第94話 フェリル防衛戦⑨


 前線部隊である、バリスたちが南部の平原に拠点を置いたのは、ブリーフィングを行った翌日である。


 先行していた魔術師部隊が、すでに安全ラインを確保しており、バリス、パトリック、ネイシーをはじめとした戦闘型の魔術師の到着を待つのみであった。


 簡易的に出来上がった砦は、魔術で防壁を築くなり、罠を張り巡らせるなど流石は魔術師だと言えるものとなっていた。


 そうして、視界に魔獣の大群が黒いシミとなって現れてから二日。どうしたものか、全く動く気配がなかった。


 そろそろ二日目の正午となる。


 動きのないまま過ぎる時間というのは、戦場においてかなりの精神力を消耗する。


「パトリック、ちょっと走って見に行ってよ」

「無茶なことを言う」


 どうやって持ち込んだのか、とても野外のテントにそぐわない装飾の美しい椅子に優雅に腰掛け、スラリと長い足を組んで座ったネイシーは、これまた高級そうなカップとソーサーで紅茶をのんでいる。


 その向かい側に立つパトリックは、上品なカーキの紳士服に身包み、まるでそこだけ貴族のお茶会のようだった。


「あんたらな…今がどんな状況かちゃんとわかってんのか?」


 普段、レオにぴちぴちのシャツだとバカにされているバリスだが、パトリックとネイシーの前ではいかに常識人かがわかるというものだった。


「もちろんよ。でも死ぬ前に紅茶を飲もうと思ったって別にいいでしょ」


 ネイシーが薄紫の艶のある髪をはらいながら言う。


「私は早く敵を押し潰したいが、ここの指揮官はバリス君だ。ネイシーではなく、バリス君に行けと言われるのならそうする」


 バリスは、ああそうですか、と言う気分だった。


 特級魔術師は、総じて変人の集まりである。


 過去の自分は特級魔術師になれると決まった事を心底喜んでいたが、あの時の喜びや感動、達成感を返してほしいとさえ思う。


「ところで、金獅子君はどうしたのかな?」


 パトリックがなんでもない世間話でもするように言った。かたやバリスは、内心でハッと息を飲む。


「彼なら、こんなお祭りを放ってはおかないだろう?私も何度任務を横取りされたか……彼はまさに狂人だ」

「確かにね。あの子は病気よ。常に魔力使ってないと爆発するのよ、きっと」


 呆れた、とネイシーがため息を吐く。


「レオはクビになったって知ってるだろ。学院生を戦場に出してたまるかよ。あいつは今、学院でお利口にしてる」


 レオはクビを言い渡され、〈封魔〉をかけられた上で学院に放り込まれた。それが特級魔術師たちの間の、共通の認識である。


 もし今回の襲撃が、レオを狙ったものだとしたら。


 魔族と繋がっている可能性のある特級魔術師に、レオの本当の居場所を教えるわけにはいかない。


 パトリックとネイシーも、バリスにとっては疑うべき相手だ。


 仮に国家元首本人が裏で糸を引いているのなら、例え特級魔術師でも逆らえない。ルイーゼに啖呵切ってこの国で生きていられるのは、それこそレオくらいのものだ。


「しかし彼がいないとなると……正直荷が重いね」


 パトリックは肩を竦め、バリスも確かにと頷く。


「眼前には魔獣の大群。背後にはフェリル。この状態で二日も動きがないとなると…な」


 さすがに堪えるものがある。魔族の単独撃破が可能と言われる特級魔術師たちも、負ければ国の重要な街が無くなるという状況で戦ったことはない。


 なぜならこういった任務は、必ずレオが引き受けていたからだ。


 レオが協会魔術師となる以前、一体どうやって危機を乗り越えてきたのか?


 もはや遠い昔のようで、思い出すこともできなかった。


「我々は彼ひとりに頼り過ぎていたのかもしれないな」

「……そうね。それは認めるわ」


 バリスは少し驚いていた。傲慢で他者を貶めることばかりを考えている腹黒い特級魔術師が、僅かでも自身を省みることがあるとは。


 少しこの二人の見方を変える必要があるな、と単純な性格のバリスは思った。


「バリス様ッ!!」


 その時、特級魔術師が集まるテントに、魔術師がひとり転がり込むようにやって来た。


「どうした?」


 やっと魔族どもに動きがあったか、と三人ともが考えた。


 しかし、その魔術師は全く違う情報を彼らに伝える。


「フェリルの北門に敵襲です!!」


 あまり驚きはしなかった。正直予想していなかったわけではない。その為に、フェリルの各門には、多くの一級魔術師を配置している。何かあれば、まだフェリルには研究職とはいえ特級魔術師もいる。


「やっぱり来たわね」

「挟み撃ちにしようってか。随分と余力があって羨ましいよ」


 魔族は魔獣を生み出すことができるのだ。魔術師ひとりを育てるのに莫大な金をかけている国とは大違いである。


「敵の数は?」


 バリスが冷静にそう尋ねると、魔術師は青い顔で答えた。


「魔獣はおよそ300です…しかし、魔族がひとりいます!!」

「なにっ!?」


 魔獣だけなら、という甘い考えは打ち砕かれる。想定していたとはいえ、途端に北門の戦力に不安を覚える。


 そんな三人に、魔術師はさらなる情報を伝える。


「ですが…魔術師がひとり応援に入ったようで」

「誰だ、そりゃ」


 フェリルにいる戦闘型の魔術師は、大方出払っているはずだった。人員配置を行ったのは、他でもないバリスだ。


「それが、その魔術師、『金獅子の魔術師』と名乗ったようで……あんなガキが本当に金獅子なんでしょうか?」


 信じられないんですが…と、頬を描く魔術師だが。


 三人の特級魔術師は、皆一斉にため息を吐き出した。


「あいつ!!」

「やっぱり、ですな」

「ほんとじっとしてられない子ね」


 ザルサスの提案によりレオを街の中に隠したつもりでいたバリスだったが……


 どうやら無駄だったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る