第27話 双黒の剣⑥
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僕の片割れが危機に陥ると、僕の左の耳が痛くなる。
「兄様……またですか?」
左耳の異常とともに左の目をすがめていると、ヨエルはすぐに気がついた。
「ああ、そうみたい。最近はむしろ少なかったからね……久しぶりで驚いたよ」
ここ二年は全くだったが、契約を交わした直後はとても大変だった。レオは人間だから脆く壊れやすい。そのことを、最初の印象が強すぎて忘れていた。
「兄様は、レオが好き?」
ヨエルの幼い問いに、僕はクスリと笑う。
「当然、好きだよ。僕たちは分身だからね」
「ヨエルもレオ好き。楽しい」
あとピニョも、と小さく言うヨエルが愛しい。可愛い妹だ。
「さてと……助けに行ってやらないと、また怒るかもしれない」
僕は冷め切った紅茶を飲み干して、仕事部屋でもある図書室を出る。
城の一角。許可がなければ誰も近付きはしないそこで、僕は転移を使う。ヨエルの手を握り向かうのは、僕の大切な片割れが、危険な目に遭っている場所だ。
景色が見えるまでは、そこがどこかなんてわからないけれど、僕はそれでもレオを助けに行く。
僕たちの望みの為に。
★
中指を立てて笑う俺に、ブチギレたテレリーが長剣を振り上げる。魔剣は血を吸うたびに強化されていくから、テレリーの剣は早く新しい血をくれと言っているように思えた。
死を覚悟するのには慣れた。この世に生を受けて16年だが、毎度死を覚悟する度に、それが実際に訪れることはなかった。
だが、今回は確実に死んだな。
首を切り落とされるとは、どんな気分か。
笑えてくる俺はきっとまともじゃない。
テレリーが凶悪な笑みを浮かべている。
「テレリー。僕の大事なレオを、返してくれ」
目の前で、テレリーの両腕が飛んだ。長剣を持った腕は後方に。俺の髪を掴んでいた左腕はそのまま真下に。
頽れる俺を支えたのは、いつものシエルの腕だ。
「おせ、よ……」
「ごめん。久しぶり過ぎて、君がこんなに窮地だとは思わなかった」
テレリーは両腕から血を撒き散らしながら、それでもギラギラした目は力を失うことはなく、俺とシエルを睨んでいる。
「シエルウウウウウッ!」
怨嗟の声に、シエルは微笑んだ。
「そんなに愛情たっぷりに名を呼ばれたら、君を殺してしまうのが惜しくなるよ」
シエルは優しく笑うが、その顔の方がよほど恐ろしい。
「ほら、レオ。せっかく助けてやったんだから、最後まで頑張って」
は?と思うだろう。俺も思う。
どう考えても死にかけの俺に、シエルは言う。
「テレリーを殺せ、レオ」
今にも気を失いそうになる。それでもシエルは、ニコニコと笑う。
「…わかった。〈黒雷〉!!」
その名を読んで手を掲げれば、そこには黒く輝く刃を持つ剣が現れる。
バチバチとドス黒い雷光を纏い、周辺の空気をひりつかせる。手に馴染む剣の感触だ。
テレリーへと近付く。テレリーは目を見開き、無い腕で身を庇おうともがく。
「ヤメロオオオオオ!」
俺は黒雷を横薙ぎに振り抜いた。
「地獄に堕ちろよ、テレリー」
シエルは笑顔のままそう言って、中指を突き立てた。全く、俺とおんなじ事するんだからコイツもなかなかにクズだ。
テレリーの断末魔は、閃光と爆煙に掻き消された。ただ振っただけの剣も、それが正当に継承された魔剣ならば最大の効果を発揮する。
空気中に飛散した電荷と爆煙が止む頃には、テレリーの姿は消し炭となり、微妙に残った衣服の残骸がヒラヒラと地面に落ちた。
「よくできました」
「うる、せぇよ」
無理矢理剣を呼び出した事で、封魔の痣が一気に広がる。指先が白黒のマダラになった。
「レオ。その封魔は僕にも解けない。ごめん」
「いいさ…多少、不便なだけだからな」
「あはは!君はいつも面白いね」
呑気に笑われると腹が立ってくる。俺は今こんなにもつらいのに。
そこへ、バリスがあわてて駆けつけた。
「レオ!?どうなってる?」
ほぼ同じくらいに、イリーナ、リア、ユイトがやってくる。
「っ、なに、これ?」
ところどころ抉れた地面を見た三人の動きが止まる。
「初めましての人も、そうで無い人もいるね」
「イリーナ以外は初めましてだろ」
「そうだね、そこの彼女…まだ気付いてないの?」
そう言ってシエルはイリーナを見る。
「いや、俺が話した…そのうち自覚するだろ」
答えるとシエルは嬉しそうに笑った。まるで、新しいおもちゃでも見つけた子どものようだった。
「兄様、レオ死ぬよ」
側で見ていたヨエルが初めて口を開く。
「死ぬって、速く医務室へ、」
「その必要はないよ」
バリスの言葉を遮り、シエルはニコリと微笑む。こんなに優しげに笑うのに、こいつはこれで魔族なのだから恐ろしい。
「僕なら治せる。ね、レオ?」
今にもかけよって来そうなバリス達に言い聞かせるように、シエルは俺に同意を求める。
「ああ、そうだ。だから大丈夫だ」
俺の言葉に、とりあえずは納得してくれたのか、その場にとどまってくれた。ただ、魔族であるシエルを睨見つけるのはやめない。
「兄様」
「わかってるよ」
再度のヨエルの声に頷いて答え、シエルは俺の額と両目を片手で隠す。
シエルの魔力が掌から全身に伝わり、それが今までのケガを回復させていく。シエルの力は、封魔の呪いをも押さえ込んで、身体の内側から徐々に治していく。
細胞と細胞がくっついていく感覚は、何度体験しても気持ちが悪い。
それは魔族の特殊な力だった。彼らは不死では無いが、こうしてどんなケガも治してしまう力がある。
だから人類は魔族をなかなか根絶やしにする事ができないのだ。
「終わり。元に戻った?」
「おう。ありがとな」
「いいよ。僕たちは分身なんだから」
シエルは相変わらず柔和な笑みを浮かべているが、逆にバリスたちは眉を顰めた。
「分身ってどういうことだ?」
バリスはやっぱり好奇心の塊で、聞き逃してはくれない。
「話してしまえばいいよ。レオと僕の秘密を」
シエルがいいのなら、俺はそれに従う。
思えば最初から俺たちの関係は、シエルが何かを提案し、それにのるのが俺だ。その逆は今までなかった。
だから俺に躊躇いはない。
「分かった」
封魔を受けてから、一番身体が軽かった。
★
イリーナは、そろそろ夕食にとユイトとリアと連れ立って食堂へ向かっていた。
夕方の校舎では、真面目な学生が自主勉強や自主トレに励んでいる。
レオはどこに行ったのかと考えるが、いつも突然消えてしまうので特に気にしなかった。
「イリーナはどう?」
歩きながら、リアが心配そうに言う。どう?とは、魔道具の事だ。
「んー。なんかもういらないやって思えてきたわ…」
「ハハハ……」
リアが困ったように笑う。
「見つからなかったらそれでいいんじゃないか?別に、一生おんなじやつ使うわけじゃないだろ?」
ユイトの言葉通り、魔道具は自身の成長や戦闘スタイルに合わせて変えるものだ。どれくらいの魔術師が、一生同じものを使っているのかはわからないが、堅苦しい縛りがあるわけではない。
「レオが選んでくれた短剣…鞘が可愛かった……」
ポツリと溢れる言葉に、特に意味はない。ただそう思っただけなのだが……
「青春だなぁ」
やれやれとユイトが首を振る。リアもニコニコと頷く。
「まっ、待ってよ!?なんでそう言うことになるのよ?」
「おれらも良い年頃でっせ、イリーナ」
「キモいからニヤニヤしないで!」
勢い込んで否定すれば、ユイトが調子に乗るのはわかっているが、それでも言わずにはいられない。
「そんなんじゃないもん!!」
が、イリーナがそう言うのと同時に、学院の警報器がけたたましい音を立てた。
ジリリリリッと、嫌な音が耳をつき驚いて立ち止まる三人の前に、担任が走ってきた。
「非常事態だよ!君たちも速く、地下に避難して!」
あまりの慌てように逆に緊張感が持てない。しかし、先の食堂から慌ただしい学院生の声が聞こえる。
「魔族が敷地内に現れたって!」
「ウソ!?」
「協会の魔術師が来るから避難してろって」
などと、話している。
「魔族……」
イリーナは黒い髪に灰色の眼を持つ不気味な魔族、シエルの姿が脳裏をよぎった。レオと闘いながらも、常に笑顔を絶やさないところが、特に恐ろしかった。
「なあ、レオは…」
ユイトが心配そうに呟く。考えていることは同じだった。
「行こう!レオは多分、魔族のところにいると思う!」
「私もそう思う」
三人は一瞬視線を交わし、誰ともなく駆け出した。
学院の敷地はとても広いが、校舎を出るとすぐにわかった。魔族の魔力は、肌を泡立てるような悪寒がする。
「どこに…」
「あっちよ!」
イリーナが迷うことなく走り出す。ユイトとリアにはわからなかったが、イリーナは何かを感じ取ったようだった。
そうしてたどり着いた、正門と宿舎と校舎への道が交わる丁字路で、黒く輝きを放つ稲妻が炸裂した。
「レオ!!」
駆けつけてはみたものの、三人に何ができるのかと考えていたが、どうやらすでに決着がついてしまったようだった。
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