第24話 双黒の剣③


 ナターリア国中央都市フェリルには、この国の重要な建物がいくつも存在する。


 君主制を捨て、民主主義をとったこの国の現在の元首はルイーゼ・マルゴットという女元首だ。


 その住まいである邸宅にほど近い所には、ナターリア国会議事堂があり、さらにその隣に魔術師協会本部がある。


 魔術師協会本部の周辺には、各研究機関や図書館、軍部総司令と、上空から見る眺めはかなり壮観であった。


 そんな重要建造物に押し潰されないようにして存在しているのが、魔術師養成機関だ。


「シエルの犬め……」


 そう呟いて唇を噛むのは、貴族然とした豪奢な服装の青年だった。彼は上空に佇むようにして、学院を睨みつけている。


 どこからどう見ても魔族である。青い髪を品よくオールバックにまとめ、灰色に暗く光を放つ鋭い目はまさに魔族のそれである。


 いっそここから特大の火球でも放ち、学院を消滅させてもいいかもしれない。そうすれば、憎いあの魔術師ごと消してしまえる。


 などと考えて、しかしそれはできないと思いとどまる。


 そんなことをすれば、間違いなく次に消されるのは自分だ。


 失敗だけではなく、小さなミスも許されない。


 青年をここへ寄越したのは、そんな冷徹な男なのだ。その男は、いずれ魔族の王となる。今のうちに恩を売っておけば後々良い立場にして貰えるのだから、今はまだ、目立つことはしない方がいい。


 それにしても、と男はうってかわってニヤリと笑みを浮かべた。


 まさかこの自分に、『金獅子の魔術師』を殺せと命令が下るとは。


 運命とは面白い。


 魔術師は確かに憎いが、それだけではない。


 シエルの犬であるヤツを殺せば、あのスカした態度のシエルはどう思うだろう?


 いつもこちらを下に見て、悠々と生きるシエルが泣いて叫ぶのなら、金獅子を殺すことにどれだけ労力を払ってもいいとさえ思える。


 青年を従える男は、気付いていないようだった。シエルが金獅子と繋がっていることを。


 だから金獅子の首を持ち帰り、王の元へシエルと共に突き出してやる。


 青年の目的は、男に命令されたことだけではなかった。シエルを貶める事の方が、なんなら優先されているかもしれない。


 面白くなってきた。


 男はニヤニヤ笑いながら、フッとその場から消え去った。









 翌日も、地下の倉庫みたいなところで、学院の一年生がわいわいと魔道具を品定めしていた。


 今日からは他クラスの、まだ魔道具を決めかねている学生や、調整を行う学生もいた。


 そんな学生の中、俺はまた噂話のネタにされている。


「あいつ、魔道具すでに持ってるらしいぜ」

「てかひとに見せられないようなヤツらしいぜ」

「それってなんか、卑猥だよね」

「うわぁ、ドン引きなんすけど」


 一体どんな魔道具を想像しているのか。さすが思春期。聞いているこっちが恥ずかしいぜ。


「リアは決めたの?」

「うーん。一応ね…」


 隣では女子二人が何やらお話中だ。


「弓にしてみたの。私、攻撃系の魔術が苦手だけど、だからって近接武器もよくわからないし。でも攻撃手段が無いのはだめでしょ?だから、弓にしたの」


 なるほど。リアは可愛い…じゃなくてよく自分を理解している。


「いいんじゃない。でも、ただ矢を打つだけじゃなんか……」

「だよね……」


 困ったなあと首を傾げるリアが可愛すぎた。


「こうすればいいんだよ」


 そう言ってリアの持つ、繊細な白木の弓を奪う。


「ユイト!ちょうどいい所に!ちょっとなんか詠唱しろ」

「え?」


 少し離れた位置で、なんだかよくわからない魔道具を弄っていたユイトに言うと、首を傾げながらも言う通りにしてくれた。


「〈業火でもって、焼はっうおおおうっ!?」


 俺が適当に放った木の矢が、ユイトの構築し始めた円環を貫いて消した。


 掌を前に突き出していたユイトが、ものすごい反射神経で矢を避ける。


「すっごぉおい!!どうやったの?」

「これは解術っていう魔術だ。構築前に円環を壊せば、魔術は発動しない」

「私にもできる?」

「簡単だ。まあ、一応一級魔術だが、リアの魔力の性質に合ってるから慣れれば詠唱無しでできるようになる」


 リアの魔力オーラに見える紫の差し色は、ザルサスと同じように封印術や解術系統に秀でている証拠だ。


「詠唱は、〈数多の呪、想像の術、塵と成りて消滅せよ:解術〉」


 同時に魔力を流すと、光の粒子が一本の矢を形作る。


「キレイな矢……」

「最初は本物の矢に魔力を流すイメージで練習して、ついでに弓を引くのも覚えるといい。慣れると矢がなくても、魔力で作り出せるようになるはずだ」


 これもまた火球と同じで、魔術は使えても弓矢がどんなものか分からなければ矢は飛ばない。


「ありがとう、レオ」


 心底嬉しそうなリアを見られる俺は幸せだ。特級魔術師になって良かった。元だけど。


「教えてやるって言っただろ?」

「うん!また違う魔術も教えてね!」


 ここで軽く壁ドンしてみる。


「いいぜ…リアを最強の魔術師にするのが俺の使命だっ、イテ、叩くなイリーナ!!」


 いい所だったのに邪魔ばっかりしやがる。


「見てるこっちが恥ずかしいわ!!」

「いや俺今のめっちゃ自然でカッコよくなかった?」

「んなわけあるか!!」


 えぇ…ショック……


「んなことよりおれに謝れ!死ぬかと思った!」

「死んでもいいやつにしかあんな危ないことしないぜ」

「おいコラ!」


 ユイトがキレて地味にスネを狙って蹴りを繰り出してくるのを避けながら、周りの様子を確認する。


 みんな魔道具選びに真剣で、誰も俺の解術を気にしなかった。


 リアには簡単な魔術だと言ったが、封印術も解術もなかなかできる奴はいない。ザルサスが協会トップになるくらいだ。極めればなかなか強い魔術師になれる。


 心配なのは、イリーナとユイトだ。


「なあユイトはどんなん選んだんだ?」

「おれか…」


 途端にしょんぼり肩を落とすあたり、あまりいい出会いがないらしい。


「言いにくいんだけどさぁ…おれにもなんかヒントくれ」


 と言われても、なあ?


「金貨5枚で」

「たっか!!」

「だってお前に教えるメリットがない。リアならまだワンチャンあるじゃん」

「死ねよクズが」


 男の子はそんなもんなんですよ、ユイトさん。


「金貨2枚なら…」

「チッ。まあいい。一週間以内に用意しろよ」


 けしからんなこいつ!!


「手出せ」

「はい」


 ユイトが恐る恐る出した手を握る。四元素の魔力を順番に手を通して流していく。


 魔力のオーラではわかりにくいが、直接触れて確認するとユイトが火と風の魔力特性に秀でているのがわかる。


「ユイトの魔力量はイリーナ並みに多いな」

「マジか!?」

「ん。それに得意属性が火と風の二つだ。よかったな」

「それって何が良いんだ?」


 これだからバカは困る。優等生ヅラのくせに。


「簡単に二級魔術が使えるってことだ。四元素のひとつ得意より、二つ得意の方が併用しやすい」 

「なるほどなぁ。じゃあどんな武器がいいんだ?」

「それは知らん」

「えぇ…」

「もう俺と一緒に長剣にするか。それなら立ち回りも教えてやれる」


 結局協会魔術師の全体の6割くらいは、無難な長剣を持っている。


 軍部の魔術師なんか訓練項目に剣術があるから、もうそれ以外の選択肢なんて考えられないような脳筋ばかりだ。


「じゃあそうする。仮にもお前、元特級だもんな」


 そう言って、なんともイマイチな反応のまま、ユイトは長剣が並んだ台へと向かって行った。


 大丈夫か、あいつ?


「いいよね、みんな」


 イリーナが羨ましげに他の学生を眺めて呟く。


「イリーナは、多分バリスみたいな感じだ」


 俺はやっと、イリーナに言いたかった事を切り出せた。正直、伝える事でイリーナが変な慢心を持ってしまったり、努力を怠ってしまうかもと思っていた。


 でもこんなに落ち込まれたら、ちゃんと言う方がいいかなと思い直した。


 が、イリーナはキレた。


「あたしあんなゴリラじゃないもん」

「いやいやそこじゃなくて…って、やっぱお前もゴリラだと思うよな?」

「え、うん…いや、思わない」


 忖度しやがった!!


 まあそれは今はどうでもいいや。


「機密だから誰にも言うなよ」


 イリーナはコクコクと頷くのを確認して、出来るだけ小さい声で教えてやる。


「バリスの固有魔術は、獣化だ。あいつ、ゴリラじゃなくて狼男になるんだぜ」

「ウッソ!?」

「ウソじゃない。耳と尻尾がはえるんだ。いやそれはどうでもいい。とりあえず、イリーナは多分固有魔術持ってるんだと思う。今までなんで気付かなかったのかは知らんが」


 反応が無い。死んだか?


「なあ、聞いてる?俺の声聞こえてる?」


 しばらく放心したのち、イリーナは急に我に返った。


「〜〜〜〜っ!?」


 声にならない叫びとは、こういう奴のこというのな。


「落ち着けよ。お前のその魔力は、これからの努力次第では特級魔術師にもなれる。だが、固有魔術は俺には教えてやれない」


 何せ固有だからな。


「じゃ、じゃああたし、どうすればいいのよ?」

「だからバリスに聞いてくれ。話は通しておいてやるから」

「ああああああ…信じらんない……」


 ペタンとその場に座り込む。それから頭を抱えて唸り出した。


「もっと早く言って欲しかった…」

「タイミングってあるだろ?それに、本来は自分で気付くもんだし……俺がお前に短剣を選んだのは、獣化する奴は超近接が得意だからだ」


 落ち込んでんのか喜んでんのかイマイチわからんが。


 ともかく俺の言いたかった事は言えた。あとはバリスに丸投げしよう。


「そっか」

「ま、他の魔術も使えるんだし、とりあえず喜んどけ」

「うん……そういや、あんたも固有魔術あるの?」

「あるよ。俺の固有魔術は…特に名前はないが、詠唱も円環も魔術名も無く魔力だけで大抵のことができる」

「……は?」


 は?と思うのも当然だ。そんな事ができるのは、ぶっちゃけ魔族だけだからだ。


「また見せてやるよ……くれぐれも他言しないようにな?」

「う、うん」


 固有持ち通しのよしみだ。教えても問題ないだろうが、見せるのは難しい。封魔のせいで使えないからな。


 そうこうしているうちに、時間はあっという間に過ぎてお昼時となった。


 俺はイリーナとリアとユイトの四人で、昼食を食べに食堂へ向かうことになった。

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