔剣を出してから、気になってチラチラ見ていたんだろうと思う。そしたらイリーナが変になった、というアレだ。
「ああああ……」
「叫びたいのは俺だからな」
翌日から俺のヒソヒソ話に新しいものが加わったことは言うまでもない。
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