第124話 死者2
☆
歓迎ムード全開の住人たちが案内してくれたのは、この集落唯一の酒場だった。
俺たちはその酒場の中央のテーブルに案内され、しばらくして出された豪華な食事とフェリルでもなかなかに手が出せないようなボトルの酒を勧められた。
「ロイネ、元気そうで何よりよ。何年ぶりかしら?」
「……さあ」
「ザルサス様はお元気?いつもこの村を支援してくださって助かるわ…何せこの霧だもの、作物も育たなければ、交易もできなくて」
「……ん」
と、いまいち噛み合わない会話が繰り返される側で、俺は向かいに座るシエルと視線を交わす。
何がどうなってると思う?と。
シエルは俺の視線に気付くと、キザったらしくウィンクしてきた。死ね!!
「みなさんは、ロイネとお友達なのよね?」
酒場の店主だという、エプロンを付けたふくよかなおばさんが、気さくな笑みを浮かべて言った。
「友達、というか、同僚だ」
「同僚?あなたも魔術師なのかしら?」
「そうだ。俺はレオ。金獅子と呼ばれている特級魔術師だ」
そう答えると、おばさんは肉付きのいい頬をプルプルさせて笑った。
「あなたが噂の!ずいぶんお若いのね!ロイネも若くして魔術師になったけれども」
「そうなのか?」
ロイネの方へ視線を向ける。相変わらず心ここにあらずといった表情で出された料理を見つめている。
「ええ、ロイネが18の頃よ。協会から魔術師の方がお見えになってね。この子には特別な力があるから、是非協会で魔術師にならないかってお声がけがあって」
おばさんの話は、特に珍しくも無い話だった。
万年人手不足の魔術師業界は、各地で直接人材の確保も行っている。家の事情で学院に入れない者や、自分が魔力持ちだと気付いてない人間を積極的に取り込もうとしているのだ。
それと、各地の不思議現象の調査も行っていて、それらは大抵、魔獣や魔族、ドラゴンのような生物の所為だったりするので、逐一協会へ報告してくる。
その不思議現象の中には、時々固有魔術が関係していることもある。ロイネはどうやら、そのタイプのようだ。
「懐かしいなあ。この村から特級魔術師が出たこと、誇りに思うよ」
隣のテーブルについていた若い男が言った。それに同調する声が、店内の他の場所からもあがる。
「ロイネの魔術はオレたちを救ってくれた。今でも感謝しているよ」
「そのお陰でわたしたちは、とても幸せに暮らしているの」
ここではロイネは、まるで神様のように扱われているなと思った。みんながみんな、ロイネを大切にしている。
最初に感じた違和感さえなければ、活気があって笑顔が溢れていていい村だとさえ思う。
そんな村を強力な結界で覆い、生活品や食料の援助を行い、世間から隔離している理由はなんだろう?
俺はこの幸せそうな村人たちを、解放しなければならない。
今の俺に、この人たちを殺せるだろうか。
無理だ。
確かに感じる違和感は見過ごせない。でも、こうして話している分には、他の人と変わりない。
ともかく、真相はロイネに聞いてみることにして。
「ま、とりあえずありがたく食おうぜ!任務は旨い酒と飯がある方が捗るしな!!」
と、俺はいつもみたく、ただ飯とただ酒に手を伸ばす。
任務って面倒だが、時々こうして歓迎されることがある。そんでもって俺は遠慮したことがない。クズだもの。出されたものはなんでも限界までいただく。
「程々にしなよ」
と、呆れたように言うシエルはすでに酒に手をつけている。
「レオ様っ、このローストビーフ最高ですぅ!!」
ピニョは両頬をハムスターみたいにしていた。
なんだコイツら?さっきまで不審な顔してたくせに。
まあいいか。
「可愛らしい女の子なのに、いい食べっぷりね!腕がなるわ!」
「ピニョは大食いだからな」
「レ、レオ様!仮にも女子に向かって大食いは失礼ですっ!!」
「事実だろ」
だってドラゴンだし。
顔を真っ赤にするピニョだが、取り皿の上に乗った食いもんを見てる俺の方が恥ずかしくなるわ……
「アッハハ!面白い子たちね!どうぞ寛いでいってね!」
おばさんが厨房へ戻ると、他の住人達が入れ替わり立ち代わり話しかけてきて随分と賑やかな食事の席になった。
楽しい時間はあっという間で、昼前から始まった歓迎の宴は、窓の外が本格的に暗くなっても続いた。
俺は各地で体験した任務の話をしてやった。シエルは圧倒的に女性に人気で、話しかけてくる人全員にそつなく愛想よく対応し、ピニョはひたすら出てくる料理を食べ尽くした。
ロイネだけは、ひとり眠そうにテーブルについていて、気のせいかも知れないが、どこか悲しげな瞳を時折住人達へ向けていたことが気になった。
宴席の合間、急に立ち上がったロイネがフラリと酒場の外へ向かう。
盛り上がっていた村人たちがそれとなく、ロイネの行き先を目で追った。
見つけた獲物を逃さない、とでも言いたげだと思った。
「悪ぃ、飲みすぎた。ちょい外で頭冷やしてくるわ」
咄嗟にそう言って、俺はロイネの後を追う。
シエルが目で何か訴えかけてきて、俺はさっきの仕返しとばかりにウィンクしてやった。
酒場の外へ出る。暗くなった集落を、家々の窓から漏れ出る光だけが照らしていた。酒場に集まらなかった住人も多いようだ。
ロイネは舗装された道の先、集落の入り口とは反対の方向へ歩いていた。
フラフラで危なっかしいのは変わらないが、目的地がハッキリしているようだ。
しばらく後ろを歩く。少し距離を開けてついていくが、ロイネだって特級魔術師だ。俺が後をつけていることなんてバレているだろう。
辿り着いたのは一軒の家だった。他のとさして変わらない普通の家だ。子どもでもいるのか、楽しげで騒がしい声がしている。
その家の前で、ロイネは立ち止まった。ただ立ち止まっているだけで、ドアをノックすることもなければ、窓をのぞいたりもしない。
「知り合いの家か?」
ロイネが何を考えているかなんて知ったことではない。そして俺は早く任務を終わらせて帰りたい。
だから、無遠慮に声をかけた。
「ボクの…家」
「そうか。入らないのか?」
ここはロイネの生まれ故郷で、当然そこには実家が存在する。普通ならあいさつのひとつやふたつ、交わすところだろうと思う。
「入らない……入れない」
「はあ?」
その曖昧な言葉に…というか、ロイネの喋り方にだんだんイライラしてきた。
もうちょいハッキリシャッキリ言えよ!!
「お前、眠いのはわかるけど、ちゃんと色々説明しろよ。ここの住人に何があったんだ?」
任務はここの住人を解放する事だと聞いた。そして本来は深入りするべきじゃない。何があろうと、任務の終着地は変わらない。上が下した決断を現実にする。守らなければこの世界の力関係が崩壊してしまう。
魔術は便利なもので、誰かの命を救うことができるが、逆にひとりの魔術師の独断が最悪の事態を招くこともある。
でも俺は思う。
終着地は同じだとしても、「はいわかりました」と全てに従うことが正しいとは限らない。
特級魔術師として、他に無い力を持っているのだ。結果だけを求めるのは性に合わない。
「レオ…」
振り返ったロイネの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「あ、え?ご、ごめん!!」
ちょいキツく言い過ぎたか?
いやでも、泣かせるつもりならもっと怒鳴り散らしてる。俺はそういう人間だ。
「ここをこんな風にしたのは……ボクなんだ」
泣き出したロイネを咄嗟に抱え、俺はひとまず人気のない集落のハズレまで運ぶ。
女を泣かせることは多いけど、思えばとんでもなくくだらない理由ばかりだったなと思った。誕生日イベントに行けなかっただとか、ツケ代払わなかっただとか、そんな感じ。
でもこの時のロイネの涙は、なんていうか、後悔や懺悔で溢れていて。
俺と同じだと気付いた。
過去に取り返しのつかないことをした。その結果今も、ずっと囚われている。
「ボクの…固有魔術は、変換すること……ボクは……してはいけないことをした」
訥々と話し出した内容は悲惨なものだった。
時に魔術は、魔力を持つ者だけではなく、その周囲にいる人々にも影響を及ぼす。
それは必ずしも良い影響だけじゃない。
魔力自体に善悪は無い。
結局それを扱う者に、全ての判断は任される。その結果起こったことへの責任も、背負うのは自分だけだ。
どうやらロイネは、その責任に押し潰されそうになっていたようだった。
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