第113話 魔族と魔術師7


「お前はまた俺たちを裏切るのか、なあ?」


 目が覚めた途端これだ。こっちはバカスカ魔力使って、あまつさえ頭ん中覗き見られて気分が悪いのに、ジェレシスはそんな俺の事なんて少しも考えない。


「裏切るってなんだよ?昨日のことは、俺もびっくりしたんだからな!」


 まさかあんなところに、イリーナ達がいるとは少しも考えてなかったんだから。


「それであの女を逃したってか?お前のアリみたい力でも、あの辺一帯を吹き飛ばすくらいできただろうが!!」

「はあ?んな無茶苦茶なことするかよ」

「無茶苦茶じゃねぇ。お前のやんなきゃなんねぇこと忘れたのかよ!?」

「んなわけねぇだろ!でも、関係ない人間まで巻き込む気はない。その女だって所詮ただの人間だろ?またすぐに見つけられるって」


 ジェレシスはまだ何か言いたげだったが、何も言わずにログハウスを出て行った。


「見境ねぇなあもう」


 必死なのは俺にだってわかる。でも、他人を巻き込んでは元も子もない。俺たちはそうやって巻き込まれた張本人なんだから、同じになってダメだ。


「僕たちは魔族だから、自分の目的に忠実なんだよ」


 シエルが俺の寝ていたソファの肘掛けに軽く尻を乗せて言った。


 余談だが、このログハウスにはベッドがなく、俺とダミアンはこのソファを取り合っている。今回は俺が占領していた。怪我人なんだから当然だ。


「わからんこともないけどなぁ。魔術師だって、いつからか人間らしさをどこかに捨ててしまうから」

「君は昔から変わらないけどね」


 シエルはニコリと笑い、ヨエルを手招きして何処かへ行ってしまう。


 ダミアンはサルファへ買い出しに出かけているから、俺はピニョと二人きり、ログハウスに取り残されてしまった。


「ピニョもレオ様は変わってないと思いますです」

「ハハ、そんなわけねぇだろ。俺だって人並みに歳もとるし、階級が上がれば考えも変わる」


 そうやってどんどん荒んでいくのが魔術師だ。


「いいえ。レオ様はいつも自由で、カッコよくて、強くて、最高の魔術師ですよ。ピニョはそんなレオ様が大好きで、今もこうして側にいるんです」

「でも俺はもう魔術を使えない。詠唱のできない魔力持ちを、魔術師とは言わない」


 魔力はちゃんとそこにある。でも誰かを救うための力は、もはや俺には無い。


「ピニョ……俺が死んだら、お前はユイトのところへ行け。できればイリーナやリアも助けてやって欲しい」

「レオ様……」


 あいつらはまだ俺を諦めてはいないだろうけど、例えザルサスが何かしたところで、俺たちを止めることはできないだろう。


 さらに言うと、俺の身体も限界に近いようだ。シエルが出来る限りの修復をしてくれたが、その時に苦い顔をしているのを見てしまった。多分、そういうことなんだろう。


 もしフェリルに帰ることができたとしても、その時の自分がどうなっているかもわからない。


「別に野生に戻ってもいいけどな?」

「……ピニョはレオ様の言うことを聞きますですよ。みなさんのことはお任せくださいです」

「ありがと、ピニョ」


 久しぶりに笑顔を浮かべてみた。どうやらまだ笑えるようだ。


「にしても、ペトロの奴…おもっくそ俺の頭ん中見やがった」


 ソファから降りて、軽く伸びをしながら昨晩の事を思い返す。特に絶対に知られたくないような事もないが、相手がペトロというのが、なんかムカつく。


「今頃洗いざらいバリスやジジイに伝えてんだろうな」

「でも、それならそれでこっちの動きがわかって、良かったんじゃないです?」

「そりゃあ俺が不本意に協力させられてんなら、別にいいんだが」


 実際、これは俺の意思でもある。諦めてくれるのならありがたいが、そんなわけないだろうな。


 それと、ジェレシスにこのことを知られるのもまずい。ユイトたちを邪魔だと判断したら、容赦なく消しに行くだろうし。


 困ったなぁ。


 自慢じゃないが、俺がこんなにも困るなんてこと、今までなかった。多分。


「今日も現れたらどうしたもんか」


 これからの伸び代しかない奴らを、痛めつけるのも気が引ける。心折れでもしたら申し訳ない。


「はっ!そういえばレオ様、今日は『クラハト』へ行くそうです」

「クラハト……」


 その街は、魔術師にとって特別な場所だ。


 何にでも始まりがあるように、魔術師の起源を辿ると必ずそこにクラハトの名が出てくる。


 魔力持ちは世界中で自然発生的に誕生するが、その全ての人間の先祖はそこで産まれたとか、いないとか。だから、魔力持ちは本当に自然発生的に誕生するのか、遺伝的要因によって発生するのか、実はなかなかに議論が絶えない。


「ピニョはあの街が好きです。とても、居心地が良いです」

「まあ…確かに」

「それに、レオ様がご心配のユイト様たちは、あそこには入れませんです」


 俺は内心とてもホッとしていた。


 クラハトは強力な結界術で守られた街だ。入り方を知らなければ入れない。なぜなら、魔族と人間が共同生活を送る唯一の街だからだ。


 だから、今回はユイトたちと遭遇する心配はない。


「クラハトか…」


 その街の特殊な経緯を考えると、なるほど、魔力持ちを人工的に作り出そうという発想が生まれるわけだと、なんとなく納得してしまう。


 何にせよ、俺はまた今日も与えられた仕事をこなすだけだ。


 俺の手には、昨晩魔力を使った名残として、〈封魔〉のアザが浮かんでいる。


 禍々しい黒いそのアザは、最近なかなか消えてはくれない。身体を内側から切り裂かれるような痛みも、マシにはなってもなくならない。


 俺は思う。


 誰かを殺すたびに。


 このアザは、俺を苦しめるものではなくて、逆に救いなのではないか、と。


 経緯はどうであれ、これは不出来な弟子である自分を止めてくれる、師匠からの救いなのではないかと、考えてしまう都合のいい俺がいる。


 死ぬことを怖いと思った事はない。


 人の死は、魔術の発動と同じだ。生まれたものは、やがて消える。その理を覆すものは無い。


 でもその死に方を選べるのなら、たったひとりの師匠の力で生を終えるのも悪くない。


 俺が生きられたのはザルサスのお陰だった。あの雪山でジジイに拾われなければどの道死んでいただろうから。


 そういえば、アイリーンとの勝負の中で、絶対的に答えの出ない問題があったことを思い出す。


 死んだら人はどうなるのか?


 死後の世界は存在するのか?


 その答えをもうすぐ知る事ができる。そんでもって、またアイリーンの方が先に答えを知っているから、きっと彼女はドヤ顔で俺に言うのだ。


 またあたしの勝ちね、とか、なんとか。


 死ぬのは怖くない。アイリーンがいる。俺のたったひとりの姉が。


 ……なんて、柄にもないことを考えるのだから、俺は確かに変わったんだと思う。

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