第38話 拠点奪還作戦①


 そこには、ひとりの魔族の男がいた。


 魔族は人間の住めないような秘境に独自の城を持っている。


 人間のようにコミュニティを形成せず、気に入った地に、気まぐれのように住みつく。


 にもかかわらず、魔族には人間でいうところの貴族制度があり、特に人型の魔族ほどその階級に沿って生きている。


 その男には階級はおろか、自身の城もなかった。


 降って湧いたかのように、突然現れた男は、腰まで伸びた金の髪を風に靡かせ、唐突に笑い出した。


 何もない平野の中心。


 もし近くを通り過ぎた者がいるとすれば、あまりの声量に腰を抜かしただろう。


 それくらいの、腹の底から湧き出すような笑い声だった。


「やっと…やっと出られたぞ!!」


 一通り笑うと、男は叫んだ。喜びと活力に溢れた声だ。


 俺は自由だ、と、心の底から喜びを表現する。


 男は行動を開始する。


 ただ一つの、原理に沿って。


 魔族なら誰しもが持っている、支配欲という名の荒く熱い思いだけを持って。







「バッカモーーーーン!!」


 会議室を振るわせるくらいの大きな声で叫んだのは、魔道具である身の丈くらいある木の杖を振り上げたザルサスだ。


「イッタアアアアッ!!」


 振り下ろした先は、もちろん俺の頭の上。


 一瞬目の前にキラキラと星が飛んだ。本当に痛い。


「このっ、お前はっ、本当にっ、どうしようもないっ、やつだのっ」


 単語の区切りに合わせて、全身を小突き回される俺は、ザルサスの前に正座させられている。


「イッ、ちょっと、まっ、待って!俺のっ、話を聞けよジジイったああい!?」


 二発目の暴力が襲う。


「うるさいわい!お前の話を聞いても良いことはないとワシは学んでおる!前なんかほれ、どうしても欲しい魔道具があるとか言って可愛くおねだりしたかと思っとったら、全額カジノでスリやがったの、ワシはまだ許しとらんぞ!!」

「可愛くおねだりしたつもりはないけどその件は謝っただろ!」

「それだけじゃないわい!彼女とデートすると言って小遣いを強請ってきた時は、デートじゃなくてキャバクラへ行っておったことも知っとる!」

「え?マジで?それは知らんかった。つか、その前に俺は女の子多い方が盛り上がるんだ。彼女なんか作るわけねぇだろ」


 ザルサスがまた杖を振り上げた。身構える俺に、でも杖は降ってこなかった。


「はぁぁぁああ。ワシはなんでこんなヤツに育ててしまったんだ……」


 本気の嘆きだ。俺でも少し同情する。


「まあ、人生色々あるだろ?特にザルサスくらい長生きするとさ、間違いのひとつやふたつあるんだから気にするな」

「お前に言われたらワシはもう終わりだ!!!!」


 えぇ……


 せっかく慰めてやったのに。


「まあそれはもうよい。お前を呼び出したのは、」

「アイザックの事だろ」


 そう言うと、ザルサスは深く頷いた。


 今、この四階会議室には俺とザルサスしかいない。


 だから話の内容も、誰にも聞かれる事はない。


「俺が知っているのは、特級魔術師の中に魔族と繋がっている奴がいるってことだけだ」

「それはワシもわかっていた。任務の事や、協会の運営に関わる情報が漏れている事があったからの」


 聞くところによると、俺が協会をクビになる少し前から、急に魔族や魔獣に勝てなくなったそうだ。


 常に何処かで任務をこなすだけの俺は知らなかったが、バリスが色々調べて教えてくれた。


「それが誰なのか、どれくらい関わっているのかは、ワシも調査中だが…レリシアとアイザックの話を聞くに、どちらも深くは知らんらしいのう」


 特級魔術師を捨て駒にするなど、一体どんな奴なんだと思う。


 まあそりゃ、12人もいるわけだし、腹の底をうまく隠す魔術師の事だから、誰が何を考えてるかなんて知りようがないのもたしかだ。


「俺を殺したいってのは明確だけどな」

「そのようだのう」

「正直俺はあんたが黒幕かなって思ってたんだが」


 言い終えるやいなや、ザルサスがガッハッハと豪快に笑い出した。


「お前、ワシを疑っていたのか?」

「そりゃこんな事されたら、誰だってあんたを疑う」


 言いながら袖をめくると、いつもの如くそこは禍々しい痣が浮かんでいて、徐々に消えてはいるけども気になって仕方がない。


「そんなに広げよって……死にたいみたいだのう」

「死にたくはないが、死んで欲しいと思ってる奴が多くて大変だ」


 そこでザルサスの瞳が険しくなった。


「魔族と繋がっておるのは、お前もじゃないのか」


 おっと、その話は言ってなかった。


「それは言えない。俺を疑うのなら好きにしてくれ」


 シエルとの契約の話は、これ以上誰にも言う気はない。俺たちの目的は、人類を救うとか、魔族を根絶やしにするとか、そんな大きなものじゃないからだ。


「庇えなくなるぞ」

「わかってる。危ないと判断したら切ってくれて構わない」


 それがザルサスの…協会トップの仕事だからだ。


「それで、封魔を解いてくれる気はないんだな?」


 一応確認だ。俺が狙われているのは、ザルサスも十分わかっただろう。それならと思っただけだ。


「悪いが、それを解くのはワシひとりの判断では難しい」

「わかってるよ。ジジイも板挟みで大変だな」

「お前に同情される事ほどシャクに触ることはないわい」


 それで俺とジジイの話は終わりだ。


 要するに、俺はこのジジイを割と信頼している。いざとなれば、何も言わずに最適の判断を下してくれるだろうとな。


 会議室を出る前、一瞬見えたザルサスの瞳が悲しみに揺れているのを、俺は見なかったことにした。


「キッチリ絞られてきたか?」


 廊下に出ると、壁にもたれて腕を組んだバリスがいた。並んで廊下を歩く。もうこんなところに要はない。


 俺を呼び出し、ジジイの前に引っ立ててきたのはコイツだ。


「それはもう、怒鳴り散らされたよ」

「ハハッ、いい気味だぜ」

「でも、会議室に怒鳴り込んだ俺カッコよかったろ?」


 バリスはめちゃくちゃ大きなため息を吐いた。


「カッコいいもクソもない!ライセンスカード紛失で、オレまで減給だ!」

「そりゃ良かったな」


 そのままダンマリで階下へ向かい、ロビーに着くとバリスは仕事だと言ってカウンターへ向かった。


 俺はこのままバックれようかと思ったが、金も無ければ制服を着ていることもあって、大人しく学院へ戻ることにした。


 ちょうど昼休みで、学院生はそれぞれお昼の時間を楽しんでいた。


 正門前の中庭にはベンチがあって、購買で買った昼食を食べるものもいれば、飽きもせず魔術の練習をしているやつもいる。


「あ、レオ!おかえり!」


 手を振って呼んでいるのはイリーナで、その側にはリアとユイトもいる。


「何してんだ?」

「天気もいいし、たまには外でご飯にしようってことになってね。ちょうど購買で色々買ってきたの」


 合流すると、たしかにずいぶん買い込んだようで、ベンチの上に菓子パンやお菓子の袋がならんでいた。


「ピクニックみたいでしょ!」


 リアが苺味のチョコパンを手に取って言った。薄桃色の髪と苺が最高に可愛い。


「ピクニックってもなぁ、学院の中っていうのが、残念だよなぁ」

「ユイトは細かいこと気にしすぎ!いいの、気分さえ変えられたら!」

「菓子パンと菓子でピクニックってのも、ようわからん」


 それは俺も同感だが、女子が楽しいのならそれで良い。ユイトはもう少し大人になれよ!


「レオはどれにする?」

「俺、は……」


 と、並べられた物を一通り見るが、こっから選べと言われると困る。


 総じてチョコ系なのだ。


 俺としては、もう少し塩気が欲しい。


「ほらみろ、レオだって悩んでるだろ!つか誰だよこんな糖質爆上がりしそうなのばっか選んだの?絶対太るぞ」


 あっ、と思った時には遅かった。俺でも言わなかった事を、ユイトが言った。


「あれ…どうした、みんな」

「ううううう、そんなの言われなくてもわかってるわよ……どうせデブまっしぐらよ……」


 イリーナが呪いの言葉を聞いて壊れた。


「イリは大丈夫だよ!ちょっとくらい食べたって平気なんだからね!!」

「リアはあたしより食べるのに太らないよね……」

「えぇ、そ、それはその、体質かな?あはは……」


 リアがより酷な事を言う。無自覚ならものすごいクラッシャーだ。


「レオはどうなのよ?あんたでも太るの?」

「俺?」


 なんで男の俺に聞くんだ?


「俺は……悪い、あまり変わらない」

「もう!ムカつく!!」


 今度は怒り出すイリーナだ。


 つかそもそも、イリーナはそんなに太ってない。


「俺はアリだけどな、イリーナ」

「ブフッ!?」

「ちょ、レオ?どうした?」


 菓子パンを齧ったまま咽せるイリーナと、戸惑うユイトだ。


「いや、女子はムチっとしてるのもいいだろ?あ、もちろんイリーナの顔はナシだけどなぐはあっ!!」


 イリーナのグーパンチが顔面にヒット!!


「顔がナシってどういうことよ!!」

「俺の好みじゃなああああ痛っ、スネを蹴るな!!」

「うるさい!死ね!クズ!」

「スネはやめっ、やめてって言ってんだろこのブスが!!」

「ひっどい!女の子に向かってブスなんて!!」 

「事実だろーが!スネガシガシ蹴ってくる女なんか大抵ブスだろ!!」


 むきゃあああっと怒るイリーナに、俺も負けてない。むしろ負けるもんかと言い返す。


 俺たちの攻防は昼休みいっぱい続いた。

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