第10話 努力と才能①
学院生活が本格的に始まった。
厳しい軍の施設だけあり、朝から晩までみっちり授業がある。
公共の施設のため、入学希望者は魔力さえあれば試験もなく入れるから、俺たちはまだ学年でどのあたりの実力が自分にあるのかをしらない。
その為、最初はどの科目もテストから始まった。
魔術について様々な事を学ぶが、中でも飛び切り難しいと話題なのが、円環構築系の科目だ。
魔術は、詠唱さえ出来れば発動するわけではない。詠唱によって、どんな円環を創造するのかがポイントとなる。
ぶっちゃけあやふやなイメージを、言葉として落とし込んだものが詠唱なので、俺くらいになると術名だけで円環を構築し、思い通りに効果を出すこともできる。
長い独り言を言わなくても、雷刃といえば雷の剣ができるし、究極は、クソが!!というだけで火を出す事も可能。
というか、これが俺の固有魔術でもある。
暴言吐いて魔術が発動するというバカげた能力は、そりゃ国家機密にもなるわけだが、莫大な魔力を消費するので、実はあまり使用効率が良くない。
そんな余談は置いておくとして。
「明日のテスト、どうしよう」
「円環の理論なんてわからないよ」
「魔術使うのに考えたこともなかった…」
と、クラスメイトたちは悲嘆に暮れている。
今日はテスト前の勉強期間というわけで、教室ではみんなが机を寄せて勉強している。
俺はまた窓の外を眺めながら、ボンヤリしていた。
決闘から二日経つが、クラスでの俺の扱いは散々なものだ。
全員が全員、俺をクズと呼ぶ。あと少数派だが、バリスさんの舎弟と言う奴もいる。
クズは許せるがバリスの舎弟はムリ。絶対に許さない。
そんなくだらない事を考えていると、リアがノートと教科書と、なぜか椅子を持ってやって来た。
「レオ、勉強しないの?」
俺の正面に椅子を置いて、そこに座る。クラスメイトたちは、気になるのかこっちを見ないように聞き耳をたてている。
「しない。するまでもない」
「どうして?」
「どうせ満点とれるからだ」
「満点?それは、難しいと思うよ」
「難しくない」
俺の師匠が誰か言ってやりたいぜ。
ザルサスは容赦なかった。感覚じゃなくて、理論立てて説明できるまで何度も同じ魔術をやらされた。
そんな俺が、学院程度のテストなんて今更勉強するまでもない。
「じゃあ、教えてくれる?ちょっと困ってて」
可愛くおねだりされたら、俺は全力で答えます。リア限定で。
「いいぜ、何がわからないんだ?」
「えっと…魔術の構成要素ってなに?」
構成要素?
そんなもん、当然、
「魔力、属性、イメージだ」
「イメージ?」
「魔力がないと詠唱しても意味ないだろ?魔力はそのまま使えないから、属性に変えて使用する。詠唱によってどんな属性で、何をしたいかイメージするから円環ができて、魔術が発動するんだよ」
よくわからない、という表情だ。
「だから、火を出すとするだろ?」
俺は人差し指を立ててその先に蝋燭みたいな火を出した。
「わあ」
リアが驚いて声を上げ、クラスメイトたちがこちらを伺う。興味が湧いたのか、身を乗り出して見ている奴も出てきた。
「これは魔力に属性を与えただけ。詠唱も円環も要らない。リアはやったことあるか?」
「ないよ。だって、詠唱も円環もなしならどうやって火を出すの?」
「簡単だ。詠唱を魔力の流れだとしたら、流れを作り、蝋燭の火を思い浮かべる。自分の指が、蝋燭になったとでも思え」
そういうと、リアは俺と同じように人差し指を立てた。目を閉じて、自分の指が蝋燭だとでも念じているかのように、険しい顔をしている。
「あっ!」
パッと目を開けたリアの指先に、小さな火が灯った。
「ほら、できた。リアは今、自分の魔力が流れるのを理解して、蝋燭をイメージしたから属性が付与された。魔術なんてそんなものだ」
おおおお、とクラスメイトたちが感嘆の声を上げる。
「はい!」
そこでやっぱり手を挙げたのは、優等生くんだ。
「なんだ?」
「魔力と属性とイメージで魔術が発動するなら、詠唱も円環もいらないと思うんだけど、なんで重要なんだ?」
まったく、バカばっかでビックリするぜ。
「じゃあお前は、手のひらにテニスボールくらいの火球を出せと言われたらできるか?」
優等生くん他数名が、掌を上にして唸り出した。奴らは真剣なようだが、見ている方は面白い。
「アッハハ、お前ら単純で面白いな!!」
「笑ってないでおしえろよ!!」
優等生くんが怒り出す。俺は治らない笑いを堪えながら、同じように掌を上にして、テニスボール大の火球を作った。
「おお!すげぇ!!」
「俺がテニスボールくらいの火球って言ったら、お前らはボンヤリとこれくらいの火の玉かなぁ?って考えただろ?」
「う、うん」
「確かに…そもそも、火球ってなんだ?と思った」
まさにそこだ。イメージがいかに大切かわかる瞬間だ。
「極端な話、ドラゴンが火の玉を吐き出すのを見たことがあれば、ああ火球ってあんなやつかと創造する。それが、テニスボールの大きさでと言われたら、なんとなくできたりする」
「いやおれらドラゴンすらみたことないんだけど」
優等生くんが顔を顰めた。
そりゃ一般市民の皆さんは、ドラゴンは見た事ないよな。
「まあ、ドラゴンは置いといて」
「置いとくんかい!?」
やれやれ、一々突っ込まなくていいのに。
「火球を生み出す方法はいくつかあるが、〈地の底より出し、灼熱の真紅、顕現せよ:火炎弾〉」
反対の掌を上にして出す。詠唱と共に円環が現れ、魔術が発動。詠唱、円環なしの火球より若干温度の高い火球ができた。
「おお!三級魔術じゃん!」
「しかも二つ同時に維持するなんて、やっぱレオってすごい奴なんか?」
「クズだけど」
最後の一言は余計だ!!
「お前らの貧弱な頭で、火球がイメージできないから詠唱と円環が必要なんだよ!詠唱には最初から効果が指定されているだろ?正しく詠唱し、円環が構築でき、魔力が足りればその通りの魔術が発動する仕組みなんだよ」
イメージを最初から言葉にしてしまう、というわけだ。そうすると、頭で考えなくても言葉通りの魔術が使える。
「そうだったんだ…」
「知らなかった」
呆れてため息が出るわ。
まあでも、そんな事を教えられる魔術師が、そもそもそんなにいない。
正直一級魔術師でも、強さは詠唱の速さと魔力量だと思い込んでいるところがある。
こいつらはまだまだこれから色々学ぶだろうから、こうやって成長のヒントでも教えてやるのもいいかもしれない。
そうして優秀な将来の部下を育てる。というのも、有意義な学院生活だ。
「じゃあさ、もしレオみたいに詠唱無しで魔術が使える魔術師と戦う事になったら、絶対に勝てないよね?」
ひとりの女子がそんな事を言うもんだから、クラスの空気が暗く沈んだ。
「それもそうだな。詠唱に時間を取られている間にやられちゃうってことだよな」
「逃げる時間くらいはあるかな?」
逃げんのかよ!?と思ったが、確かに詠唱無しの魔術師に会ったら、普通は速攻でゲームオーバーだ。
「まあ、方法が無いわけでもない」
「え?」
あまりお勧めはしないが、あくまで方法論だ。
「無詠唱の代償として、この火球もそうだが、魔力を直接属性変換すると普通より多くの魔力を消費する。詠唱と円環は、ブースターの役割も果たしている。無詠唱魔術は、バンバン連発できるようなものじゃない」
ちなみに制限される前の俺は、めちゃくちゃバンバンやってたけどな!
「魔力切れを待てって事?どっちにしろ死にそう」
心配しなくても、詠唱無しができる魔術師とはそうそう鉢合わせない。
「もうひとつ、こういう横着をする魔術師は、大抵が遠距離戦闘全振りしてる奴だ。だから、近付いて行って近接武器で叩けば倒せる」
魔力量に自信がある奴ほど、近接に弱い。協会の魔術師全員のステータスを見れば明らかだ。
「なるほどなぁ。じゃあおれたちは、近接武器も扱えるようになった方がいいってことか」
優等生くんが結論を導き出した。まあ、そういう事なんだけど。
「極端な話だけどな。今のお前らじゃ、近付く前に殺されるだろうけど。個々の能力が低い内は、集団戦闘に慣れておいた方がいいと俺は思う」
得手不得手を補い合えば、勝率はあがる。それが許されるのは、二級魔術師までだけど。特級はもちろん、一級に上がった時点で個人任務ばかり命令される。
ふむふむと、イマイチ納得したのかよくわからない反応をするクラスメイトたちだ。
実戦に出れば、嫌でも実感するだろう。
「レオは賢いんだな」
優等生くんがしみじみと言い、ほかの連中もうんうんと唸る。
「当たり前だろ。賢い方がモテる」
「うわぁ、やっぱクズだ」
「動機が不純」
「無いわ」
散々言ってくれやがる。
「それをできない奴のひがみっていうんだよ!!」
「おれらはこれからが成長期なんだよ!!レオはその点、もう成長しないんじゃないか?」
確かに。既にステータス値を振り切っている自信がある。
「ま、俺は最初から才能があったんだよ。悪いな、凡人ども」
「あーあーそういう事言う。だからクズなんだよ」
「ちょっとは謙遜しろよ」
「そう言うが、賢い俺が同じクラスだから、お前らは今ひとつ賢くなったんだろ?感謝はされても、貶される筋合いはねぇな」
そう言うとクラスメイトたちは、ちょっとバツの悪い顔をした。
「ありがとう、レオ。もっと色々教えて欲しい」
素直にそう言ったのは、さすが天使のリアだ。
俺はリアの手を握って答える。
「リアは可愛いからなんでも教えてやる。可愛いからな」
「そんな…照れるよ……」
エヘヘと笑う姿も天使。さすが天使。
「んだよお前やっぱクズだな!!」
「リアもそんなやつやめときなよ」
舌打ちの嵐が巻き起こった。別にいいもんね、もう教えてやんないから。
その時、バンッと机を叩く音がして、イリーナが立ち上がった。
「いい加減にしてよ!!うるさいのよ、みんな!!」
こんな俺でもわかるくらいにキレていらした。
「何が才能よ!?自分はちょっと賢いからって、調子に乗らないで!!」
そう叫ぶと、イリーナはバタバタと走って教室を出て行った。
その眼に涙を溜めていたのは、多分俺だけが気付いた。
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