第87話 フェリル防衛戦③


 そこには沢山の子どもがいた。


 0歳から16歳くらいまでの、だいたい30人程だった。


 性別も人種も様々で、漆黒の髪を持つものから鮮やかな赤い髪を持つもの。小麦色の肌をしたものから、病的な白さのもの。


 目の色は比較的まとまっていて、青系か黒、灰色のどれかだった。


 そこでの生活は規則的で、毎日決まった時間に起き出し、食事をし、年長者は勉強に励み、幼い子たちは固まって遊んでいた。


 大人は何人いたのかはわからなかった。


 ころころと顔ぶれが変わるからだが、全員同じような白衣を着ていた。


 全員が優しかったが、特別な部屋にいる大人だけが無表情で、そこの大人が、子どもたちが普段生活しているエリアに来たことはない。


 その特別な部屋では、とにかく辛い思いをした。


 手足を拘束され、頭を動かす事もできなかった。そして、腕に無情に刺される針に耐えるしかない。


 挫けたものはいつのまにかいなくなる。


 だからみんな、必死に耐えていた。


 幸いにも辛いのは何日かに一度で、それ以外の日は穏やかだった。だからまだ、耐えていられた。


 他にも耐えていられる理由があった。


 子どもたちは産まれてから一度も外に出た事はなかったから、知りようがなかったのだが、どうやらここにいる全員、特別な魔力を持っているらしかった。


 物心つくころから、日常的に魔力を操って生活していたために、誰もそれが特別だとは思っておらず、また、大人たちも魔力を持っていたからおかしいとは思わなかった。


 外の世界では、ここの子どもほど上手く魔力を扱えない。


 だから君たちは特別なんだ、と言われるがままを受け入れていた。


 しかしそんな閉鎖空間が、長く持つはずもなかった。


 大人たちが、外はすっかり冬の寒さが厳しいと言っていたその日。


 30人ほどいた子どもの中のひとりが言った。


 『外に出たい』


 その子どもは、仲間の中でも特に多くの魔力を持っている、自分より五つ年下の男の子だった。








「〈天を駆るは雷光、静寂の水面、映せしは灼熱の業火となれ:流雷炎波〉」


 突き出した掌の前にできた円環は、雷、水、炎系統の三色に眩く光った。無理矢理くっ付けたような歪な光だ。


 単一で使用する魔術の方が、円環の輝きはキレイだ。


 人も同じで、複雑に思考を巡らせるほど醜い。何も考えず、ただ純粋でいる方がよほど健全だ。


 とても難しいことではあるが。


 ほら、こうして俺だって、魔術を使うときに余計な事を考えている。


 やれやれ。


 ふう、とひとつ息を吐き、俺は円環構築で止めていた魔術を途中キャンセルした。


 ゴッソリと魔力が、全身から抜け落ちる感覚に一瞬目眩を覚える。


「っ……」


 同時に心臓がバクバクと狂ったように脈打ち、その所為で息が詰まった。


 もちろんダミアンに渡されているあの薬を飲んでいたから、そこまでのダメージは無い。とは言っても、三系統の同時使用はちょっとキツかったらしい。


「器用な事をするよなぁ、お前。オレには二系統の同時変換しかできない」


 いつのまにか背後に、バリスがいた。


 夜中の学院広場の端にいた俺を、どうやってか見つけたみたいだ。


「俺をお前と一緒にするなよ。つかストーカーか?俺のこと大好きだなお前」

「違うわッ!!鼻が効くんだよ、オレは!!」

「痛っ!?」


 ごちーんと、何故か頭を拳で殴られた。確かに獣化する奴は鼻がいいが、なんか臭うぜって言われてるみたいでイヤな気持ちになる……


「ところで……お前、ダミアンと何を企んでんだ?」

「ダミアン?企むって?」


 唐突な問いに、俺は首を傾げた。


「頻繁にダミアンの研究所へ出入りしているだろ。学院出るなら外出届くらい出せよ」


 バレてらぁ!!


「めんどくせぇ」

「お前な……」


 はあ、とため息を吐き出し、呆れたように首を掻いたバリスが、言葉を続けようとしたその時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴと、低い地鳴りが響いた。直後に数十秒ほど大地が揺れる。あまり大きな揺れではないが、寝ている人間を起こすのには十分で、揺れが治ると、学院宿舎の部屋の灯りがポツポツと付いた。


「地震…?」


 顔を顰めたバリスが呟く。


「そのようだな。バカでかいドラゴンって可能性もあるけど」

「レオが言うとシャレになんねぇ」


 でも実際、歩くたびに地面を揺らすくらいデカいドラゴンはいる。あまりに揺れるから、吐き気を堪えるのが大変だった。


「目立った魔力も感じない。まあ、距離が遠ければわからねぇが」

「つまりマジでドラゴンかもしれんって事か?」


 今度は俺が顔を顰めた。


「んなこと知らねぇよ!協会魔術師はバリスだろ!?自分で確認して来いよ!」


 超近接格闘型魔術師のバリスは、魔力感知やらの繊細な技術が苦手だ。以前からすぐに俺に頼る傾向がある。


「チッ、使えねぇクズが」

「逆ギレかよ!?」


 と、ツッコム俺を無視して、バリスは足早に協会の方へ向かって行った。


 その背中を見送りながら俺は思った。


 ただの地震だといいな、と。


 まあ、それがフラグになるわけだけど。

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