第55話 模擬戦⑤
★
模擬戦二日前。
「ホントムカつく!!」
イリーナがダン、とテーブルに拳を叩きつけた。
昼時の食堂である。
「あ、あはは……」
「笑わないでよ!リア!」
昨晩の一部始終の出来事を話し終えたところだった。そのため、イリーナは思い出し怒り状態であり、そんな彼女にかける言葉も見つからないリアが愛想笑いを返す。
「レオの奴、誰とでもあんなことしてんの?そのうち刺されても文句言えないよ」
「一応心配はしてるんだね……」
「当たり前でしょ!クラスメイトだもん」
とは言いつつ、イリーナの胸中は複雑だ。
あんなやつ好きじゃないと言いつつも、昨日は確かに心臓が飛び出しそうなくらいにドキドキしたし、正直嫌だとは思わなかった。
それが揶揄われただけだと知って怒りもしたが、同じくらいに、心配にもなったのだ。
この人、これで大丈夫?と。
そう、例えるなら弟のカミルに対する感情と似ている。
「あたしが面倒みてあげないと」
「イリ、それって…」
と、リアが言いかけたところに、
「イリーナぁ、それドツボにハマったっていうんだよぉ!!」
などと言ってはいけないことを言ったのはミコだった。その横でエナもニヤニヤとしている。
いつのまにか二人は、昼食のトレーを持ってイリーナとリアの側にいたのだ。
「なっ、ドツボってどう言う意味よ?」
思わず持っていたスプーンを取り落としそうになったイリーナに、隣に陣取ったミコが言う。
「だからぁ、うちらと一緒でダメな奴ほど可愛く見えるってことよー」
「そうだよ!なんだイリーナもあっしらの仲間じゃん」
同じくリアの隣に陣取ったエナが追撃する。
「そ、そそそ?そんなことないもん!!べ、べべ別にあたしはっ、ただのクラスメイトとして心配してあげてるだけだし!!」
「またまたぁ」
昼食のパンを可愛らしい大きさに千切りながら、エナは言った。
「そういうのって、庇護欲っていうの。それだけレオちんの事が気になってんのよ!」
キャハハッと二人が楽しそうに笑う。
それは正しく、リアがどうやってオブラートに包んで言おうかと悩んでいた言葉だった。
「でも!レオは弱くないよ!?なんでそんな、庇護欲なんて……」
「弱いって別に強さの事じゃないよ?」
「そうそう。むしろ強い分、別のところが弱くなんの!特にレオちんみたいなのって、絶対友達いなさそうじゃん」
二人の言っていることは、相変わらず難しい。同じ歳の女の子同士なのに、イリーナにはあまり理解できない。
「だかさぁ、レオちんはきっと、そうやって寂しさを紛らわせてるんだよ」
「ダメな男ほど、構ってちゃんなんだよぉ」
ねぇっとニコニコ語る二人に、イリーナはますます訳の分からない話だと首を傾げる。
「イリーナもそのうちわかるよ!」
「そうそう!レオちんが弱ってる時、側にいてやりなよ?それでもうイチコロなんだからね!」
「男ってチョロいよね!」
「ねぇー!」
確かに、昨日は多分、ああして話に行ったのは正解だったと思う。そしてちゃんと、心の内を話してくれたし、それで少しは楽になったのではないかと、イリーナは勝手に思っている。
その証拠に、今日のレオは少し明るい。
昨日のピリッとした雰囲気は無くなり、いつものようなちょっとダラけた彼に戻った。
悲しみは消えないけれど、分かち合えると分かってもらえただろうか。
そう考えて、確かに今まで分かち合える人がいなかったのなら、それはとても辛く寂しい事だっただろうと思い至る。
なるほど、エナたちが言っている弱さは、そういうところの事なのだろう。
「なんかちょっと分かった気がする」
イリーナが呟くと、エナとミコがニッコリした。
有り余る強さのせいで、早くに大人の世界で生きていくしかなかったレオの、精一杯の寂しさの紛らわせ方なのだ。
見返りがどうとか言って誤魔化さないと、人に頼る事も出来なかったレオの、可哀想なところなのだ。
「ちょ、イリーナ…何泣いてんの?」
エナがギョッとして、リアがサッとハンカチを取り出してイリーナに渡す。
「だって、わかっちゃったら悲しくて……あたし、あいつがどんだけクズでも見捨てない……」
シクシク涙を流すイリーナに、ミコがポツリと言った。
「こりゃ完全にドツボだわ」
★
「へっくしゅ」
「レオ?また風邪か?」
昼食時の食堂。ユイトと食事をしていると、急にくしゃみが出た。
「違うと思う。そんな頻繁に風邪ひくほどやわじゃない」
「んー、なら誰かお前の噂でもしてんじゃないか?」
「俺がイケメンとか、そういう感じの?」
「逆だろどう考えても。レオがクズとかそういう」
失礼だな。
「クズは言われ慣れてるからくしゃみはでません」
「本当かよ……」
つか、噂してんのなら誰だよ、俺の話なんかしても楽しくないだろうに。
変な奴がいたもんだな。
模擬戦前日。
翌日の模擬戦の準備の為に、この日の授業は午前までだった。
ギスギスした雰囲気の教室をさっさと出た俺は、廊下でバリスに捕まった。
「おい!聞いたぞお前のクラス」
「なんの話だよ?」
逃げられそうもないので、バリスと並んで廊下を歩く。途中、すれ違った学院生がバリスと目が合わないように視線を落としているのを見た。
「レオがリーダーらしいな」
「そうなんだよなぁ。押しつけられた」
「目立つなって言っただろ」
「仕方ないだろ!それにさぁ、俺にリーダー押し付けたクセにあいつら全然俺を守る気ないんだぜ」
「そりゃ全く守りたくなるような顔してないもんな」
「ゴリラの僻みか?」
「殺すぞ!」
とか言いながら、俺たちは学院の外へ出る。なんでついて来んの?とおもったが、バリスも協会に行こうとしていたんだと気付いた。ただ一緒に歩いてたんなら恥ずかしいと思っていた。バリスには悪いけど。
正門の外にダミアンがいた。
「レオンハルトさん!ちょうど今行こうと思っていたんですよ!」
急いできたようで、軽く息を切らせている。
「どうしたんだ?」
バリスと顔を見合わせる。ダミアンがさっと辺りを見回し、人がいないかを確認する。
「この間、特級の方々の行動を調べるという話をしましたよね」
「ああ」
ダミアンはそこで、さらに声を小さくした。
「レリシアさんとアイザックさんが殺された日の前日から、ペトロさんの行動が掴めませんでした」
「ペトロ?」
俺は少し驚いた。
「そうなんです。ペトロさん、もともと家がないので、行動を追うのに少し手間取ったんですが」
ペトロは家が無い。
変わったやつなのでさして驚きはしないが、そうか、あいつ家が無いのか。だからたまに俺の宿舎で寝ていたのか。
という、俺の複雑な心境はさて置いて。
「明日の模擬戦はペトロが来る……なんか怪しく無いか?」
バリスが太い腕を組んで言った。
確かに、レリシアとアイザックが殺され、アリバイもなく、さらには明日俺のいる学院に来るというのだ。それはもう、グレーを通り越して黒だと思われてもおかしくはない。
「ともかくレオンハルトさん、明日あなたの敵は特級魔術師のペトロさんになるかもしれません」
「えぇ……ちょっと待てよ。ペトロはそんな、あれだよ?そんな感じじゃないよ?」
という俺に、バリスとダミアンが厳しい顔をする。
「そうは言うが、現にお前の固有魔術を嗅ぎ回ったりと、普段から行動が怪しい」
そういえばそうなのだが。
「まあ明日になればわかるだろ」
と言うしか、俺にはできることがない。
「協会には黙っていましょう。大事になると、ペトロさんに勘付かれてしまうかもしれません」
ダミアンが言って、バリスもそれに同意を示した。
「レオは模擬戦に集中しろ。ペトロはオレがなんとかする。間違っても固有魔術は使うなよ」
そんなこと言われても、
「使えないから心配するなよ」
封魔のせいで、久しく固有魔術なんて使ってない。
「僕も明日は学院に行きます。何かあれば援護します」
というわけで、俺は明日、模擬戦しながらペトロを警戒することになった。
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