第95話 フェリル防衛戦⑩


 魔獣の断末魔を聞きながら、俺は魔族の魔力を探した。


 禍々しく不快感を与える魔力は魔獣も同じだが、圧倒的に力強く純粋なのが魔族だ。


 そいつは魔獣の群れの後方にいた。


「ピニョ!」

「はいです!」


 名前を呼ぶと、ピニョがボフンと白い煙に包まれ、本来のドラゴンの姿へと変わる。


 平野に立つ俺の頭上を一度小さく旋回し、そのまま魔獣の上へ向かって、ドラゴンにしては可愛らしい口を大きく開けた。


 ひと呼吸のうちに吐き出された炎の息吹が、俺の魔術から逃れた魔獣たちを襲う。


「〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん:雷双破〉」


 それでも足を止めなかった魔獣を雷で打ち砕き、プスプスと黒煙を上げる塊に変える。


「貴様っ!?どういうつもりだっ!!!!」


 一方的に魔術でもって蹂躙する俺の後ろに、サイモンとジャスが〈転移〉でやってきた。


「どうって…見りゃわかんだろ?」


 フェリルを襲う魔族を倒す。それ以外に、今ここでやる事なんてない。


「ここの指揮官はこの俺だ!!」


 〈黒雷〉を肩に担ぎ、振り返った俺は、火山みたいに顔を赤くして憤慨するサイモンに睨まれていた。


「ま、まあ、ほら!人手がある方がいいだろ、サイモン!見ろよ……あっれ、もう魔獣殆ど死んでるじゃねぇか」


 スゲェなと呟くジャスに、サイモンの怒りがさらに過熱する。


 で、思い出したようだった。


「ッッッ!!貴様ッ!あの時俺に恥かかせたガキじゃねえか!?」

「よお、久しぶりだな。あれから雷系の魔術は上達したか?」


 飛びかかろうとするサイモンを、慌ててジャスが止める。なにやら口汚く罵り声を上げているが、こんな奴がNo. 1とか言われていたなんて思うと非常に残念だ。


「レオ様!!」


 ピニョが上空にホバリングしながら叫ぶ。


 くだらない事をしている場合じゃなかった。


「〈空絶〉」


 瞬時に相手の魔力量を予測。ちょうど相殺できる分の魔力だけを練り出し、風の防壁を築く。


 あたり一面に灼熱の業火が広がり、瞬く間に視界を真っ赤に覆う。火炎が触れた地面が熱せられ溶解し、石焼き芋ができそうだなと思った。


「うわああああっ」


 サイモンが悲鳴を上げて頭を抱え、ジャスは眼を見開いて、迫った火炎が風の壁にぶち当たって四散する様を見ていた。


 相手の魔術と、俺の〈空絶〉がキッカリ同じタイミングで効果時間が終了し、何事もなかったかのように消えた。


「スゲェ…お前、金獅子ってガチかよ」


 ジャスが眼をキラキラさせて言った。普段やさぐれたヘビースモーカーでもそんな少年みたいな眼をするのかと驚いた。


「悪いな、黙ってて。一応機密だったんだが、状況が状況だからな」


 ジャスもリリルも、魔術師協会の中では特につるんでいたし、黙っているのも結構申し訳ないなと思ってはいた。


 協会に入ったばかりの頃は、まだガキだったのもあってツンツンしていた自覚がある。ジャスもリリルも、そんな俺に色々世話を焼いてくれたのだ。


「そりゃ言えないだろ。上の決まりなんだし。でも……」


 俯いて言い淀むジャス。マジですまんと思う俺。


「金獅子がクズって…ブフッ!マジでウケるんだけど!!」

「死ねッ!!!!」


 ヒーヒー言いながら笑うジャスにムカついて〈黒雷〉を振り上げる。ジャスの顔色が一瞬で青くなった。


「レオ!!」


 叫ぶ声と同時に、振り上げた長剣を、くるりと身体を反転させて振り抜く。


「おしゃべりはおしまいにしてくださるかしら?」


 背後に迫った魔族の女が、長剣を避けて後方に着地。まるで猫みたいな軽い身のこなしだった。


「魔族…」


 サイモンがわかり切った事を言う。


 その女魔族は、上品な黒いメイド服を着ていた。大地をも溶かす火炎を放つようには見えない、まるで可憐な少女のナリをしている。黒いツインテールがさらに幼さを醸し出しているが、前髪の下からこちらを見る魔族特有の灰色の眼は蛇のように獰猛だ。


「お初にお目にかかります。わたくし、アウリーン家のメイドをしております、ロニヤと申します」


 スカートの裾を持って優雅に一礼して見せる。


 王政が廃止され、表向き貴族が消えたナターリアでは今時本物のメイドは少ない。夜のお店の月一のイベントでは見るが、それを本物のメイドと言っていいのかは……各々の判断に任せる。


 そんなことより。


「アウリーン家か。お貴族様がこんな所に攻め込んで、何を考えている?」


 表向き魔族の貴族たちは、積極的に魔術師を敵に回したりしてこなかった。


 あまり激しく対立し合うと、魔術師と魔族の全面戦争になってしまう。魔族が総力を出せば人間なんてあっという間に滅んでしまうだろうけど、そうなるとさらに力を得たいと企む魔族が困る。


 魔族が人間を生かしておきたいのは、魔力持ちを取り込むしか力を得る術が無いからだ。


 人間は悲しいかな、魔族の事情によって生かされていると言っても過言ではないのだ。


「わたくしたちの目的はひとつです」


 ロニヤが人形のように整った顔に、完璧な笑みを浮かべた。


 どうせフェリルを陥落させる気はないと俺は考えている。先述した通り、魔族が力を得るには魔術師を……それも優秀な魔術師を喰うしかないわけで、今回のことも、アウリーン家が独断で力を得ようとした結果だと思ったからだ。


 魔族の貴族たちは、そうやっていかに他の貴族を出し抜くかを考えているわけだ。


 今回の件で、特級ひとりでも喰えば大きな力を得られると考えているのだろう。


 でも、実際は予想とは違ったようだった。


「あなたを殺しに来ましたの。そろそろ目障りですので」


 その言葉の意味を、ゆっくりと考えている暇はなかった。


 言い終わると同時に、獰猛な笑顔を浮かべたロニヤが地を蹴った。それは風が唸るほどのスピードで、瞬時に間合いを詰めてくる。


「キャハッ!!その首切り取ってさしあげますわ!!」

「っ、〈雷縛〉!!」


 三つの円環を地面に描く。ロニヤの動きを読み、その先へと雷の罠を張るが、人間には出来ないすばしっこさで全て躱されてしまう。


「ゲホッ」


 こみ上げてくる血液を吐き出し、即座に後方回避。三重に発動させた〈雷縛〉が消費した魔力の所為で、〈封魔〉が体内で暴れだした。


「〈封魔〉に縛られたあなたなんて、わたくしの敵ではないですわっ!!」


 ロニヤが両腕をクロスさせる。その手には二本の短剣が逆手に握られている。


「〈強化〉!!」


 身体能力を向上させ、的確に首を狙って振り抜かれた短剣を〈黒雷〉で受け止め、もう片方の短剣を躱す。


 躱したついでに魔力を練り上げ、ロニヤを切り裂く風の刃を創造する。しかし、ロニヤは俺の魔力を感知し咄嗟に後方に回避。


 寸前でかまいたちを避けた。流石だ。素の身体能力では、人間は魔族に敵わない。俺の〈封魔〉に縛られた魔術構築スピードより、魔族の脳の回転速度の方が格段に速い。


「アッハハ!どうしたのです?〈封魔〉のダメージを気にしていては、わたくしは倒せませんよ?」

「そのようだな」


 再び向かい合って立つ。短剣を器用にクルクルと回しながら、ロニヤが嘲笑った。


 かたや俺は、たった何度かの魔術使用で既にクタクタだ。上がった呼吸に血の味がするし、心臓は狂ったようにドクドクしている。


「レオ…俺たちに出来る事はないか?」


 少し後方に避難したジャスが小声で言った。その申し出はありがたいし、俺と同じくらいのクズであるジャスがそんな事を言ってくれるとは思っていなかったから、控えめに言って感動した。


「ジャス、帰ったらいつもの飲み屋代奢れよ」

「そりゃあもう借金してでも全部出してやるよ」


 俺はちょっと笑った。ガチで豪遊してやろうと思った。


「悪いけど、お前らに出来ることはない」


 そう言った声は、多分とても冷たいものだった。


 俺は誰も死んで欲しくない。


 俺の側にいると巻き込んでしまう。


 だから明確に拒絶した。


 ジャスは何も言わず、だけどちゃんと引いてくれた。サイモンの腕を無理矢理引っ張って、〈転移〉を発動する。


 防壁まで下がったことが魔力の流れでわかった。


 太陽が空の頂点に差し掛かる。


「さて、ロニヤ。俺の本気はここからだが、準備運動は終わったか?」

「アッハハ!それはこっちのセリフですわ」


 ピニョが上空で獰猛な唸り声を上げた。


 ロニヤは俺が狙いだと言った。だったら、はなから俺が前線に出て、魔族も魔獣もぶっ殺してやればよかったんだ。


 フェリルが狙われているわけじゃないとわかったんだ。なんだ、いつもと変わらないじゃないか。いつも通り、俺が魔族を殺して終わり。


 誰にも恨まれることはない。俺は俺の戦いを、自分自身で完結する。


 ただ、それだけだと思っていた。

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