第25話 双黒の剣④
食堂では、あろう事かマルガと鉢合わせした。
「あら?金髪のイケすかない坊やじゃないの」
そう言って、マルガは俺のお向かいに座りやがる。
いつもなら向かいはリアなのに、ババアのせいで癒しの時間はお預けとなった。
「んだよどっかいけよ」
「いいだろ別に。あたしがどこに座ろうがあたしの勝手でしょうよ」
ウンザリしてきたので、もうひたすらに食事に集中してやる事に決めた。
「マルガさんは、どうしてそんなにレオが嫌いなんですか?」
イリーナが楽しそうに話しかけている。マルガも別に嫌じゃないみたいだ。
「あたしねぇ、国内の色んなとこで魔道具を売ってんのよ。それこそ、頼まれたらどこにでもいくの」
「すごい!ひとりで、ですか?」
「そうよ。まあ、ひとりってのは大変だけど気楽でさ。そこまで困る事はないんだよ」
でもさ、とマルガの声のトーンが落ちる。心底イラついているようだ。
「何年か前に行った街で、強盗にあったのよ!!」
「え、強盗!?大丈夫だったんですか?」
それが、とマルガが語った内容は、次の通りである。
2、3年前、南方の市場に出張販売に行った際のこと。
客入りも好調で、良い品を良い値で買ってくれる客も多く遅くまで店を開き、そろそろ閉店時間だと思い始めた頃、黒尽くめの二人組に強盗に入られたのだそうだ。
女ひとりのと舐められていたようで、必死に応戦していたが、力の強い男には勝てず、もうダメだと思ったその時。
金髪の少年が現れた。
中性的な整った顔の華奢な少年だった。
偶然通りかかったその少年は、店の異変に気付いて駆けつけ、一回りも二回りも体格差のある強盗をあっという間にのしてしまった。
マルガはめちゃくちゃ感謝して、お礼にと多少の金銭を渡したが、少年はそれを断り、挙句に散らかった魔道具の片付けまで手伝ってくれた。
最後にと名前を聞いても答えず、そのまま颯爽と立ち去ってしまう。
なんて良い子だったんだろうと、マルガがホッコリしていると、あれ?と異変に気付く。
いくつかの魔道具…それも、一際高価な物がまるで厳選したかのように消えていたのだ。
マルガは驚いた。いつから無いのか?
強盗に襲われる前はあった。そろそろ店を閉めようと、在庫を確認したから確かなはずだ。
首を傾げながらも、明日もう一度探そうと眠りについた。
次の日も探したがやはり見つからず、その夜は早めに店を切り上げ、傷心の心を癒そうとカジノへ出かけた。それも、あまりよろしくはないのだが、レートの高い闇カジノだ。そこでパーッと遊ぼうとしたのだが、店内に入ると見覚えのある少年がいた。
なんとなく近付き、もう一度お礼ついでに魔道具を知らないか聞いてみようと思った。少年は何人かの男達と楽しく話しながらカードゲームをしていて、マルガが会話が聞こえるくらいに近付いても、少年は全く気付かなかった。
少年のいる台は、一際レートの高い台で、そこでは大金が動いている。
「今日はどうしたんだよ?そんなに賭けてるとすぐになくなるだろ?」
「それがさぁ、昨日めっちゃいい拾いモンしてよ」
「なんだ?」
と、少年と男たちが話したのは、魔道具屋に入った強盗を倒したついでに、店の魔道具を盗んで売り払ったという話だった。
マルガは信じられない思いだった。あんなに親切だった少年は、実は火事場泥棒だったのだ。
「お前ほんとクズだよなぁ。それで一級魔術師なんて、世間が知ったら卒倒するぜ」
「俺は悪くねぇよ。あんなところで、女ひとり商売やってる方が悪いだろ?それに俺のおかげで強盗に殺されずにすんだんだぜ」
「ハッ、違いねぇよ」
マルガは何も言えなかった。仮にも国の一級魔術師相手に立て付くことは出来ないし、少年が盗んだという証拠もなかったからだ。
「そういうわけでさ、あたしゃ金髪の顔の良い男が心底嫌いなわけよ!!」
話を終えるとマルガは、水の入ったコップを、まるでアルコールの様に飲み干し、がんっとテーブルに置いた。
「今でも思い出すだけで腹が立つ!!」
テーブルの下でツンツンと、隣のユイトが俺の制服の裾を引く。
「おまえか?」
「え?何が?聞いてなかった」
几帳面に焼き魚の骨を取っていた俺が顔を上げると、ジト目のユイト、イリーナ、リアがこっちを見ていた。
「マルガさん、その後どうしたんです?」
イリーナが俺を睨みながら聞く。マルガはニヤリとして、こう言った。
「協会にクレーム入れたわよ!!まあ、名前はわからなかったけど、おたくの一級魔術師に金髪のガキがいるでしょ!って。それで、闇カジノに出入りしているのも言ってやったわ!!」
俺みたいなクズが一級魔術師か。やるな。
などと思っていると、テーブルの反対側からイリーナが俺のスネを蹴り飛ばした。
「いってぇえええ!!!!なんだ?何すんだよ!?」
「このクズ!!」
「は?」
やれやれみたいな空気になる。
レオはそんなことしない!!とか思わないのかな?
まあ……まさしく俺の話なんだが。
あの時の魔道具屋だったのか、このババア。そりゃ金髪嫌いにもなるわ。
いや参った。内心ビクビクしていることは認めよう。背中が脂汗でベタベタしていることも認めよう。
ただ、それとイリーナの短剣は関係ない。
「昨日あんた達が見てた短剣……あれもその時盗られたやつでさ。もう必死になって取り戻したんだ」
「そうだったんですか」
そこでマルガはイリーナに視線を合わせる。優しい声で言った。
「あたしゃ別に、あんたに意地悪してるわけじゃないんだよ…この仕事、協会からがっぽり貰えるし。だけど、あの短剣の以前の持ち主は、特級魔術師だったんだ。そんな力のある短剣を、まだ自分で道具も選べない子に渡したくないんだよ。あんたが自分で選んでこその魔道具なんだからね?」
マルガの言う事も一理ある。力のある魔道具を選ぶ事は難しくないが、それが本当に自分に合っているのかを見極めるのは難しい。
「わかってますよ、マルガさん。あたしはまだ悩んでるけど……でも参考にしようと思えるくらいには、そこのレオのこと信用してるんです」
それはまた、過信し過ぎだ。
ありがたいけどな。
「さ、ご飯食べたら、あんた達もちゃんと真剣に選びなよ!」
マルガは食べ終えたトレーを持って立ち上がった。
「金髪のガキは、いつになったらあたしに魔道具見せてくれるんかね?」
「一生見せてやんねぇ」
フンと、鼻を鳴らして、マルガは食堂を去っていった。
「とりあえずさ、レオって昔からクズだったって事がわかったな」
しんみりした声で、ユイトがそう呟いた。
午後からはうろうろと魔道具を遠巻きに見ているイリーナを見て過ごした。
リアがずっと横で、不慣れな解術の詠唱を延々と繰り返すから、俺は途中で空絶を使用して音を遮断するハメになった。
ユイトは手に馴染む剣を見つけたようで、それからはしばらくユイトと手合わせして遊んだ。
なかなかセンスがあるなと思った。
他のクラスメイトも、徐々に魔道具を手に入れて、地下倉庫から出て行く者もいた。
平和だった。
放課後はバリスを探して、協会本部へと向かった。
魔力感知するまでもなく、バリスの居場所はすぐにわかった。
「勘弁してええええええもう無理いいいいいい」
「オエッ、あ…お花畑が俺を呼んでる気がする……」
などと喚いているのは、ジャスとリリルだ。
そこは汗臭いトレーニングルームで、二人はバリスの前で腕立て伏せをさせられている。
「オラァ!泣き言言ってんじゃねえ!!」
「も…ムリッス…」
「俺も…」
バタンと脱力。ジャスとリリルが気絶した。かわいそう。
「何してんの?」
「よぉレオ。なに、素行不良のお仕置きだ。お前もやるか?」
「いや結構です」
それはともかく。
「バリスにお願いがあるんだが」
「なんだよ、お前がお願いとか笑えねえ」
俺も笑えない。でもイリーナのためだ。
「俺のクラスメイトのイリーナのことなんだが、あいつ、固有魔術持ってるかもしれん」
そう言うと、バリスはポカンと大口を開けた。ゴリラもびっくりする事があるんだなぁと思った。
「本当か?」
「うーん。多分。お前と同じような魔力を感じるから、獣化の可能性がある。だが、なんで今まで気付いてなかったのかが不明だ」
「確かにな……いや…心当たりはある」
バリスはふうと息を吐き、そして辛い事でも思い出したように目を瞑った。
「お前は自分の固有魔術に気付いたのはいつだ?」
「俺は……わかんない。というか、魔力とか詠唱なんかの概念の方が後だった。言葉を話すのと同じように、俺は最初から力が使えたし、それを不思議とは思っていなかった」
謎だよな。俺は小さい頃、火はおこすものじゃなくて念じれば付くと思っていたし、欲しいものは念じるだけで飛んでくると思ってた。実際そうだったし。
「はあ…お前は規格外過ぎて、同じ次元で話が出来なくて笑えてくるぜ」
「これでもこの世界の次元に馴染んでるつもりなんだが」
「よく言う……オレはな、小さい頃に家族を亡くした。魔族によって、殺された。その時にわかったんだ。自分には他と違う力があると。気が付いた時には、家族を殺した魔族を逆に殺していた」
なるほどなぁ。つまりそれは、
「人は悲しみや苦しみ、怒りに晒されると思っても見ない力に目覚めたりする。イリーナにはそういった経験がないんじゃねぇか?」
「そう、かもな。聞いてる限り、幸せな家庭の普通のガキだし」
他人の悩みや苦しみを、他者と比べることなんてできない。しかしそれは綺麗事で、テストで良い成績が取れなかったと嘆くものと、余命一ヶ月と告げられたものの嘆きが同じはずはない。
そういう意味で、イリーナには経験が足りない。
ヒーローはいきなり与えられた力を使いこなすが、俺たちは残念ながらヒーローではない。経験と努力と幾ばくかの才能で生きている。
「ま!そういうことだからさ、獣化は俺にはようわからんし、バリスがなんとかしてやってくれ」
「……ああ、わかった」
イリーナが何かに目覚めるとすれば、それが悲劇ではないことを祈ろう。
なにもない時にちゃっかり目覚めちゃう方が、その後の人生において安泰だと俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます