第143話 地下聖域6
☆
魔族にも色々と固有の能力があるが、ダントツで厄介なのは姿形を変えてしまうヤツだ。
以前にも、草木に変化できるヤツや、群れで飛ぶ鳥に紛れられるヤツと闘ったことがあるが、そういったヤツらの魔力は強い。
身体をも変化させてしまえるのだ、魔力量が多くないとできない。
目の前の黒いヤツも、シエルに匹敵する魔力を持っている。正直それを上回るのは簡単だ。魔力量ならば俺は負けはしない。
だが……そうすると、この場所が危ない。俺が全力で魔術を発動させると、間違いなく地下空間が崩落する。
一応〈空絶〉を上掛けしたが、イリーナたちも無事というわけにはいかないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。ただのクラスメイトだ。囚われている他の人間とて、死んだところで俺に何か影響があるわけじゃない。
地上の議事堂には見知った顔もいるが、それも、俺のこの仕事には関係ない。俺の目的は目の前の魔族を倒し、『ベルム・デウム』の魔術師をとめることだ。
本当にそれだけか?
本当にそれでいいのか?
簡単な選択だが、さっきから何一つ決めることができないでいる。
以前の自分と親しくしてくれた何人かの学院生を巻き込んでいいわけがない。何故?友達だったから?じゃあ今は違うのか?そもそも、友達を大切にしなければならないのは何故だ?
「クソッ」
魔族の刃が、懲りずに迫ってくる。とりあえず〈雷撃〉を放ち、距離を取るように後方へ跳ぶ。魔力を全身に行き渡らせ、常人には不可能な速度で、魔族へと〈雷刃〉を向けて走り、胴体を両断するように刃を振り抜いた。
べちゃりと粘着質な音がした。魔族の胴体は確かに両断できる。が、すぐにもとに戻ってしまう。
そして、間髪入れずに腕を突き出した魔族の、黒光する腕の刃が俺の方へ伸びてきた。
ザクリと腹を割く刃の鋭さに、思わず顔を顰めた。
「ッ、テェ…」
すかさず距離を取り出血を確認する。制服をジワリと真っ赤な血が染める。
油断した。余計なことを考えていた所為だ。
やっぱりすぐに決着をつけるべきだ。そう判断して、思考を遮断しようとした時だ。
「我々の邪魔をするな!政府の犬め!!」
無数に空いた横穴から、わらわらと黒いローブを纏った人影が滲み出るようにして現れた。
総勢十数人の魔力持ちだ。フードの所為で顔は見えないが、相当な魔力を持っていることはわかる。そして、この俺が戦闘中とはいえ接近に気付かなかった。魔術師としてもかなりの実力を持っていることがわかる。
「お前らが『ベルム・デウム』か?」
まるで出口を塞ぐように、そいつらは俺たちが通ってきた横穴の前で立ち止まった。
「如何にも。我々はナターリアを解放し、魔術師の国を創ることを願った先祖のために闘う組織だ。故に貴様のような政府の犬に成り下がった魔術師は邪魔するな」
声音に怒気を孕み、心底憎々しげに言い放つ。歴史を振り返れば、確かに彼らの憎しみは理解できる。
平和を歌ってはいるが、未だ魔力持ちへの偏見や差別は存在するし、国民の理解は低いと言える。しかし、だ。
「政府の犬と言われるのは仕方ない。俺だって好きでこの立場になったわけじゃないが。だが、やるならばもう少し賢い方法を取るべきだ。お前たちがやっていることは、ただのテロ行為であって革命じゃない。ほら、試しにお前らも選挙に立候補してみたらどうだ?国を変えるのはいつだって政治家だ。そうだ、上に俺たち魔力持ちに寛大な政治家様がいるぞ、取り持ってやろうか?」
捲し立てるように言ってやれば、相手は一様にイライラを口にした。貴様!とか、己!とか、そんなことを。
「ふざけるな!我々を侮辱するな!」
「侮辱?世の中の流れに乗れず、置いてけぼりをくらった魔術師に、むしろ俺は寛大で理解のある方だと思うが」
「いいや違う!魔術師の発展を妨げ、国と迎合して過去の悔恨に蓋をした裏切り者のお前たちに、我々の気持ちなどわかるものか!!」
先ほどから言葉を発しているリーダー格と思わしき男が、両腕を大仰に広げていっそう声を張り上げる。
「この場所が何かわかるか!?ここで我々の先祖は大勢死んだ!当時の国は、地下の魔術師を排除したんだ。危険思想を持つとして、新政府に反対した魔術師を虐殺した……そんな国がこの地を支配しているなど許せるものか!!」
おかしい。フェリルで一般的に語られている歴史の中では、地下に捕らえられた魔術師は解放されたと言われている。その後、もともと地上にいた魔術師が協会を立ち上げ、地下の魔術師は協会に入る者、国を出る者にわかれた。
そう言われているはずで、地下で戦闘があったことは事実だし、大勢死んだことも明らかだが、虐殺なんて話は聞いたことがない。
「どうせ都合の良い歴史しか知らないのだろう。だからこそお前は政府の犬なのだ。真実を知らず、莫大な金をもらって魔族を倒すだけの人形なのだ」
男は笑った。心底こちらをバカにする、高らかな笑い声だ。
「ああ、そういえば……お前はもともと人形だったな。この国にとって都合の良いように造られた魔術師。ある意味我々より哀れな存在だ。同情するよ」
「生憎だがいちいち痛む心は、もはや持ち合わせていないんだ。お前たちがなんと言おうが、俺は迷いなくお前らを殺す。もちろん、命乞いをするのなら助けてやらなくもない」
「ついに悪魔に魂を売ったか。なら、我々としても心を痛めることはないな」
男が小さく手を振って指示を出す。それに応えるように、ローブの人影が円形の広間を均等に囲んだ。
「最初はクソ議員どもを捉えて生贄にしようと思ったが、運のいいことに魔力持ちが手に入った」
フードの下の影に浮かぶ瞳が、広間の中央に一塊となったイリーナたちを見やる。
「生贄…なるほど、この円形広間は円環か」
「そうだ。我々はこれより、フェリルに制裁を行う。この円環を発動させることで、街は毒の霧に覆われることになる。我々魔術師以外を殺すための毒だ」
魔術の中には、生物の命を使って発動するものもいくつかある。ロイネの固有ほどではないにしろ、対価を払うことで真価を発揮するのだ。
しかし、それらの魔術は協会ができた頃に禁忌となった。あまりに非道だからだが、コイツらに協会のルールは通用しない。
「レンハルト…お前がここに飛び込んできてくれたことに感謝する。お前ほどの魔力持ちを対価にすれば、この国全体を毒で満たすことも可能だろう」
「んなバカなことはやめろ。俺がここにいる時点で、魔術は発動しない」
というのも当然の話で、ヤツらが何人でどれだけの魔力を込めようと、俺の魔力量には到底及ばないからだ。
俺がここで、ヤツらを上回る魔力で〈解術〉ができる限り、このバカでかい円環を発動させることは不可能。
「そうだな。だからこそ、我々は魔族と契約した。この街にお前がいる以上、闘うことになるのはわかっていたからな」
男がそう言った直後、今まで突っ立っていた魔族が再び動き出した。さっきまではまるでお遊びだったとでも言うように、さらにスピードを増して急接近してくる。
「っ!」
咄嗟に放った〈火炎弾〉が吸い込まれる。続いて〈雷撃〉を放つも、全て無視したようにただ突っ込んでくる魔族。
今すぐ排除するべきだ。だが、この後に及んでもなお、感情を捨てたはずの俺は決められなかった。
「ウグァッ……!」
黒い剣先が左の肩口を貫く。生暖かい鮮血が飛び散り、パタパタと地に落ちた。
「レオっ!!」
すぐ近くでイリーナが叫んでいる。俺の名前を、必死に呼んでいる。
僅かに向けた視線の先で、イリーナもリアも、エナ達も、悲しげな顔で俺を見ているのがわかった。
どうして人は、人のためにあんな顔ができるのだ?
俺は周りにあんな顔をして欲しくなくて、強くなりたかったんだじゃないのか?
なら、感情を捨てた今、俺は何を糧に闘えばいい?
ただ強くあることが、どうしてこんなにも難しいんだ?
そうやって迷っている時点で、俺は弱い。いや、弱くなってしまった。
今更だが、俺はとんでもないものを捨ててしまったことに、ようやく気付いた。
「クソッ、俺は弱くない…そんなわけない!」
なんて言葉が勝手に口をついて出る。
頭の中がめちゃくちゃだ。以前の俺は、感情のままに魔術を操ってきた。だからこそ強かった。今気付いたところで、もう遅い。
魔族がもう片方の剣を振り上げる。袈裟懸けに振り下ろすつもりのようで、その動きには隙があった。だが、混乱した俺は動けない。
黒く光る剣が迫る。そのまま振り下ろせば、間違いなく致命傷だ。
はやくコイツを倒さなければ。魔族よりも大きな力で吹き飛ばせばいい。だが、そうすればイリーナたちは確実に死ぬ。巻き込んでしまう。
迷っている暇はないはずなのに、どうして体が動かないんだ。
「君はクソ野郎だ。こういう時は、全部自分の思い通りにしてきただろう?」
突然の声。目の前に白い影が割り込んでくる。ソイツは俺の前に突然現れた。そして、魔族が振り下ろした剣がソイツに吸い込まれるように切り裂いた。
「シエル…?」
ドサリと後ろに倒れるシエルを抱き留め、咄嗟にその顔を覗き込む。口の端からゴボリと血液が溢れ、白い礼服の襟を汚していく。
「お前!!何やってんだよ!?」
「ガハッ、悪いね…君のピンチは僕に筒抜けなんだ」
「ピンチじゃねぇよ」
俺の状況を察して、転移で飛んできたんだろが、何も俺と魔族の間に割り込む必要は無かった筈だ。
「いや、君は今窮地に立っているはずだ。そうだろう?今自分がどうすべきなのかわからないんだろ?」
「……ああ、その通りだ」
「ゲホッ、ゴホッ……僕が教えてあげようか」
話すたびに血が溢れる。口元も、切られた上半身も真っ赤だ。
「感情というものは…ゲホッ…そう簡単に捨てられるものじゃない。君は捨てたつもりだろう……でも、本当にそうか?」
「……」
本当に捨てられたのだろうか。だったらこの胸の痛みはいったい何なのだ?
「よく考えてみろ。本当に感情がないのなら、どうしてすぐにあの魔族を殺さない?君ならあっという間にできるはずだ……どうして怪我をした僕と話をしている?放っておけばいいはずだ」
シエルの言う通りだ。俺は、ずっと迷っている。それは誰も傷付けたくないからだ。倒れた仲間や捕まった仲間を、助けたいからだ。
「ほらな。魔術なんて、解釈ひとつで効果が変わる不確かなものなのだよ、レオ」
血だらけのシエルが、フッと表情を緩めて笑う。そして、そのまま力なく瞼が閉じる。
「シエル!!」
咄嗟に体を揺さぶった。怪我人にそんなことしていいわけないのだが、何も考えられなかった。
「シエルッ!おい!シエル!!」
今まで生きてきた中で、最悪な場面は色々あった。もちろん幼少期のアレ。それからアイリーンが死んだ時。あとは、まあ、それなりに色々あったが。
シエルが死んだ?
まさか。ありえねぇ。冗談だろ。
そんで同時に気付いた。
というか、体や頭が思い出した。
俺の感情は、本当に消えたわけではないらしい。
今感じているものが感情だ。悲しみ、怒り、どうしようもないほどの絶望感。腐れ縁だなんだとお互いに付かず離れずの付き合いをしてきたはずのシエルは、俺の腕の中でクソほど血を垂れ流し、まるで死んだみたいに青い顔をしている。
「ハハッ!お前の言う通りだ、シエル……解釈ひとつで魔術なんて都合の良い方に変えられる。そんなこともわからないなら、感情はあった方がいいようだ」
思わず乾いた笑みが漏れた。いつのまにか、イリーナがそばにいた。〈空絶〉を解いて駆けつけてくれたようだ。
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