第2話 クビになった


 朝、二日酔いでもやもやする頭を抱えながら眼を覚ます。


 魔術師協会の宿舎だ。ワンルームにベッドと小さなタンスとテーブルしかないが、そのテーブルの上にはこれでもかと酒の空き瓶が並んでいる。


 それを暫く眺め、俺はそっと立ち上がった。


「ウェッ、気持ち悪……」


 残ったアルコールで眼が回るのを堪えて、蛇口から水を出した。コップ一杯の水を飲んで、少し落ち着く。


 とりあえず洗面台で身嗜みを整える。


 鏡に映る俺は、ボサボサの金髪で淀んだ蒼い目をしていた。


 誰が見てもコイツヤバいなと思うくらい、荒んだ目だ。


「おはようございますっ、レオ様っ」


 歯磨き中に部屋に入ってきたのは、ふんわり系のロリ少女だ。シルバーの髪をおさげにしている。


「うるふぁい」

「レオ様、歯磨きしながら話さないでください。歯磨き粉が飛び散りますです」


 オカンみたいな事を言うこのロリはピニョという。こいつは俺の召使いみたいなもので、本来の姿は銀竜だ。


 色々あって今は俺の配下としてこき使っている。


「レオ様。今日の予定ですが、」

「あー、しんどいし休もうぜ」


 そう言うと、ピニョはムクッと頬を膨らませた。万人に好かれそうな、典型的な“怒ってます”の顔だ。俺はロリは範囲外だから、全然ムラっともこない。


「レオ様。ピニョはずっとレオ様のお側にお使えすると決めていますです。でも、お仕事をしっかりしないレオ様にはついていけませんです」

「じゃあさいなら。帰っていいぜ。ついでにそこの空き瓶捨てといてくれ」


 そう言えば、ピニョは今度はウルウルと眼に涙を溜めている。


「レオ様ああああ」

「………………冗談だ」

「その間はなんですか!?」


 とかいいつつ、俺の背中をポカポカと叩いてくる。鬱陶しいことこの上ない。


「ともかく今日はちゃんと会議室行きますです!」


 ピニョは俺のヨレヨレのワイシャツを引っ張る。今日はヤケに押しが強い。


「なんだよ?そんなに重要ななんかがあんのか?」

「議会はいつも重要ですけど!!今日はヤバイです!!」


 ヤバいヤバい。いつもヤバいと言うが、そんなにヤバかったことなんてこれまで一度もない。


「な、なんですそのヤル気の無い顔は?」

「別に。行けばいいんだろ、行けば」

「わかれば良いのです!!」


 フンスと鼻を鳴らすピニョに、されるがままに着替えをする。ピニョが前日に用意した真っ直ぐの白いシャツに黒いスラックス。どんなに歩いても壊れないような頑丈な軍靴を履く。そこに、本来は漆黒のローブを羽織る。


 が、俺はそのいかにも陰気臭いジジィみたいなローブが嫌いだ。


「レオ様!!ローブ、ローブをお忘れです!!」

「はあ?いらねぇよんなもん。ダセェし」

「協会に属する正規魔術師の証です!」

「俺くらいになるとローブなんかなくても魔術師だってわかんだよ。多分」


 適当にピニョをあしらって、会議室に向かうべく部屋を出る。


 その後を、ピニョがローブを抱えて追いかけてくる。パタパタ走る足音が耳障りだ。


「レ、レオ様っ、少々おまっ、お待ちをっ!!」


 完全に無視して足を動かす。宿舎を出れば、すぐそこに魔術師協会本部がある。


 本部は左右均等な四階建ての白い建物で、会議室…中でも、協会のトップ12人のみが入れる会議室は四階中央だ。


 ピニョを置き去りにして、早足に四階までの階段を上がる。会議室の両開きの扉を思っクソ押し開けた。


 バアアアン、と激しい音がして開いた扉。その向こうに、12人の魔術師が座る円卓がある。


 ここに入ることが許された魔術師は、皆が国内最強と言われる魔術師だ。


 研究職から戦闘専門と、様々な分野に秀でた魔術師達。


 そんで俺も、その12人の一人だ。


「レオンハルト・シュトラウス。5分遅刻だ」


 わざわざフルネームで俺を呼んだのは、筋骨隆々すぎてぴっちりしたシャツの、バーサーカーみたいな男で、見た目の通り協会の軍部をまとめている。名前はバリスだ。


「バリス、相変わらず乳首立ってんぞ。服のサイズ考え直した方がいいんじゃね?」

「黙れ!!」


 顔を赤くして若干前屈みになる。アホだ。


 ちなみにこいつもローブを羽織っていない。なぜなら筋肉を見せびらかしたいからだ。多分。


「これこれ、バリス。子どもの言うことじゃ、気にするでない」


 フォフォフォと不気味な笑い声を上げて、俺を子ども扱いするのはアヌスジジィ。長い顎髭と、眼を隠すような長い眉毛が付いてるハゲだ。


「俺はガキじゃない。その眉毛全部剃って前見えるようにしてやろうか?」

「フォフォフォ」


 アヌスジジィは都合が悪いと笑って誤魔化す。面白くないジジィだ。


 まあそれはさて置き。


 俺は気付いた。いや、気付いていたが、気付いていないフリをして、誰かがその状況を説明してくれるのを待っていた。


 でも誰も何も言ってくれないから、俺はひとつ咳払いをしてから切り出した。


「ゴホン。俺の見間違いならいいんだが……俺の席はどこだ?」


 12人分の席がある円卓。魔術師協会が唯一無二と認めた魔術師のみが座ることの許される12席の椅子。


 俺の席がない。


 どっからどう見ても俺の席がない。


 試しに一回転してもう一度見てみたけどない。


 なんならと、逆立ちしてみたけどやっぱりない。


 ない。ない。ない。


「レオンハルト……お前、頭は大丈夫か?」


 と、円卓の上座に座るおっさんが言った。そのおっさんはザルサス・ギャルドラスという。


 魔術師協会のリーダーである男だ。


「いや、俺の椅子が無いんだが、俺の頭は大丈夫か?」

「椅子が無いのは本当だ。お前の頭はおかしいが」

「まてまてまて、俺の頭は正常で、円卓には椅子が無いんだが」


 シーンと静まり返る会議室。


 ザルサスを除く他の魔術師達が、居心地の悪い空気に尻をもじもじさせている。


「どういうこと?」


 ようわからん。説明求む。


「レオンハルトよ。わしもとっても言いにくいんだが、お前に言わなければならないことがある」


 ザルサスは嫌に神妙な顔で切り出す。


「昨日の任務は憶えているか?」


 昨日の任務?


「豚鼻魔族が人身売買してるから殺せってやつだよな?」


 そう言いながら思い返す。


 俺はちゃんと言われた通りに魔族を倒して、拐われた女を助け出したが。


「そうだ。お前はしっかり任務をこなした」

「当たり前だろ。それが仕事なんだから」


 しかしザルサスの表情は険しいままだ。


「うむ。その通りだ。しかし、お前はバカみたいに力を使って森を焼き払い、あまつさえ囚われていた女性に向かってなんと言った?」


 森を焼き払ったつもりはないが、女に言った言葉なら憶えてる。


「ブス」


 途端に会議室中が、やれやれみたいな空気となる。


「それだ」

「は?ブスにブスって言って何が悪い?」

「お前はもう少し、人間として成長する必要がある、と上からお達しがあった。というのもだな、お前が心ない暴言を吐きまくった女性が、魔術師協会にクレームを入れてきてな」


 ブスにブスと言ってクレームなど、しょうもねぇ。


「その女性の身内に、政府のお偉い人がいて、その方が魔術師協会を訴えると言い出した」


 それはそれは、大変だな協会も。


「なんとか示談に持ち込んだが、お前が焼き払った森の賠償金やらなんやらが嵩張ってな……」


 それに、とザルサスは続ける。


「お前が任務に行くたびにクレームが来るんだ。村を全壊したとか、湖を干からびさせたとか。あと口が悪いとか態度が悪いとか遅刻が多いとかダラシがないとか」


 後半はクレーム関係ない気もするが。ようするに、俺の席がないのは……


「もうわしらでは庇いきれんくてな、悪いがレオよ…………魔術師協会クビ」


「ちょっと何言ってるかわかんないんだけども」

「魔術師協会ク「あばばばばば」


 嘘だ。


 絶対嘘だ!!


「い、いいのかよ?俺をクビにして、いいのかよ?」


 冷や汗が背中を伝う。それがより、現実感を増す。


「正直お前を手放すのは惜しい。協会始まって以来の天才、『金獅子の魔術師』と言われ魔族からも恐れられるお前を手放すのは、実に惜しい」

「ならっ、」

「しかしなぁ。強すぎる力は人を傲慢にし、傲りは思わぬ敗北をもたらす。いかにお前が規格外の強さを持っていても、性格がクズなやつには何も成せん」


 ザルサスの表情は、哀れみと愛情が半分半分で、このおっさんはまたロクでもない事を考えているなと思った。


「わしはな、お前の育ての親として…魔術の師匠として多分に甘やかして育ててしまったと後悔しておる。お前が闇賭博に手を出しても、如何わしいお店に通うようになっても、それでも可愛がってきたつもりじゃ」


 ザルサスが俺の過去を暴露すると、黙って聞いていた魔術師達は、ザルサスには同情の眼を、俺にはゴミを見る眼を向けてくる。


「しかしこんな、まさかこんなにもアホに育つとは……」

「わ、わかった!!素行が悪いってんなら明日からは直すよ、明日から遅刻しないし、明日からちゃんと力加減するから!!」


 明日やろうはバカやろうとも言うけど、まあいいや。


「もうお前の言い訳は聞き飽きたわい。お前の根性を叩き直すために、魔術師養成機関へ行ってもらうことにした」

「は?」


 魔術師養成機関。通称〈学院〉。


 品行方正なエリート魔術師を養成する、堅っ苦しい軍部の施設。


 現在協会の魔術師の殆どが、この学院出身者であり、野良魔術師は僅かしかいない。


 野良魔術師とは、昔ながらの師弟関係において魔術を学んだものであり、師となる魔術師の腕によっては、クソみたいな魔術師にしかなれない。


 この会議室にいる魔術師は、ザルサスと俺以外全員学院の出身だ。


「魔術師らしい魔術師として成長するには、やはり学院に通うのが良いと、上の判断だ。無事、問題を起こす事なく卒業できた暁には、もとのポストを約束する」


 ザルサスは断言すると、徐に右手を掲げる。


「悪いな、レオ。大人しく従ってくれ」


 俺はザルサスがなにをしようとしているか理解した。


 避けるにはこの場から離脱するか、会議室を破壊するしかない。


 のだが、この会議室はリーダーであるザルサス以外魔術が使えない仕様になっている。


「おいおいおい冗談じゃねえよマジで笑えないんだが」

「ほう、これを知っているのか。お前はやはり、優秀だの」


 ザルサスの掲げる右手を中心に、黒い光の円環が構築される。それは徐々に面積を増していき、同時に禍々しく輝く。


「それはほら、本来魔族とかドラゴンとか拘束するための魔術だろ!?なんでっ、俺にっ、向けてるのっ!?」

「仕方なかろう。お前のバカみたいな力そのまま、学院へ通わせるわけにはいかん」


 円環に流れたザルサスの強大な魔力が、俺に向けて解放される。


「〈禍きもの、勁きもの、我が名をもって封じ込めよ、破りしものに破滅の呪いを齎せ:封魔〉」


 詠唱が終わると同時、俺の全身に鈍い痛みが走る。それは心臓から瞬く間に末端まで駆け抜けて、視界に入った皮膚に黒い痣が浮かんで消えた。


「うぐっ、よくもやってくれたなクソジジィ!!」

「さすがレオ、よう耐えよったな」


 悪びれもせず、ザルサスは嫌な笑みを浮かべた。


「知っているとは思うが、お前の力は一時的に押さえ込んだ。もし無理に魔力を使用すれば、お前の全身に痣が浮かび、徐々に死に至るであろう」


 鬼畜!悪魔!と、叫びたいけれどショックで言えなかった。


 俺の、魔力が……グスン。


 涙目の俺が顔を上げると、


 クスクス、クスクスと、会議室の魔術師達が笑い声を上げている。


「身から出たサビって知ってるか、レオ?」


 中でも嬉しそうにニヤニヤしてんのは、他でもないバリスだ。


 いつも何かと突っかかってくるバリスだが、今回は本当に許さねぇ。


「おいおい、お前今魔術構築しようとしたろ?確かに、元々のお前の力なら、この会議室ごと吹っ飛ばす事も出来ただろうが……」


 バリスがなんか言っているが、それどころじゃない。


「ガハッ、オェ、クソがっ」


 魔力を体内で練ると、心臓が痛い。息が詰まるような苦しさが押し寄せ、俺の身体を壊そうとする。


「ザマァねえなあ、おい」


 とか言って笑うバリスを捻り潰したいが、あまりの苦痛に指一本動かすことができなくて、俺はそのまま、床の上で気絶した。


 ただ、最後に辛うじて言いたいことは言えた。







「俺を笑った奴……全員顔憶えた…から、な」

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