第27話 双黒の剣⑥


 僕の片割れが危機に陥ると、僕の左の耳が痛くなる。


「兄様……またですか?」


 左耳の異常とともに左の目をすがめていると、ヨエルはすぐに気がついた。


「ああ、そうみたい。最近はむしろ少なかったからね……久しぶりで驚いたよ」


 ここ二年は全くだったが、契約を交わした直後はとても大変だった。レオは人間だから脆く壊れやすい。そのことを、最初の印象が強すぎて忘れていた。


「兄様は、レオが好き?」


 ヨエルの幼い問いに、僕はクスリと笑う。


「当然、好きだよ。僕たちは分身だからね」

「ヨエルもレオ好き。楽しい」


 あとピニョも、と小さく言うヨエルが愛しい。可愛い妹だ。


「さてと……助けに行ってやらないと、また怒るかもしれない」


 僕は冷め切った紅茶を飲み干して、仕事部屋でもある図書室を出る。


 城の一角。許可がなければ誰も近付きはしないそこで、僕は転移を使う。ヨエルの手を握り向かうのは、僕の大切な片割れが、危険な目に遭っている場所だ。


 景色が見えるまでは、そこがどこかなんてわからないけれど、僕はそれでもレオを助けに行く。


 僕たちの望みの為に。









 中指を立てて笑う俺に、ブチギレたテレリーが長剣を振り上げる。魔剣は血を吸うたびに強化されていくから、テレリーの剣は早く新しい血をくれと言っているように思えた。


 死を覚悟するのには慣れた。この世に生を受けて16年だが、毎度死を覚悟する度に、それが実際に訪れることはなかった。


 だが、今回は確実に死んだな。


 首を切り落とされるとは、どんな気分か。


 笑えてくる俺はきっとまともじゃない。


 テレリーが凶悪な笑みを浮かべている。


「テレリー。僕の大事なレオを、返してくれ」


 目の前で、テレリーの両腕が飛んだ。長剣を持った腕は後方に。俺の髪を掴んでいた左腕はそのまま真下に。


 頽れる俺を支えたのは、いつものシエルの腕だ。


「おせ、よ……」

「ごめん。久しぶり過ぎて、君がこんなに窮地だとは思わなかった」


 テレリーは両腕から血を撒き散らしながら、それでもギラギラした目は力を失うことはなく、俺とシエルを睨んでいる。


「シエルウウウウウッ!」


 怨嗟の声に、シエルは微笑んだ。


「そんなに愛情たっぷりに名を呼ばれたら、君を殺してしまうのが惜しくなるよ」


 シエルは優しく笑うが、その顔の方がよほど恐ろしい。


「ほら、レオ。せっかく助けてやったんだから、最後まで頑張って」


 は?と思うだろう。俺も思う。


 どう考えても死にかけの俺に、シエルは言う。


「テレリーを殺せ、レオ」


 今にも気を失いそうになる。それでもシエルは、ニコニコと笑う。


「…わかった。〈黒雷〉!!」


 その名を読んで手を掲げれば、そこには黒く輝く刃を持つ剣が現れる。


 バチバチとドス黒い雷光を纏い、周辺の空気をひりつかせる。手に馴染む剣の感触だ。


 テレリーへと近付く。テレリーは目を見開き、無い腕で身を庇おうともがく。


「ヤメロオオオオオ!」


 俺は黒雷を横薙ぎに振り抜いた。


「地獄に堕ちろよ、テレリー」


 シエルは笑顔のままそう言って、中指を突き立てた。全く、俺とおんなじ事するんだからコイツもなかなかにクズだ。


 テレリーの断末魔は、閃光と爆煙に掻き消された。ただ振っただけの剣も、それが正当に継承された魔剣ならば最大の効果を発揮する。


 空気中に飛散した電荷と爆煙が止む頃には、テレリーの姿は消し炭となり、微妙に残った衣服の残骸がヒラヒラと地面に落ちた。


「よくできました」

「うる、せぇよ」


 無理矢理剣を呼び出した事で、封魔の痣が一気に広がる。指先が白黒のマダラになった。


「レオ。その封魔は僕にも解けない。ごめん」

「いいさ…多少、不便なだけだからな」

「あはは!君はいつも面白いね」


 呑気に笑われると腹が立ってくる。俺は今こんなにもつらいのに。


 そこへ、バリスがあわてて駆けつけた。


「レオ!?どうなってる?」


 ほぼ同じくらいに、イリーナ、リア、ユイトがやってくる。


「っ、なに、これ?」


 ところどころ抉れた地面を見た三人の動きが止まる。


「初めましての人も、そうで無い人もいるね」

「イリーナ以外は初めましてだろ」

「そうだね、そこの彼女…まだ気付いてないの?」


 そう言ってシエルはイリーナを見る。


「いや、俺が話した…そのうち自覚するだろ」


 答えるとシエルは嬉しそうに笑った。まるで、新しいおもちゃでも見つけた子どものようだった。


「兄様、レオ死ぬよ」


 側で見ていたヨエルが初めて口を開く。


「死ぬって、速く医務室へ、」

「その必要はないよ」


 バリスの言葉を遮り、シエルはニコリと微笑む。こんなに優しげに笑うのに、こいつはこれで魔族なのだから恐ろしい。


「僕なら治せる。ね、レオ?」


 今にもかけよって来そうなバリス達に言い聞かせるように、シエルは俺に同意を求める。


「ああ、そうだ。だから大丈夫だ」


 俺の言葉に、とりあえずは納得してくれたのか、その場にとどまってくれた。ただ、魔族であるシエルを睨見つけるのはやめない。


「兄様」

「わかってるよ」


 再度のヨエルの声に頷いて答え、シエルは俺の額と両目を片手で隠す。


 シエルの魔力が掌から全身に伝わり、それが今までのケガを回復させていく。シエルの力は、封魔の呪いをも押さえ込んで、身体の内側から徐々に治していく。


 細胞と細胞がくっついていく感覚は、何度体験しても気持ちが悪い。


 それは魔族の特殊な力だった。彼らは不死では無いが、こうしてどんなケガも治してしまう力がある。


 だから人類は魔族をなかなか根絶やしにする事ができないのだ。


「終わり。元に戻った?」

「おう。ありがとな」

「いいよ。僕たちは分身なんだから」


 シエルは相変わらず柔和な笑みを浮かべているが、逆にバリスたちは眉を顰めた。


「分身ってどういうことだ?」


 バリスはやっぱり好奇心の塊で、聞き逃してはくれない。


「話してしまえばいいよ。レオと僕の秘密を」


 シエルがいいのなら、俺はそれに従う。


 思えば最初から俺たちの関係は、シエルが何かを提案し、それにのるのが俺だ。その逆は今までなかった。


 だから俺に躊躇いはない。


「分かった」


 封魔を受けてから、一番身体が軽かった。








 イリーナは、そろそろ夕食にとユイトとリアと連れ立って食堂へ向かっていた。


 夕方の校舎では、真面目な学生が自主勉強や自主トレに励んでいる。


 レオはどこに行ったのかと考えるが、いつも突然消えてしまうので特に気にしなかった。


「イリーナはどう?」


 歩きながら、リアが心配そうに言う。どう?とは、魔道具の事だ。


「んー。なんかもういらないやって思えてきたわ…」

「ハハハ……」


 リアが困ったように笑う。


「見つからなかったらそれでいいんじゃないか?別に、一生おんなじやつ使うわけじゃないだろ?」


 ユイトの言葉通り、魔道具は自身の成長や戦闘スタイルに合わせて変えるものだ。どれくらいの魔術師が、一生同じものを使っているのかはわからないが、堅苦しい縛りがあるわけではない。


「レオが選んでくれた短剣…鞘が可愛かった……」


 ポツリと溢れる言葉に、特に意味はない。ただそう思っただけなのだが……


「青春だなぁ」


 やれやれとユイトが首を振る。リアもニコニコと頷く。


「まっ、待ってよ!?なんでそう言うことになるのよ?」

「おれらも良い年頃でっせ、イリーナ」

「キモいからニヤニヤしないで!」


 勢い込んで否定すれば、ユイトが調子に乗るのはわかっているが、それでも言わずにはいられない。


「そんなんじゃないもん!!」


 が、イリーナがそう言うのと同時に、学院の警報器がけたたましい音を立てた。


 ジリリリリッと、嫌な音が耳をつき驚いて立ち止まる三人の前に、担任が走ってきた。


「非常事態だよ!君たちも速く、地下に避難して!」


 あまりの慌てように逆に緊張感が持てない。しかし、先の食堂から慌ただしい学院生の声が聞こえる。


「魔族が敷地内に現れたって!」

「ウソ!?」

「協会の魔術師が来るから避難してろって」


 などと、話している。


「魔族……」


 イリーナは黒い髪に灰色の眼を持つ不気味な魔族、シエルの姿が脳裏をよぎった。レオと闘いながらも、常に笑顔を絶やさないところが、特に恐ろしかった。


「なあ、レオは…」


 ユイトが心配そうに呟く。考えていることは同じだった。


「行こう!レオは多分、魔族のところにいると思う!」

「私もそう思う」


 三人は一瞬視線を交わし、誰ともなく駆け出した。


 学院の敷地はとても広いが、校舎を出るとすぐにわかった。魔族の魔力は、肌を泡立てるような悪寒がする。


「どこに…」

「あっちよ!」


 イリーナが迷うことなく走り出す。ユイトとリアにはわからなかったが、イリーナは何かを感じ取ったようだった。


 そうしてたどり着いた、正門と宿舎と校舎への道が交わる丁字路で、黒く輝きを放つ稲妻が炸裂した。


「レオ!!」


 駆けつけてはみたものの、三人に何ができるのかと考えていたが、どうやらすでに決着がついてしまったようだった。

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