第86話 フェリル防衛戦②


 放課後はダミアンの研究所へ顔を出した。


 閑静な住宅街の、それとはわからないような一軒家の地下にある研究所へ来るのも、日課みたいになっている。


「レオさーん!!ちょっとイイっスか?」


 リビングへ入ると、若い研究職の魔術師であるロヴィが駆け寄ってきた。


 地上階の家は、そのまま職員が宿舎替わりに使用していて、現在は三人がルームシェアという形で共同生活をしている。


 そのうちのひとりだ。


「なんだよ、うるさいな」

「いつもながら辛辣ッス!!」


 ロヴィはめっちゃ騒がしい。近くにいるとずっと何か喋っているタイプで、極力関わりたくない。見た目も軽薄そうなダラシない顔で、いつも白衣の下にヨレヨレのシャツを着ている。


「この間飲み屋で知り合った、っても女の子が接客してくれる店じゃなくてですね、まあとにかく、知り合った女の子と仲良くなって。それで、今度デートに行こうって話になったワケっすよ」


 俺が興味の無い、むしろウザいなという顔をしているのにも構わず、ロヴィは話し続ける。


「それでですね、なんかアドバイス的なの、ナイっすか?」

「ない」


 ええええっと、雄叫びを上げる。


「まず俺が女ならお前はない。そのヨレヨレのシャツとか、うるせぇところとか、全部ない」

「そんなぁ……」


 ため息がでる思いだ。


 俺は不思議に思うんだが、こうやってガッついていると、必ず女にバレる。なんでだ?


「レオンハルトさん、今日も学院終わりにご苦労様です」


 頭を抱えて唸るロヴィをよそに、涼しい顔のダミアンがやってきた。


「いや、それはいいんだが」


 と、本題を思い出した。


「そろそろ俺の眼を返してくれないか」


 あれから一ヶ月ほど経ち、学院も始まったし、いい加減眼帯をするのも面倒だ。


「ああ、そうですね。長い間すみません」


 ダミアンは申し訳ないと言う顔で言って、俺を手招きする。地下研究室へ来いと言うことだろう。


 リビングを出て、短い廊下の端の階段を降りる。地上階は普通の家と同じ内装だが、地下への階段を降り切ると途端に無機質な研究所のそれになる。


 広いフロアに実験室が一つと、倉庫のような部屋だけの簡素な場所だが、揃えられた機械類や、施された魔術は最先端のものらしい。


「ではお返ししますね。問題はないので、安心してください」

「ん」


 透明な溶液に浸された瓶の中で、ぷかぷか浮かぶ自分の目ん玉を受け取る。なかなかにグロい。


 それと、と言って、ダミアンが手渡してきたのは、すっかりお馴染みとなった小瓶だ。ちなみにイチゴ味は却下されてしまった。


「改良はしていますが、あまり常用するのはお勧めしません」

「わかってるよ」


 その薬は、結局なんなのかは教えられていない。体内の魔力抵抗を抑え、封魔の反応を鈍くするとか、なんだかそんな説明をされている。


 俺は魔術に関しては幅広く知識を吸収してきたつもりだが、人類の進歩は俺の生きる時間より早く流れているようで、次から次に新しい技術が生まれる。


 学院にいる時間が長いのもあって、最近の魔術情報に追いつけていない。


「またいつ何があるかわかりませんから、備えあれば憂いなしというでしょう。常用は勧めませんが、死ぬよりはいいですからね」

「その通りだな」


 またもため息が出る思いだった。


 俺は別に、何も悪いことはしていないハズなのだが、時たま魔族に襲われたり、国家元首に無茶な命令を下されたり、元同僚に命を狙われたり、頭のおかしい人間に目ん玉くり抜かれたりと、けっこう忙しい日々を送っている。


 クズだからバチが当たったんだと思われても仕方ないが、バチがデカ過ぎて割りに合わないと思うのは俺だけか?


「その眼、どうするんです?」


 ふとダミアンが興味深そうに聞いてきた。


 確かにこれだけ持って帰るのも不自然かもしれない。


 なんせこれは、医療的な解釈をするのならもう使えない。死んだ眼だからだ。


 身体から離れて時間が経ち過ぎている。


 魔術的に視神経や血管を繋ぐことは可能だが、以前より性能的にだいぶ劣る。


「ロブレヒトさんに頼めば、僕よりも上手く戻せるかもしれませんが」


 ロブレヒトは特級魔術師のひとりだ。無精髭を生やした小汚いおっさんで、そんな見た目にも関わらず国内最高峰の医療系魔術師でもある。


「アイツになんか頼むかよ!」

「どうしてです?」


 そんなの理由はひとつだ。


「ものすごいフッかけられる。前にちょっと骨折を治してもらっただけで、特級任務一回分の金を取られた」

「アハハ…それはまた、とんでもない方なんですね」


 ダミアンはまだ特級になって日が浅い。そのうちあの守銭奴と関わることもあるだろう。


「アイツにはくれぐれも気を付けろよ…って言うか、特級魔術師は全員どっか腹黒いからな。お前もそうなのかは、俺は知らんが」


 そう言うと、ダミアンは困ったような笑顔を浮かべた。ダミアンが腹黒かろうがなかろうが、結局俺は頼らざるを得ないし、今は特級魔術師でも、協会の魔術師でもない俺には関係ない。


 ま、特級に戻ったら、全員ぶっ潰すがな。


 その前にまず土下座だ。色々あったが、まだ諦めてはいないぜ!!


「そういや、ただの興味本位なんだが」


 学院での話題のせいか、俺は少し気になっていた事を聞いてみた。


「なんでしょう?」

「無くした記憶を思い出す方法ってしらない?」

「っ!…なぜ、そんな事を聞くんですか?」


 なぜ、と聞かれれば、それはまあ、前述した通りただの興味なんだが……ダミアンはあからさまに動揺した。


「俺は産まれてから6年くらいの記憶が無いんだ。そういうのを思い出せるのかと気になってな…まあ、忘れるくらいだからどうでもいい記憶なんだろな」


 人間の脳に保管できる情報は限られている。常に取捨選択して、必要な分だけ脳内に残している。


 詰まるところ忘れているのは、どうでもいいからなんじゃないかと思っている。


「敢えて思い出す方法も無くは無いですが……その記憶は、どうしても忘れていたいものかもしれないですよ。思い出してしまえば、取り返しのつかないようなものかもしれません」


 なるほど。それも一理ある。


 忘れてしまいたいと強く思うほどの、衝撃的な何かが過去にあって、俺は都合よく忘れてしまった。


 ……いやいや、そうだとしたら本当に都合が良すぎる。


「まあ、どうでもいいんだが」


 とだけ答えた。


「あまり気に病まないようにしてくださいね。レオンハルトさんの言う通り、どうでもいいやと思うくらいが、ちょうどいいのかもしれませんよ」


 俺は、そうだな、と笑顔を浮かべて頷いた。


「んじゃ、また来る。ダミアンのお陰で、最近調子が良いんだぜ!」

「それは良かったです」


 ニッコリと人の良さそうな笑顔で答えるダミアンだ。


 そのままその日は学院宿舎へと帰った。


 少しの違和感を感じなかったわけではなかった。


 ダミアンはどうやら、俺に記憶を思い出して欲しくないようだった。


 腹黒い魔術師の世界で長く生きてきた俺は、その違和感に気付きながら、それでも気にしないフリをした。


 またいつもの事だと。事が起こってからでも対処可能だと判断したんだ。


 俺はいつもそうやって行き当たりばったりで生きてきた。それだけの力があると信じていた。


 月並みに言えば、俺は恵まれている。才能がある。努力を怠らず、自信もある。


 でもそれは、結局ただの慢心で。


 俺の個性と言える部分なんて、だだのクズ野郎というところだけだったんだ。

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