第37話 憧れ⑥


 目が覚める。いつものように、そこは学院の医務室。だが、近くにいるのは笑顔でキレているシエル。


 それから、シエルに睨まれ縮こまっているキルシュ。と、ユイト。


 入り口で腕組みをしているのは、相変わらずぴちぴちのシャツを自慢げに着るバリス。


「僕はユイトに言ったよね?」

「はい」

「怪我をさせてはいけないよって、言ったよね?」

「はい」


 俺は目を閉じたまましばらく動かなかった。


 だってシエルが怖かったんだもん。


「君は誰?どうしてこんな事したの?」

「ぼ、僕は…『金獅子の魔術師』に憧れてて……」

「それでお友達になろうと、攻撃したの?」

「そういう…わけ、じゃないです……」


 シエルは魔族らしく威圧的に、淡々と詰めていく。


「君たち人間は、とてもくだらない。自分という存在は無いの?他人に期待して、自分に期待しないのはおかしい。他人にはなれないのに」


 それに、とシエルは続ける。


「お前たち人間が『金獅子の魔術師』と言って勝手な想像で祭り上げている魔術師が、ただ強いだけだと思ってる?君はレオのどこを見て憧れだとしたの?たった一発の魔術で?」


 誰もなにも答えない。シエルが呆れたように息を吐いた。


「憧れるならば、それはレオの力じゃなくて努力にするべきだよ。彼はそれはもう死ぬ気で、」

「もーう静かにしようか、シエル」


 俺は恥ずかしくなってシエルを遮る。


「それ以上は個人情報保護の観点からおしゃべり禁止だ!!」

「せっかくいい話にまとめようと、シナリオを考えていたのに」

「お前はヒマか!?」


 肩を竦める小悪魔シエルだ。


「とにかく、シエルは帰れ」

「わかった。じゃあまた」


 シュッと転移で、本当に毎度のことながらあっさり帰りやがった。


「レ、レオくん…!ごめんなさい!!」


 まるで土下座でもしそうな勢いで、キルシュが声を張り上げた。


「僕は…レオくんが羨ましかったのかもしれない。最初はただただ憧れていた。2年位前に、僕の故郷が魔獣に襲われそうなところを、特級魔術師が助けてくれたんだ。その時の雷の魔術は、間違いなく君のものだった。この間、協会のロビーで偶然見かけて……」


 残念ながら2年前のことは覚えてはいない。特級に上がったばかりで、とっても忙しかったからだ。常にどこかで魔獣やら魔族と戦っていた。


 だがロビーでの事は覚えている。ついこの間だ。


「あんなに強かったレオくんが、学院にいるのにも驚いたけど、それ以上に全然本当の力を出さないのが残念で……」


 理想だったものが崩れて、無茶を考えたって事なのだろう。なんて単純でバカな奴なんだ。


「んなもん直接言えよ」


 そんな事の為に死にかけるとか、笑えない。


「ごめんなさい」


 今にも泣き出しそうなキルシュだが、そんなことより、だ。


「んで、お前を唆したのは誰だ?いや、いい。当ててやる。アイザックだな?」


 そう言うと、キルシュはビクッと震えた。当たりのようだ。


「その件はオレも聞いた。アイザックがキルシュに、何かの薬を渡したようだ」


 バリスが腕組みを解いて、いきなり拳で壁を叩く。随分とお怒りのようだ。


 戦闘中にみたキルシュのあの痣は既に消えているが、魔術的な効果のせいだという事はわかる。そうなると、魔力を一時的に無理やり引き上げるような薬を作るような奴は限られている。とくに、魔術的な遅延やコントロールについて詳しい奴は、アイザックだけだ。


 研究職として、無詠唱魔術ができる何かしらの薬を作り出し、それを傷心中のキルシュに渡したって事か。


「今何時?」

「は?」


 時間を聞いただけなのに、バリスは眉間に青筋を立てた。


「いや、俺どれくらい気絶してた?」

「2時間程だ」


 割と早くに目が覚めたようだ。シエルが飛んできて身体の修復をしてくれたからか。


「んじゃ、俺ちょっと行ってくるわ」

「どこに行く?」


 そんなの、決まってるだろ。


「アイザックのところだ」

「お前はアホか?アイツは多分四階で会議中だ」

「四階か。好都合だ」


 ニヤリとしてやれば、バリスが呆れてため息を吐いた。ただ、少し楽しそうなのは、俺の気のせいではないだろう。


「キルシュも来いよ。申し訳ないと思うなら俺の為に働け」

「う、うん?」


 戸惑うキルシュを連れ、俺が向かうのは協会本部四階。特級魔術師だけが入る事を許された、あの会議室だ。









 協会本部四階の会議室では、ザルサスを中心に特級魔術師たちが円卓についていた。


 レリシアが抜けたこともあり、椅子は一つあいたままだ。


 さらに、バリスが学院の仕事があると言って出て行ったきりである。


 特級魔術師たちは、こうして時たま会議を開く。誰かが声をかけ、そのたびに召集されるのだが、ザルサスはそれが面倒で仕方なかった。


 結局どうでも良い内容ばかりで、自慢ばかりの中身のない自分語りを始めるだけなのだから、この時間はとても無駄だと思っていた。


 そうして終わる頃には、とうに日が暮れているというのが毎度のことで、それなら違う仕事ができるだろうとは思うのだが、言い出すのも面倒だった。


 どうせ中身のない話をしているのだからと、ザルサスは声を上げた。二つ席の離れたところにいる男に。


「アイザックよ、昨日は学院にいったそうだが、レオはどうしておった?」


 他愛のない会話のつもりである。どうせお前もヒマだろう?という。


 しかし、アイザックは違った。ザルサスがレオの話題を振ってきたことに、少なからずドキリとした。


 アイザックとて歴戦の魔術師。心のうちを隠すのには長けているつもりである。


「レオですか。相変わらず生意気なままでしたよ」

「ほう。あいつめ、なかなか凝りよらんな。可愛いやつなんだがのう」


 ザルサスは本当にそう思っているのか、わずかに眦を下げた。そんな協会トップ魔術師に、アイザックは微妙な気持ちになる。


 そんな顔のザルサスなど、孫の成長を見守るただのおじいちゃんにしか見えなかった。


「ザルサス様はレオに甘いんですよ」


 そこに、アイザックとザルサスの間に座る女性魔術師が口を挟む。クスクスと笑っているが、女性の顔は白いベールに隠れていて見えない。


「ワシは別に、甘いつもりはないがな」


 なにせ、封魔を掛けて追い出したのは自分だ。若い力のあるものに、死を招くような呪いをかける者が甘いわけがない。


「いいえ、それが甘さなのですよ。ザルサス様は、ああしてレオを逃したのでしょう?」


 その瞬間、僅かに時が止まったかのように沈黙が流れた。その言葉が聞こえていたのは、言った本人とザルサスとアイザックだけだ。間のもうひとりは神聖な円卓に突っ伏して寝ている。いつもの事だ。


「なんの事だ?」


 沈黙は一瞬。何事もなかったように、ザルサスは尋ね返す。


「わたしの思い違いなら、それでいいのです」

「ふん。お前はようわからん女だ。魔術師らしいといえば、それまでだが」

「お褒めの言葉と受け取っておきますね」


 魔術師らしいとは、この場においては決して腹の内を明かさない狡猾さを表す。


 そんな二人の会話を聞いていたアイザックは、気が気ではない思いだった。


 この二人は、何を知っている?まさか、バレているわけではないだろうな、と、自問自答を繰り返す。


 レリシアが捕まってから、アイザックは焦っていた。自分にその命令が下されることはわかっていたからだ。


 決してバレるわけにはいかない。いや、むしろバレない自信があった。


 すでに布石は打ってある。あとはレオが自滅するか、あの学院生が思いの外頑張ってくれるかはわからないが、それでも無傷では済まないはずだ。


 そして弱った所に、刺客を送ればそれで終わり。


 封魔で動けない所を狙えば、いくら最強の魔術師でも殺せるだろう。


 アイザックはレオが嫌いだ。


 ガキのくせに最強ともてはやされ、長年研究者として理論立てていた魔術も、レオにとってはできて当然という顔で超えていく。


 利害の一致だった。


 邪魔なレオを消せるのなら、協力してもいいと思った。


 魔術師として高みを目指すために、邪魔な者は消してしまおうと思うのは当然だ。


 その機会が与えられたのだから、焦りはしたがこれで良かったのかもしれない。


 アイザックはそんな黒い腹の中を抱えながら、表情は一切変えずに、特級魔術師たちのくだらない会議に耳を傾ける。


 が、終わりは突然訪れた。


「よお、お前ら!俺がいなくて寂しかったか?俺は全然寂しくはないぜ!なんでかっていうと、誰かさんのせいで退屈しない毎日をおくってるんでな!!」


 バアアアンっと開け放たれた、重厚な両開きの扉。


 まったく遠慮なしに室内へ入ってきたのは、今し方ザルサスが話題にしたレオ本人だった。


「っ、レオ!お前、どうやって、」


 思わず叫ぶアイザックに、レオはニンマリと笑う。


「親切なバリスが俺にライセンス貸してくれたんだよ、なあバリス?」


 開け放たれた扉の向こうに、慌てて走ってきたバリスが顔を出す。


「貸してねぇよ!!お前がスったんだろーが!!」

「あ?そうやって責任逃れすんの?さっきまで楽しそうだったじゃないか」

「……そんなことはない」


 バリスが罰の悪そうな顔をしたのを、会議室の魔術師たちは見た。


「レオ、ここが何処かわかっておるのか」


 重々しく口を開いたザルサスが、真っ直ぐレオを見た。その瞳は、さすが老齢の魔術師だけあり、威厳があった。ただその脅しのような眼も、レオにとっては見慣れたものである。


「わかってんよ。この間まで俺もここにいたんだからな」


 飄々と答えるレオの態度に、何人かの古参メンバーが咳払いして不快感をあらわにする。


「では何をしにきた?」

「裏切り者を狩りに」


 バァン!!


 数人の魔術師が円卓を叩いて立ち上がった。


「我々の中に裏切り者がいるというのか、このガキが!?」

「そうだ。なあ、アイザック?」


 レオが真っ直ぐ目を向ける先。アイザックは、それでも冷静な顔だった。


「私が裏切り者だと?」

「すっとぼけてんじゃねえよ。こっちにはその被害者兼加害者がいるんだぜ」


 その言葉に反応するように、廊下でタジタジしていたキルシュが顔を出す。


「全部聞いたぜ。お前が薬を渡したってな」


 効果を考えれば、この場でその薬を作り出しのがアイザックであることは一目瞭然である。


 逃げられない。


 アイザックは初めて、爽やかな笑顔を憎しみに満ちたものへと変貌させる。


「クソッ、なんで死んでないんだ!?」

「死にかけたけどな。まあ、俺には優しい友達がいるんだとだけ言っておく」


 それが魔族の事だとわかるのは、協力者として情報を得ている者だけだ。


「さて、アイザック。俺はさ、心がとっても広いんだ。だから、いう通りにするなら許してやる」


 レオがそんな事を言い出す。後ろで見ていたバリスが、少し笑った。


「あの時腹抱えて笑った分、昨日の授業で俺に無茶苦茶振りやがった分、んで、今日の分含めて、床に頭つけて土下座しやがれ!!!!」


 しーんと、静まり返った会議室。


 徐に立ち上がったアイザックが、声高らかに笑い出した。


「アッハハ!!私が、お前に土下座?ふざけんなよ!?」


 特殊な会議室だ。魔術を使うことはできない。だから、アイザックは隠し持っていた短刀を出し、それを掲げて走り出す。


 短刀はレオの心臓を狙い、真っ直ぐにその刃を突き出すアイザックに迷いはない。


「死ねッ!!」


 しかし、向かってくるアイザックを見据えるレオは、至って冷静である。


 所詮は研究専門の魔術師であるアイザックだ。バリバリの戦闘専門魔術師であるレオにとって、その攻撃はお遊びで木剣を振っているのと変わらない。


 レオが振り上げた足が、回転を加えて綺麗な弧を描く。短刀の刃が届く前に、レオの軍靴がアイザックの側頭部にブチ当たった。


「ブッ」


 汚い音を立てて、アイザックがその場に崩れ落ちる。脳震盪を起こしているのか、ピクピクと小刻みに震えるアイザックは、頭を床につけ、尻を高く突き出すという、まあまあ土下座に見えないことはない格好で気絶した。


「これで2人目!!お前らも覚悟しとけよ!!」


 フン、とふんぞり返って言い放つレオに、ザルサスが盛大なため息を吐き出した。


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