第144話 地下聖域7


「レオ?シエルが……」

「ごめんな、イリーナ。俺は間違ってた。無くしていいものなんてないんだな」

「えっ、ちょっと!?」


 俺はシエルのぐったりした体をイリーナに押し付けて立ち上がる。


「思い出した。俺がどうやって闘ってきたのか。シエルの言う通りだ。俺はクズで、クソ野郎だから、いつだって思い通りにしてきた」


 力が及ばなくて悔しい思いをしたこともあった。


 命を落としたもののために祈ったこともあった。


 救えた人に感謝されたことも……少ないけどあった。


 そういうことを全て無かったことにして、いいわけがないのだ。


「さて…俺は今久しぶりに怒り狂いそうなんだが。まあでも、土下座して命乞いするってんなら、命まではとりはしない」


 ローブの集団を見回して言った。


「関係ない!我々は目的を果たす!」

「やれるもんならやってみやがれ!!」


 その瞬間、円形広間が淡く光を放った。ローブの集団が一斉に詠唱を始めたからだ。


 同時に、黒いドロドロの魔族が両腕の刃を振り上げて距離を詰めてくる。


「フッハハハ!!この俺様に、お前ら如きが敵うはずないだろう!!」


 俺は体内の魔力を最大限に練り上げ、同時に5つの魔術を発動した。


 一つはリアたちを守るもの。二つ目はイリーナとシエルを守るもの。三つ目はこの地下空間を保護するもの。


 それから、『ベルム・デウム』のヤツらを気絶させた上で、黒い魔族を消し炭にする魔術だ。


「最初からこうすればよかった。俺には、全部守りながら敵を倒すことだってできるんだからな!!」


 瞬間的に、円形の広間が閃光に包まれる。目を開けていられないほどの光は、生み出した火球の温度が1000度を超えているためだ。


 本来なら岩肌が溶け出すような温度だが、広間は俺の魔力でしっかり保護されている。


「いい加減に消えろ!!」


 叫ぶと同時に、その火球を魔族へ放り投げる。


 魔族はいつも通りに火球を吸収しようとした。その場に立ち尽くしたまま、吸収できると思ったようだ。


 だがそれは間違いだ。火球に込めた魔力は、魔族のそれを上回る。当然吸収しきれはなしない。


 気付いた魔族が数歩後ずさる。が、そんなことで避けられるわけもなく。


「消え去れ!!」


 火球は、魔族とブチ当たって弾けた。轟音と爆風が広間を満たす。


「ヒッ!!」


 イリーナが小さく息を飲んだ。ギュッと目をつぶって、動かないシエルを抱いたまま身を縮こまらせている。


 熱波を伴った爆風は、自分で言うのもなんだがすごい威力で、俺は歯を食いしばって広間を魔力で覆っていた。


 自分の魔力を自分で受け止めるなんてこと、今までやったことはない。さすが俺だ。最強。というか俺強すぎね?


「ぐおおおっ、爆風ぅう、おさまれぇえええ!!」


 思わず唸った。しばらくして、広間はもとの静けさへと戻った。


 魔族がいたところには、黒い影のみが残っていた。そして、広間の端には黒い煙をプスプスとあげるローブの集団が転がっている。


「ふう…おい、大丈夫か?」


 一息ついて声をかけると、リアやミコ、エナが顔を上げた。


「だ、大丈夫…」

「死んだと思ったあああ」


 さすが学院生。スーツのおっさんらは未だビクついているにも関わらず、彼女らの立ち直りは早かった。


 無事を確認して、次に目を向けたのはイリーナの方だ。


 地べたにペタリと座り込んだイリーナの膝に、頭を乗せて横たわるシエル。


「レオ……シエルが……」


 イリーナが震えた声で呟く。出血のせいで青くなった顔は、とてもじゃないけど生気は感じられない。


「バカなヤツ。俺のために、わざわざ危険なところに飛び込んでくる必要はなかった」


 もしあの時、シエルが飛び込んでこなかったら。


 俺はまた大事なものを無くしていたかもしれない。


 解釈ひとつで魔術の効果は変わると、シエルは言った。思い返してみると、ロイネはあの時こう言ったのだ。


『対価はあなたの感情。あなたの寿命と引き換えに預かっておくね』


 俺はそれを、永遠に失うものだと思った。あの時の俺は冷静じゃなかった。普段ならまず疑い、考察するところだ。


 そして改めて思い知った。詠唱や円環に定義されない固有魔術は、なんと不確かで曖昧なものなんだと。だからこそ自由なのだが、時にこうした解釈違いを生み出す。


 今ならロイネの思惑が手にとるようにわかる。命を惜しんでまで闘う理由を、ロイネは思い出させてくれようとした。ただ強ければいいんじゃないことを、思い出させてくれた。


 気付くのに遅れた結果、シエルという友人を失ったが。あまりにも大きな代償だ。


「シエル…あたし、あんたのこと本当は嫌いじゃないわ。魔族とか人間とか関係なく、あんたの性格は割と好きだった」


 と、イリーナが褒めているのかどうなのかわからないことを言う。


「ヨエルのことは任せろ。俺が責任をもって幸せにしてやるからな」


 それが俺にできる最大の償いだ。ヨエルに事情を話すことを考えると、今からとても気が重い。俺のせいで、たった一人の兄を失ったのだから。


 俺もイリーナも、ただシエルの青い顔を見つめていた。出会った頃のこと、共に荒野を駆け回り、魔族を倒したこと。シエルは人間のように振る舞うのが好きで、俺たちは報酬で貰った酒を夜通し飲んで騒ぐなんてこともした。


 神経質で細かいことを気にする性格は面倒だったが、誰よりも自分を見せてきた相手だった。


 誰かを失って涙が出たのは、アイリーンの時以来かもしれない。


 ぼろぼろの制服の袖で、恥ずかしながら涙を拭った、その時だ。


「ブフッ!!」

「え?」

「は?」


 死んだはずのシエルが、思っクソ吹き出した。


「ク、ククッ…アハハハハハッ!ヒーッ、イヒヒ!!」


 両腕で腹を抱えて笑う、笑う、笑う。


「残念だけど、僕は生きているよ…ブフッ!…あんまりにも悲しんでくれるから、目を開けるタイミングを見失ってしまった」


 俺もイリーナも、ポカンと口を開けて放心状態だ。いったい何が起こった!?


「レオが泣き出したのでもう限界。君、泣くほど僕のことが好きだったんだね」

「うるせぇハゲ!!泣いてねぇ!!」


 慌てて目元を拭ってシエルを睨みつける。


 コイツ…絶対に許さねぇ!!


「それにイリーナ…君はああ言ってくれたけれど、僕は君が嫌いだ」

「うるさい!あんなの冗談よ、バカァ!!」


 イリーナが顔を赤くして叫び、シエルの体を突き飛ばした。シエルは、やれやれと言って立ち上がり、ニコリと微笑んだ。


「君が元に戻ってよかったよ。随分と苦しそうだったからね……冷静さを欠くほどに」

「それはホント、迷惑かけて悪かった」


 よく考えてみれば、魔族であるシエルがあんな一撃喰らっただけで死ぬわけない。ただ、あの瞬間の怒りが無ければ、俺は感情を取り戻すことができなかったかもしれない。


 きっとシエルなりに、色々考えてやったのだろう。方法は最悪だったが、結果オーライということだ。


「僕、役者にでもなろうかな?」

「勝手にしろよ……」


 ともかく、最悪の事態にはならなくてホッとした。


「でも、本当にシエルが無事で良かったわ。その…あんたには借りがあるから……」

「気にしないで。結果的にレオを元に戻すことには成功したんだ、君は君のできることをすればいい」

「おい、なんの話だ?」

「レオが冷酷で冷徹な魔術師をやっているときに、ちょっとね」

「言い方にトゲがあるぞ!!」


 シエルは、意外なことにイリーナへニッと笑ってみせた。


 俺の知らないところで、どうやら何かあったらしい。大方ロイネとの一件を話したのだろう。イリーナは俺の変化に気付いていたようだし。


 と、そんなことより。


 広間へと続く横穴のひとつから、バタバタと駆けて来る足音が響いてきた。


 知らせを受けた協会の魔術師でも駆けつけたんだろう。


「さて、僕はそろそろザルサスの屋敷に戻るよ。見つかったら面倒だし」


 そう言い残し、シエルの姿が描き消える。相変わらず淡白なヤツだな、と思っているところに、クラスの担任と協会の魔術師が数人駆け込んできた。


「みなさん!大丈夫ですか!?」


 担任の声に、エナたちが答える。その様子を遠目に、俺は地面に座りこんだ。少し魔力を使い過ぎたのと、出血の所為でフラフラだ。


「レオ、大丈夫?」

「問題ない……と言いたいところだが、疲れたあああ」


 項垂れる俺に、イリーナは嬉しそうに笑う。


「よかった、レオがもとに戻ってくれて。あたしには何もできなかったけど」

「そんなことない。気を遣って街へ連れ出してくれたのはわかっていた。ただ、どう反応するのが正解かわからなかったんだ」


 でも今ならわかる。イリーナの優しさに、答えられなかった自分が嫌になる程に。


「なあ、イリーナ」

「ん?」


 魔術は芸術だ。人の心を動かすことができる。そして、そんな魔術を使う俺たちは、たしかに心のある人間だ。


 人と関わりを持つことで、魔術は最大の効果を生むのだ。


「俺の話、聞いてくれるか?」

「……いいわよ。なんの話?あたしは、あんたの辛いことも楽しいことも、全部聞いてあげるわよ」


 だから、とイリーナは続ける。


「感情がない方がいいなんて、もう考えちゃダメだからね」

「おう」


 正直気恥ずかしい。でもイヤじゃない。


 極寒の雪山のようだった心が、本来の色を取り戻したようで、俺はなんだか清々しい気分だった。

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