第93話 フェリル防衛戦⑧
☆
イルヴァ隊と行動を共にして、二日目の朝。合流地点の軍部正門前。
「レオ様……ピニョは不安でしかたなくて、こうしてついて来たわけですけど」
「ついて来るなって言ったのに」
ほら見ろ。イルヴァが俺とピニョを二度見した。赤いポニーテールが高速で揺れてる。
「レオンハルト・シュトラウス」
イルヴァは俺をフルネームで呼ぶ。よく噛まないで言えるなと思う。一応気を遣って、いつもレオでいいぜと最初に言うようにしているのに。
「なんでしょう隊長」
「その子どもは、なんです?」
「ペットです」
イルヴァの後ろで、我関せずといった顔で成り行きを見るでもなく見ている隊員たちが、俺の発言に眉根を寄せた。
「ペット……?」
「そうです」
「レオ様、ピニョはペット扱い歓迎ですが…みなさんの精神に多大な影響をあたえているです。訂正して、ここはこ、ここ、恋人と答えておくのはどうです?」
真っ赤な顔で見上げてくるピニョを、俺は無視した。
「ゴホン。あなたは仕事をなんだと思っているのですか?」
ごもっともな質問だ。
「ほらピニョ、聞かれてるぞ」
「ほえ?ピニョにです?違いますです、レオ様に聞いてらっしゃいますです」
「アッハハ、お前面白い事言うな、ピニョ」
笑ったのは俺だけだった。
「……ピニョは俺の相棒だ。回復魔術が得意なんだ。魔術師としては、相性の良い魔術師同士組むのは珍しくない。それにまだガキだし許してやってくれ」
必殺、取り繕うの術だ。言い訳の術とも言う。口から出まかせの術とも言う。
「……わかりました。正直、われわれには、魔術師の方の考えていることがよくわかりませんし。しっかり自分の仕事をしてくださるのなら、問題ないと判断します」
もう何を言っても無駄だ、という顔だった。俺は割と、こういう顔をされることに慣れている。
「ピニョ、くれぐれもみなさんに迷惑はかけるなよ。それからちゃんと仕事するように」
「はいです!!」
何をするのかも知らないハズのピニョが、張り切って返事をした。
そんな感じで本日も街の巡回が始まった。
残暑が厳しい中を、俺たちはイルヴァに着いて歩く。今日も変わりなしだ。
本日は昨日と別の区画を巡回する予定だった。フェリルの街をぐるっと囲む外壁には、東西南北四つの出入り口がある。そのうちの一つ、北門まで行く予定だ。
歩きながら異常がないか確認して、時たま手を振ってくれる女性の相手をしつつ、俺たちは順調に先へと進む。
基本的に無駄話をするとイルヴァに睨まれるので、ほかの隊員たちと話をすることもない。
ピニョは話しかけると調子にのるから、そもそも声をかけようとは思わない。
バリスたちはもう魔獣と闘ったりしているのだろうか?
なんて、暇な脳みそで考えていると、
「隊長!!」
と、ひとりの隊員が声を上げた。
その声に反応するまでもなく、前方が騒がしいことに気付く。そこには、今俺たちが向かっている北門があるはずだ。
あともう少しで北門に辿り着く位置まで来ていたが、蜘蛛の巣みたいに入り組んだフェリルの街の所為で、建物が邪魔をして北門を見ることはできない。
「何がおこっているのでしょう」
イルヴァが冷静に呟く。
北門の方向から聞こえるのは、ただただ騒がしい声だけだ。
「レオ様」
ピニョが俺の服の袖を引く。同時に俺にもわかった。
「魔獣の気配だ。数が多いな」
「はいです…」
俺たちの言葉に、イルヴァが反応した。
「魔獣?ここへ向かっているということですか?」
「ああ。具体的な数は…」
眼を閉じて魔力を練る。魔力感知だけでは細かいところまでは把握できない。
「〈第七の瞳、全能なる瞳、余すことなく映し出せ:遠視〉」
完全詠唱で、出来るだけ広範囲を索敵する。視野を前方に固定すれば、魔力を集中させる事ができるから無駄なく遠くを見通すことができる。
「北門のすぐ側だ。もう少しで魔術師と会敵する…数は約300……多くはないが、最近流行りの人型だ」
東部の件以来、出来損ないの人の形をした魔獣が増えていると聞いている。魔獣は本来、動物が魔族の魔力の影響を受けて発生したり、魔族の能力によって生み出される。
それをあえて人型にしているとなると、悪趣味過ぎて反吐が出る。
「300って、十分多いじゃないですか!!」
「いや、魔術師にとってはそうでもない」
むしろ来る前提で構えている魔術師ばかりだから、問題はないはずだ。
……魔族さえ混ざっていなければ。
「レオ様、ピニョが先にでます」
俺と同じく、その気配に気付いているピニョが言った。駆け出そうとするのを、銀色のおさげを掴んで止める。
「ふぎゃっ!?な、なんです、レオ様!?」
「俺も行く」
ふえ?と、首を傾げるピニョをよそに、俺はイルヴァへと向き直る。
「悪い、用事ができた。俺は先に行く」
「そんなのダメに決まってい、」
「〈天の理、地の理、我らを阻むものなし:転移〉」
イルヴァの言葉を最後まで聞いている余裕は無い。どうせ怒られるだけだ。
俺はピニョのおさげを掴んだまま、〈転移〉を発動させた。
向かったのは北門の外だ。
昨日考えていたことを思い出す。
外に出る良い口実ができたと思った。
バリスやザルサスには悪いが、俺はやっぱり、前線で敵と戦うほうが性に合っている。
少なくともそうすれば、誰にも恨まれることはないからな。
それに、あの少年にも言った。金獅子がこの街を守ると。
俺はクズだが、幼気な少年と交わした約束くらいは守ってやる。
視界が開ける。残暑厳しい太陽の光が、俺の片方だけの網膜を焼く。
建物が周りにないだけで、眩しさの度合いが違うなと、実際にはそんなはずないのに思った。
「うわっ!?レ、レオ!!」
すぐ隣で叫び声がした。よく知ったその声は、見なくてもわかる。ジャスだ。
「うるさい」
「うるさい、じゃなくて、お前なんでここに?学院は……って、なんで軍の戦闘服?それにどうしたんだ、その眼?キャラが混線してるぜ」
「うるさい!!」
そんなこと言われなくてもわかってるわ!!
つかジャスと会うの久々だな。アルバイト事件から今まで全く鉢合わせなかった。
「それより状況は?」
聞きながら周囲を確認する。ちょうど北門のすぐ外の、誰かが土系の魔術で造った防壁の内側だった。
「魔獣がおよそ300匹。その後ろに、驚いたことに魔族様が控えてらっしゃる」
「偉いお客さんだな」
「レオ様、ふざけている場合ではないです」
ピニョがジャスから身を隠すようにして言った。
「ピニョちゃーん!!会いたかったああああっ」
「イヒィィイイ!?レオ様!!犯罪者がここにいますです!!」
ジャスは本当に見境がない。年齢差なんて愛のためにはどうでも良いらしい。クズだ。
「お前は彼女いるだろ。それ以上汚い手でピニョに触れるな」
「ヒドッ!?クラスメイトの男ディスるなんてお前ほんとクズだな」
ダメだもう。可哀想なミコ。
「黙れっ!!!!」
「今どんな時かわかってんのか!?!?」
「状況も把握できねぇガキはすっこんでろ!!!!」
隣の防壁から怒鳴り声がした。他の魔術師たちだ。どうやらちょっとうるさかったようだ。
慌てて声を小さくする。
「ここの指揮は誰がとってるんだ?」
「サイモンだよ」
「は?誰だそれ」
俺も知っているやつなら話が早いと思った。多分一級の魔術師が指示を出しているはずだし、一級には俺の顔と名前と階級が一致している奴も少なからずいる。何も言わず臨機応変に対応してくれると考えたが、残念ながら聞いたこともないやつだった。
「レオが協会のロビーでのした奴」
脳の回路に、2秒ほどの遅延が発生した。
「ああ!あのNo. 1な」
「No. 1…?」
ジャスが怪訝な顔をした。
雑誌に載って調子に乗って、リリルにケンカ売って俺がのした奴。名前は知らなかったから、No. 1とだけ覚えている。
「なるほど。じゃあ別にいいか」
「は?」
魔術師は階級が全てであり、上のもんが下のもんに好きかってされるのを心底嫌う。
ここではサイモンが一級魔術師として指揮をとっているわけだから、俺は一応サイモンを立ててやらなくてはならない。参戦させてもらってよろしいでしょうか?という風に。
協会の魔術師でもない俺が、本当はちょっかいを出してはいけないんだが。
魔族がいるのだから、そんな事をいちいち気にしている場合じゃない。
「ジャス、サイモンがなんか言ってきたらさ」
「はあ?って、ちょ、どこ行くんだよ!?」
防壁の外へ出る。だだっ広い平原が続く向こうに、黒いシミみたいなものが見えてきた。同時に地面が震えるように揺れだす。
魔獣の大群だ。まあ、たった300なんだけど。
「『金獅子の魔術師』が手伝いに来てやったぜって言っといて」
「……は?」
意味わかんねぇんだけど!!と言う、ジャスは置いといて。
「ピニョ、お前は程々にな。俺が怪我した時、お前がいないと困る」
「わかってますです!!」
ニヤリと笑う俺たちは、多分同じ事を考えている。
協会をクビになる前は、だいたいこんな風に荒野で魔獣の大群を相手にしていた。
「なんだか懐かしいです」
「だな」
ダミアンに貰った小瓶を取り出して飲み干す。それでも本気を出すことはできないが、久しぶりに少ししがらみから解放されたような気分だった。
魔族は南の平原にいるはずだ、とか、封魔に縛られた状態で倒せる魔族なのか、とか。色々考えるべきことはある。
だが、今までだってどうにかなってきたんだ。今回だってなんとかなるだろう。
魔族と戦うのは、俺の責任のひとつでもあると気付いた。だったら自分がどうなろうと倒して見せる。
さて、と呟いて同時に〈黒雷〉を呼び寄せる。
黒く鋭い切っ先を向かってくる魔獣へと向ける。
「〈静謐の棺、眠るは獅子の鼓動、目覚めるは双黒の刃、血の誓いの元、その力を示せ:紫電黒波〉」
あたり一面に漆黒の雷光が広がり、平原一帯を覆い尽くす。迫りくる魔獣の大群から、耳をつん裂くような断末魔が響き渡った。
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