歴代最強の魔術師だけど性格クズすぎて魔術師協会クビになったこと笑った奴全員顔憶えたからな!!

しーやん

第1話 『金獅子の魔術師』


 ゲヒャハハハ、と耳障りな笑い声が響く鬱蒼とした森の中。


 焚き火を囲むのは、人間よりも一回り以上の体躯をもつ魔族だ。筋骨隆々、顔面には豚の鼻のようなものがついていて、眼は小さく耳はとんがっている。


 人々が恐る醜悪な見た目の魔族が三人。


「ったくよぉ、こんなちょろい商売があんならもっとはやく手ェ出しときゃよかったぜ」

「だなぁ。人間なんてそこいら中にいるし、捕まえるのも楽だからなぁ」


 豚鼻をグヒグヒ言わせながら、戦利品を眺めて酒を飲む。


「にしても貧相な女だなぁ。これじゃあんまり良い値がつかんかもしれんな」


 そう言って、豚鼻のひとりが戦利品の入った荷馬車へと近付く。荷馬車は檻になっていて、その中にひとりの女がいた。


 女は確かに、栄養失調気味の骨張った身体であり、肌艶も良くはない。ただ、もう少し肉がつけば、それなりに容姿は良いかもしれない。


「まあでも、金になるんならなんでもいいけどなぁ」

「間違いねぇ!」


 ギャハハハハハ、と、またも響く笑い声。


 檻の中の女は、恐怖に震えて声も出ない様子だ。


「俺ならそんな女に金は出さないけどな」


 急に、仲間以外の声がして、豚鼻達は飛び上がった。焚き火を囲む仲間の、いつのまにかそこに金髪の若い人間の男がいた。


 まるで、あれ?オレら最初から四人だったっけ?と疑いたくなるくらいに、自然とそこに混ざっている。


「お、お前っ!いつからそこにいる!?」


 得体の知れない存在に、思わずどうでもいい言葉を発する豚鼻に、金の髪を揺らす男は答える。


「今来たところだ。なんだか楽しそうに酒盛りをしているバカな魔族がいるから探して殺せと言われたんでな」


 男の言葉を聞いて、魔族達は考えた。


 殺せと言われ、のこのこやって来たという事は、だ。


 こいつ、そんなに頭良くないんじゃないかと。


「やっちまぇ!!」


 ひとりが豚鼻を鳴らして叫ぶ。


 豚鼻達が剣を抜く。剣先に向かう程刃が太く、緩い曲線を描く半月刀だ。明るい月光に照らされ、キラリと輝くそれを振りかぶり、金髪の男を切り刻もうと迫る。


「〈空を裂き、風の刃となれ:風撃〉」


 流れるような早口で紡がれた詠唱により湧き起こった風の刃が、迫る豚鼻の魔族たちを吹き飛ばした。


「グハァッ!!」

「ぅぐ、こいつ、魔術師か!?」


 まだ青年というには幼い見た目の男だと油断した。


 紡がれた詠唱は素っ気ないくせに、威力は想像の何十倍も上だった。


「そりゃ魔族狩りに来てんだから、魔術師だろうよ。んで?抵抗は終わりか?」


 金髪の男は、ただそこに座ったまま動かない。それどころか、三人もの魔族を相手に視線すら向ける事はない。


「ま、魔術師だろうと関係ない!仕事の邪魔はさせねぇ!!」


 豚鼻達はお互いの顔を見遣り、もう一度駆け出す。今度こそはと、お互いの距離を測り連携をとる。


「俺もこれが仕事なんだ。悪いな」


 刹那、金髪の男が片手を挙げた。掌を前に、詠唱する。


「〈業火でもって、焼き払え:炎撃〉」


 掌に赤い円環が現れる。それは一瞬で最大の輝きを放ち、轟々と苛烈な炎が噴き出した。


 業火に焼かれ、絶体絶命の中豚鼻の魔族達はハッとする。


 金の髪に蒼い眼の少年魔術師。こいつは、魔族も恐る『金獅子の魔術師』なのではないか、と。


「ギャア……」


 豚鼻の断末魔が途中で掻き消える。炭さえも残らない超高熱の炎が、豚鼻達とその背後の木々まで焼き払った。


 金髪の男は、何事もなかったかのように動かない。そこへ、


「あわわわわっ」


 と、空から慌てた声が降ってくる。


「レ、レオ様っ!?」

「なんだ?」


 金髪の男が空を見上げる。視線より少し上に、白銀の鱗を持つドラゴンがいた。


 ドラゴンといっても、山ほどの大きさがあるわけではない。少し大きめの猫くらいの大きさだ。


「やりすぎという言葉をご存知ですか…?」

「加減を知らんバカな奴に使う言葉だろ?」

「……レオ様はご自身がそうなんだとは思わないんですか」


 ドラゴンは、鋭い牙の並んだ凶暴な口から、若干の煙を吐き出した。


 それは人間でいうところの溜息だった。


「俺が?」

「はいです」

「……フン」


 と言ったきり、金髪の男は黙ってしまった。


 ドラゴンはまたも溜息を吐き、レオが焼き払った木々を見やった。


 鬱蒼と茂った木々が、一箇所だけごっそりと燃え尽きている。放射線状に広がるその向こう、森が終わるところまで見渡せる。


 協会に提出する報告書はどうしよう、とか、森の所有者への説明はどうしよう、とか、ドラゴンはもはやそんな事で頭が一杯だった。


 頭を抱えるドラゴンは、その時、自身が今日最大のミスを犯したことに気付くのが遅れた。


 気付いた時には、目の前にレオの姿はなかった。


 キョロキョロと辺りを見回して、ドラゴンは「あ、詰んだ」と思った。


「お前さ」


 レオは、檻に閉じ込められ、恐怖に震える女性の前にいた。そして静かに、はっきりと声をかける。


「ブスなのに魔族に拐われて大変だな。俺が魔族ならお前は拐わねぇわ」


 ドラゴンは一瞬にして頭が真っ白になった。


 「大丈夫?」とか、「ケガはない?」とかなら良かった。もしくは黙っていた方がマシだった。


 なのに、である。


「お前みたいなブスは、魔族に買われた方がある意味幸せだったんじゃね?人間に貰い手あんの?」


 などと、追い討ちをかける。



 もうやめてくれと、ドラゴンが動く前に、檻の中で震えていた女性が動いた。


 恐怖に歪んでいた顔は、般若の如く変貌している。


「最っ底!!信じらんない!!こんな時に、よくも傷を抉るみたいなことが言えるわね!?協会に文句言ってやるから!!!!」


 フンッ、とそっぽを向く女性に、しかしレオは悪びれずに言う。


「黙れブス」


 ニヤニヤ笑い、レオは女性に暴言を吐き、女性は鬼のように言い返す。


 それは協会の魔術師が、応援に来るまで続いた。


 ドラゴンはもはや、頭が真っ白でなにも考えられない。頭は真っ白だが、お先は真っ暗だった。


 今度こそ本当にヤバい。


 ドラゴンは、盛大なため息とともに満点の星空を見上げた。

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