第69話 記憶の枷⑦
★
上空から戦闘の様子を見ていたジェレシスは、その顔面に凶悪な笑みを浮かべていた。
レオが固有魔術を使用するのを、それはそれは嬉しそうに、口角を歪めて笑いながら見ていた。
「なんだよ、やればできんじゃねぇか」
たった一言で巨木をなぎ倒す姿は、まさに『金獅子の魔術師』のそれだった。
これでは並の魔族は敵わない。まして、今回の相手である部下たちも、最初から敵うなどとは思っていない。ジェレシスにとっては、レオの実力を確かめるためのコマに過ぎない。
魔族たちにそれとなくこの地を襲えと言ったのはジェレシスだ。
その理由も、ここがレオの育った地であり、魔術師を目指す原点でもあったからだ。レオを育て、知識を吸収させ、特級魔術師にまで昇らせた女がいた地だからだ。
結果的に、ジェレシスの思い通りの展開になった。この地でなら、レオは本気を出すと踏んでいた。
ただ、戦闘の前に使用していた小瓶の中身が気になる。
東部で初めて会敵した際は、そういったものを使用している形跡はなかった。
というのも、ジェレシスの魔力感知に映るレオの魔力に、以前にはなかった気配があった。それは歪に混ざり合い、大きな力をもたらしている。
が、この歪な力の気配は、人間がもつ魔力とはかけ離れている。
「あぶねぇことしてんな、あいつ」
それだけ必死なのかも知れない。
山の地形を変えてしまうほどの魔力を持ちながら、それを自由に使えないなどという苦痛は、ジェレシスにも痛いほどわかる。
力を使えば死ぬ。
それは、圧倒的な力を持つものにとって、その存在意義を奪うような枷だ。
「ま、最終的に俺が喰うからな。どんな手を使っても強さを取り戻したいってのは、良い心がけだ」
そう呟いて、ジェレシスはまたニッと笑う。
眼下ではレオとシエルが楽しげに笑っている。
そんな光景を眺め、フッと姿を消した。
★
☆
ヴィレムスの集落に戻ったのは、日も暮れかけた頃だった。
住人たちは、一様に不安な顔をしてババアの家の前に集まっていて、俺たちが帰るなり詰め寄ってきた。
詰め寄って来たクセに、俺の皮膚に浮かぶ封魔の痣を見てギョッとして一歩引いた。失礼な奴らだ。
それでも言わずにはいられないようで、住人たちは一斉に声を上げ始める。
「なぁ!すごい音がしていたが、何があったんだ!?」
「魔族が襲ってくるって本当か?」
「き、協会に連絡して…いや、今からでは遅いか!?」
魔術に触れる機会の少ないここの住人たちの不安は、わからないでもない。
まして、今まで魔族にすらスルーされるような小さな集落において、今回の事は未曾有の大事件だとでも思っているのだろう。
「うるさいっ!!いいから黙って俺の話を聞け!!」
だんだんイライラしてきたので、一喝くれてやった。
シーンとする住人たち。
「そんな言い方ないでしょ!!」
「イテッ!!」
イリーナが俺のスネを蹴った。地味に痛いから嫌なんだが。
「確かに魔族はここを狙っていたが、僕たちが倒しました。集まっていた魔獣も含めてもう襲っては来ないでしょう」
爽やかな笑顔を浮かべて言ったのはシエルだ。魔族の。
「それは本当か?信じてもいいのか?」
「ええ。なんならこの山の中腹あたり、滝壺があるところの惨状でも確認してください。レオが暴れた痕跡が見られますよ」
そういうと、住人たちが一様に俺を見る。みんな俺の固有魔術を知っているからか、妙に納得した顔をした。
しかし、だ。
「暴れたのは俺じゃないだろ」
「木を吹き飛ばしたのは見た」
「それだけじゃないか!!」
「岩を焼き払った」
「じゃあなにか!?大人しく潰されてる方が良かったのか!?」
ニッコリしているけど、こいつはさっき俺に負けて八つ当たりしているのだ!!
「じゃかあしぃわ!!人の家の前でギャアギャア喚くんじゃあないよ!!」
怒鳴り散らしながら住人たちをかき分けて、ババアが輪の中心へとやって来る。曲がった腰をものともせず、杖をドスドスついて歩く様はまさに妖怪だ。
「お前さんらがここに来た目的は、最初から魔族討伐だったんだろう?」
ババアの言葉に、住人たちが眉を顰めた。
「そうだよ。出来ればバレないうちに何とかしたかったんだが」
グイルが視線を彷徨わせ、挙句に俯いてしまった。脅されていたとは言え、俺に嘘をついた事に罪悪感を感じているのならそれはそれでいい。
この村が狙われた理由は、固有魔術を持つものが住んでいるというものだった。
固有魔術持ってるやつのせいで狙われたんだとか言い出したなら、間違いなくぶちのめしてやるところだ。
この集落は閉鎖的だからこそ、そういう思考に陥りやすい。俺がここで暮らしていた時にも、厄介事の種だと言う奴が多かった。
俺たちは魔力持ちは、望んで力を持って産まれたわけではないのにな。
「すまない、レオ。おれら、」
「何も言わなくていい。魔族討伐は俺たち魔術師の義務だ。たまたまここが狙われていることを知ったから来ただけだ」
グイルの言葉を遮って言いきる。結局はそれが一番の理由だ。
「ならもう良いだろう?そこのスカした顔のガキが言った通り、危険は去ったのだ。わかったなら散れ!鬱陶しいわい!」
ブツブツ言いながらババアが杖を振り回すと、住人たちは微妙に納得いかない顔をしながらも、言われた通りに散っていく。
「魔族の狙いは、アイリーンか」
住人が去った後、ババアがポツリと溢す。言い忘れていたが、このババアはなかなか鋭い。
「そうだ。まあ、固有持ちがいるということしか、知らなかったようだが」
「そうかい。また、お前さんに助けられたようだのう」
ババアはふうっと息を吐く。
「知ってたんだな」
もう一度言うが、ババアは結構鋭い。
「ガキがふたり、隠していることくらいわかるわい!!」
「さすが妖怪ババアって、イテッ!杖っ、ヤメテ!!」
「うるさいうるさい。これだからガキは」
ブンブン振り回される杖が、容赦なく俺のスネやら脇腹やらを狙ってくる。
「ガキガキ言うが、俺だって成長して、」
あれ?と思った時には遅かった。
「レオっ!!」
咄嗟に手を出したのはシエルだった。急に膝に力が入らなくなって、倒れそうになる俺の腕を掴む。
呼吸が苦しくて、過呼吸気味な俺の身体を支えるシエルの焦った顔が見える。吐き出した血がシエルの白い上品な礼服を真っ赤にしてしまう。
「封魔の影響!?なんで、今…」
「それはわからないが……マズいな」
イリーナの心配そうな顔がボヤける。またこんなダサい姿を見せてしまった。情けないよな、俺。
まるで蝋燭の火を吹き消したみたいに、俺の意識がフッと消えて真っ暗になった。
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