第90話 フェリル防衛戦⑥


 地震騒動があった翌日、深夜から情報収集に明け暮れていた協会本部は、それが魔族によるものだと結論を得ていた。


 南部の平原に突然魔獣の大群が現れた。


 そんな現象を引き起こしたのは一人の魔族だった。


 早朝、特級魔術師が集まり、今後についての会議が開かれた。


 フェリルを守るには、協会と軍部総動員で迎え討つ必要があるという国の判断に基いて、今後の動きを話し合った。


 特級魔術師は、基本的に単独で魔族とやりあえるだけの能力を持っているかが問われる。


 だが、他に類を見ない能力を持っていても、魔力の量がズバ抜けていても、実際の戦闘になると向き不向きがある。


 現在特級で戦闘特化型の魔術師は、バリス、パトリック、ネイシーの三人のみだ。元々はレリシアも含まれていたが、今となってはその損失は大きい。


 さらに、レオがいないことも大きな問題だった。


 圧倒的な魔力量と技術、知識でもってオールマイティに全てを自己完結できる存在は、こういった未曾有の事態にどれだけ有力な存在だったかを、改めて特級魔術師たちに知らしめる。


 会議が終わり、バリスは軍部のトップとして早速部下達と打ち合わせをしようと考えていると、ザルサスが「少しよいか?」と呼び止めてきた。


 他の特級魔術師が会議室を出ていくと、二人だけとなった部屋に、重い空気が満ちる。


 ザルサスが自分を残したということは、それはレオのことだろう。


 協会魔術師…それも、特級クラスが魔族と繋がっている。


 それは今までの出来事を考えれば、容易に想像ができる。


 今回も誰かの企みの上に起こっているのだとしたら、協会は潰れるかもしれない。


「すまんな、時間をとらせて」


 ザルサスが重い口を開いて言った。


「いえ……レオのことですか?」

「そうじゃ」


 予想通りの答えに、バリスは特に驚くこともなくザルサスの言葉を待つ。


 会議室はいつも薄暗い。魔術師達が、表情を読まれないようにと、あえてそうしているのだが、まるで悪巧みをする悪人になった気分にさせる。


「今回の件、おそらく国が関わっておる」

「えっ?」


 バリスはあまりの事に言葉を失った。そこまでは考えていなかったのだ。


 いち魔術師が、例えそれが特級魔術師であったとしても、何かしらの利益のために魔族と繋がっているというのは、まだ考えられる。


 現にレオもシエルと手を組んでいて、驚くことにその事実を最近まで隠し通していたのだから、不可能ではないのだ。


 しかし、国自体が魔族と関わっているとなると。


 それは下手をすれば国の崩壊を招くことになるだろう。


「会議の前に、わしはルイーゼに呼び出されたんじゃがの。ルイーゼの奴、真っ先にレオを向かわせろと言いおった」


 まるで最初から計画していたように。ザルサスに、レオの自由を奪えと指示した時と同じように。


「あやつめ…余程レオが邪魔らしいのう。東部の件も、わしが気付く前に勝手しおって」


 老活な目を怒らせるザルサスは、未だ衰えを見せることなく、本気で国家元首の首を絞めそうな勢いだった。


「ザルサス様……その…一体何がおこっているんです?」


 もともと、レオが協会をクビになり、学院へ通うことになった際、ライセンスカードを見たことが始まりだった。


 不自然に改竄されたであろうそのライセンスから、特級魔術師の中にレオを殺したい奴がいるという事実がわかり、レリシアとアイザックが捕まった。


 結局なにも聞き出せないまま二人が殺され、魔族が関わっていることが確定した。


 そこに、まさか国まで関わっているとなると、バリスは何が何やら理解が追いつかない状態だった。


「ふむ…わしが言えるのは、なんらかの理由によって、レオはこの国から切り捨てられようとしている、ということだけじゃのう」

「それはわかります。この半年、あいつは何度も死にかけてる。その度に……」


 と、言いかけて、シエルの存在を、はたしてザルサスは知っているのかと気になった。


「ハッ!何を言い淀んどるのかは想像がつく。あやつめ、わしに内緒で魔族とつるんどるのくらい知っておるわ」


 苦々しい顔のザルサスに、口先だけの誤魔化しは通用しないと改めて思うバリスだ。


「ただまあ、あやつは良くも悪くも純粋じゃ。その行為が、自身にとってプラスとなると判断したに過ぎんのだろうが……危ない橋を渡っていることにかわりはない」


 ともかく、とザルサスは盛大にため息を吐き出して言った。


「今回のことも、レオを消すためのものだとしたら…そしてそれをあのガキが知ったら、間違いなくフェリルを飛び出していくに決まっとる。そこで、バリスよ。頼みがある。これでも本当の息子のように可愛がってきたつもりじゃ。そんなわしの親心に免じて、聞いてはくれまいか」


 隙を見せず、つねに威厳を保ってきた協会トップの真摯なもの言いに、バリスは自然と居住まいを正した。


「オレにできることなら、なんでもおっしゃってください」

「すまない……学院にレオがいることは知られておる。だから、軍部に入れて居場所を特定されにくくしてほしい」


 なるほど、とバリスはひとつ頷いた。


 有事の際、学院はフェリルの住人の避難場所のひとつとなる。そうなると、学院生は避難場所の手伝いに駆り出される。


 必然的に逃げ場を失うことになるし、さらに、本当にレオが狙いだった場合、避難場所が危険にさらされる。


 一方で、軍部のどこかの隊に入れてしまえば、バリスの命令ひとつで、フェリルのどこへでも動かすことができ、前線に近付くこともなく、居場所が特定されにくい。


 危険からレオを遠ざけておくには、いい案かもしれない。


「わかりました。多分レオは嫌がるでしょうが……」

「わしの命令だとでも言っておくとよい。バリス、おぬしにはあのガキが散々世話になっとるな。わしからも礼を言う」


 ザルサスが深々と頭を下げる。協会のトップとして、ではなく、子を思う親の姿がそこにあった。


「いいんですよ。アイツとはなんだかんだ気が合うんで」


 そう答えると、ザルサスはホッとしたように笑みを浮かべる。


 本当の親子でも、ましてや歳が離れ過ぎていても、ザルサスはいい親だとバリスは思う。


 なのにレオはあんな奴だから、とバリスは内心ため息を吐いた。


「じゃあ、後は任せてください」


 そう言って、バリスは会議室を出る。


 バリスの背を見送るザルサスは、ひとり考えていた。


 十年前のあの日、ヴィレムスの肺まで凍るような雪山でレオを見つけた。吹雪で前方確認が難しい薄暗い山の中、それでも輝くような金の髪が見えたことは今でも忘れない。


 極寒の山中で、薄い衣服のみを着ていた。手足も剥き出しであとほんの少し出会うのが遅れていたら、確実に凍傷になっていただろう。


 そんな昔のことを思い出す。


 もし、あの時レオを拾わなかったならば。


 連れ帰って世話してやり、弟子になどしなければ。


 今こうして国家や魔族から命を狙われることにはならなかったのではないか?


 手酷い裏切りや、醜い人間の身勝手さに振り回されることはなかったのではないか?


 あの雪山で、何もわからないまま死んだ方が、或いは辛くなかったのではないか、と考えずにはいられなかった。


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