第23話 双黒の剣②
「リーチ!!!!」
俺は点棒をピンと弾いて投げるように置く。
「おまっ!?ぜってぇイカサマしてんだろ!!」
ジャスが悔しげに地団駄を踏んだ。
「証拠があるなら言えよ?なあ、どうせないんだろ?」
「うっぜぇええええ」
叫ぶジャスはあと点棒一本でハコだ。ドボンだ。バカめ。
「とか言ってるけどさぁ、レオも俺が満貫以上とったらハコだよな」
リリルが辛いことを言う。順番的に、ジャスの捨て牌が通ると、俺がリリルに振り込むことになるからだ。
「その前に俺がツモるかジャスが終わる」
「おい!!俺は負けねぇぞ!!」
「さあ、どうだろうなぁ」
リリルが牌を捨て、ジャスの番。ジャスも牌を捨てた。
また俺の番だが、目当ての牌はなかなか来ない。で、その確認したばかりの牌を捨てる。終盤に手元に来る白牌ほどムカつくものはない。
「ロン」
リリルがドヤ顔で言った。
「は?」
「やった、俺の勝ちだ!はいドボン!レオの負け!酒買ってきて」
そう言ってリリルがオープンした手牌は、国士無双のそれだ。いくら三人打ちでも、だ。
「死ね!!お前こそイカサマやってんだろ!?」
役満がそんな簡単に出てたまるか!!
「ギャハハハハハ!振り込んでやんのバカじゃね?」
「黙れジャス!お前にだけは言われたくない!」
腹を抱えて笑い転げるジャスに、飛びかかって殴りつける俺。を、楽しそうに見ている、いや、むしろもっとやれと煽るリリル。
「お前らうるせぇ!!!!」
怒鳴り込んできたのは、ゴリラのような巨体のバリスだ。
「やべ、バリスさんだ!」
「なんとかしろよレオ!仲良いんだろ!?」
と言って、すべてを俺に押しつけて片付けを始める二人。
バリスはのしのしとやってくると、俺の首根っこを掴んだ。そのまま引き摺られていく俺に、ジャスとリリルが合掌するのが見える。
「お前ら!覚えとけよ!」
捨てゼリフも虚しく、無情に閉められる宿舎のドア。
「バ、バリス?怒ってる?ほんとごめん、次から静かにする。約束するよ?ほら、ゆーびきーりげーブファア!!」
真剣にビンタされた!
「動けるんなら学院の宿舎に帰れ!!」
「いやだって遠いもん。それにほら、こっちの友達ともたまには息抜きしたいじゃん?なんだ、混ぜて欲しかったのか?ごめん、全然気付かなくって!次から誘うしさ、とりあえずお金貸してくんね?」
バチインと、二発めのビンタが直撃した。
「そんなタカリ方があってたまるか!!」
「うへぇ、痛いよおおおおお」
「泣いても可愛くもクソもないむしろキモいやめろ」
そのまま引き摺られること数分。
学院の宿舎に辿り着いた。
「お前なぁ…ちょっとは学院生らしくしろよ」
んなこと言われてもなぁ。
「だって退屈なんだもん」
「だもん、じゃないだろまったく…次何が起こるかわからねぇんだ、それなりに備えておくべきじゃねぇのかよ?」
バリスはやっぱり、俺と協会のことを嗅ぎ回っていると、ピニョに聞いた。レリシアの件があったから、少し疑心暗鬼になっているようだ。
「とか言われてもなぁ。俺に出来ることなんてないんだが」
封魔によって魔力もまともに使えないし、使ったら使ったで死にかけるし。
「いい加減お前が何を考えてるかだけでも教えてほしいもんだ」
「だから、俺を笑い者にしたやつらに土下座させてやりたいんだって」
「ふざけんのも大概にしろ!」
うひゃあ怖い!
そのうちドラミング始めそう。
「お、怒ったら血圧があがるぞ?」
「黙れ」
「はい」
本当に怖いですこのゴリラ。
「真面目に話せないのか、お前は」
バリスにしては大人しく、真剣な顔で俺を見た。
まあそりゃ、同じ特級魔術師がやらかしたんだから、気になって仕方ないだろうな。
「はぁ。仕方ないなあ」
そんなに思い悩んでいるバリスは珍しい。少しかわいそうになって来た。
「特級魔術師の任務は魔族討伐だろ?」
「……そうだが。それがどうした?」
「じゃあその任務を振り分けてんのは誰だ?」
普通に考えて、ライセンスに記録される内容を書き換えたりできる立場の人間なんて限られているし、そいつは自由に、どの任務に誰が行くかを決められる。
「ザルサス様か」
「んー、どうだろうな」
偉そうに言っておいてなんだが、実は俺も知らない。それに俺の目的は、別に国家の陰謀を暴くことじゃない。
「だからお前に封魔を…?」
「さあな。あのジジイはタヌキだ。何を考えてんのかわからん。でも、レリシアみたいな自分より下の立場を使うとか、そう言うことはしない」
と、俺は信じたい。なぜなら仮にも育ての親だからだ。
生憎レリシアも、協会の地下牢でダンマリを決め込んでいる。一応犯罪者として扱われているが、狙われたのは国家機密の俺だし、未遂に終わってるって事もあってどう対処していいのか協会も困っているようだ。
クビになった元特級魔術師暗殺未遂、なんて、公表したら世間は大パニックだし。
「レオは、なぜ協会を疑ってる?」
なぜ疑ってるか。それは、まだ言えない。
「バリスが俺くらい強くなったら、教えてやるまでもなくわかると思うぜ」
今はこれくらいで勘弁してくれ。
バリスは俺の言葉が、バカにするものだとおもったようで、舌打ちをして帰っていった。
感がいいのに、バカなんだよなあ、あいつ。
まあいいや、と、俺はその日はちゃんと自分の宿舎へ帰った。
翌日、俺はちゃんと学院に行った。実に五日ぶりの登校である。
「レオくん!!また体調がわるかったんだって?大丈夫?無理しなくていいんだよ」
先生が俺の顔を見た瞬間に慌ててそう言った。
学院が始まってから休んだ日の方が多い俺は、すっかり病弱キャラとして認定されてしまったようだった。
「クズな生活で肝臓壊したって」
「ええ?まだ16だよ?ほんと?」
こそこそ噂話をされている。誰だよそんな噂流したやつ!?悪意しかないだろ!!
まあでも、内臓が悪いのは当たってるから反論はしない。
「レオ、おはよ」
「元気そうだな」
「良かった」
自分の席に座ると、イリーナ達が声をかけてくれた。三人とも事情を知っているだけに、唯一普通の反応をしてくれる。
だが、ユイトがなんだか、よそよそしい気がせんこともない。
問いただす前に、ちょうどチャイムがなった。
まあ、授業終わりにでも聞けばいいか。
「今日は、みなさんのお待ちかねの授業です」
先生が楽しそうに笑いながら言うと、クラスメイトが歓声を上げる。
ついていけない俺がリアに助けを求めると、リアはいつになくウキウキして答えてくれた。
「今日は鍛冶屋さんが来てくれる日なんだよ」
「鍛冶屋さん?みんなで剣でもつくるの?」
「違うわよ!あんたほんとバカね!」
リアとの会話の機会をブチ壊したのはイリーナだ。
「あたしたちの魔具を作ってもらうの!」
「ああ、なるほど」
魔具は魔術師ならひとつは持ってるもので、自分の魔力の性質に合わせて、最大の効果を発揮する武器となるものだ。
一般的には、遠距離魔術師ならより効果的に遠距離魔術が使えるようなエンチャントがかかった装飾品を選ぶか、近接に対応するために剣やナイフを選ぶ奴もいる。
近距離魔術師なら身体強化や物理攻撃特化のエンチャントがかかった装飾品か武器を選ぶことが多い。
バリスは確か、ガントレットを装備していたし、レリシアは魔力強化のアミュレットを身につけていた。
「な、なあ…」
声を控えめにして、ユイトがコソコソと言う。
「その…『金獅子の魔術師』は、どんなの持ってんだ?」
「あたしも気になる!」
「私も!」
そんなに興味津々な顔をされても、だ。
「レリシアとやりあった時に持ってただろ」
「……あの黒い刃の剣?あれって…」
イリーナがものすごく不快な顔をした。
「それ。あれは俺の剣なんだ」
「ウソ!だって、あれはシエルがあんたに刺したやつでしょ?」
「んー、多分返してくれたんだな、優しい奴め」
その時の事を見ていないユイトとリアは、なんのこっちゃという顔をしているが、実際に見ていたイリーナは青い顔だ。
「返してくれたって、そんな返し方がある?てか、あれ魔剣だよね?魔族しかつかえないんじゃないの?」
「俺くらい強くなるとなんでもアリなんだよ!」
これ以上は俺とシエルの関係を説明しないとならなくなる。バリスにも黙ってるのに、イリーナに話すわけにもいかない。
「野良魔術師には、魔剣を持ってるやつもいるぞ?あと、なんかようわからん物を武器だと言い張るやつもいるし、会う度に違うの持ってるやつもいる。なんでも使えりゃいいんだよ」
ちなみに、武器や装飾品に頼るなど魔術師として恥ずかしいと言って、絶対に持たない奴もいる。道具は所詮道具で、使う奴しだいなんだから強がらなくてもいいのに、と俺は思っている。
「まあ、いいわ。それ以上聞かない。知っても仕方ないからね」
イリーナは珍しく聞き分けが良かった。
不思議な事もあるもんだなぁと思っていると、先生が、
「じゃあみんな、教室移動するよ」
と言い、クラスメイト達が浮き足立ちながら教室を出ていく。その最後尾を、俺たちもついて行った。
移動した先は、学院の地下にある倉庫みたいな空間だった。
壁や床には魔力障壁が張り巡らされていて、ちょっとやそっとじゃ傷もつかない。
その空間の一角に、大量の武器類や装飾品を用意している女がいた。
「お待たせしてすみません、マルガさん」
「いいんだよ!あたしゃ暇だからね」
先生にマルガと呼ばれた女は、30代の痩身だが筋肉質で健康的な女だった。日に焼けた肌は小麦色で、完全に俺の好みではない。ピニョの方が可愛い。
「今年のあんたのクラスは、なんだか軟弱そうなのばっかりだねぇ」
マルガは俺たち20人を値踏みするように眺めまわし、失礼なことをのたまった。
「特にそこの金髪のガキ。どうした、そのケガ?あたしゃ長く学院に武器をおろしてるけど、入学早々怪我だらけのヤツなんて初めて見たよ」
金髪は別に珍しくないからと、周りを見回す俺。おい誰だよ入学そうそう怪我だらけなんて面白い奴……
「俺に言ってんのかこのババア!?」
ムキィっと怒る俺を、ユイトが無言で止める。先生があわあわしながら「やめなさい」と小さい声で呟いている。
「そうだよ?あんたに言ったの。あらぁ、弱そうだから学院なんか辞めてホストクラブにでも就職したら?」
「ホストぉ!?舐めてんのかっ、この、クソババア!!」
マルガはため息ひとつ吐き出して、次の瞬間には俺を無視した。
「あんな奴は放っておいて、あんた達の魔道具をえらびましょ。何かひとつ、気になる物を手にとって自分の魔力を流して見なさい。相性が良ければそれはあなた達のものよ」
クラスメイト達が歓声を上げ、マルガが並べた魔道具の物色を始めた。
ワイワイ盛り上がる中、イリーナが一歩引いた所でポツンと立っている。予想外だ。クラスメイトを押し除けてでも手に入れようとすると思っていた。
「イリーナはどんなのが良いとか、考えてるのか?」
そう聞いてみると、少し目を伏せてから呟くように答える。
「わかんないのよね……何がいいんだろ?」
結構悩んでいるようだ。そりゃ悩むか。まだ学院に入ったばかりの、魔術師の卵なんだもんなぁ。
それにイリーナはまだ自分のスタイルを見つけられていないから尚更だ。俺と同じで、なんでも努力すれば出来てしまうタイプだ。そういうタイプは、なかなか道具に慣れない。
「お前はこのクラスではダントツで魔力量が多いし、四元素もそこまで得手不得手がないだろ。そういう奴は難しいんだよ、逆にな」
人間は欠点があるから、そこを補おうと道具を使うが、その欠点がなんなのかわからない人間には、道具を選ぶことができない。
「あんたはどうやって選んだの?」
そう聞かれても、あれは貰い物だし選んではいない。
というか、魔道具を常用しているのは、ほとんど協会の魔術師だ。要らないという奴は持たないわけだし。
「俺はあの剣は偶然手に入れたから使っているだけで、自分で自分の魔道具を選んだ事は無い。必要がないからだが…そうだな、イリーナには短刀がいいと思う。よし決まり!そうしよう!」
あんまりにも悩むなら、いっそ俺が決めてやろう。元特級魔術師としてな!!
「はあ?なんであんたが選ぶのよ?」
「俺が選べば間違いないぜ?な、ほら行くぞ」
イリーナの手を引いて、未だクラスメイトが群がる魔道具のところへ向かう。
適当に魔力感知で様子を見るが、クラスメイトの何人かは、自分に合う物を見つけたようだった。
その中で、イリーナの太陽みたいに眩しい魔力と合いそうな物を探す。
そんでもってイリーナにはもう一つ良い点があるのだが、そういやまだ言ってないや。
「よし、アレにしよう。ちょうどいいだろ」
目をつけたのは花柄の彫り物がされた革の鞘に納まるダガーという短剣だ。
「ちょっと!ほんと勝手なんだから!」
「まあまあ、俺に任せろって」
短剣に手を伸ばす。が、俺が掴む前に取り上げられた。不届きものめ!とそいつを見れば、
「何すんだよババア!!」
マルガだった。どんだけ俺のこときらいなんだよこのババア。
「あんたにこれは似合わないわ」
「わかってるっちゅーの!!」
「だったら違うもの選びなさい」
「いらんわ!」
こんな奴の用意したもんなんか誰が使うかよ!
「そんなこと言っていいのかい?これ、授業の一環なのよ。自分の魔道具も選べないなんて、成績はどうなるのかしらね」
こいつマジでムカつく!!
「俺はもう持ってるんだって!!」
思わずそう言ってしまう。イリーナが背後から俺の頭を叩いた。
何すんだよと振り返ると、あたりが静まり返っていることに気が付いた。
「そうかい!なら見せてみなよ?クラスメイトにどうやって魔道具選べばいいかアドバイスできるわね!」
マルガは嫌味な笑みを浮かべる。
「あはははは、なんだレオくん。もうあるならそれでいいし、一応確認させてくれるかな?」
先生が乾いた笑い声を漏らして言う。
「あー、俺詰んだ?」
「あたしは知らないから」
薄情者め。そもそもイリーナの所為でこうなったのに!
「ほら早く出しなさいよ。武器を持ってるようには見えないわね…何かの装飾品かしら?男なのに武器じゃないって、余程魔術に自信がないのか、反対に自信満々なのかしら」
俺はキレたね。すぐキレる若者だからね。
「いいぜ?見せてやるよ!ピニョ…って、あいつはいないか」
持ってこいするところだった。
いや待てよ……
「なあ、イリーナ」
「なによ?」
「俺の剣どこ?」
「……バリス教官が盗品だって言って持って行ったわよ」
ですよね。
レリシアの相手するのにいるかもしれないと持って行ったが、そのまま倒れたからそらそうなるよな。
バリスは俺のだって知らないわけだし。
くっそぉ!どうしよう?
「あらぁ、恥ずかしくなっちゃった?見せてくれないならこの短剣は渡せないねぇ」
マルガが残念でしたーと、短剣を片付けてしまう。
「ぐぬうううう」
「もう、いいわよ。他のにするから」
イリーナがなんだかちょっと残念そうに言う。
「かわいそうに。あなたもそんな男は辞めときなよ?顔だけの男って所詮顔だけなんだから」
「そんなこと言われなくってもわかってます!!」
わかってます?ってお前も俺を顔だけと思ってんの?
「あたしゃ三日間学院に滞在して、あんたたちの魔道具の調整をする予定だから、それまでに精々自分に合う奴でも探しな」
バカにするようなその物言いにとても腹が立つが、なんともどうしようもない。
さらに腹が立つのは、クラスメイトたちのヒソヒソ声だ。
「成績一位で魔術も凄いのに、魔道具はしょぼいんかな?」
「逆に持って歩けないようなもんなんじゃないか?」
「木の杖とか?水晶玉とか?」
「なにそれマジウケるんですけど!」
好き勝手言いやがって!!
バカにするならそうしてろ!!協会トップのザルサスなんかガチで木の杖持ってんだからな!!
「……レオ。あたしはまた明日にするね」
イリーナはそれだけ言うと、壁の端っこへ移動してちょこんと座り込んでしまった。
俺はクズだからこういう時にかけてやれる言葉が思いつかなくて、モヤモヤした気持ちを抱えながら、リアやユイトにアドバイスするなどして時間を過ごした。
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