第88話 フェリル防衛戦④



 翌日はやっぱり、昨晩の地震についての話題が多かった。


 朝の食堂や教室までの廊下も、教室に入ってからも、学院生同士その話ばかりだ。


 全然気付かなかったんだけどぉ、とか言ってる奴もいるが、任務に出たら確実に命を落とすなと思った。本人には言わないが。


 自分の席に座ると、隣のユイトや後ろのイリーナとリアまで地震の話をしていた。


 まあでも気持ちはわからんでもない。


 フェリルは平坦な地に円形に広がる街で、政治経済の中心として機能しているから、建物もそれなりに頑丈だ。


 だが、この学院に来ている学院生は地方出身者も多い。心配なのは、フェリルにいる自分たちではなく、地方の家族の事だろうと予想はつく。


 実際ヴィレムスも地震による土砂災害が起こる地域で、昔、土砂が集落へ流れてこないように山をいじったことがある。


 とは言え、地震自体が年に数回と珍しいので、そこまで大きな被害が出たことはない。


「はーい、みなさん、おはようございます。昨日はびっくりしましたね……先生、棚の本が降ってきて飛び起きましたよ。みなさんは大丈夫でしたか?」


 担任が教室へ入ってくるなりどうでもいい話をしだした。それを聞き流しつつ、クラスメイトたちは自分の席につく。


「欠席もいないようで何よりです」


 埋まった座席を確認して、先生がニッコリと笑った。


「今日の授業は、」


 先生がいつものように授業を始める。


 クラスメイトたちが教科書を開く音や、誰かが身動ぎして、椅子に座り直す音が耳に届く。


 いつも通り頬杖をついて窓の外を見ながら、そんな音に耳を傾けていると、学院正門の方から三人の人間が駆け足でやってくるのが見えた。


 中央の奴は、かっちりした動きにくそうな軍部の制服を着ている。黒を基調として、襟や袖に金の刺繍が施されたものだ。学院の制服と似ている。違うのは、学院の制服には金の刺繍がなく、わりと簡素にできている点だ。


 その軍服の背後には、野外戦闘用の黒い上下をきた奴が二人。アホほどポケットがついた戦闘服は、軍人の普段着みたいなもので、わりと動きやすい。


 俺はその野外戦闘服が割と好きで、協会魔術師もダサくて動きにくいローブなんかやめて、軍部の制服を見習えよと思っている。


 というのは、今はどうでもいい話だ。


 それより、その軍部の人間が、学院になんのようだ?


 見ている限り急いでいる。いや、あいつら軍人は、5歩以上の移動は駆け足という、謎のルールに従って生きている変な奴らだから、急いでいるように見えるという方が正しい。


 駆け足の三人を目で追う。角度的に途中で見えなくなったが、多分校舎の中へ入ったんだろうとは思う。


 ところで……


 協会と軍部の関係についてざっと説明すると、まず魔術師と名乗る奴には、野良魔術師と正規魔術師の二種類いる。


 散々説明してきたので、両者の違いは割愛する。


 協会魔術師は、ライセンを発行された者のことを指し、そのうち、協会で適度に任務をこなして高ランクを目指す腹の黒い奴らと、病的に好奇心が強く、研究者になるもの、軍部に所属し、金やランクを二の次に考える菩薩のような奴に分かれる。


 ライセン発行後に軍部へ所属した魔術師は、主に魔術関連の犯罪や、国境警備、国内の拠点防衛を行なう。魔術師と一般兵の混成部隊だ。


 それらの任務で、人手が足りなくなった場合に、協会魔術師も駆り出される。


 協会には金持ちのスポンサーがついているが、軍部は国の予算のみの運営なので、必然的に給料が安くなる。でも魔獣や魔族、その他の危険生物と遭遇する割合が格段に低いので、協会の任務よりも危険は少ない。


 一応魔術師は、人のために奇跡の力を扱うという大義があるので、兵器として運用するわけにはいかず、こういう曖昧な棲み分けとなった。


 結局高ランクの魔術師に応援要請がくるのだから、棲み分けとは何ぞや?と思うところもある。


 現に俺も特級として、軍部の任務には何度か参加していた。東部の件もまさにそれだ。


 ま、俺は今ただの学院生だから、何があったのか気にはなっても口を出せる立場に無い。


 面倒くさいのもごめんだし、ここは知らん顔しておこう。


「またレオくんはよそ見をして…先生は毎日、君に話を聞いて欲しくて授業をしているみたいな気分になってきたよ」

「俺もどうすれば先生が諦めてくれるのかが今の悩みだ…痛っ!!」


 後ろからイリーナに殴られた。しかも教科書の角っこの硬いところで。


「冗談言ってないで前くらいみなさいよ!!いくらつまんない授業だからって、先生が可愛そうよ!!」

「お前が一番ヒデェこと言ってるけどな」

「あ」


 自分の発した言葉を反芻して、イリーナが顔を青くする。先生は相変わらず苦笑いだ。


「あはは…先生の授業、つまらないと思ってるんだね……」

「えっと、こ、これはつい言っちゃったっていうか、そのっ……」


 必死で言い訳を探すイリーナを他所に、俺は目があったユイトと似たような動きで肩を竦めた。






 放課後はいつも通りユイトとイリーナとリアの特訓に付き合った。


 ユイトは夏休みの間ずっと〈転移〉の練習に明け暮れ、それなにの距離移動できるようになった。


 学院生としては十分過ぎるが、俺の弟子としてはまだまだだ。


「それにしても驚いたわ」


 休憩中、俺の隣でイリーナが唐突に言った。


「なにが?」

「ユイトがあんたの弟子になったことに決まってるでしょ」

「羨ましい?」


 揶揄うつもりで聞いてみた。「そんなわけないでしょ!!」とかなんとか言って、怒ると思ったからだ。


 でもイリーナは俺の予想とは裏腹に、静かに俯いた。


 あれ?と、イリーナの顔を下から覗き込む。


「……マジで羨ましいと思ってんの?」


 イリーナはキュッと唇の端を噛んでいた。


「……羨ましくないわけないでしょ。『金獅子の魔術師』の弟子なんだもん」

「フハッ!お前もなんだかんだ可愛いところあるよな」


 いつも素直なら、多少可愛げもあるのに。


「笑わないでよ!!」

「すまん」


 顔を赤くして怒る姿は、年相応の女の子だみたいだ……みたいって言ったら怒られるか。


「でもイリーナはバリスがいるだろ。野良みたいに師弟関係がどうとかじゃなくても、あいつは良い指導者だと思うが」


 ウザいくらいに世話焼きだし。


「それもそうだけど…やっぱりあたしはあんたが憧れなのよ。前みたいにあんたみたいになりたいってわけじゃないけど、最強の魔術師って言えば、どうしてもレオの顔が浮かぶの」


 ちょっと照れているイリーナ。


 真っ直ぐな思いを口に出されると、俺でも一応、ちょっとは照れ臭くもなる。


「ま、まあ、確かに俺は人間界最強と確信しているが」

「はあ……そういうところがとっても残念」

「どういう意味だゴラァ!?」


 一瞬で可愛げもクソもなくなった。やっぱ俺はリア一択だ。


 そんなやりとりを、ユイトもリアも苦笑いで眺めている。


「でも実際、おれはその肩書を借りてるにすぎないからなぁ……」


 弟子になってからずっと、ユイトはそんな事を言う。


 言いながら、明らかに俺と目が合わないようにする。


 その理由(俺の初アルバイト事件として一部改竄した。主に、グロい場面とユイトの両親の話はボカした)を、端折りながらだがイリーナやリアにも話してあるから、四人の間に気不味い空気が流れる。


 仕方ない。ここは師匠として気遣ってやらなきゃな。


「昨日、ダミアンに目玉返してもらったぜ」

「え?」


 パッと顔を上げるユイトに、俺はニヤリと笑って言った。


「次にシエルが来たら修復できる。魔族は最高の医者だからな!!」


 そんな事を言ったら、多分協会の倫理に違反するが、実際シエルは俺の主治医みたいなところがある。いやマジ魔族感謝!!持つべきは魔族の友人だ!!


「そっか…よかった……」

「だからもう気にするなよ?目のことも、弟子のこともな。お前がどう思ってようが、俺はユイトをちゃんと育ててやるからさ」

「…ありがとな……」


 やれやれ。


 このクズな俺が、他人のフォローをする日が来ようとは……


「オレは今感動で泣きそうだぜ……」


 突然割り込んできた声に驚いた。一斉に声の主を確認する。


「バリス」


 ニヤニヤ笑うバリス。ヤケにご機嫌だな。


「オレはお前がクビになった時は心底、それこそ腹の底から笑ったが……」


 今すぐ土下座させたい!!


「あのクズが半年で随分成長したなぁ」

「ウッセェよ!!」


 シミジミしてんじゃねぇよ!


「ってのは、どうでもいいんだが」

「どうでもいいのかよ!?」


 ワケがわからん奴だな、ホント。まあ、脳筋バカの生態はもともとよくわからんのだが。


「レオ、ちょっといいか」


 そう言われて思い出した。授業中に軍人が学院へやってきた事を。バリスの真剣な目を見れば、俺の予想が当たっていることがわかる。


 つまり、俺が必要な緊急事態が起きたってことだ。


「いいぜ。ただ、俺は高くつくぜ?」

「っ、お前…まあいい。それは後で話そう。とりあえず着いて来い」


 俺は今ただの学院生であり、都合よく野良魔術師だと名乗ることができる。


 俺を働かせたいのなら、それ相応の金銭を払ってもらうとしようか。

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