第98話 フェリル防衛戦13


 ジャスの〈転移〉は、南方の的確な位置にしっかりと俺とピニョを送り届けた。


 事前に地図上で場所を把握していたのだろう。案外真面目なところがあるんだなぁ、と感心すると同時に、的確な場所すぎて思わぬ弊害にあった。


 というのも、ジャストな感じで特級魔術師のテントへと移動したのだ。それも、バリスの目の前に。


 目の前に、は偶然だったのだろうが、筋骨隆々な胸板突然視界を遮ってものすごく驚いた。


「っうわ!バリス!」


 驚いたのはバリスも同じだった。


「おまっ、なんだ!?」


 バリスが声を上げたのと、ジャスが俺の横で荒い息を吐いて膝をついたのは同時だった。


「ああぁぁ…も、ムリ……」

「ジャス、サンキュな。意外に真面目なんだな、お前」

「まあな…これでも初めはちゃんと魔術師やってたんだぜ……」


 今現在は真面目じゃないと自覚があるようでなによりだ。


「おい!んなことより、レオ。なんでお前…ここにいる?北門はどうなった?」

「この通りクソみたいにボロボロなんだから察しろよ」


 そう言うとバリスが引きつったように表情を歪めた。


「……ならいいが、なぜこっちに?」

「んなのこっちの魔族をぶっ殺す為に決まってるだろ!!」


 相手がアウリーン家の魔族なら、バリスたちには少し荷が重い。


 ロニヤはただのメイドだったが、アウリーンの直系魔族は、シエルに及ばないまでも結構有力な貴族だ。


 それに、この襲撃自体バリス達には関係ない。


「魔族の狙いは俺だ。なら俺自身が相手してやるのがスジだろ」


 バリスがハッと息を飲む。パトリックとネイシーも、聞き耳を立てていた。


「だったら尚更、お前が出て行く必要はないだろ。命を狙われているとわかっているのに、ましてそんな状態で、本当に死んだらどうするんだ!?」

「その時はその時だ。後はバリス達に任せる」


 自分勝手だとか、無責任だとか、そういうのは言われ慣れている。


 そして俺を止められる奴なんていない。


「チッ!だったらオレも戦う。最強の魔術師に死なれちゃ困るからな」

「バリス……」


 ちょっと感動した。勝手にしろと言われても仕方ないと思っていたから。


「あたしたちも行くわ。あんたの事情は知らないけど、あたしだってこの国の特級魔術師よ」


 ネイシーがそう言うと、パトリックも頷いた。


「勝手にしてくれ。死んでも俺の所為にするなよ」


 俺がそう言うと、みんなニヤリと笑う。


「そのセリフ、あんたにそのままお返しするわ」


 そんなわけで、俺たちはいよいよ、魔獣の大群へと総攻撃を仕掛けることになった。


 作戦なんてものはない。


 立てたところで無駄だからだ。


 特級魔術師は協調性もクソもない変人ばかりで、結局自由にさせておくほうが効率がいい。


 それから一時間ほどで、バリスは最低限の準備を整えた。


 作戦なんて関係ないと言っても、一級以下の魔術師をそのまま放置しておくわけにもいかない。


 彼らにはそれなりの指示が必要だし、特級の魔術に巻き込まれないよう、最低限持ち場の確認くらいは伝えなければならない。


 その待ち時間は、まあまあ俺にとって有意義だった。


「レオ様、バリス様がそろそろですと……」


 特級魔術師のテントで、簡易的なテーブルに突っ伏したまま目を閉じていたところ、ピニョがそっと声をかけてきた。


 僅かな休息だったが、それでもないよりは良かった。ピニョが頑張って回復してくれていたこともあって、左腕の怪我と肋骨の骨折はほとんど治っている。


「ん」

「レオ様、ムリはしないでくださいです」


 心配でたまらないといったピニョの顔を見て、フワッとした頭を撫でる。いつもはそれで、いつものピニョに戻るのだが、今日は不安が抜けないようだった。


「どうしたんだ、ピニョ」


 ピニョはドラゴンだ。この世の魔術的な生物の頂点に位置するドラゴンは、俺たち魔術師には到底理解できないような不思議の中で生きている。


 そんなピニョの、どこかソワソワと落ち着きなく、あたりを油断なく見ている様子に、俺も一抹の不安を覚えないわけもない。


「なんだかとても、イヤな予感がしますです……レオ様…ピニョはレオ様のお側にいますです。ずっと。ピニョを置いて行かないでくださいです」


 そんな気はないのだろうが……


 まるで俺が死ぬみたいだな、と思った。


「大丈夫だ。俺がお前を置いてくわけないだろ?便利な下僕なんだからな」

「はいです……」


 仕方ないなぁ。


「おいで」

「ふにゃ!?」 


 驚くピニョを引き寄せ、軽く抱きしめる。まるで妹みたいだ。シエルもこうやってヨエルを抱きしめているところを何度か見たことがあるが、確かに少し心が癒される気がしないでもない。


「レレレレ?レオ様!?あわわわ…幸せですぅ…」


 フニャッと脱力したピニョの頭をもう一度撫でてから、ポイッと地面に投げた。


「はいお終い。さて、行くか」

「ななな、なんという短い幸せタイムだったのでしょう!?」


 オロオロするピニョはさて置き、俺はポケットからダミアンに貰った薬をひとつ取り出す。一日に二本使用するのは初めてだし、多分ダミアンは怒るだろうが……背に腹は変えられない。


 空になった小瓶をなんとなくテーブルに置く。それは、置き方が悪かったのか、カタカタと音を立てて倒れ、そのまま転がってテーブルから落ち、小さな破壊の音を立ててた。






 表向きフェリルの防衛という名目で、魔獣との戦いは始まった。


 その場にいる魔術師の誰もが、それがフェリルを守る為であると信じている。


 その中で、特級魔術師たちだけは、この戦いがレオを狙ったものであると知っている。


 バリスは次々迫りくる魔獣を、ガントレットを嵌めた拳を振って殴り飛ばしながら思う。


 たった一人の魔術師に、魔族はここまでの戦力を出してきた。魔族たちは、それほどレオを恐れ、評価しているという事だ。


 強さを求めた結果得た特級魔術師という地位にいながら、それでもそのレオの強さに興味が湧き、憧れないわけがない。


 しかし、とバリスはまた新たに思考を巡らせる。


 ザルサスがわざわざレオを軍部に入れて匿ったはずなのに、やっぱりというか、レオはこの前線へ出てきてしまった。


 トラブルがレオを呼び寄せているのか、レオがトラブルを呼び寄せているのか。本人はどちらでもいいのだろうが、周りの人間からするといい迷惑である。


 どちらにしろ、放ってはおけないのだ。


「バリスッ!」


 唐突にレオの声が聞こえ、反射的に後方へ大きく回避する。獣化したバリスの脚力は、魔獣を飛び越えて数メートル後方に余裕を持って着地。


「〈剣尖の刃、鎌鼬の如く、切り裂け:風双破〉」


 レオの放った攻撃が、もともとバリスがいた場所を直撃。密集していた魔獣を尽く八つ裂きにした。


 人型の魔獣の手足が胴体から離れる様は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。歪な穴の開いただけの顔面が、心なしか苦痛に歪んだように見える。


「なんか考え事か?」


 バリスの隣へとやってきたレオが言う。


「まあな。これが終わったら、お前を一発殴ろうかと考えていた」

「なんでだよ!?」

「お前の所為で大変な目にあっているからだ!!」


 戦場の、ひとときの安らぎにと言った冗談だったが、その言葉が思いの外レオの表情を凍らせてしまい、バリスは自身の浅はかさに閉口した。


「悪りぃ」


 近付いた魔獣を一体、黒い刃を振って葬ったレオが、ポツリとそれだけ溢した。


 いつになく愁傷な態度に、バリスは違和感を覚える。


 自分たちの後方では一級以下の魔術師たちが、上手く連携をとって魔獣を倒し、同じ特級魔術師は少し前で全霊を奮っているこの状況で、お喋りに興じている暇はないのだが、バリスは必死に話題を変えなければと思った。


「そういや…お前のトモダチはどうした?」


 もちろんそれは、何度か顔を合わせたシエルのことだ。ここまで大規模な戦いなのだから、シエルはレオに情報を渡しているのだろうかと考えた。


 しかし、これもまた、要らぬ発言であったようだ。


「シエルとはしばらく会っていない。なんの音沙汰もない」

「はあ?」


 これまで幾度となく助けに来てくれたという魔族の彼が、音沙汰なしというのはおかしい。


 バリスは魔族を信用していないが、魔族にとって自身の分身でもあるという魔剣を一本渡してしまう程には、シエルとレオは信頼しているはずだ。


 裏切り…ではないだろう。


 なら考えられるのは、シエル自身が危機にあるということか。


「助けに行くのか?」


 そう問えば、レオは少しも表情を変えずに答える。


「いや。俺にとってはフェリルの街を守ることが最優先事項だ。シエルは自分でなんとかできるだろ」


 割と強いしな、と呟く声は、まるで自身に言い聞かせているようだった。


 それほど信頼しているのだとバリスは思う。


 バリスは思わず、早く行ってやれと言いそうになる。この国はレオを切り捨てようとしている。そんな国を、健気に守る必要があるのかと、そう問いそうになる。


 しかしそんな事を言っても、人間であるレオに魔族の世界にも居場所はない。人間にも魔族にも狙われ続けるレオは、この先どうなってしまうのだろうか。


 人々に羨望の眼差しを向けられ、期待を込めてその名を呼ばれる最強の魔術師は、最強であるが故に孤独なのだろう。


「なにらしくない顔してんの?プロテイン飲み忘れた?」

「うるせぇ!!プロテインなんかに頼ってねぇよ!!」


 思わずいつものように言い返す。


「どうせバリスは筋肉しか取り柄がないんだから、あんまし考え込まない方がいいぜ」

「お前にだけは言われたくねぇよ!!」


 レオがニッと笑う。妙に整った顔に同じ男として少し苛つく。モテるのもわかるが、性格を知っているバリスからすると憎たらしいガキだ。


「んま、俺がなんとかしてやるから心配すんな!!」


 そういうと、レオが徐に剣を持っていない左手をあげる。


 魔力が練り上げられるのがバリスにもわかった。


 レオほどではないが、バリスにも魔力を可視化して認識することができる。それは強い魔力ほど鮮明で、『金獅子の魔術師』の魔力はその名の通り黄金に光り輝いている。


「〈天を駆るは雷光、静寂の水面、映せしは灼熱の業火となれ:流雷炎波〉」


 性格に似合わず、それはいつ聴いても美しい歌のようで、同じ魔術師なのにどうしてこうも違うのかと不思議に思う。


 三色の複雑な輝きを放つ巨大な円環が、前方を埋め尽くす魔獣を囲む。


 そこで、レオが顔を歪めた。口の端から顎を伝った血が地面へ滴る。皮膚をマダラに染めるアザは、緩やかに死を招く呪いだ。それは今、指先や頬にまで広がっている。


 一瞬の間を開け、魔力が爆発する勢いで魔術を発動させた。


 円環の中で、激しい爆発が起きた。咄嗟に耳を塞ぐが、獣化したバリスの聴覚は異常に高い。頭が痛くなるほどの爆発音だった。


 レオならば、それが水を電気によって分解し火をつけたことによって起こった爆発だと説明しただろうが、バリスにそんな頭はなかった。


 大地をも抉った大爆発は、大量の土塊を飛ばし、多くの魔獣の肉片とともにあたり一面に降り注いだ。


 同時に、目の前でレオが地面に両膝をついた。ゲホゲホとむせるたびに大量の血を吐き出す。


「おい!無茶苦茶やってんじゃねぇよ!!」


 耳鳴りに顔を歪めながらバリスが慌てて駆け寄る。


 肩を支えると、苦しそうな息遣いと大量の脂汗を流し、それでもレオはバリスの腕を振り払った。


「フハハッ!後一発でもブチ込んでやったら、魔族もいい加減出てくるだろ」

「笑ってる場合かよ!?」


 自身の状況がわかっていないのか。その笑顔が恐ろしい。


「君の仕業かな?」


 爆発によって数は減ったが、未だに多くの魔獣が向かって来るなかを、パトリックとネイシーがこちらへやってきた。


 二人ともまだ涼しい顔をしているが、通ってきた道には魔獣の死骸がゴロゴロと転がっている。


 そして、集まってきたのは特級魔術師だけではなかった。


「殺してやるッ!!」


 殺意のこもった怒声。放たれたのは特大の火球だ。


「〈空絶〉」


 パトリックが風の防壁を築いて弾く。そこへ、今度は大量の石礫が飛んでくる。当たれば簡単に身体を貫くほどの速さのそれらを、パトリックがなんなく防いでしまう。


「魔族のお出ましいのようだね」

「思っていたほど魔族っぽくないわね」


 やってきた魔族は、大人しそうな青年の外見をしていた。


 レオやシエルよりは少し歳上だが、バリスやパトリックよりもずいぶんと若く見える。年齢というよりも、雰囲気がどこかナヨナヨとした印象を与える。


「ロニヤを…大切なメイドを殺した!許さない!!」


 憎悪の籠もった視線は、真っ直ぐレオへ向けられている。だが、先に仕掛けてきたのは魔族の方だ。恨むのならこの戦いに大切なメイドを連れてきた自分だろうとバリスは思う。


 バリスは自然と、魔族とレオの間に入った。


「余計なことするなよ」


 レオは舌打ちを溢してそう言うが、もはや戦わせていい状態ではないことは明白だ。


「お前は黙ってそこにいろ!ピニョ、そいつを少しでも動かしたら怒るぞ!!」


 近くを飛んでいたピニョが慌てて降下してきて、人の姿に戻った。青い顔でコクコクと頷くと、スッとレオの側へと寄り添う。


「まあいいや。そいつはアウリーン家の現当主だ。実力はあるがヘタレだからと、なかなか有力貴族になれない落ちこぼれだ」

「っ!!殺してやる!!」


 レオの言葉が図星だったようで、その魔族は顔を紅潮させて怒鳴った。方やレオの方は、未だに苦しげに息をしながらも、相手を見下したような嫌味ったらしい笑顔を浮かべている。


「もうお前は黙れ!」


 呆れていいのやらなんなのやら。


 バリスはそんなレオを一喝して、魔族へと向き直った。魔力量では五分五分。ならば、こっちははなから全力で獣化の力を解放して叩き潰す。


 バリスにはレオのように細やかな技術も知識も無いが、瞬間的な近接戦闘ならば魔族にも引けを取らない。だからこその特級魔術師なのだ。


 いける、と自身に言い聞かせる。同時に全身へ魔力を行き渡らせる。獣化の特徴である狼の耳と尾の毛が鋭い魔力に反応して逆立った。


「ッウルァ!!」


 地を蹴って跳躍する。空中に浮かぶ魔族へと、鋭い拳を突き刺す。魔族はそれを悠々と避けるが、バリスのスピードに少し驚いたようだった。


 空中で反転したバリスは、眼下にレオとピニョ、二人の特級魔術師を確認した。近付く魔獣を、パトリックが押しつぶし、また新しく肉片が散らばる。


 レオはそのまま放置しておいても問題なさそうだ。動けないようだが、特級が二人も近くにいる。先ほどの爆発と、少し離れたところで戦う魔術師たちのお陰で、魔獣の数も幾分か減った。自分はこの魔族を倒すことに集中すればいい。


 そう判断した、そのすぐ後だった。


「レオ様!!」


 魔族と数回接敵し、放たれる魔術をかわして隙を伺い、さらに肉弾戦を仕掛けるバリスの耳に、ピニョの甲高い叫び声が届いた。


「ピニョ、さがれ!!」


 続いて叫んだのはレオだ。いつになく必死なその声にバリスは戦闘中にも関わらず思わず視線を向けた。


 そして、その視線の先。


 距離にしてたったの6メートルほど先で。


 ネイシーの細く長い刺突用の剣が、レオを庇って立つピニョの胸を貫いている光景が目に飛び込んできた。

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