第112話 魔族と魔術師6
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ペトロの〈転移〉で、魔術師協会本部へと戻ったユイトたちは、揃ってザルサスの仕事部屋にいた。
どんよりとくらい雰囲気がただよっているのは、自分たちがいかに不甲斐なかったかを振り返っているからだ。
「そもそもさぁ、レオに正面から挑んで行った事が間違いだったんじゃないかなぁ」
ソファにふんぞり返り、甘い菓子を摘むペトロが言った。そのせいで、さらに室内の空気が重くなる。
「わかってますよ…おれたちじゃレオには勝てないってことくらい」
わかっていても、正面から挑まずにはいられなかった。それはザルサスから直接、レオを連れ戻してほしいと言われた時から考えていたことだった。
その話を聞いたのは、数日前の放課後だった。
ユイトたちはレオがいなくなってから毎日、放課後になんとか情報を集め、探し出そうと奮闘していた。
特級魔術師を殺そうとしたという噂は、協会に足を踏み入れた時に知った。ちょうど出会したミコとエナが情報を提供してくれたのだ。
「レオは悪くない。俺はレオが魔族のひとりを倒したところを見たし、バリスさんは先に手を出したのは特級の方だって言ってた」
ミコの彼氏であるジャスが宿舎の自室で語ったのは、世間で公表されているものとは違う話だった。
しかし世間では、名前までは出ていないが、レオの詳細情報を新聞などで公開し、まるで犯罪者のように扱われている。そして現に、彼は帰ってこない。
「あいつ、特級だったなんて一言も教えちゃくれなかった。まあ、知ってたからってなんか役に立つわけでもねぇんだけどさ」
ジャスは疲れた顔でため息を吐き、ユイトたちに言った。
「お前らマジで気を付けろよ。魔術師ってのは腹んなかクソばっか詰まったイヤな奴ばっかしだけどな……特級魔術師はレベルがちげぇんだ。自分の望みのためなら、なにをしても効率と自己利益を優先させるようなバケモンだ。バリスさんやザルサス様みたいなんばっかりじゃねぇ……死にたくないなら、レオの事は大人に任せた方がいいぜ」
それでも、諦めることはできなかった。
『金獅子の魔術師』であるとか、歴代最強であるとか、そういった特別な存在である以前に、クラスメイトとして見て見ぬ振りなどできない。
少なくともユイトは、自身が辛い時にレオがかけてくれた言葉を無かったことにして、知らない顔をすることなんてできないと思った。
これまで自分たちの知らないところで、一体どれだけの人間を救ったのだろう。どれだけの魔族を倒し、どれだけ傷付いて、そしてその度に寿命を削ってまで戦い続けて。
そんなクラスメイトが。友人であり、師匠でもあるレオが、窮地の時に何もできないのは嫌だった。
「あのさ、もしかして、レオのこと探してる?」
そんな時、声をかけてきたのがペトロだった。隣にはバリスもいた。バリスはとても複雑な表情で、ただ黙ってユイトたちを見ていた。
頷くと、二人はユイトたちをつれて協会本部の、ザルサスの仕事部屋へ向かった。
そこで全てを聞いたのだ。
レオが最強であるように造られた魔術師であること。
記憶が無かったのは、あまりにも辛い状況で自身を守るために忘れてしまった可能性があること。
その辛い状況を生み出した、過去の研究のこと。
それに関わったのが、当時の国家元首と魔族たちであること。
今レオが、何をしようとしているのか。
もちろん憶測でしかない部分もあった。ペトロが集めた情報は、にわかには信じがたい部分もあり、全てを鵜呑みにすることもできない。
だからユイトたちは、ザルサスの提案を引き受けた。
協会に属する魔術師は信用できない。かと言って立場上自分たちが動くこともできない。ならば、レオのことを良く知る、ユイトたちに彼を連れ戻してほしいとの提案だ。
引き受けた上で、ユイトたちは言った。
もし無事に連れて帰れたら、必ずレオを学院に戻れるようにしてほしいと。これ以上、辛い目に合わせないでほしいと。
ザルサスは難しい顔をしていたが、ゆっくりと深く頷いた。
「わしもそうしてやりたい。その為にお主らの力を貸してほしい。もしあやつが本気なら、主らにも容赦はしないだろう。なんせあやつも魔術師じゃ。それも、特級にまで登った、な」
ジャスの忠告が脳裏をよぎった。それでも、やり遂げようと心に誓う。
……その結果が、これだ。
あしらわれたというのか、戦いの最中にレオは終始、別のことを考えてたように思う。
自分たちなど、片手間に相手をしていても問題ない。その程度だと、思い知らされてしまった。
学院で指導されていた時の方が、まだ対等だったかもしれない。少なくともその時だけは、自分たちの事を考えて手合わせしてくれていた。
「やっぱり、強さの次元が違うよね」
「うん…悔しいけど、あたしたちって本当弱いんだって思った」
三人ともレオがいない間にも訓練をつんでいた。学院の授業以上に、全力で魔術と向き合い、それぞれの長所を生かせるように必死だった。
学院のレベルにおいて、すでに三人とも同学年を大きく上回っていると言っても過言ではない。
でも追いつかない。その差は山よりも大きく、海よりも深い。
「でも諦めたわけじゃない。そうだよな、イリーナ、リア?」
そう言い切ったユイトの声は力強く、イリーナもリアも負けじと頷く。
「もちろんよ!」
「私も、レオには帰ってきて欲しい」
三人の決意は固く、それを見守るザルサスは、人前でなかったら涙が出そうだった。あのクズなガキにも、こんなにも良い友人ができたのだと、喜ばずにはいられない。
「ペトロ、それでお前の作戦はうまくいったんだよな?」
急にバリスに水を向けられたペトロは、ギクリと肩を震わせた。
作戦といっても、三人がレオの相手をしている間に、隙を見てレオに触れて、情報を引き出すというまるで作戦とは言えないことを考えていたペトロだ。
そんなことを言えば、確実にバリスは「無計画すぎだ」と言って怒るだろうと思っていた。
……一応、ペトロの作戦っぽいものは成功したわけだが。
「ま、まあ、作戦はなんともいえないけど、情報はしっかり引き出してきたよ。というか、がっつり頭の中を見たわけだけども」
ペトロは触れた相手の脳内を、知覚することができる。彼だけの固有魔術だ。相手の見たもの、聞いたもの、感触も感情も、そのまま自身のことのように捉える事ができる。
レオの頭に触れ、その記憶を見た時、ペトロは心底ゾッとした。
特級魔術師時代のレオの頭の中は、例えるならば整然と並んだ文字列だった。人はひとつのことに脳の殆どの機能を使ってしまうのに対し、レオの頭の中は常に並行して幾つかの情報を処理しており、結果最善の選択を常に選ぶ事ができる。
何人もの別々の魔術師が、ひとつの身体を動かしているかのようだった。
魔術師の脳は、魔力のない人よりも優れていると言われているが、レオの脳は特別だ。
人工的に最強であるように造られた。その証拠に他ならない。
そんな複雑な情報の海を、深く潜った先にみたのは、レオ自身が忘れてしまっていた記憶だった。
「思っていたよりも相当ひどいぜ……レオはあの施設から出ようと言ったことを後悔している。その提案のせいで、仲間が目の前で死んだ。挙句、お前のせいだと責められ、自分だけ生き残った事を悔いてる」
たった6歳程の少年が体験するには、荷が重すぎるとペトロは思った。忘れてしまっていたことも、生きていくためならば仕方のないことのようにも思う。
ただ、それを許さない存在がいるのだ。今回の件は、そいつの執念がレオを捕らえ、追い込んでいる。
「どうして思い出したんだろう。忘れたままの方が良かったかもしれないのに」
イリーナが今にも泣き出しそうな顔で呟いた。昨晩見たレオの、やつれた青い顔を思い起こしているのかもしれない。
精神的な疲労か、肉体的な限界か、今にも死にそうだと、ペトロも思った。
「そこが問題なんだよねぇ」
「問題ってなんだ?」
眉根を寄せるバリスに、ペトロは続けた。
「今レオのそばにいるのは、ダミアンとシエル、ピニョと…シエルの妹のヨエル。それから、ジェレシスという魔族の男だ。こいつ、その施設で育って一緒に逃げ出した奴なんだけどさ、レオに執念く責任を果たせと言って巻き込んだみたいなんだよねぇ」
生き残りと知った時から、レオの感情はぐちゃぐちゃだ。ここからずっと、後悔や懺悔、自分はどうなってもいいから復讐を果たさなければならないという、暗い感情ばかりが続いていた。
「そいつさえなんとかすれば、レオは帰ってくるのか?」
「短絡的なバリスらしい意見だけど、俺はそうは思わない……」
バリスが拳を握りしめて側の壁を叩いた。
「テメェ…オレをバカにしてんのか?」
「そうじゃねぇよ!!俺からしても、このジェレシスやレオのやってることは正当化しても文句言えないってだけ!どう考えたって、悪いのは国だし」
例えジェレシスを倒したとしても、レオにとって最後の仲間を失うことになる。魔族であっても、他人の思惑に巻き込まれ利用された被害者なのだ。
「やはり、根本をなんとかするしかないのう」
ザルサスが顎の下で組んだ指に額を預けて呟く。
「おれたちはまた、レオの行きそうなところに行く。何度でも立ち向かってやる……それで少しでも、考えを変えてくれたら……おれたちは友達として意味があるってわかってくれたら……帰ってきても良いって思ってくれたらそれでいい」
決まりだな、とバリスが頷く。
「引き続き、ペトロはユイトたちと元研究者のところへ向かってくれ。オレとザルサス様は、なんとかこの国を変える」
「皆レオの為に…すまないな」
そう言ったザルサスに、しかし全員が笑顔を浮かべる。
「そりゃあおれら、あいつの友達ですから」
「そうですよ!目を覚ませって引っ叩いてやらないと気が済みませんよ!」
「もっと色々、教えてほしいこともありますし」
学院生である三人が、あまりに純粋に笑うから、ザルサスもつられて少し笑ってしまった。
本当に、良い出会いをしたものだと、改めて思った。
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