第127話 死者5
☆
身体に重くのしかかる暖かさと、背中にあたる冷たい硬さに挟まれて目を覚ます。
ピニョが俺の身体にピッタリ密着して寝ていた。ちょうど顎の下にピニョの頭頂部がある。
それを振り解いて見を起こす。硬い木の床で転がっていたからか、身体が痛かった。
「やっと起きた」
ホコリの漂う薄明るい部屋は、数歩も歩けば四方の壁にぶち当たるほど狭く、中を照らす微妙な明るさはドアの隙間から僅かに漏れる陽光だ。
そんな物置小屋のような場所で、壁に持たれて座り込むシエルが言った。
「レオ、何があった?」
「何って……」
ああ、思い出した。
同時に、緩慢な動作で持ち上げた両掌を見つめる。
「ハハ……俺、今までどっかで、魔力のない人間を見下していたんだな」
「レオ。君の魔力は、」
「ロイネに奪われた。多分、固有魔術を維持できなくなってきたんだろうな。ロイネの固有は交換することだと言っていた。対価を払い目的のものと入れ替える。その力で、俺の魔力を何かと引き換えに奪ったようだ」
完全な喪失だ。
『クラウフェルト製薬』の作った薬を打たれた時には、魔力はあっても使えないという状況に焦った。
〈封魔〉で抑え込まれたときは、別に制限があっただけで使えないことはなかった。
今回のこれは、マジでシャレになんねぇ。
「取り返さないと」
シエルがポツリと溢す。ピクリと頬を痙攣させているから、相当お怒りなことがわかる。
「ムリだ」
自分の発した声が、とてつもなく弱々しかった。
「……君にしては、随分と弱気だけど」
「そりゃ弱気にもなるさ。なんていうか、丸裸で放り出された気分だ」
魔力が全くないというのが、こんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。無防備にも程がある。
呼吸すら億劫な気がする。動かす手足も、いつもより随分と重く感じた。
見える景色は…といっても、狭い小屋だが、それでも色素がいくつか認識できなくなったような不自然な世界を映している。
魔力持ちは常に身体の中を魔力が流れ、自然とその恩恵を受けているのだというが、無くしてみて初めてわかった。
「シエルが普通の人間に見える」
「僕も、レオが普通の人間に見えるよ。でもそれは、魔力による視覚情報じゃなくて、君が弱気だからだ」
んなこと言われてもなあ。
「こんな状態で、特級のロイネに挑むなんて無謀だ。それにアイツ、今は俺の魔力も持ってるんだぜ」
「でも取り返さないと、君は惨めなままだ」
「俺に死ねって言ってんのかよ」
しまった、と思った。
これじゃあまるで、俺が死ぬことを怖がっているみたいじゃないか。
魔力という希望がなくなってしまうと、とたんに弱い自分が浮き彫りとなって、みっともなく、それを隠すこともできなくなる。
目の前のシエルが、シュンと肩を落として俯いた。
まるで俺自身を見ているようだった。
俺たちは全然似ていないのに、変なとこでウマがあって、そのまま今までなんとなくやってこれた。容姿も性格も、種族だって全く違うのに、血の契約まで交わして魔族を殺して、この国にケンカ売って、そうやって生きてきた。
施設の子どもたちは、俺にとって家族で友達だったが、シエルもまたそんな関係のひとりだと確信を持って言える。
「……落ち込みたいのは俺の方なんだが」
そんな大事な相手だから、こんな俺だってちょっとは慰めようと思うわけだ。ショックを受けているのは俺の方だけど。
いずれ、近い将来に訪れる死という問題に、さらに魔力まで無くしてしまったのだ。俺がもうちょいガキだったら泣き喚いてるところだ。
「僕は」
シエルは俯いたまま小さな声で呟いた。
「僕は、弱気なお前は嫌いだ」
「はあ?」
シエルはサッと顔を上げて距離を詰めてくると、俺のシャツの胸ぐらを鷲掴みにして前後に振った。
ガクガクと頭が揺れて、目が回りそうになった。首が取れたらどうしてくれるんだ、とわけのわからない頭で考えた。
「お前に声をかけたのは、別に魔術に長けていたからだけじゃない!!お前が、現状に満足しない奴だったからだ!!」
頭の中にハテナが浮かぶ。
この状況で、コイツはなにを言ってるんだ?
「僕がレオと契約して魔剣まで渡したのは、お前ならどこまでも強さを求めて、妥協しないだろうと思ったからだ!!目的のために、手を抜かないと思ったからだ……なのに、今のお前はだだ現状に恐怖して打開しようとしないそこらの魔術師と同じだ!!」
ズキリと、心臓が痛んだ。
その痛みは、シエルにハッキリと図星を刺されたからに他ならない。同時に心の中では否定して見えないフリをしてきた自分の感情を認めたということだ。
俺は怖い。
死ぬのが怖い。
“怖いみたい”じゃなくて、明確に恐怖して見ないようにしていた。
「怖いのはわかる。僕は魔族だけど、長く君と行動を共にしてきた。魔獣や魔族に襲われる人間の顔を見てきた。今の君は、その人間たちと同じ顔をしている」
またズキリと心臓が痛んだ。同時に、好き勝手言いやがってと、フツフツと怒りが湧いてきた。
「怖いっつったら、お前が代わってくれるのかよ!?」
ドン、とシエルの胸を押し返す。が、魔族であるシエルはピクリともしない。
「そんなことできない。出来たとしても、今のお前に僕が犠牲になる価値なんてない」
「っ、テメェこの野郎!!」
「いつも口だけは威勢がいいよね、君」
「うるせぇ黙れ!!」
「すぐに手が出るところも嫌い」
俺はイライラをそのままシエルにぶつけた。子どもっぽく腕を振り上げてシエルに掴みかかる。でも、その手がシエルに触れることはなく、軽々とあしらわれて余計に腹が立った。
「俺はな!お前の!キザったらしい上から目線なところが大っ嫌いだ!!」
「お子様な君より大人な態度のつもりだけど」
「俺はガキじゃねぇ!!」
数歩も歩けば壁にぶち当たる狭い小屋で、俺とシエルの小競り合いは、掴み合いのケンカに発展した。
お互いにお互いの顔やら胸やらを狙って拳を振り、このヤロウ!と悪態をつく。シエルの攻撃は、生身のくせに鋭くて、拳が掠めた頬にピリッとした痛みがあった。
逆に俺の攻撃は全く当たらない。掠めもしない。悔しい!!
「うるさいですうううううっ!!!!」
ビリビリっと、小屋の中の空気が震えるほどの声量で叫んだのは、床に転がって寝ていたはずのピニョのものだった。
俺もシエルも、驚いて肩を竦め、ピタリと動きを止める。
「お二人ともみっともないです!ピニョは恥ずかしいです!もう子どもじゃないんですから、取っ組み合いのケンカなんてしないで欲しいです!!」
「「ごめん」」
「よろしい、です!」
フンスッ、と鼻息を吐き出して、ピニョはニッコリ笑った。
「お二人ともケンカできる元気があるのです、その元気を、この状況を打開するためにつかいましょう。レオ様、ピニョの魔力をお使いください。レオ様ならドラゴンの魔力でも難なく扱えるハズです」
なるほど。
確かにピニョに魔力を借りるのも一つの手だ。
魔力を取られたことに動揺して、絶望して、打てる手を考えることができていなかった。
「確かに、レオならそれも可能だ」
シエルが繊細な指先を顎に添えて、二度ほどうなずいた。
「レオ様。ピニョはレオ様に一生ついていきます。ピニョはレオ様のものです」
そう言って満面の笑みを浮かべるピニョに、俺は今まで心のうちに巣食っていた黒いモヤモヤが、スッと引いていくのを感じた。
死ぬのは怖い。魔力が無いのも怖い。
でも、手を貸してくれる仲間がいるのだ。恐れてばかりではダメで、俺はまだ自分の足で歩かなければならない。
そうやって視界が開けると、俺を怒らせたシエルの言動も、クヨクヨしていた自分の目を覚まさせるものだったんじゃないかとも思える。多分だけど。
いきましょう、と、ピニョが差し出した手を、俺は迷わず強く握った。
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