第54話 模擬戦④
協会本部は、いつも通りだった。
地下牢に特級魔術師が二人も拘束されてた。そしてその二人は、昨日何者かに殺された。
そんな事を知っているのは、一部の魔術師たちだけだ。
要らぬ混乱が起きないようにと、ザルサスが箝口令を敷いたからだ。
熱りが覚めた頃、レリシアもアイザックも任務で命を落としたことにされ、協会は新しい特級魔術師を選ぶ。
いつもそうだ。
「レオンハルトさん。バリスさんは上にいるそうですよ」
「ん」
ダミアンが受付でバリスの所在を確かめ、俺たちはそのままバリスの仕事部屋へ向かう。
「入るぞー」
いつものように遠慮も何もなくドアを開けると、机の前の来客セットのソファに、バリスがだらしない姿で転がっていた。
「ゴリラのくせに、そんなに飲んでどした?」
ローテーブルの上にはアルコール類の空き瓶がゴロゴロ転がっていて、それはまるで俺の前の宿舎みたいだった。
「飲むなら俺も誘えよ」
「アホか。学院生にそんな事言えるかよ」
力なく横たわるバリスは、今まで俺が見た中で一番荒れていた。
それもそうだ。
アイザックはともかく、レリシアはバリスと歳も近く、だから他の特級魔術師よりも親密だった。
一種の戦友のようなものだったんだと思う。
互いに切磋琢磨し、うまく関係を築いていたようにも思う。
そこに恋愛感情があったかは、俺にはわからないが。
「バリスがそんなんだと、俺もやりにくいんだが」
「お前な…少しはオレにも、傷心を癒す時間をくれよ」
「酒は減っても後悔は減らないぞ。この俺が言うのだから間違いない」
「ガキが偉そうなこと言ってんじゃねぇよ……」
そこでやっと、バリスが少し笑った。
俺はクズだから、これ以上慰めてはやらない。
「バリス、そんな傷心のお前に言うのもなんだが、気を付けろよ」
「……んなことわかってんだよ」
「お前も殺されるぞ。俺が生きている限りな」
特級魔術師を二人も殺した相手だ。諦めはしないだろう。
それにバリスは、俺の味方ではないにしろ色々と嗅ぎ回っている。相手からしたら目障りもいいところだ。
「お前が死んでも、オレが狙われなくなる保証はどこにもない」
「確かにな」
ならばやることは一つだ。
「早急に犯人を割り出し、とっ捕まえて黒幕を吐かせる」
そう言うと、バリスがニヤリと笑った。
「レオとは気が合いそうにないと思っていた」
「俺もだ」
やる気になってくれたようでよかった。
「それで、ダミアンまで巻き込まれたってわけか?」
姿勢を正し、バリスがダミアンに呆れたように言った。
「いえ、違います。逆ですよ」
「逆?」
は?と眉根を寄せるバリスに、俺はため息を吐き出して答える。
「俺は特になにもする気はなかったんだが、ダミアンがどうしても俺に手伝えと言うから、仕方なく犯人探しに協力することにしたんだ」
「仕方なくって、ひどいですね」
あははと、困ったようにダミアンが笑った。
「ともかく、犯人は俺の魔術に一切引っかかることなく、直接手を下すこともなく人を殺せるんだぜ。そんなやつダミアンとバリスだけじゃ捕まえられないだろ」
「腹の立つ言い方だが、確かにその通りだ」
チッと舌打ちを溢し、悔しそうな顔をするバリス。
「間違っていたら訂正して欲しいんですが、協会の誰かが魔族と繋がっているって聞いています。その誰かがレリシアさんとアイザックさんに命令したとすれば、必然的に特級魔術師の中に裏切り者がいると言うことですよね」
ダミアンが顎に軽く手を添えて言った。その内容は、間違いではないから俺は内心驚いた。
ザルサスが勘付いていたのだから、他にもそう言う奴がいてもおかしくはないと思うが、新参者のダミアンが知っていたことにこそ驚きだ。
「お前、案外やるな」
「まあ、一応特級に上がれたわけですからそのくらたいは」
謙遜して見せるダミアンだが、確かに特級魔術師に向いている。
向いてないやつと言えば、ペトロぐらいだろうか。いや、もう一人いるな。
「それで、特級魔術師たちのここ最近の動きを追うのはどうでしょう?怪しい行動をしているものがいれば、その方が犯人か、もしくは協力者ということになりませんか?」
確かに。まったく手掛かりがないのだから、ダミアンの言うことは的をいている。
「それでダメなら、魔族本人がやったということも考えなければなりませんね」
「魔族ねぇ」
「まあ、このフェリルに簡単に出入りできる魔族なんてそうはいませんが。そんな事をする奴は、ただの命知らずですよ」
ダミアンの微笑が、とっても怖い。今度シエルが来たら気をつけるように言っておこう。
「……魔族といえば」
そういや、俺はひとり心当たりがある。シエルと作ったリストにそいつの名前があった。
「どうした、レオ?」
途中で言葉を区切ったため、バリスが不審な顔で俺を見た。
「いや、なんでもない」
まさかな、と思った。
リストに載せたそいつは、2年前にすでに倒している。そいつの魔術は透過だった。物理攻撃を全て透過してしまうという、厄介極まりない奴だったが、魔術を使う瞬間だけ透過できないという欠点があった。
俺はその欠点をついて、案外あっさり倒してしまった。
そういう透過能力のある魔族が他にもいて、地下牢へ入ったのならどうだ?
いや、それでも、〈天眼〉に何かしら痕跡が残る筈だ。俺が見逃すわけがない。
だから、バリスたちには言わなかった。
封魔で力を制御されていても、自分の技術には自信があったからだ。
それから、ダミアンとバリスに特級魔術師の動向を探る事を任せ、俺は学院へ帰った。
俺も手伝うと言ったが、模擬戦があるだろとバリスに怒られてしまったため、とりあえず二人に任せることにしたのだ。
学院の宿舎に帰ると、入り口で部屋着のイリーナが待ち構えていた。女子の好きなモコモコのセットアップで、これまた女子の好きな淡いピンク色の部屋着だ。
そんな女子っぽいイリーナの表情はめちゃ怒ってますみたいな感じで、心当たりのない俺はちょっとだけ戸惑う。
「レオ、話があるんだけど」
「は?なんだよ。俺はもう疲れてんの。早く寝たいの」
「ダーメ」
えぇ?いつにもまして押しが強いな。
「しゃあねぇな。俺の部屋でいいなら聞いてやる」
そう言って宿舎へ入ると、イリーナは大人しくついてきた。
部屋に入ると、ピニョがベッドを占拠していて、スゥスゥと寝息を立てていた。まったく、ご主人様が帰ったのに、出迎えもないとは不出来な下僕だ。
「んで、何?」
ベッドの端に座って、改めてイリーナを見やる。イリーナは部屋の入り口に立ったままだった。
「レリシアさんのこと……」
「慰めようってか?」
俯くイリーナが、両手で部屋着の裾を掴んだ。
「あのね、」
「いらない。口だけの慰めなんていらない。そんなものはなんの足しにもならない。それに俺とレリシアはそんなに親しくもなかった。死んだからと言って、特に何か変わるわけでもない」
たった二か月ちょっと、同じクラスになっただけの奴に、かけて欲しい言葉もない。
それが飲み屋のねーちゃんなら、金を払った分は返してくれる。
イリーナには、そんな事を期待しているわけでもないしそんな気もない。ただのクラスメイトだ。
「でもちゃんと話した方が良いと思う。あたしはただのクラスメイトだけど、だからこそあんたの話をなにも考えずに聞いてあげられる」
「アホか。そんなことしても、なんの見返りもないぞ」
「見返りとか、そういうのじゃない。特級のあんたに媚び売ってやろうとかそういうのでもない」
あれ?こいつだんだん俺の思考を理解し始めたぞ。
「じゃあなんだよ?本当にクラスメイトとしてただ話を聞きにきたってのか?」
「そうよ。だってあんたの背中、苦しそうだったんだもん」
俺はそんなにわかりやすかったのかな?
まあいいや。
「はぁー。お前ほんと強情だよな。そんなんだから、感情に左右されてうまく魔力コントロールができなくなるんだ」
「そ、それは今関係ないでしょ」
大アリだろ。学院に入ったばっかのころを思い出してみろよと言ってやりたい。
俺はひとつ深呼吸をしてから、しゃあなし話してやった。
「俺とレリシアが知り合ったのは、協会に入ってすぐの頃だった。レリシアはまだ一級で、バリスとどっちが先に特級になるか、なんて言われていたところに、俺が一級魔術師として現れたから、二人とも多分めちゃくちゃ焦ってたと思う」
思い出すと笑えるけど、敵対心剥き出しの二人を相手に、俺もかなり嫌なガキだった。俺は特級になるつもりで協会に入ったから、二人の邪魔をして遊んでいた。
結果的に年齢のこともあって、バリスとレリシアが先に特級に上がったから、そういう意味で俺は一度二人に負けている。
「俺はガキで野良魔術師だったから、周りのあたりが強かった。一級魔術師に表立って嫌がらせをするような奴はいなかったから、特に気にしていなかったんだが、レリシアは嫌がらせばかりする俺を、叱りながらも受け入れてくれてた。特級になってもそれはかわらなくて、なにかと目をかけてくれていたんだ」
同じ階級同士の潰し合いはよくある。レリシアとバリスは俺の嫌がらせに対抗してくるような奴だった。
どんなやりとりがあったかは、機会があれば話すとしよう。
ともかく、俺は協会内で異物だったが、レリシアとバリスだけはちゃんと仲間だと思ってくれていたはずだ。
「フフッ、実はね、任務体験の時も口は悪いけれど仲良いのかなって思ってたの」
「アレで仲良いとか思えるお前はすごいな」
まあ、口汚く罵り合うのが俺たちのいつものコミュニケーションだったわけだけど。
「やっぱりショックだったよね。そんな人に、狙われたなんて」
「いや、そこまでじゃない。俺たちは魔術師だぜ。他人を蹴落としてでも、自分の立場が大事なクソばかりだ」
俺だって未だに、バリスをどうやって陥れようか考えている。魔術師なんてそんなもんだ。
「ただ……死んでもいいとは、思っていなかったけどな」
これも本心だ。挑んできたのなら力尽くでねじ伏せるが、命までは取ろうとは思わない。どれだけ殺されそうになったとしても。
その時、ピニョが何か寝言を言った。なんて言ったのかまではわからなかったが、そっちに気を取られていて、気付くのに遅れてしまった。
「今度はなんだよ?」
イリーナの女子としてもあんまり特徴のない身体が俺の前にあって、両腕を背中に回し、まるで幼い子にそうするように抱きしめてくる。
「よしよーし。ねーちゃんがいるからね!!」
「死ねよお前」
「カミルは喜んでくれるのに」
カミルと一緒にするな!!
ただちょっと、ほんのちょっとだけ心地よかったことは言わない。
昔、そうやって俺を抱きしめてくれた人がいたが、その人の方が女らしい体付きだったなと思い出した。
「ほらね、話してよかったでしょ?」
「どこがだよ…まあ、別に減るもんでも、話して困ることでもないからな」
イリーナが隣にちょこんと座った。
「クラスメイトにくらい、素直になりなよ!」
「時たま上からだよな、お前」
「フフフ、そのうち、あたしがあんたの上に立つのよ」
「まだ言ってんのか。無理なのに」
せいぜい頑張れよ。
「レオはいつも見返りがどうとか考えてるの?」
「んー。まあ、そういうふうになっていくんだ、魔術師ってさ」
「それって、なんか寂しいよね」
「確かに」
イリーナはまだ知らない。魔術師がどんなに腹黒く、汚いことばかりする奴らかを。そして俺も、そんな魔術師のひとりだ。
「イリーナ」
「ん?」
「本当に、見返りは欲しくない?」
「え…?」
深いエメラルドの瞳に、一瞬の動揺が見えた。
「話、無理矢理とは言え聞いてくれただろ?」
「ちょ、あたしが悪いみたいじゃない」
ムッとする頬に片手を添える。イリーナがビクッとしたが、俺はそのままジッと目を見つめて徐々に顔を寄せる。
「ね、ねぇ?ちょっと、レオ!?」
戸惑いながらも、だんだん頬が赤くなるイリーナが、急に大人しくなった。
触れるか触れないかのところで、イリーナが目を瞑る。
「アッハハ!冗談だよ」
サッと離れて、そう言って笑ってやった。我ながら渾身の演技力だった。
目を開けたイリーナが、フルフルと震え出す。
「この、クズ野郎!!刺されて死ねばいいのよ!!」
今度は真っ赤になって怒り出すイリーナに、俺は結構真剣に笑った。だって本当に面白かったんだ。
「最初に見返りなんていらないって言ったのはイリーナだろ」
「〜〜〜〜〜っバカ!!」
大声で叫ぶと、イリーナはそのまま部屋を飛び出していった。
「アハハッ、バカはどっちだよ」
「ピニョは一部始終を見ていましたです。それで、あえて言わせてもらいます。レオ様は本当にクズです。女の子の敵です」
いつのまにか起きていたピニョが、ジトーっとした目で睨みつけてくる。
「いつか本当に刺されて死んでも、ピニョは知らないのです」
「辛辣だな」
でも俺がクズなのは、イリーナだってわかってるよな?
だから今のはセーフです。
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