第92話 フェリル防衛戦⑧
★
フェリルに魔族が侵攻する、前日。
シエルはいつもの如く貴族たちの会議に主席していた。
岩山をアリの巣のようにくり抜いた城は、相変わらず薄暗く閉塞感があって居心地が悪かった。
壁に穴を開けて、そこに灯りを灯しただけの空間は、悪巧みをするにはうってつけだ。
お互いの表情や僅かな変化を気取られないようにするために、あえて薄暗い空間をつくりだしているのだが、まさか人間の魔術師たちと同じようなことを考えているとは誰も知らない。
シエルは同じ魔族が相手であっても、その態度を変えたりはしない。いつも同じ笑顔を貼り付けていることで、内心を隠そうとしているのだが、それも時間経過とともについ崩れそうになる。
それくらい、この話し合いの場は無駄であると思っているし、何もしないこの時間に、例えばヨエルに絵本を読んでやるだとか、気晴らしにどこかへ散歩に行くだとか、育てている温室の花の様子を見るだとか、レオを揶揄いに行くだとか。
他に出来ることが沢山ある。
全く持って無駄だ。
毎度のことながら、貴族同士の自慢話ほどつまらないものはない。今だって一人の魔族が、どこぞのなんとやらという魔族を倒したとか、人間を何人食ったとか、本当に下らない話をしている。
「ところで、ブランケンハイムの当主どのは、いつ人間を捕食しているのかな?」
シエルが余りにもなにも話さないため、こうして時々嘲るように質問をされることがある。ここに集う貴族の中では、シエルが一番年少であることも、そんな揶揄いの要因となっている。
「僕は量より質を求めるタイプですので、目についた人間全てを口に入れようとは思いません」
嫌味には嫌味で返すのも、ここでの常識である。
「ほう。高貴な産まれの貴殿は、われわれより食にうるさいようですな」
「お眼鏡にかなうような魔力持ちがなかなか手に入らないようで、さぞ大変でしょう?」
別の貴族が鼻で笑いながら言った。暗にシエルが弱い魔族で、人間の魔力持ちに勝てないから喰えないんだろう?と言っているのだ。
「そうですね。僕はまだ魔族としては半人前ですから」
イラっとはしても、言い返したところで何にもならない。
結局この場の殆どの魔族は、ブランケンハイム家よりも格下であり、シエルが若いからと言う理由で揶揄っているだけなのだ。
もう少し成長すれば、いずれ誰も何も言えなくなるのだから、今はただ我慢して聞き流せばいい。
「そういえば、あの計画はどうなっているのかしら?」
唐突に、女の魔族が言った。シエルはなんのことだ?と思ったが、表面上は笑顔を保ったままだ。
「ああ…確かにそろそろ動きがあってもいいころだが」
「その件だが、先日先方から連絡があったところだ」
「それで?」
口を挟まずに聞いていたシエルは、次の瞬間に危うく笑顔を作るのを忘れてしまうところだった。
「ルイーゼ・マルゴットが我らに許可を出した。準備も滞りなく、深夜には行動を起こせる。条件はフェリルの街を比較的温存し、人間の死者を抑えること。そして、忌々しき『金獅子の魔術師』の、確実な排除だ」
一瞬で背筋が凍った。他の魔族たちはすでに周知の事だったようで、今の今まで、そんな話を知りもしなかったシエルは悟った。
「どうしたのです、ブランケンハイムの当主殿」
「っ、いえ…別になにも。ただ、僕の知らない所で、一体なんの話をされていたのかと気になりまして」
その途端、クスクスと笑う声が部屋を満たした。シエルは奥歯を噛みしめ、悔しさを噛み殺す。
「あなたが影でなにをしていたのか……わたくしたちが気付いてないとでもおもっていたのですか?」
「所詮若造の行動だと、見逃してやっていたのだ」
「それにお前たちが消した魔族は、確かに我々にも邪魔な存在だったしな」
クソッと、シエルが〈転移〉を発動し、逃げようとした時だった。
一瞬早く背後に回った魔族が、シエルの背に杭のよつな鋭いものを突き刺す。
「ウガッ!?」
その途端、シエルの体内で練り上げていた魔力の気配が消える。
「悪いな、シエル。こっちもやりたくてやってんじゃなくてな?長いものには巻かれろって、俺の家の家訓なんだ」
いつもシエルの隣に座っている、ナジクという魔族だった。彼の能力は、魔力を打ち消すことができる。流れ出る血液と同じように、シエルの魔力も流れ出ていってしまったようだった。
「クソッ……レオに手を出すな…あれはまだ使える」
「シエルにとっては使える人間かもしれんが、我々にとっては脅威だ。お前も含めてな」
こうなれば逃げる事はできない。
レオにこの状況を伝えることもできない。
幸いなことに、すぐに殺されるということはなさそうだ。なぜならこうして力を封じることができるのだから、首でも跳ねられたはずなのにそうしなかったからだ。
「ナターリアの国家元首と繋がっていたなんてな…僕の読みは甘かったようだ」
口から血を滴らせながら、シエルは笑って言った。この状況で笑えるのだから、レオの事を頭のおかしい奴とは言えないなと思った。
ともかく、魔族の誰かがナターリアと繋がっており、レオが執拗に狙われていることはわかっていたが、まさかそれが、この場の貴族全員が周知であり、ナターリアの国家元首本人と繋がっているとは想像できなかった。
悔やまれるのは、自身がいつレオと手を組んでいる事を知られたか全く見当がつかない事だ。
「シエル。お前を処罰するのは、レオを殺してからだ。お前たちがなにを企んでいたのか、その後でじっくり聴かせてもらおうか」
「お前らに話すことなんてない。殺すのならさっさとしたらどうだ?」
ニヤリと笑って言うシエルに、魔族たちはまた笑い出す。今度は遠慮なしに、大きな声で。
「お前はもしもの時の保険だ。レオを殺すための人質として利用する」
「……ハハッ!!」
今度はシエルが大声で笑う。
「人質?お前らレオをなんだと思ってんの?魔術師が魔族を助けようなんて考えるわけない」
レオならば、必要とあれば自分を見捨てるだろう。シエルにはそんな確信があった。
なにせ長い付き合いだ。その長い付き合いで、別に友情を育んできたとか、そんなことは全くない。お互いの利益のために行動を共にしてきた。ただそれだけだ。
「真実はその時のお楽しみにしておくとしよう」
魔族のひとりがそう言うと、ナジクへと視線で合図を送る。
ナジクはなにも言わず、シエルをその部屋から引き摺るように連れ出した。
抵抗するだけ無駄だとわかっている。
シエルはそのまま、岩山をくり抜いた地下の牢へと放り込まれ、出血の所為で意識を失った。
★
『外に出たい』
そう言った子どもは、澄んだ蒼い目に純粋な好奇心だけを浮かべていた。
出口もわからないようなこの場所で、少年にだけ出口が見えているみたいだと思った。
そこにドアがあるのに、みんなはどうして出たいと思わないの?と、その表情が物語っている。
でも実際には出口なんかない。物理的にも魔術的にも、ここは外の世界から隔離されている。
『みんなはなんで、外に出たいと思わないの?』
それは無理だからだ。出たいと思う事さえ、許されないと思っているからだ。
少年は首を傾げ、心底不思議だと言った。
『もし俺が外に出られるって証明したら、みんなもついてくる?』
あまりにも純粋に、なにも疑わずにそう言うから、その場にいた子ども達は思わず頷いた。
そんなに自信があるんならやってみろよ、と誰かが言った。
失敗したらどうなるんだろ?
誰かが聞いた。
少年は、それにニッコリと笑って答える。
『失敗なんてしないよ。俺がみんなを外に出してあげる』
少年には、その言葉を信じさせるほどの魔力があった。少なくともここにいる子どもの中で、その少年以上に能力を持つものはいない。
一瞬で、根拠もなにもない期待が膨らんだ。
全員がこの少年を無条件で信じた。
『明日のこの時間に、俺がちゃんとみんなを外に出してあげる。大丈夫、もう計画はたててあるんだ』
少年の笑顔に、全員が同じく笑顔で頷いた。
……漠然とした不安を抱えてるのは、自分だけのようだった。
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