第128話 死者6
☆
集落へ来てから一日経ったようで、霧に覆われてはいるが明るい太陽の光があたりをボヤッと明るく照らしていた。
家々の並ぶ集落内部は開けているが、その向こうは濃い霧に覆われて、全く外が見えない。閉鎖的な集落だが、昨日あれだけ集まっていた住人の姿はどこにもなかった。
小屋からは簡単に出ることができた。魔術的な結界もなく、ただ扉を木の棒で塞いだだけだった。
これはロイネの油断ととっていいのか、何か思惑があるのか、正直判断がつかない。
おそらく世界最強の俺の魔力を手にしたのだ。シエルが魔族であっても、立ち向かってくるとは考えていない、と捉えるのは安直かもしれないが、その迂闊さに便乗するしか手はない。
「ロイネ以外の住人たちに魔力持ちはいなかった。だから、ピニョの魔力を借りるのはロイネの前だけにしたい」
「はいです」
ピニョはいつでも俺に魔力を貸せるようにと、ドラゴンの姿で肩に乗っかっている。直接接触することで、魔力供給を安易にするためだ。
「いざとなったら僕の魔力も貸してあげる。君なら魔族の魔力も平気だろうし」
「ああ、契約もあるしな」
本来、他種族間での魔力のやり取りはできない。魔族の魔力に当てられた生物が魔獣化するように、人間には人間の、魔族には魔族の、ドラゴンにはドラゴンの理によって魔力を保持している。
だが俺に限って言えば、もとよりこの身体は魔族と人間の性質を持って造られたものであるし、シエルとは血の契約を交わしている分馴染みがある。
また、パーシーの森がそうであるように、俺には他の種族や異質な魔力に対する抵抗性が無いに等しい。
これは多分、施設にいた時に投与されていた薬品の影響だ。それに俺の身体は極限まで魔力に耐えられるように設計されている。
もちろん今まで他種族から魔力を借りようと思ったことはないから、弊害がでるのかどうかまで判断しようがないが、使えるのならば手段を選んでいられないのが現状だ。
「しかし気配がないと探しようがないな」
目下の問題は、住人がどこにいるのかわからないことか。
生物には独特の雰囲気というか、そう言った何かしらの気配があるものだが、魔力による超感覚もない普通の人間のような状態の今、それを感じ取るのは難しい。
それにここの住人は、ロイネの固有魔術によって生物の理を外れている。
「僕には“視える”。君と違って、魔力は有り余るほど持ってるからね」
「嫌味かよ」
シエルがニヤリと笑い、一瞬軽く目を瞑る。その仕草で魔力を放って索敵を行ったんだとわかった。
「集落の奥に広場がある。ロイネはそこだ。ほかの住人と一緒のようだ」
魔力が無いと他の魔力を感じ取ることもできない。シエルがいてくれて良かった、なんて柄にもないく思った。
俺たちは指し示したように歩調を合わせて、集落の奥へと向かった。
☆
酒場を超えてさらに進み、ロイネの実家だという家のそばまでやってきた。
昨日は暗くて気付かなかったが、なるほど広場といえばそうかもしれない。円形に広がった空間に、多くの住人が集まっている。
その人混みの中心には、ロイネの魔術師協会のローブが見えた。
「ロイネ!テメェ、俺の魔力を返しやがれ!!」
俺の声に、広場に集まっていた人たちが一斉に振り返った。
「レオ……」
ロイネが悲しげに呟く。その直後、住人のひとりが叫んだ。
「オレたちの邪魔をするな!」
どこからか石が飛んでくる。それを、シエルが頬をひくつかせながら避けた。
「部外者が口出しすんじゃねぇよ!」
「帰れ!!」
「私たちの幸せを、平和を奪わないで!!」
その言葉に、俺はカチンと来た。理不尽な状況に追い込まれた苛立ちはあった。いや、それだけじゃない。わざわざ辺境の、名前も聞いたことない集落までやって来て、邪魔するな?
他人の命を奪って自身の望みを叶えるような連中に、幸せを奪うなと言われる筋合いはないんだが。
そしてこの後に及んで、ロイネのまわりの住人は、ロイネに縋り付いているのだ。
大方、また新たな願いを叶えて貰おうとしているのだろう。
俺が一番腹立たしいのは、そんな住人たちに何も言い返さないロイネ自身だ。
昨日はあんなに泣いていたのに。
今だって泣きそうな顔をして、どうすべきかと悩んでいるくせに。
この俺の魔力を奪って、必死に謝っていたくせに!!
「後悔してるなら辞めろ。もう開放してやれよ」
それはほかならない、自分にも言えることだ。
俺も後悔している。あの時、外に出たいと言わなければよかった。
その思いは消えない。でも、だからこそ自分の責任を果たそうと思う。
ジェレシスを止めてやる。そしてこの世界に落とし前をつけさせる。全ての魔力持ちの為に、魔力持ちが平和でいられる世界を作るために。
「お前の責任は、お前が取るんだ、ロイネ」
果たして俺の声は、言葉は、ロイネに届いているのか確認しようがないが、ゆっくり答えを待っている時間は無かった。
住人たちがなりふり構わず襲って来たからだ。
「部外者が口を出すな!」
「何も知らないくせに!」
武器というには頼りない、クワやスキを構えて攻撃を仕掛けてくる住人たち。
そこには男も女も、若者も老人も関係なく、ただ目の前の敵である俺たちを倒そうと迫ってくる。
「ロイネ!!」
再度名を呼ぶも反応はない。
「チッ…シエル!殺すなよ!」
「相変わらず難しいことを言う」
やれやれ、とシエルが肩を竦め、そのまま向かって来た人間の鳩尾に膝蹴りを叩き込む。さすが魔族、身のこなしは完璧だ。
「僕は暴力は得意じゃない」
「知るか!」
文句を言うシエルに答えつつ、俺は俺で向かって来た男の手首を蹴り上げて武器を落とす。
魔力の恩恵の無い身体はやけに重かった。体術にもそれなりに自信はあるが、長くは戦えないなと判断する。
迫った長い木の棒を腕で防ぎ、ミシッと骨に響く鈍い痛みに顔をしかめつつ、それでもなんとかロイネに近付こうと足を進めた。
無秩序に繰り出される攻撃を交わし、時に反撃して何人かを気絶させ、それだけで息が上がってくるのを、肩に乗ったピニョの治癒魔法が少しだけ和らげてくれる。
「レオ様、ご無理をなさらないように!」
「んなこと言ってられるかよ」
耳元でピニョが叫ぶ。それに適当に答え、視界の端に迫った銀の一閃をかかとを踏ん張って急ブレーキをかけて避ける。
それはただの果物ナイフだった。手にしているのは、残忍な笑みを浮かべた子どもだ。その中身がはたして本当に子どものままなのかはわからない。ここには、外見だけで中身まで判断できない人間が沢山いる。
人間とはつくづく恐ろしいことを考えるな、と頭の片隅で思った。
できるものなら俺だって、働かずに遊んで暮らしたい。飲み屋のねぇちゃんと一日イチャイチャして過ごしたいし、好きな時にカジノに行きたい。
そう言った欲望が簡単に叶ってしまうこの集落の人間は、一体どこが終着点となるのだろうか。
やっぱり早々に止めてやらないと。ロイネの負担だけではなく、このままではやっぱり、この集落に救いはない。
先ほどの子どもがまたナイフを振りかぶった。俺は軽く身を沈め、あえて前へ飛び出すと、その勢いのまま子どもの胸を肘で打つ。衝撃に尻餅をついたのを尻目に、さらに加速して住人たちのあいだをすり抜けていく。
あと数メートルのところにロイネがいる。もうすこしで人垣を抜けられる。
その時だ。
「レオ!」
「レオ様!」
離れたところで住人たちの攻撃を防いでいたシエルがあげた声に、ピニョまでが反応する。
先ほどの子どもが投げたナイフが、運の悪いことに俺の背中に突き立った。
いつも通り魔力があれば、感知して避けるか、もしくは魔力そのものではじき返すことができるような、しょうもない攻撃だった。
「ぐっ、ぅ」
肩甲骨の間に突き立ったナイフに、熱を注ぐような痛みを感じた。それから、じわりとシャツを濡らす血の感触が広がる。
今、か弱い人間である俺に、その痛みは未だかつて無いほど堪えた。
「クソッ…!」
「レオ様、ピニョがなんとかしますです!」
「いや、ほっとけ!それよりロイネが先だ!!」
自然と膝が折れるのを気力で持ち直して、あと数歩を走る。ロイネへと向かって、俺は拳を握りしめる。
「ロイネ!!目ぇ覚ませよクソアマ!!」
「ヒッ」
オラァ!と叫んで地を蹴り、可愛らしい大きな瞳を、さらに見開いたロイネの顔面にグーパンチをたたき込んだ。
「ゥギャッ!!」
ズザザッと地面を横倒しに転んだロイネが、顔を上げるよりも早く、その小さな身体の上に馬乗りになり、ローブの襟を両手で掴んで揺さぶった。
「お前は神様気取りか?魔術は、誰かのために使うことはあっても、自分のためだけに使うもんじゃねぇんだよ!!お前のやってることはな、自己満足と自己顕示欲ばかりの自慰行為と一緒だッ!!」
ロイネは真っ直ぐ俺を見ていた。瞳の色どころか、その中の虹彩までくっきり見えそうなほど。
「レオッ……ごめんなさい。でも、ボクには、できないッ!!」
「俺が終わらせてやる。お前は、その目で、お前のしたことを最後まで見届けろ。俺だってツラい。人を殺すのは、慣れることなんてないな」
ふぅ、とひとつ息を吐き、覚悟を決める。
これはただの人殺しじゃない。魔力によって苦しんでいる人たちを、助けるための魔術だ。もとよりここの人たちは、ほとんど既に死んでいるに等しい。
だから、俺は俺の、魔術師としての正しさのために魔術を使う。
「〈数多の呪、想像の術、塵と成りて消滅せよ:解術〉!!」
ピニョの魔力を引き入れ、それをまるで自分のものであるかのように体内に循環させる。詠唱も円環構築もすこしの遅延も無く完璧に完了した。それも、ロイネと俺を中心に、この辺り全てを包み込むほど大きな円環ができた。
白銀のドラゴンの魔力は、なんていうか、ヴィレムスの頂を万年凍らせて来た氷塊の冷たさと似ていた。
毎年降り積もる雪山の中でも、そこは特に厳しい山頂で、俺は一度、アイリーンと足を踏み入れたことがあった。
手の先も鼻の先も、まつ毛すら凍ってしまいそうな寒さの中、凛とした空気が心を洗うかのような感覚。
ピニョの魔力は偉大だ。さすがドラゴン。普段の治癒とはまったく違う。
なんとも言い表せない心地よさは、パーシーの森で感じるものと似ている。
俺はその純粋で偉大な魔力を、体内から流して魔術に変換し、全力で解き放った。
何かが割れるような音があたりに一体に響き渡った。
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