第69話 記憶の枷⑦


 上空から戦闘の様子を見ていたジェレシスは、その顔面に凶悪な笑みを浮かべていた。


 レオが固有魔術を使用するのを、それはそれは嬉しそうに、口角を歪めて笑いながら見ていた。


「なんだよ、やればできんじゃねぇか」


 たった一言で巨木をなぎ倒す姿は、まさに『金獅子の魔術師』のそれだった。


 これでは並の魔族は敵わない。まして、今回の相手である部下たちも、最初から敵うなどとは思っていない。ジェレシスにとっては、レオの実力を確かめるためのコマに過ぎない。


 魔族たちにそれとなくこの地を襲えと言ったのはジェレシスだ。


 その理由も、ここがレオの育った地であり、魔術師を目指す原点でもあったからだ。レオを育て、知識を吸収させ、特級魔術師にまで昇らせた女がいた地だからだ。


 結果的に、ジェレシスの思い通りの展開になった。この地でなら、レオは本気を出すと踏んでいた。


 ただ、戦闘の前に使用していた小瓶の中身が気になる。


 東部で初めて会敵した際は、そういったものを使用している形跡はなかった。


 というのも、ジェレシスの魔力感知に映るレオの魔力に、以前にはなかった気配があった。それは歪に混ざり合い、大きな力をもたらしている。


 が、この歪な力の気配は、人間がもつ魔力とはかけ離れている。


「あぶねぇことしてんな、あいつ」


 それだけ必死なのかも知れない。


 山の地形を変えてしまうほどの魔力を持ちながら、それを自由に使えないなどという苦痛は、ジェレシスにも痛いほどわかる。


 力を使えば死ぬ。


 それは、圧倒的な力を持つものにとって、その存在意義を奪うような枷だ。


「ま、最終的に俺が喰うからな。どんな手を使っても強さを取り戻したいってのは、良い心がけだ」


 そう呟いて、ジェレシスはまたニッと笑う。


 眼下ではレオとシエルが楽しげに笑っている。


 そんな光景を眺め、フッと姿を消した。







 ヴィレムスの集落に戻ったのは、日も暮れかけた頃だった。


 住人たちは、一様に不安な顔をしてババアの家の前に集まっていて、俺たちが帰るなり詰め寄ってきた。


 詰め寄って来たクセに、俺の皮膚に浮かぶ封魔の痣を見てギョッとして一歩引いた。失礼な奴らだ。


 それでも言わずにはいられないようで、住人たちは一斉に声を上げ始める。


「なぁ!すごい音がしていたが、何があったんだ!?」

「魔族が襲ってくるって本当か?」

「き、協会に連絡して…いや、今からでは遅いか!?」


 魔術に触れる機会の少ないここの住人たちの不安は、わからないでもない。


 まして、今まで魔族にすらスルーされるような小さな集落において、今回の事は未曾有の大事件だとでも思っているのだろう。


「うるさいっ!!いいから黙って俺の話を聞け!!」


 だんだんイライラしてきたので、一喝くれてやった。


 シーンとする住人たち。


「そんな言い方ないでしょ!!」

「イテッ!!」


 イリーナが俺のスネを蹴った。地味に痛いから嫌なんだが。


「確かに魔族はここを狙っていたが、僕たちが倒しました。集まっていた魔獣も含めてもう襲っては来ないでしょう」


 爽やかな笑顔を浮かべて言ったのはシエルだ。魔族の。


「それは本当か?信じてもいいのか?」

「ええ。なんならこの山の中腹あたり、滝壺があるところの惨状でも確認してください。レオが暴れた痕跡が見られますよ」


 そういうと、住人たちが一様に俺を見る。みんな俺の固有魔術を知っているからか、妙に納得した顔をした。


 しかし、だ。


「暴れたのは俺じゃないだろ」

「木を吹き飛ばしたのは見た」

「それだけじゃないか!!」

「岩を焼き払った」

「じゃあなにか!?大人しく潰されてる方が良かったのか!?」


 ニッコリしているけど、こいつはさっき俺に負けて八つ当たりしているのだ!!


「じゃかあしぃわ!!人の家の前でギャアギャア喚くんじゃあないよ!!」


 怒鳴り散らしながら住人たちをかき分けて、ババアが輪の中心へとやって来る。曲がった腰をものともせず、杖をドスドスついて歩く様はまさに妖怪だ。


「お前さんらがここに来た目的は、最初から魔族討伐だったんだろう?」


 ババアの言葉に、住人たちが眉を顰めた。


「そうだよ。出来ればバレないうちに何とかしたかったんだが」


 グイルが視線を彷徨わせ、挙句に俯いてしまった。脅されていたとは言え、俺に嘘をついた事に罪悪感を感じているのならそれはそれでいい。


 この村が狙われた理由は、固有魔術を持つものが住んでいるというものだった。


 固有魔術持ってるやつのせいで狙われたんだとか言い出したなら、間違いなくぶちのめしてやるところだ。


 この集落は閉鎖的だからこそ、そういう思考に陥りやすい。俺がここで暮らしていた時にも、厄介事の種だと言う奴が多かった。


 俺たちは魔力持ちは、望んで力を持って産まれたわけではないのにな。


「すまない、レオ。おれら、」

「何も言わなくていい。魔族討伐は俺たち魔術師の義務だ。たまたまここが狙われていることを知ったから来ただけだ」


 グイルの言葉を遮って言いきる。結局はそれが一番の理由だ。


「ならもう良いだろう?そこのスカした顔のガキが言った通り、危険は去ったのだ。わかったなら散れ!鬱陶しいわい!」


 ブツブツ言いながらババアが杖を振り回すと、住人たちは微妙に納得いかない顔をしながらも、言われた通りに散っていく。


「魔族の狙いは、アイリーンか」


 住人が去った後、ババアがポツリと溢す。言い忘れていたが、このババアはなかなか鋭い。


「そうだ。まあ、固有持ちがいるということしか、知らなかったようだが」

「そうかい。また、お前さんに助けられたようだのう」


 ババアはふうっと息を吐く。


「知ってたんだな」


 もう一度言うが、ババアは結構鋭い。


「ガキがふたり、隠していることくらいわかるわい!!」

「さすが妖怪ババアって、イテッ!杖っ、ヤメテ!!」

「うるさいうるさい。これだからガキは」


 ブンブン振り回される杖が、容赦なく俺のスネやら脇腹やらを狙ってくる。


「ガキガキ言うが、俺だって成長して、」


 あれ?と思った時には遅かった。


「レオっ!!」


 咄嗟に手を出したのはシエルだった。急に膝に力が入らなくなって、倒れそうになる俺の腕を掴む。


 呼吸が苦しくて、過呼吸気味な俺の身体を支えるシエルの焦った顔が見える。吐き出した血がシエルの白い上品な礼服を真っ赤にしてしまう。


「封魔の影響!?なんで、今…」

「それはわからないが……マズいな」


 イリーナの心配そうな顔がボヤける。またこんなダサい姿を見せてしまった。情けないよな、俺。


 まるで蝋燭の火を吹き消したみたいに、俺の意識がフッと消えて真っ暗になった。

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