第26話 双黒の剣⑤
★
マルガは学院での二日目の仕事を終えて帰路についていた。
この三日間は、学院近くのホテルに泊まっている。もちろん魔術師協会の金でだ。
さすが国家機関。金払いはかなり良い。ホテルも割と高いところで、さらにはスイートルームだ。
正直年一の学院での仕事は、息抜きのようなものだった。
今年も無事に、学院の学生が魔道具を手に出来そうだ。何人か心配な子もいるが、三日目にはなんとかなる。
あと少しで学院の敷地を出るというところで、マルガははたと立ち止まった。
正門の内側に、ひとりの青年が立っていた。
夜空のような濃い青い髪に、灰色の獰猛な瞳。どこかの貴族なのか、礼服の一種を着ている。
「失礼。学院宿舎はどこです?」
青年は美しい声をしていて、マルガは思わず立ち止まる。
「宿舎?えぇと、あっちだったかしら」
「ああそうですか。親切な方、親切ついでに、私を案内してはくださいませんか?」
マルガは眉間にシワを寄せながらも、その青年があまりにも美しい外見をしていたから、深くは考えずに頷いた。
「まあ、いいわ。ついてきな」
学院の宿舎なら敷地内であるし、そんなに時間もかからないだろうと判断したのだ。
「誰か知り合いでもいるのかい?」
歩きながら話題をふれば、青年はニコリと笑って答える。
「ええ、ここには『金獅子の魔術師』がいまして。少し顔見知りなんですよ」
「金獅子の?」
マルガもその魔術師の事は知っている。魔術師の頂点。歴代最強。魔力の申し子。魔族に近い魔術師。本当は魔族なんじゃないかとも言われているが、真相はわからない。
なにせ協会が全力で秘匿しているからだ。機密保持がどうとか、個人情報がどうとか言って。だからこそ、本当は二十歳以下の子どもなんじゃないか、とも言われているが、何を噂されたところで、その特級魔術師が人前に出てきた事はない。
「そう、金獅子の魔術師ですよ。金髪のイケスかないガキなんですけどね。心当たりはあります?」
ドキリと心臓が跳ねた。
心当たりもなにも、今日だって同じテーブルで昼食を摂った。
あんなに輝くような綺麗な金髪の、整った容姿を持つ子は他にいない。
「まさか、ね」
口内で小さく呟いたつもりだった。
しかし、二歩ほど後ろを歩く青年はしっかりと聞いていたようだ。
「知ってるんですね?どこですか、彼は?」
「え、なに?あなた本気でそんな有名人がここにいると思ってる?」
「ええ」
「いないわよ。いたらあたしも見てみたいわ」
ないない、と笑うマルガに、青年が冷えた声で告げる。
「そうですか。知らないのなら、あなたに要はありません」
青年がどこからともなく取り出した長剣。それは金色の光りを放っており、輝かしい見た目のわりにどこか不気味なものだった。
殺される、とマルガは思った。咄嗟に逃げようとするも、いつの間にか周りをコウモリの群れが飛んでいて、マルガを取り囲んでいる。
「最初の犠牲者の味は、どんなものかな?」
青年が氷のような冷たい声音で言う。
マルガは死を覚悟した。数年前に強盗に襲われて以来だったが、その時よりも余程恐ろしい。
「死ね」
ギュッと目を瞑るべきか、見開いて焼き付けるべきか。迷うマルガの前に、しかし死は訪れなかった。
辺りを焼き尽くす業火。
コウモリの群れが一瞬で炭化し、夕暮れの柔い風にチリとなって舞う。
そんな光景のすぐそこ。マルガの目の前に、青年から守るように、金色の輝きを放つ髪が躍る。
あの日、強盗から助けてくれたあの少年と被った。
「誰かと思えば、テレリーじゃん」
学院の制服を着た少年が、ハハッと笑いながら言う。しかし、態度とは裏腹にその背はすでに満身創痍だった。
荒く肩で息をしており、ぺっと吐いた唾には血が混じっている。
「やあ、久しぶりだね、レオ」
青年が嬉しそうに、しかしどこまでも醜く歪んだ顔で笑った。
★
バリスと別れ、学院の宿舎に戻る途中の事だった。
ゾワリと背筋を走る嫌な魔力の感じがした。
「マジかよ……」
すっかり慣れ親しんだ魔族の魔力だ。間違えようがない。
でももう帰って寝たい。疲れたてんだよこっちは。病み上がりだし。
協会の誰かが対応するだろう。すぐ近くじゃん。
……いや俺は帰り道だからちょっと見るだけな?
チラッと見たら帰るから。
とか思いつつ、ちゃんと走ってやる俺はクズじゃないだろ?
そういえば、そうとは知らずにマルガを助けた時も、最初はちゃんと助けてやろうと思ったんだっけ。
でもなんか片付け手伝ってる間に目が眩んじゃってさ。
まあいいや。
校舎から宿舎へ向かう道は途中で正門からの道とぶつかる。そこに、問題の魔族はいた。
魔族がコウモリの魔獣をつかって、人間を囲い抑えている。その人間は、マルガだった。
あのババアと内心毒付いて、俺は駆け出した。走りながら身体強化の魔術を二重にかけた。ひとつを強化するより、二つ張っておいた方がいい。
それから炎撃を放ってマルガの周りのコウモリを焼き払った。
「誰かと思ったら、テレリーじゃん」
魔族に向かってそう言った時には、俺はすでに瀕死だった。
封魔の痛みには慣れてきたつもりだったが、それを見越してかどうかはわからんが、今回は痛みと共に手足が震えだした。寒気すら感じる。
連日の肉体の酷使は、確実に俺の体力を削り取っている。
「やあ、レオ。相変わらず見ているだけで人をイラつかせる天才だな」
「お前人じゃないよな」
俺のツッコミを無視して、テレリーは嫌味な笑顔だ。
「今日はレオに言いたいことがあって来たんだ」
「俺に?愛の告白なら、今すぐ帰れと答えるが」
「相変わらず減らず口の多い奴だ」
「まあね」
くだらないことを言いながらも、お互いに気は抜かない。
俺たちは、互いの実力を知っているから。
「ゴホン。やっとこの日が来たんだよ、レオ。わかるかな?ボクがどれだけこの日を待ち侘びたか」
「あーもーいい。わかった。俺を殺してこいって言われたんだな」
「っ、貴様!!それはボクのセリフだったのに!!」
「良かったなテレリー。念願かなって」
ああ、こいつのテンション疲れるんだった。
「ちょ、ねぇ!どういう事だい?」
マルガは逃げる事をせず、状況を把握しようとしている。気の強いことはいい事だが、今はただただ邪魔だ。
「ババアは黙って隠れててくれ」
巻き込んでしまっては目も当てられない。
マルガは黙ったが、その場から動こうとはしなかった。
「ヤルならさっさと済ませよう。俺は非常に眠い」
「寝かせてやるよ、永遠にな!!」
クッサ!そのセリフクッサ!!
とか思っているところに、テレリーが突風を起こした。その風に乗って、魔獣化したコウモリ達が空を踊る。
コウモリ達の羽が鋭い刃に変化しているから、それはさながらかまいたちのようだ。
制服だけではなく、皮膚まで到達する程の切れ味で、たまらずマルガが悲鳴を上げる。
「〈凪の風、嵐の防壁、打ち払え:空絶〉」
仕方がないので、マルガの周りを空絶で囲む。しばらくはこれで持つはずだ。
「あれぇ?どうしたのかな?君が完全詠唱なんて初めて聞いたけど」
「俺もまだ驚いてる最中だ!」
こうなると固有ばかりを使って魔族を倒してきた事が仇となる。弱くなったと、自ら知らしめているようなものだ。
「君になにがあったかはどうでもいいけど、僕の心の平穏の為に死んでくれ」
テレリーが金ピカに光る長剣を握る。
視覚的に理解した時にはもう遅く、テレリーが俺の右横に移動したとわかった時には、斬り上げられた剣の筋すらみえなかった。
「いっつぁ…!」
反対側に避けたが、俺の上半身右下から左の肩口までを斬り裂いたテレリーが嬉しそうに笑う。
「魔力もカスだが感覚もカスか?」
「そうみたいだな」
後方に跳ねる。と同時に、
「〈炎撃〉!!」
火の塊を数個投げつける。
「本気出せよ、レオ」
金の剣と爆風で炎撃を消し飛ばして、テレリーがついにキレた。
剣戟をかまいたちに隠して迫る。それをほぼ勘だけで避けるには限界があった。テレリーの長剣が鋭い突きを放ち、それを身を屈めて避けたところに卑怯にも膝蹴りが打ち込まれた。膝をついて身を硬らせたところに、テレリーの長剣が振り下ろされる。
「ガハッ、げほっ、ゲホ」
「死ね」
「っ、ぁ……」
ザク。と、それは新雪の厚く積もる上を踏んだみたいな音だった。
「チッ、心臓は避けたか」
刺し貫いた時よりよほどグロテスクな音を立てて引き抜かれる長剣。後を引くように噴き出す血が、辺りを赤く染め上げる。
「ゴホッ、ッハ、ハァ…」
頭の中が一瞬真っ白になる。熱く焼けるような痛み。封魔の痛みともまた違う。直接内部に熱く溶かした鉄でも注がれている気分だった。
「しぶといねぇ、レオは……お前が殺したボクの仲間が、早く首を落とせって言ってるのが聞こえるよ」
「ホザけ…クソが…」
死は万人に平等だが、魔術師の死は残酷だ。
大抵は任務で命を落とす。魔獣と化した獣に引き裂かれるか、遭遇した魔族に生きたまま食われるか。
そして俺の場合は、どうやら後者のようだ。
テレリーは何を思ったのか、俺の髪を乱雑に掴んで持ち上げた。
もはや痛みなど感じない俺はされるがままだ。マルガが何か叫んでいる。そういや空絶は解けてしまったようだ。
「最後に少し、ボクがその力を取り入れてやろう。君は永遠に、ボクの中で生き続ける。最高の牢獄だろう?」
手足にすら力が入らない俺はもう、テレリーの話を聞いてやる余裕もないから、ただこの苦しささえ消えればいいと思った。
テレリーはニンマリと笑うと、一体どんな気分でそんなことをするのか、俺の肩を噛み砕いた。
「イッ、ッッッッ!?」
「フン、あまり旨いとは言えないな」
声も出ない痛み。表面の怪我の方が痛いというが、その通りだ。
「さあてと、首を落とせば終わりだ。レオ…残念だよ。君は我々魔族の強敵だった。一体何人の仲間が君の大きすぎる力の前に、なすすべもなく死んでいったか……」
悲しい表情。次の瞬間には愉悦を浮かべる。
「だがなぁ、ボクの楽しみはこれからだ。レオの首をシエルに突きつけてやる。あいつはどんな顔をするかな?怒るか?泣くか?それとも何も感じないか?どうだ、レオ…シエルの犬め…お前ならあのスカしたガキが何を思うかわかるか?」
そこで俺は、なんでかわからんけど面白くなってきた。窮地ほど笑える。いつもの事だ。
「ハッ、教えて…やろ、か?」
俺が死んだらシエルが何を思うのか。
「……なんだよ、言えよ!?」
ハッハッハ、と笑ったつもりだったが、出てくるのは血の塊と空気だけだった。
それでも俺は、ちゃんとテレリーに伝えた。シエルがテレリーに言いたいこと。
中指立てて舌でも出せば完璧だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます