第89話 フェリル防衛戦⑤


 バリスに連れられてやってきたのは、学院の裏手にある、軍部の施設だった。


 裏手といっても、地図上は接しているが、どちらの施設も敷地がバカ広いから、あまり隣り合っている感じがない。


 魔術師協会と似たような作りの建物だが、協会は外部の客も多いため、どこかホテルのような歓迎的な印象を受けるが、軍部にはそういったアットホームな印象は無い。


 整然としているというか……ここの人間の心は冷淡なんだなぁ、と思わせるものだ。


「俺に頼るってことは、相当厄介な事が起きてんの?」


 足早に先を行くバリスに必死に着いていきながら聞いてみた。


 俺もそこまで小柄というわけではないが、バリスはデカイから歩幅もデカい。着いていくのが大変だ。


「急かすな。すぐにわかる」


 いやいやいや、急かしてない。逆にもうちょいゆっくり歩いてくれ、という俺の思いは通じない。


 まあ、余程緊急事態なんだろう。


 せかせかと歩き、通されたのはブリーフィングルームで、パイプ椅子が並んだ小さい部屋だ。


 奥の白い平坦な壁には、魔術を利用して地図が映し出されている。フェリルを中心に描かれていて、この国でよく使用されているものだ。


「待たせたな」


 バリスがそう言って、地図の前に立つ。パイプ椅子には、バリスみたく屈強な男達が座っていて、全員野外戦闘服を着ている。


 ひとり、女がいるのに気付いた。長い赤茶の髪をポニーテールにした、気の強そうな女だ。


 ヤル気が出たかって?


 まさか!!


 俺は思わず守ってやりたくなるような、可愛げのある女がタイプだ。男ばっかの汗臭いところに交じっている豪胆な女はあまり好みじゃないんだ。


 まあ確かに、顔面偏差値でいうとピニョとリアの間くらいではあるが。


「んじゃ、早速はじめるぜ」


 バリスがそう言って、壁際の椅子に座る。その隣に俺も座る。パイプ椅子に座る軍人が、俺をみて怪訝な顔をした。


 俺は慣れているからどうでもいいが、みんな一様に、この学院生はなんなんだ?偉そうにバリスの隣に座りやがって、という心の声が顔に出ていた。


「では、現状の共有から始めます」


 白髪まじりの短髪の軍人が、地図を横目に前に立った。


「昨晩の地震、あれがただの地震でない事はすでに把握してもらっているが」


 俺は思わず首を傾げた。


 こっちは初耳だ。


「待て待て、なんの話だ?地震?」


 声を上げると、戦闘服を着た軍人の誰かが舌打ちをこぼした。


「昨日のアレは地震じゃなく、魔族の仕業だったんだ。フェリルの南の平原地帯に、魔獣の大群がうじゃうじゃ現れやがった……狙いは間違いなくここだ」


 バリスが俺の為に腕組みしながら説明してくれた。


「魔族…?」


 別に驚きはしなかった。魔族は以前から、この魔術師が集まる街を狙っている。ここを潰せば、ナターリア国は機能しなくなる。


 人間食い放題ってわけだ。


 だが、そんなことよりも気になるのは、シエルが事前に情報をくれなかった事だ。


 シエルは魔族の中でも有力な貴族の出身だ。


 魔族がなにか動く時は、有力貴族どうしで話し合いが行われる。魔族の間にも秩序があり、支配する方とされる方がいるというわけだ。


 で、その支配する方のシエルは、必ず事前に情報を流してくれるのだが……


 今回の事は聞いていない。


 有力貴族に話を通さず動くとしたら、相手は多分ジェレシスだ。自由奔放で貴族達も手を焼いていると以前シエルが言っていた。


 しかし、そうじゃない場合もある。


 シエルが俺と手を組んでいる事がバレた場合だ。


 既に〈転移〉でこっちまで来れる状態に無い可能性がある。


 二週間前の定期連絡は至って普通だった。いつもみたく適当な時間に宿舎に現れ、貼り付けたような笑顔を崩さず、「特に変わりないよ」と言ってあっさり帰りやがった。


 本当に淡白な奴だな、と思った。毎度のことだが。


 シエルは俺が窮地に陥ると、それがわかるという。逆もまた然りで、シエルが窮地の時には俺もわかるらしい。


 今のところ、そんな気配はまるでない。


 割と長い時間を共に闘ってきた仲間として…血の契約まで交わした相棒として…心配ではある。


 だが、今の俺にシエルのところまで飛んでって、他の複数の魔族を相手にできる力はない。


 今はただ祈るしかできない。


 そう考えると、今のこの現状が、〈封魔〉の呪いが、鬱陶しくて嫌になる。受け入れたつもりでいるのに、時々全部ぶっ壊してやりたくなる。フェリルの街も、魔術師協会も学院も全部破壊して……そうして俺も死ぬ。それが悪くもないんじゃないか?なんて、つい考えてしまうのは、俺がどうしようもないクズ野郎だからか。


 思い通りにいかないのなら全部ぶっ壊せ、なんて、俺結構ヤバいやつじゃん。笑えねぇ。


「では、質問のあるものは?」


 バリスが隣から、俺の腕を肘で突いた。顔を見る。なんだかお怒りのようだ。


「お前、ちゃんと聞いてたか?」

「いや全く」


 はあああああっと盛大な溜息。身体がデカい分、肺活量も多いらしい、なんて事を考えた。


「しっかりしてくれよ。フェリルは今、デケェ危機に晒されてんだぜ」

「それはわかってる。んで、俺がその魔族をぶっ殺してくりゃいいんだろ?」


 話は簡単だ。実行は難しいが。


「違う」


 え?違うの?


「じゃあアレだ。魔獣の方担当か?なら簡単だ」

「それも違う」


 じゃあ俺の出番なくない?


 俺の取り柄は、魔術で敵を木っ端微塵にできることと顔がいいことだけなんだが。


「お前には、軍部後方の護衛と支援をしてもらう」


 んー????


「前線は協会の魔術師が担当するが、軍部はフェリルの住人の安全確保が任務だ。外壁を守り、場合によっては協会、軍部、学院へ避難させる必要がある。前線の魔術師を突破してくる魔獣がいることも想定して、ザルサス様はレオを軍部に組み込むとおっしゃった」


 あのジジイ……なんて勝手な奴なんだ!!


「前線に出る魔術師は誰なんだよ?」


 クビになる前だったら、確実に俺の仕事だった。んで、あっという間に殲滅して終了。軍部が出る幕もない。


 そんな俺の代わりになる奴は……


「オレとパトリックとネイシーだ」


 バリスが出るのは当然だ。何故なら戦闘以外に取り柄の無い脳筋野郎だからだ。


 パトリックは重力操作系の特級魔術師で、もうすぐ四十歳になる爽やか系の紳士。だが、爽やかな笑顔で敵を押し潰し、血と臓物が飛び散った様を見て喜ぶような気色悪い趣味を持つ頭のイカれた魔術師だ。


 ネイシーは年齢不詳の特級魔術師で、いつも際どい衣装を着た淫魔みたいな女だ。俺にもよくわからん魔術を使用して、相手に気付かれないように倒すらしい。


 らしいっていうのは、俺はネイシーの魔術を見た事がないから噂で聞いたってことな。


「なるほど……」


 正直なるほど、としか言えなかった。相手の魔族が誰なのかがわからないからだが。


 これが単に魔獣の大群を殲滅するなら、戦力や実力的にも十分なメンバーだと思う。


 みんな戦闘に特化した特級魔術師だ。誰もがその力を認め、だからこそ特級を名乗ることができている。


「どうした、何か言いたそうだぜ」


 嫌味な笑みのバリスは、多分俺より前線に出られるのが嬉しいのだ。ウゼッ。


 とりあえず、俺は素直に従うしかなさそうだ。


「別に何もない。それより、結局俺は何をすればいい?」

「イルヴァの隊に入れ。後のことはあいつから聞いてくれ。それと、お前はあくまでもイルヴァの下だからな!それを忘れんなよ!」


 そう言ってバリスが指を刺した先には、このむさ苦しい空間で唯一の女だった。


「了解しましたっ」


 パッと立ち上がってパッと敬礼する、凛々しい顔のイルヴァ。


「せいぜい死なねえようにな、レオ」

「それはこっちのセリフだ」


 まったく、面倒なことになったぜ。


 ザルサスは一体、何を考えているんだ?

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