第56話 模擬戦⑥
模擬戦当日。
俺たちは、いつもの広場に集まっていた。
模擬戦は4クラス総当たりで勝ちを多く取ったクラスの優勝となる。
同点がいた場合は再戦。勝った方が優勝。同じように、下位決定戦もある。
「あたしたちの初戦の相手は2組だね」
クラスごとに配られたスコア表を見ながら、イリーナが言った。
「2組ってキルシュのクラスだよな?」
ユイトが2組の方へ視線を向けながら言う。俺たちと向かい合う位置に2組が円陣なんか組んじゃったりしているが、俺たち1組には、そんな団結力は皆無だ。
「キルシュ、最近頑張ってるみたいだね」
「……元々の魔力量の差は超えられない」
放課後の訓練にたまに来るキルシュは、得意の水系統の魔術の腕をちゃくちゃくと上げている。
が、それでも、ユイトの完全詠唱の〈火炎弾〉に負ける。
それは変えられない魔力量の差。だが、だからといってユイトに勝てないわけでも無い。
魔力量の差で超えられないのなら、技術で超えるのが高ランクの魔術師なのだ。
「キルシュは要指導だ」
そう言うと、イリーナがクスリと笑った。
「なんだよ?」
「レオって意外に面倒見がいいよね」
「そんなことはない」
学院生活を充実させるためだ。決してお人好しの慈善活動じゃないし、なんなら協会に入ってから俺が楽するためだ。
「お前らあああっ!準備はいいかあああっ!!」
そうこうしていると、バリスの雄叫びが広場全体に響いた。
一年生全員があまりの声量に耳を塞ぐが、バリスはお構いなしに続ける。
「死ぬ気でやれ!!!!」
その瞬間、うおおおおおっと、一年生が雄叫びを上げる。
盛り上がるのはいいが、死ぬ気は不味いだろうと思ったのは俺だけのようだ。
「レオ、協会のお偉いさんって誰だ?」
雄叫びにかき消されないようにユイトが叫んで聞いてくる。
「私も知っているような人?」
リアも興味があるようで、教師たちが集まっている広場の端を見ている。
俺も同じ方向を見た。ペトロは……あ、いた。
「あの端にいるのがペトロという特級魔術師だ……えーと、今日は明るいブロンドの女だ」
ペトロは教師陣の端っこで、コソコソと隠れるようにしていた。
「あの子が…特級?」
「ん。言っておくが最年少は俺だ」
「元でしょ、元」
イリーナが間髪入れずに突っ込んできた。まったく心のこもっていないツッコミで、俺はちょっと悲しい。もはや条件反射のようだ。
「ものすごく……可愛い」
ユイトの鼻の下が伸びている。
「可愛いのは見た目だけだからな。年齢も何もわからんような奴だ」
「そんなことはどうでもいい。見た目さえ若ければ気にしない」
誰か!ユイトを正気に戻してくれ!!
「ともかくペトロには気を付けろ。あいつ、レリシアとアイザックが殺された日の前日からアリバイがない。従ってあいつが犯人じゃないかと疑っている」
限りなく黒に近いのだから、疑わないという選択肢は無い。
「じゃあ、あの可愛い少女が二人を殺し、またレオを狙ってるって事だよな」
「そうなる。それと、俺の事を知っているお前らも危ない。多分」
そう言うと、ユイトはキリッと表情を引きしめた。鼻の下は伸びたままだが。
「わかった。気をつける」
ユイト、イリーナ、リアは深く頷いた。
一回戦目は、俺たちの1組と2組の試合だ。
他のクラスや教師らに見守られながら、俺たちは広場の中央で2組の面々と向かい合う。
パッと見た感じ、2組にこれといって目立った魔力を持つものはいなかった。みんな平凡な四元素の魔力だ。
それに、やや水と土系統に偏っている。
「くれぐれも大怪我するんじゃないぞ」
バリスが念を押すように言って、魔力を練る。
「〈強化〉」
広場内の指定された範囲が〈強化〉によって補強される。1組と2組全員の身体補強が完了。間違っても死者を出さないためだ。無詠唱で効果の内容を変えている。ただ強度を上げるためだけのものだ。
今回は魔道具の使用が認められている。もちろん剣や弓を持つ学生もいるから当然の措置だ。みんな早く魔道具の練習の成果を見せつけたいハズだ。
バリス(脳筋力押し野郎)にしては繊細な魔力コントロールだなと思った。
「強化で怪我はしないようにしたが、衝撃によるダメージは入るからな。くれぐれも無茶するなよ……んじゃ、1試合目、開始」
淡白な一言。
ただそれだけで、模擬戦1試合目は始まった。
「〈体動せよ:土流〉」
2組の誰かが五級魔術で広場の土を抉った。大した変化は無いが、広場の地面が凹凸する。
「ハッ!なんだよそれ!?」
「そんなヘボい〈土流〉でなにができるんだよ?」
1組の面々がバカにしたように笑う。
「お前ら1組は協調性ってしらねぇの?」
2組が嘲笑うように言って、さらなる魔術を発動する。それはキルシュが先導する形で起きた。
「〈鎮る水面、清流の流れ、洗い清めよ:水波〉」
何人かで補強し合うようにして放たれる水の流れ。
それは地面に出来た凹凸を流れ、あっという間に渦を作る。流れはさらに土を掘り、渦は瞬く間に幾つかの水柱を作った。本来波を生むだけの〈水波〉で形を作り、尚且つ複数人で魔力供給することで維持している。
「マジかよ……」
ユイトがその水の柱を眺めて呟く。
2組は個々の技量では他クラスに勝てないと踏んで、集団戦闘の理を取ることにしたようだった。
「そんなもんで俺たちを止められるか!!」
と、勢い勇んで1組の面々が走り出す。それを見越したように、うねりをあげて暴れ回る水柱に、翻弄される1組諸君。
ユイトが咄嗟に放った火炎弾が、水柱にあたってジュッと音を立てて消えた。
他のクラスメイトの放つ魔術のことごとくが、同じような目に合っている。五級や四級の四元素の魔術では、結託して魔力を込める2組の水柱には敵わない。
「うわぁ……めっちゃおもろいんだが」
俺の素直な感想に、イリーナがキレた。
「笑ってる場合じゃないでしょ!!」
そう言うと、イリーナは俺の背中を思いっきり蹴飛ばした。
「おえっ?あっ、ちょ!?」
体勢を崩し、つんのめる俺の前に一本の水柱が迫る。円環の下に存在する水柱が、抉れた広場の地面をけっこう高速で移動してくる。
「〈数多の呪、想像の術、塵と成りて消滅せよ:解術〉!!」
リアが美しい声と滑らかな口調で詠唱し、矢を放った。
その矢は、水柱を形成維持するために魔力供給され続けている円環を見事に撃ち抜く。
「ナイス、リア!」
「エヘヘ」
ペロッと舌を出すあたりあざと可愛い。大好き。弓を持つ凛とした姿は、まさに俺の心を射抜く天使のようだ。
というのは今はいいとして。
「リア!他の水柱も、円環を狙え!」
「わかった!!」
効果維持のため出しっぱにされている円環。これは大きなミスだ。キルシュが提案したのなら説教ものだ。
工夫を凝らしたつもりだろうが、まず、本物の魔術師は一撃一発を優先する。円環が破壊された場合のリスクとして、一定量の魔力を消失するしダメージがある。それを回避するために、速さを追求した詠唱が主流となっているのに、キルシュはそれに気づかなかった。
ただ、2組は何も、水柱だけでこっちを倒そうとは、当然思っていないわけで。
「ユイト!左右から来るぞ」
「ああ、わかってる!!」
水柱は多分、インパクトを出すための目眩しでもある。
メインは左右からの挟撃。正面の水柱に気を取られていた数人が、真横から〈風撃〉を食らっていた。
向かって右側へユイト、左側へイリーナが向かう。
2組は正面に8人、左右に6人ずつの攻め手を作った。中央8人は魔術特化らしく、左右の6人を魔術で援護しながら正面を制圧する気だろう。
こっちは本当に適当な動きで、左右から敵が来ると、きっぱり二手に分かれやがった。
「あ、あれ?お前らそんな適当に動いたら、」
と、水柱がリアの手によって全て消滅。凸凹の地面を挟んで、相対する2組の8人と、俺。
「オメェリーダーだろ!それくらいひとりでなんとかしろよ!」
「ぜってぇやられんなよ!!」
「俺らが2組倒してから死ね!!」
いっそ清々しいくらいの言い草だった。
「レオ!こっちは任せて!」
「おれも問題ない」
叫ぶイリーナとユイトは、さすが俺が毎日特訓しているだけあって、上手く立ち回り相手を圧倒している。
そこに他のクラスメイトが押しかけ、2組の挟撃部隊はあっという間に苦戦を強いられている。
「レオくん!!ぼくたちは負けない!!」
キルシュが俺を睨みつけながら叫ぶ。
「ったく、いいぜ!そっちが何人いようが、俺ひとりに敵いはしないんだからな!」
挑発に挑発で返し、ニヤリと笑ってやる。すると、キルシュを含めた4人が走り出す。残りの4人は、左右の援護に回る。
「〈大地を抉り、岩をも砕け:水弾〉」
接近してきた二人が同時に水球を放つ。後方回避を選んだ俺の後ろに、もう一人が詠唱で防壁を築く。
「〈躍動の地、静寂の地、堅牢なる盾となれ:大絶〉」
それは俺の身長より少し高いくらいのもので、咄嗟の回避を妨げるには十分だった。
「っ、〈炎撃〉!!」
仕方ないので、〈水弾〉を〈炎撃〉で相殺する。
ものすごく適当に構築した魔術名だけの〈炎撃〉は、ギリギリ〈水弾〉の威力を上回った。
それだけで心臓がドクンと脈打ち、思わず呼吸が乱れる。
「レオくん!降参するなら今だよ!」
逃げ場を失った俺に、キルシュがそう言って〈水波〉の詠唱と円環構築を完了させる。
押し流して壁に叩きつけようという、エゲツない作戦のようだ。
「逃がさない!!」
他の3人も同じく〈水波〉を構築。魔力の流れを再開させれば、その瞬間鉄砲水のような〈水波〉が放たれるだろう。
「俺がいいことを教えてやろう、キルシュ」
勝ったと確信しているキルシュたちだが、それは早とちりだ。まだまだ甘い。
「魔術師は容赦しない。敵を追い詰めたならおしゃべりしてないでさっさと殺さないと」
そう言うとキルシュが困惑した表情を浮かべる。
学院生同士の決闘や、授業での試合ならばこの時点で決着となるだろう。四人の同時攻撃に対抗するには、相手と同じ魔力量の魔術を四つ構築して相殺するか、単一魔術で上回るかしかないからだ。
魔術師として技術も経験もある俺にとって、それは簡単な事だ。
魔力量で上回れないのなら、魔術を使う者を止めればいい。
「〈紫電の檻、地に縫い止めよ:雷縛〉」
バチチッと、一瞬空気が爆ぜる。広範囲に広がった電気の網が、触れた者の動きを止める。電流によるショック状態を引き起こす。
その効果を、俺を取り囲んでいた四人がもろに受け、バタバタと地面に倒れる。苦しげに呻いているから、全員死んではいない。
「うあっ、な、なんで…?」
キルシュが地面に這いつくばって口をぱくぱくさせている。
「魔術ってのは、ハデなだけじゃダメなんだぜ」
〈雷縛〉は地味な魔術だが、効果は抜群だ。主に集団を制圧するときに使用する。一度に広範囲の人間を再起不能にできるからな。
今回はまあまあ威力を抑えたから、すぐに動けるようになるだろう。
「くっ、またレオくんに負けた……」
「だから俺に勝てるわけないんだって、なあ?」
と、クラスメイトたちを振り返る。
あれ?と思った。
「なんでみんな倒れてるの?」
戦闘中だったハズのクラスメイトたちや、2組の奴ら全員が地面に這いつくばってピクピクしている。
「お前の電気ビリビリのせいだろうが!!!!」
ユイトに怒鳴られた。
なるほど。2組の巻散らせた水のせいで、どうやらみんな感電したらしい。
「1戦目、勝ったのは1組だな」
シンとする中、バリスが言った。見ていた他クラスの学生も、教師たちですら、誰もなんの歓声もあげなかった。
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