第43話 イリーナの覚悟①



「ピクニックにいきましょう!!」


 放課後、いつもの組み手をしている最中の事だ。


 今日はイリーナとユイトが一対一で暴れまくっているのを、俺は壁にもたれて座って見ていた。


 東部から帰って二週間。学院へ入って二か月がたった。


「ピクニック?」

「そう!今度のナターリア祭の連休を使って、ピクニックに行こうよ!」


 隣のリアが可愛く笑って言うので、俺は何も考えずにとりあえず頷く。


 ちなみにナターリア祭というのは、建国を祝う祝日が三日続き、その間フェリルで行われる賑やかな祭りのことを言う。でも、もともと首都に住んでいる人間は、結構地方へ旅行に行ったりもする。


「この前学院でしたけど、やっぱり外で本格的にしたいなって思うの」

「俺はリアの行くとこにならどこにでも行くぞ!」


 これは本心。だってリア可愛いんだもん。


「じゃあ、わたしの故郷でもいい?久しぶりにママとパパにも会いたいし!」


 リアの故郷か……ママとパパってことは…


「俺がリアを幸せにしますって言うイベントが発生するわけだな」

「んなもん発生するかあああああっ!!」

「うわっ!?」


 イリーナの短剣が飛んできた!!ビィィインと顔の横で、壁に突き刺さる。魔術的に保護されているはずの壁に。


「リアはあんたにはもったいないの!」

「勿体無い?なんで?俺、こう見えて元特級魔術師だぞ?『金獅子の魔術師』だぞ?学院卒業後は復職するんだぞ?めっちゃ優良物件じゃね?」

「でもクズじゃん」


 グハッ!痛いところ突きやがる。


 まあ、それはいいとして。


「俺をクズだなんだと言う前に、お前らちゃんと練習しろよ」

「うっ、だ、だって、ユイトが全然本気だしてくれないんだもん」

「は?本気出してないのはイリーナだろ!!」


 また始まった。


 最近ずっとこうなのだ。どんな相手でも対応出来る様にと、俺ばかりを相手にしていてもそもそもレベルが違いすぎるからと、最近は二人で模擬試合をさせているのだが。


 二人とも…というか特にイリーナがあまり本気を出さない。


 その理由は、目下捜索中だ。


「しゃあねぇなあ。相手してやるから真剣にやれよ」


 イリーナが投げた短剣を抜き、それを割と本気で投げ返す。


 イリーナは相変わらず素晴らしい反射神経でそれを掴んだ。


「ま、魔術は使わないでよ」

「はいはい、わかりやしたよー」


 制服のブレザーを脱いでネクタイを取る。リアが自然な動きでそれを受け取ってくれる。さすが俺の嫁。


「さて、殺す気で来いよ。じゃないと死ぬのはお前らだ」


 ニヤリと笑うと、イリーナとユイトが一瞬怯んだ。この時点で勝負は決まったようなものだが、まあ、まだ学院一年目なのだ。仕方ない。


 タッと軽く踏み込んで、瞬時に距離を詰める。それにイリーナが反応して短剣を逆手に構えて迎え撃つ。


 短剣をしゃがんで避け、下段から後ろ回し蹴りを放つと、後方に回ったユイトが間一髪で避けた。


「っ、後ろがなんでわかるんだよ!!」

「足音とか呼吸とか色々垂れ流しにしてるからだろ」


 魔族はあまり音を立てない。だから人間はとてもわかりやすい。


 ユイトに気を取られていると、今度はイリーナが仕掛けてくる。


「うらぁっ!」

「っ!」


 連続の足技は、さすが獣化を持つイリーナだ。受ける蹴りの重さは戦い慣れた者のそれだ。しかも、一から体術を教えたわけではないのに、ここまで熟達したのも驚きだ。


「ちょっとは反撃しなさいよ!!」


 頭を狙って振り抜かれた蹴りを右腕で受ける。本当に容赦がない。いい蹴りだった。


「少しはやる気になったか?」

「あたしは最初からやる気満々よ!」


 再度距離を取る。いっときの静寂。


 面白くなってきたな、とシャツの袖を巻くって考えていた。が、ふとイリーナの視線がおかしいのに気付いた。


「?」

「そんな傷あった?」

「ん…?どれだ?」


 今は痣も消えていて、特に気になることはない。多少の傷跡があるのは、そりゃ魔族とやりあっていれば仕方のないものだ。


「右腕…どうしたの?」


 イリーナの言う傷跡は、二週間前に東部で負った怪我の跡だ。無理矢理引き千切られた右腕の肘関節には、薄くギザギザの瘢痕がある。もうひとつ、前腕内側にはよりくっきりと抉れたような瘢痕があり、無理矢理修復したためにその跡がくっきり残ってしまった。


「ちょっとな。シエルの魔術でも跡までは消えなかった」


 二週間前の東部の件は、『金獅子の魔術師』の功績としてニュースになった。だから、イリーナたちは俺がルイーゼの命令で魔族を討伐したことを知っている。


 何も言わずに学院を出たから、帰ってきた時にめちゃくちゃキレられた。そんで、怪我してないかとしつこく聞かれたけど、その時は無傷だったから適当に誤魔化しておいた。


 まあ、痣は拡がったままだったから、それは誤魔化せなかったけど。


「帰ってきた時、怪我してないって言ってたじゃん」

「えー、まあ、その時には治ってたわけだし、わざわざ言う必要もないだろ」


「また、シエルに治してもらったの?」

「そうだって言ってるだろ」


 なんだよ?


「なんであんた怪我ばっかりするのよ」


 はあ?とイリーナを見れば……あれ?泣いてるではないですか!!


「ど、どどどど!?どした!?」

「ふぅ、っえぐ…もうっ、あんたなんか死ねばいいのにっ!!」


 そう言って、イリーナは地下を飛び出していく。


「……な、なあ?俺が悪いの?」

「まあ、そうなんじゃない」


 面倒臭そうにユイトが答える。


「わたし、イリーナの様子見てくるね」


 リアがよいしょと立ち上がる。


「イリはレオが心配で仕方ないんだよ。少しはわかってあげてね」

「えぇ?」


 どう言うことだ?と聞く前に、リアはイリーナの後を追いかけて行った。


「おれも知ーらね」


 挙句にはユイトまでそう言って帰っていった。


 ひとりだだっ広い地下空間に取り残されてしまった。


 一体、なんなんだ?

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