第118話 クーデター4


 一月後。


 俺は久しぶりに学院の簡素なカッチリした制服を着て校舎へと向かった。


 季節はすっかり冬のそれへと変わりつつあった。フェリルは比較的温暖な地域だが、あと一月もすれば雪もチラつくだろうか。吐く息が白く漂う。


 そんな寒風が吹く学院敷地内を歩き屋内へ入る。


 空調の整った校舎内の、ツルツルの床をキュッと踏み鳴らして自分の教室を目指した。しばらく来ていないから間違えそう。


 そういや、俺、一組だったよな?


 引き戸の前に立つ。すでに授業は始まっていて、というかもうすぐ三限目が終わる時間だった。大遅刻だ。


 深呼吸をひとつ。なにせ、約二ヶ月ぶりの学院だ。そんなにいなかったのに、退学にならないのはコネとツテの恩恵だ。主にバリスの。


 くだらないことを考えてないで、さっさと教室へ入ろっと。


 ガラガラバァン!と勢いよく引き戸を開け放つ。


「ハッハッハァ!!久しぶりだなお前ら!!『金獅子の魔術師』様の御登校だぜコノヤロー!!!!」


 シーンとした。


 みんな、驚いた顔で一斉にこっちを見たのに、誰も何も言わなかった。


「あれ?」


 俺なんか間違った?と、背後を振り返るも、最近付きっきりだったピニョは今はいない。


「えーっと、あれ?」

「あれ?、じゃなああああいっ!!」

「ふぁっ!?」


 叫んだイリーナにビビって変な声が出た。その直後に消しゴムが飛んできた。と思ったら、教室中から筆箱やら教科書やら、魔術名が載った分厚い辞書が飛んできた。


「イテッ、ちょ、ヤメテ!?」


 バシバシ飛んでくる物体から顔を庇いながら、なんでこんなことになってんの?と考えるも、答えなんてわかりっこねぇや。


「レオ……心配したんだからね!!」


 攻撃が止むと、イリーナが泣きそうな声で言った。クラスメイトたちも、怒ったような泣きそうな顔で俺を見ていた。


「もう帰ってこないんじゃないかって、ちょっと思ってた」

「イリーナ……そうだよな、俺が戻ったら確実に成績一位取れないもんな」

「そういうことじゃなああああいっ!!」


 ええ?違うの?


「うちらめっちゃ心配してたんだから」

「レオちん色々気にして来れないんじゃないかって」


 ミコとエナが珍しく真面目な顔で言う。


 それで理解した。俺が特級魔術師であり、『金獅子の魔術師』でもあることを隠して学院に通っていたことを気にするんじゃないかと、気を遣ってくれていたのだと。


 なんて優しいクラスメイト達なのだろう。


 だがしかし。


「はあ?俺が気にするわけねぇだろ。むしろお前ら俺の本当の顔知ってビビってんじゃねぇの?俺はむしろ隠さなくて済むんだから、とことん名声を利用するね!ほらお前ら、金獅子様に教えを乞いたいなら金を払え!金額によっては面倒みてやらんこともないぞ!!」


 ゴチィィン、と頭を叩かれて目の前がグルグルした。この俺様に強烈なゲンコツをお見舞いしたのは、まさかの弟子だった。


「イッテェ…」

「調子に乗るなよ!この、ポンコツ師匠が!!」

「ヒデェ…俺に向かってポンコツなんて…弟子クビにするぞ!」

「お前はもっかい協会クビになれ!!」

「あー!それ禁句なんだからな!クビになったのだって不当な扱いだって、」

「素行が悪いのはガチだろ!」

「最近は大人しくしてますぅ!」


 言い合う俺とユイトに、担任がオロオロしだす。クラスメイトたちはいつのまにかゲラゲラと声を上げて笑っていた。


 俺は内心でホッとした。


 受け入れてもらえなかったらどうしよう、と実は結構ビビっていた。


 でもそんな考えは杞憂だったようだ。


 俺は、ちゃんと帰って来れたようだ。


「はい、痴話喧嘩はそこまでにして…授業再開してもいいかな?」


 担任の優しげな言葉に、俺はニッと笑って言った。


「この俺を退屈させない授業内容にしてくれよ!」


 苦笑いの先生と、黙れクズ!と罵るクラスメイト達に囲まれて、俺は無事に学院へ復帰することができた。







「じゃあ、一ヶ月も学院に戻れなかったのって、普通に仕事してたってことなの?」


 昼食時、なんだか懐かしさすら感じる学院の食堂で、具の少ないシチューと時間のたった固いパンを食いながらユイト、イリーナ、リアの質問攻めにあった。


「そ…ザルサスとバリスは新政府立ち上げに関わってて忙しいし、今年の春からレリシアとアイザックが抜けたままで、今回の件でネイシーとパトリックは逃げやがったし…ペトロとダミアンは情報分析と人型魔獣を生み出す薬の件でいないし…アヌスジジイはボケてるし、ロブレヒトはそもそも帰って来ないし、ロイネは話が通じないし……シェリースの補佐ができるのは俺だけだったわけだ」


 はあ、とため息を吐き出す。


 もともと特級と言っても、辺境で任務ばかりをこなしていた俺には事務方の業務はできない。ザルサスの代わりに古株のシェリースが事務方をこなす代わりに、俺は特級任務を片っ端から処理するハメになった。約一ヶ月、あっちへこっちへと出向いて、魔獣やらの討伐をしていたわけだ。


「特級魔術師って、個性強すぎて役に立たないのね…」

「そうなんだよなぁ…もうちょい普通の人間がいてくれてもいいのに」


 特級魔術師の中では、実はこの俺こそ普通なのである。割とガチで。


「でも、そのお陰で特級に復帰できたのよね?」


 リアがシチューを食べるのも忘れて、キラキラした目を向けてくる。俺はそのキラキラした眩しい視線を真っ直ぐ見返した。


「まあな!嫁に来る?リアなら大歓迎イタッ!?」


 テーブルの下でスネを蹴り飛ばして来たのは、怖い顔をしたイリーナだ。相変わらず足癖の悪い女だ。


「冗談言ってないで、クーデターの件はどうなったよ?」

「あー、あれは一応『金獅子の魔術師』が国の悪行を暴いてルイーゼを失脚させ、新政府立ち上げに貢献したとかなんとかで落ち着いた…って、新聞に書いてあるまんまだ」


 ジェレシスがルイーゼを殺したという事実は、世間様への体面の為に伏せられている。


 一国家のトップを魔族が殺して逃げたなんてこと、他国に知られてもいいことはない。従って俺が勝手に三人に言うわけにもいかないから黙っておく。


「その、昔の研究のことは…どうなったんだ?」


 いつのまにかユイトも食事の手を止めていた。


「それも多分、ほとんど新聞に載ったままだ。そのネタで国を変えようとしてたから仕方ない」


 この春からの協会内のゴタゴタにまでは飛び火していないことは幸いだが、『金獅子の魔術師』が表に出ないことや、規格外の強さを持っていることは事実だから、世間は非人道的な研究があったことを信じた。


 そしてフェリル防衛戦後に俺の名前や容姿が、お尋ね者として広まったこともあって、冤罪だったという説明と共に、初めて『金獅子の魔術師』の実名が公表された。


 ほとんどの人間が魔術とは関係のない生活を送っているため、信じるか信じないかはあなた次第、という程度のものだが、当然、協会に出入りしている魔術師と学院関係者には一発で俺だとバレるわけで。


 今まさに、周囲の注目を集めている。実に居心地が悪い。ジロジロ見ないで欲しい。可愛い女の子なら歓迎だけど。


 もともと特級魔術師なんて、気軽に声をかけられるような存在じゃないことが幸いして、視線さえ我慢すれば割と普通に生活していける。


 そんでもって、好奇の目を向けられることには慣れているから、今までの生活とそう変わりはない。


 復帰したことで押しつけられる仕事がなければ、むしろ周囲の雑音がしなくていいと思うほどだ。


「まあそんなわけで、さ……遅くなったけど、お前らには迷惑をかけてすまんかった。まさか追いかけて来た上に、全力で攻撃してくるとは思ってなかった……」


 そう言うと、三人とも視線を逸らした。


「あたしたち、何もできなかった…」


 唇を噛みしめながら小さな声でイリーナが言った。本当に悔しそうで、俺はやっぱりとても申し訳なかったなと思った。


「何もできなかった、なんて言わないでくれよ!俺がまた学院に通おうと思ったのは、お前らが熱烈に誘ってくれたからだぜ」


 俺がジェレシスと行動している時や、戻ってから任務をこなしている間に、イリーナたちはバリスに俺の学院復帰を頼み込んでいたらしい。まったく、余計なお世話だぜ。


「そ、それはだって!……せっかく同じクラスになったんだもん。ひとりだってかけて欲しくない……」


 少し顔を赤くしたイリーナの言葉に、リアはニッコリ笑顔で続ける。


「レオが特級とか凄い魔術師だとか関係なく、ひとりの友達として一緒に卒業まで頑張りたかったのよね」

「友達がピンチの時は、無条件で助け合いだろ?まあ、師匠に死なれちゃ困るしな!」


 なんだコレ…めっちゃ照れ臭いな……


 今まで友達なんて欲しいと思ったこともなければ、必要性も感じて来なかった。


 思えば閉ざした心のどこかで、失ったものの大きさに恐れを抱いていたから、他人と関係を築くことを避けていたのかもしれない。


 他人から恨まれることが怖かった。期待されればされるほど、自分を省みることもしなかった。


 自分がどれほど傷付こうとも、周りを助けることばかり考えていた。


 俺の行動の全ては、忘れていた記憶に基づいたものだった。


「お前らほんっとお節介だな!それに、全然なってねぇ!連携の仕方、イチから叩き込んでやるよ」


 そう言ってやると、三人とも複雑な顔をした。


「お手柔らかにお願いシマス」

「おいユイト!ちょっと二級魔術できたからって、手ェ抜こうと思うなよ!?魔術は芸術と同じ、先を求め続ける限り終わりはないんだからな!」

「程々でいいのにっ」

「甘えんな!!」


 ユイトがわかりやすくしょんぼりした顔をして、リアがクスクスと笑い出す。


「なになに?うちらにも魔術おしえてくれんの?」

「マジ?レオちんの講義わかりやすくて好きなんだよねぇ!」


 近くを通りかかったミコとエナが割り込んできて勝手なことを言う。


「お前らなぁ…」


 はあ、とため息を吐き、でも不思議と嫌だとは思わない。


「あっ、もうこんな時間!次実技の授業だから、広場集合だった!」

「急いで食べないと!」


 と、慌てて残りの食事をかき込む。


 そんなみんなとの久しぶりの日常に、俺は笑って戻る事ができたことを嬉しく思う。


 ……相変わらず俺を、憎しみに満ち溢れた眼で見てくる、かつての仲間たちの姿さえ視界に入らなければ。


 その度に囁く声がする。


 ひとりじゃない。


 まだ、こっちへ来てはダメよと言う、アイリーンの声だ。


「放課後、仕事がなけりゃ地下での特訓再開するか」

「えっ、いいの?」


 嬉しそうなイリーナに、ニヤリと笑って頷く。


「おう!」

「無理しないでね?」

「お前に心配されるほど、俺はヤワじゃねぇよ!」


 本当かよ、とユイトが隣で呟いたのは無視しておく。


 束の間の平和な日常。


 でも俺は、まだ胸の内に色濃く残る罪悪感を消せない。


 そして常に考えている。


 あの研究に関わったヤツらを、どうやって殺してやろうかと、常に考えている自分がいる。


 魔族も、人間も関係なく、自分の寿命が尽きるその前に……


 必ずブッ殺してやると浅ましく思う自分を止める術は、生憎だけど持ち合わせてはいない。

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